機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第61話

 ペイルライダーの回収作業は、思ったよりも難航していた。

 

 いや、難航という言葉では足りないかもしれない。

 テム・レイさんが言った通り、この機体はただ壊れているだけではない。

 爆風に巻き込まれ、宇宙を漂流したことで外装もフレームも歪み、駆動系の一部は完全に焼けている。

 それでも中枢だけは死んでいないのだから、こいつのしぶとさには呆れるしかなかった。

 

「おいランガ、あんた本当に寝てなくていいのかよ。顔色、まだ死人みたいだぞ」

 

 ジュドーが工具箱を抱えながら、こちらを睨むように言った。

 心配しているのは分かる。

 けれど、こっちも寝ていられるほど落ち着いてはいなかった。

 

「死人よりは動けるから問題ない。それに、こいつの状態は俺も見ておきたい」

 

「それ、問題ない奴の台詞じゃねぇんだよなぁ」

 

「問題はある」

 

 横から、テム・レイさんが淡々と言った。

 彼はペイルライダーの胸部装甲を開けたまま、内部の制御系を見ている。

 その目は相変わらず鋭く、機械の奥にある思想まで見透かそうとしているようだった。

 

「君の身体はまだ戦闘どころか、長時間立っていることにも向いていない」

 

「分かっています。だから、見ているだけにしますよ」

 

「その言葉、全然信用できねぇんだけど」

 

 ジュドーの言葉に、俺は苦笑するしかなかった。

 実際、俺自身も自分の言葉を信用していない。

 何かが起これば、きっと動く。

 そういう自分を、嫌というほど知っていた。

 

 ペイルライダーは、格納区画の中央で横たえられている。

 かつて戦場を駆けた青い機体は、今は片膝を折ることもできないほど傷ついていた。

 胸部は歪み、右腕はほとんど動かず、背部スラスターのいくつかは完全に死んでいる。

 ワイヤーアンカーの射出機構も、半分以上が破損していた。

 

「フレームは生きている。だが、戦闘機動に耐える状態ではない」

 

「HADESはどうですか」

 

 俺が尋ねると、テム・レイさんは端末から目を離さずに答えた。

 

「停止している。正確には、動かせないように私が隔離した」

 

「隔離した?」

 

「あれを不用意に起こすべきではない。君が機体に使われないためにもな」

 

「……ありがとうございます」

 

 素直に礼が出た。

 HADESを封じられたことに、怒りはない。

 むしろ、少しだけ安心している自分がいた。

 あの赤い光は、俺を助けてきた。

 けれど同時に、俺を戦場の奥へ引きずり込んできたものでもある。

 

「でもさ、この状態から本当に直せるのかよ。普通に考えたら、別の機体を探した方が早くないか」

 

 ジュドーがペイルライダーの足元を見ながら言った。

 その言葉は当然だった。

 この状態から機体を復旧させるより、別の機体を用意した方が早い。

 普通ならば。

 

「直すのではない。作り替えると言ったはずだ」

 

 テム・レイさんの声に迷いはなかった。

 それはペイルライダーだけの話ではないように聞こえる。

 俺自身も、このままでは過去へ戻ってしまう。

 だから作り替える。

 過去に戻るためではなく、未来へ進むために。

 

 その時だった。

 

 格納区画全体に、古びた警報音が鳴り響いた。

 赤い非常灯が点滅し、積み上げられていたジャンクの影が、まるで血の色に染まったように揺れる。

 作業員たちが一斉に顔を上げ、遠くの通路から怒号と足音が聞こえ始めた。

 

『外縁作業区画に未登録モビルスーツ接近。全作業員は退避してください』

 

 警報音声は、古い機械特有の掠れた声で繰り返される。

 その瞬間、ジュドーの表情から軽さが消えた。

 

「ちっ、こんな時に来やがったか!」

 

「何が来た」

 

「海賊だよ。外のジャンク船や作業区画を狙ってくる連中だ」

 

 海賊。

 その言葉に、俺はすぐに端末へ目を向けた。

 外部カメラの映像が、ノイズ混じりに表示される。

 そこに映っていたのは、数機のモビルスーツだった。

 旧式のザク系に見える機体。

 作業用MSを無理矢理武装化したような機体。

 どれも寄せ集めに見えるが、武装の状態は妙に整っている。

 

「今回はタイミングが悪すぎる。回収したばかりの機体と部品が狙われる可能性がある」

 

 テム・レイさんが、静かに言った。

 

「……ペイルライダーを狙っている可能性もありますね」

 

