機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第62話

 外縁作業区画へ出た瞬間、ペイルライダーの脚部が嫌な震えを返してきた。

 

 右脚の反応が半拍遅れ、左膝の駆動音には濁った金属音が混じっている。

 背部スラスターは吹かせば反応するが、推力の立ち上がりが遅く、いつものように機体を空間へ投げ出す感覚はなかった。

 何より、コックピットの中で俺自身の身体が、モビルスーツよりも先に悲鳴を上げていた。

 

「脚部出力が不安定だな。右へ重い……背部スラスターも反応が遅い」

 

『分かっているはずだ。まともな戦闘機動はできない』

 

 テム・レイさんの声が、通信の向こうから冷静に返ってくる。

 その冷静さが、今のペイルライダーの状態を余計に突きつけてきた。

 こいつは戦える状態ではない。

 それは、俺が一番よく分かっている。

 

「分かっています。戦うんじゃなく、引きつけるんでしょう」

 

『だったら、無茶すんなよ! あんた、今にも倒れそうなんだからな!』

 

 ジュドーの声が割り込んでくる。

 外縁区画の別ルートで、作業用MSを動かしているらしい。

 映像には映らないが、あいつもあいつで無茶をしている。

 

「倒れるなら、敵を引き離してから倒れる」

 

『そういう意味じゃねぇよ!』

 

 通信の向こうでジュドーが叫ぶ。

 その声を聞きながら、俺は薄く息を吐いた。

 ペイルライダーは重い。

 いつものように動かない。

 機体も、俺の身体も、どちらも戦場を拒んでいる。

 それでも、敵は待ってくれない。

 

 シャングリラの外縁作業区画は、ひどく戦いにくい場所だった。

 資材コンテナが無造作に積み重なり、巨大な作業用アームが折れた骨のように突き出し、廃船の外装板や切断された推進器がそこら中に転がっている。

 視界は悪く、射線も通りにくい。

 だが、それはこちらにとっても利用できる遮蔽物が多いという意味だった。

 

 海賊モビルスーツは、既にこちらへ近づいていた。

 旧式のザク系が二機。

 作業用MSを無理矢理戦闘用にしたような機体が一機。

 さらに後方に、火器を抱えた改造機が二機ほど見える。

 寄せ集めの部隊に見えるが、武装だけは不自然に整っていた。

 

『なんだ、あの青い機体。半壊してるじゃねぇか』

 

『けど、情報にあった機体に似てるぞ。あれを持って帰れば追加報酬だ』

 

「追加報酬、か。やっぱり偶然じゃないな」

 

 口元が勝手に歪む。

 ただの略奪なら、あいつらは資材コンテナへ向かうはずだ。

 だが、奴らは俺を見て、明らかに反応を変えた。

 つまり、ペイルライダーか、俺自身か、そのどちらかを狙っている。

 

『動けるなら脚を潰せ! 中身ごと持って帰るぞ!』

 

「生け捕り狙いか。なら、少しはやりやすい」

 

 殺しに来る相手より、生け捕りを狙う相手の方が読みやすい。

 コックピットを避ける。

 機体を無力化しようとする。

 それはつまり、攻撃の狙いがある程度絞れるということだ。

 ただし、それはこちらが万全ならの話だった。

 

 正面のザク系がマシンガンを構える。

 俺はペイルライダーを無理に跳ばさず、近くの資材コンテナの影へ滑り込ませた。

 脚部が軋み、膝の警告が赤く点滅する。

 それでも、射線は切れた。

 

『隠れたぞ!』

 

「半壊していても、射線ぐらいは読める」

 

 マシンガンの弾がコンテナを叩き、金属片が散る。

 俺は撃たせたまま、周囲に残っていた固定ワイヤーを左腕で掴んだ。

 右腕は使えない。

 なら、使えるものだけでやるしかない。

 

 コンテナの固定ワイヤーを引き抜き、敵機の足元へ放る。

 相手は半壊した機体だと侮っていたのか、踏み込みの角度が雑だった。

 ザク系の足首にワイヤーが絡む。

 俺はペイルライダーの重心を横へ倒し、機体の自重を使ってワイヤーを引いた。

 

『うおっ!?』

 

 ザク系が姿勢を崩す。

 宇宙空間ならワイヤーの引き合いで済むが、ここはコロニー外縁部の作業フレームに沿った半固定区画だ。

 足場も重力も完全ではないが、姿勢を崩すには十分だった。

 敵機が転倒し、マシンガンの銃口がこちらから逸れる。

 

 俺はペイルライダーを前に出し、倒れた敵機の武装を蹴り飛ばした。

 コックピットは狙わない。

 脚部関節だけを左腕で掴み、装甲の隙間へ力を入れる。

 嫌な音と共に、関節が外れた。

 

『すげぇ……あの状態で倒したのかよ!』

 

『感心している場合ではない。脚部負荷が急上昇している』

 

「一機、無力化。次が来る」

 

 息を整える暇はなかった。

 二機目が距離を取り、肩部ミサイルを放つ。

 スラスターを吹かして避けたいが、今のペイルライダーでは推力が足りない。

 だから俺は、避ける代わりに作業用アームの影へ機体を滑り込ませた。

 

 ミサイルがアームに直撃し、爆風がペイルライダーを横から殴る。

 機体が片膝をつき、俺の脇腹にも同じような衝撃が走った。

 

「ぐっ……!」

 