「まだそう決まった訳じゃねぇだろ」

 

「ただの海賊なら、わざわざこのタイミングで来ない」

 

 俺の言葉に、ジュドーは一瞬黙った。

 映像の中で、一機が外縁部の資材コンテナではなく、こちらの格納区画方向へ向きを変えている。

 偶然にしては動きがはっきりしすぎていた。

 

「おいおい、あいつら、いつもの資材置き場じゃなくてこっちに来てるぞ」

 

「狙いは偶然ではないようだな」

 

「この格納区画にある物を知っている。少なくとも、そう考えた方が良い」

 

「ペイルライダーを盗む気かよ。あんなボロボロの機体を?」

 

「あいつらにとって重要なのは、機体そのものじゃないかもしれない。HADESか、νガンダムのサーベルか、あるいは俺の存在か」

 

「君は本当に厄介事を連れてくる少年だ」

 

「否定できないのが辛いですね」

 

 軽口を返しながらも、俺の中では既に状況が組み上がっていた。

 シャングリラは正規軍に守られた場所ではない。

 ジュドーたちが自分たちで部品を集め、自分たちで修理し、自分たちで生活を回している場所だ。

 そういう場所は、外から見れば狙いやすい。

 まして、今ここには傷ついたとはいえペイルライダーがある。

 

「ビーチャたちに連絡する。作業用プチモビと牽引用ポッドで、せめて住民区画から引き離すぞ」

 

 ジュドーが通信端末を掴み、慣れた手つきで何かを打ち込んでいく。

 

「無茶だ。作業機で武装MSの相手をする気か」

 

「無茶でもやるしかねぇだろ。ここは俺たちの住処なんだよ」

 

 その言葉に、俺は何も言えなかった。

 ここは俺の故郷ではない。

 俺にとっては、偶然流れ着いた旧式コロニーに過ぎない。

 けれど、ジュドーたちにとっては違う。

 ここで飯を食い、部品を拾い、明日を繋いできた場所だ。

 

 守る理由としては、それだけで十分だった。

 

「テム・レイさん、ペイルライダーは動きますか」

 

「まさか、乗る気か」

 

「動くなら、俺が出ます」

 

「おい、まさか本気かよ! その身体で!」

 

「作業機だけで武装MSを相手にするよりはましだ」

 

 歩き出そうとした瞬間、脇腹に痛みが走った。

 それでも足は止めなかった。

 ペイルライダーの方へ向かう。

 ジュドーが慌てて前に回り込む。

 

「無理だって! あんた、さっきまでまともに歩けなかったじゃねぇか!」

 

「今は歩けている」

 

「そういう問題じゃねぇよ!」

 

「無理だ」

 

 テム・レイさんの声が、俺たちの間に落ちた。

 彼は端末を閉じ、俺を真正面から見た。

 

「機体も君も戦える状態ではない」

 

「それでも、動かせるなら使えます」

 

「君はまた、機体に使われる道へ戻るつもりか」

 

 その言葉は鋭かった。

 俺の胸の奥を、正確に突いてくる。

 けれど、俺は目を逸らさなかった。

 

「違う。俺は、守るために動く」

 

「言葉だけなら、いくらでも言える」

 

「なら、見ていてください。俺が機体に使われるのか、それとも俺の意思で乗るのかを」

 

 しばらく沈黙が落ちた。

 格納区画の赤い警報灯が、俺たちの顔を断続的に照らす。

 テム・レイさんは、深く息を吐いた。

 

「ペイルライダーの完全起動は許可しない」

 

「なら、どうするんですか」

 

「脚部と左腕、最低限の姿勢制御だけを仮復旧させる。戦うためではなく、敵を誘導するためだ」

 

「つまり、囮ってことかよ」

 

「そうだ。まともに戦えば死ぬ。ならば、戦わずに勝つ形を作る」

 

 戦わずに勝つ。

 その言葉に、俺は一瞬だけ笑いそうになった。

 ペイルライダーに乗っていた頃の俺なら、そんな発想は薄かった。

 敵を倒す。

 生き残る。

 それだけだった。

 けれど今は違う。

 守るためなら、倒す以外の選択肢も必要だ。

 

「敵を格納区画から引き離す。それなら可能です」

 

「HADESは使うな。使えば君も機体も保たない」

 

「分かっています」

 

「本当に分かってんのかよ……」

 

 ジュドーが疑わしそうに俺を見る。

 否定はしなかった。

 信用されないのも当然だ。

 

 テム・レイさんとジュドーは、すぐに仮復旧作業へ移った。

 ジュドーの動きは早い。

 さっきまで軽口を叩いていた少年とは別人のように、工具を取り、配線を繋ぎ、必要な部品を迷いなく引っ張り出してくる。

 テム・レイさんはそれを受け取りながら、ペイルライダーの脚部出力と姿勢制御だけを無理矢理に立ち上げていった。

 

 その最中、ジュドーが作業用MSの起動キーを手に取った。

 

「ジュドー、お前は退避しろ」

 

「ふざけんな。ここは俺の住処だぞ」

 

「相手は武装MSだ。作業機で出るのは危険すぎる」

 

「それを怪我人に言われたくねぇよ」

 

「……」

 

「あんたが守るために乗るって言うなら、俺だって守るために出る。シャングリラは、俺たちの場所だからな」

 

 ジュドーの目は、軍人の目ではなかった。

 戦場で鍛えられた兵士の目でもない。

 けれど、逃げる者の目でもなかった。

 生活を守るために戦う者の目だった。

 その目を見て、俺は止める言葉を失った。

 

 その時、格納区画の入口に小さな影が立っていた。

 

「ランガ、また戦うの」

 

 ドゥーだった。

 まだ顔色は悪く、壁に手をついている。

 それでも、彼女の目には以前の狂気ではなく、不安があった。

 

「あぁ。けど、今度は死ぬためじゃない」

 

「守るため?」

 

「そうだ」

 

「……私も行くって言ったら、怒る?」

 

「怒る。今のお前は休め」

 

「即答なんだ」

 

「サイコ・ガンダムに戻らない練習の第一歩だ」

 

 ドゥーは少しだけ目を伏せた。

 それから、小さく笑った。

 

「……そっか。じゃあ、待ってる」

 

「あぁ。待ってろ」

 

 その言葉を交わした後、俺はペイルライダーのコックピットへ向かった。

 装甲の隙間から入り込む時、身体中が痛んだ。

 シートへ座るだけで、息が詰まりそうになる。

 それでも操縦桿を握ると、手に馴染む感覚が戻ってきた。

 

 モニターが不安定に明滅する。

 HADESの表示は、完全に封印されている。

 赤い文字は沈黙し、システムは俺を呼ばない。

 

「脚部出力は四割。姿勢制御は不安定。右腕は使うな」

 

 テム・レイさんの声が通信に入る。

 

「十分です」

 

「どこが十分なんだよ。普通に考えたら棺桶だぞ」

 

「棺桶には慣れている」

 

「慣れるなよ、そんなもん」

 

「ランガ・ロード。忘れるな。君の目的は敵を倒すことではない」

 

「敵を格納区画から引き離し、住民区画への被害を抑えることですね」

 

「そうだ。戦うな。誘導しろ」

 

「了解」

 

 俺は静かに息を吐いた。

 ペイルライダー。

 お前は、俺を何度も戦場へ連れ戻した。

 けれど、今回は違う。

 俺が、お前を戦場へ連れていく。

 守るために、俺の意思で。

 

「ランガ・ロード、ペイルライダー、出る」

 

 破損した青い機体が、ゆっくりと立ち上がった。

 脚部の出力は不安定で、少し動くだけで警告が鳴る。

 右腕は反応が鈍く、スラスターの補助も期待できない。

 だが、それでもペイルライダーは動いた。

 古い格納区画にいた作業員たちが、息を呑む気配が通信越しに伝わってくる。

 

 俺はペイルライダーを外縁作業区画へ向けて歩かせた。

 外の映像には、海賊モビルスーツの群れが映っている。

 その中の一機が、こちらへ機体を向けた。

 

『なんだ、あの機体……まだ動くのかよ』

 

 海賊側の通信が漏れた。

 俺は、その反応を確認して小さく呟いた。

 

「こっちを見たな。なら、十分だ」

 

『ランガ、無理すんなよ! 俺たちで誘導ルートを作る!』

 

 ジュドーの声が入る。

 彼は作業用MSに乗り、仲間たちと外縁部へ出る準備をしているらしい。

 

「あぁ、頼む」

 

 マチュの元へ戻る前に、また戦いだ。

 本当に、俺は厄介事に縁がある。

 けれど、今度は復讐でも償いでもない。

 ここにいる人たちを守るために、俺はペイルライダーを動かす。

 

 壊れかけた青い機体が、旧式コロニーの外縁部へ進む。

 赤い警報灯が視界を染め、海賊モビルスーツの影がその先に浮かび上がる。

 ペイルライダーの足取りは重い。

 だが、俺の意思だけは、もう迷っていなかった。

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