 視界が白く滲む。

 だが、膝をついた姿勢は悪くない。

 低い角度からなら、ワイヤーアンカーの残った一本が使える。

 

「今の出力なら、一発だけなら撃てる」

 

 左腰のアンカーを射出する。

 射出機構は不安定だったが、一本だけは生きていた。

 ワイヤーが伸び、二機目の武器腕へ絡みつく。

 俺は力任せに引かず、銃口の向きだけをずらすようにテンションをかけた。

 

『なっ、こいつ!』

 

 逸れた弾丸が、横から接近していた三機目のカメラを掠める。

 海賊同士の通信が荒れる。

 

『味方を撃つな、馬鹿野郎!』

 

「焦ったな」

 

 混乱した一瞬を逃さず、近くの資材コンテナを脚で押し出す。

 ペイルライダーの脚部が悲鳴を上げるが、今だけ動けばいい。

 押し出されたコンテナが二機目と三機目の進路を塞ぎ、その隙に俺は接近した。

 

 二機目の頭部センサーを左腕で叩き潰す。

 三機目は武器を振り上げたが、俺はその銃身を掴み、機体ごと捻るようにしてへし折った。

 武装を失った三機目が後退する。

 

 倒せる。

 この程度なら、機体が壊れていても対応できる。

 だが、それは一対一か、せいぜい二対一までの話だ。

 問題は、数だった。

 

 後方の影から、さらに複数のモビルスーツが現れた。

 整備状態の良い改造ザク。

 火力だけなら旧式とは思えない重装機。

 作業用MSを盾役にしたような機体まで混じっている。

 

『ランガ・ロード、撤退しろ。これ以上は機体が保たない』

 

「撤退したら、格納区画に行かれる」

 

『こっちでコンテナを動かす! 少しだけ時間を稼げ!』

 

「時間稼ぎなら、得意だ」

 

 嘘だった。

 今の俺には、時間稼ぎすら危うい。

 息をするたびに胸が痛む。

 操縦桿を握る指先も震えている。

 痛み止めが切れているのか、それとも身体が限界を訴えているのか、視界の端に黒いノイズが混じり始めていた。

 

 HADESを起動すれば、少しは動けるかもしれない。

 そんな考えが、頭の隅をよぎる。

 

 その瞬間、コックピットの端で、封印されたHADESの表示が一瞬だけノイズを走らせた。

 赤い残光が、死んだはずの火のようにモニターの隅へ浮かぶ。

 

「駄目だ。今は使わない」

 

 表示は何も答えない。

 それでも、まるでこちらを見ている気がした。

 

「俺が乗っている。お前に使われるんじゃない」

 

 その一瞬の迷いを、敵は逃さなかった。

 右側から撃ち込まれた弾丸が、ペイルライダーの左肩を掠める。

 装甲が剥がれ、機体が大きく揺れた。

 

『動きが鈍ったぞ! 今だ、囲め!』

 

「ちっ……!」

 

 海賊機が一斉に散開する。

 前方に二機。

 左右に一機ずつ。

 後方からさらに一機が回り込む。

 遮蔽物に使えるコンテナは、先ほどの戦闘で位置が崩れていた。

 作業アームも破壊され、射線を切るための壁が少ない。

 

『ランガ! そっちに敵が集まりすぎてる!』

 

「分かっている。こっちを見ているなら、目的は果たしている」

 

『そういう問題じゃねぇだろ!』

 

 ジュドーの叫びが、耳に痛い。

 その通りだ。

 目的を果たしているから死んでいい、なんて話ではない。

 俺はマチュの元へ戻ると決めている。

 地球へ行く約束もした。

 だから、ここで死ぬ訳にはいかない。

 

『半壊機一機に手こずりやがって。まとめて押さえろ!』

 

 敵の一機がネット弾を射出した。

 回避しようとするが、脚部出力が落ちている。

 反応が遅れた。

 ネットが左脚へ絡まり、ペイルライダーの姿勢が崩れる。

 

「脚が……!」

 

 片膝が落ちる。

 警告音がコックピットを満たす。

 ペイルライダーの左腕でネットを引き剥がそうとするが、機体出力が足りない。

 右腕は動かない。

 背部スラスターを吹かせば少しは姿勢を戻せるが、ここで吹かせば燃え残りの推進器が完全に死ぬ。

 

『ランガ、脱出しろ!』

 

 テム・レイさんの声が飛ぶ。

 

「まだだ。ここで降りたら、あいつらは格納区画へ向かう」

 

『馬鹿野郎! 死んだら終わりだろ!』

 

 ジュドーの声が震えていた。

 怒っているのは分かる。

 心配しているのも分かる。

 けれど、今ここで退けば、誰かが傷つく。

 それだけは嫌だった。

 

『こいつ、まだ抵抗する気かよ!』

 

『なら、腕を落とせ! 中身は生きてりゃいい!』

 

 海賊機の一機が、ヒート系の刃物を振り上げる。

 狙いはペイルライダーの左腕。

 落とされれば、もう抵抗手段はほとんどない。

 俺は残った出力を左腕へ回そうとしたが、間に合わない。

 

 その瞬間だった。

 

 別方向から、青い影が飛び込んできた。

 

 最初に見えたのは、しなる鞭のような武装だった。

 ヒート・ロッド。

 それが海賊機の胴体へ絡みつき、次の瞬間、青白い電撃が走った。

 

『な、なんだこいつは!?』

 

 海賊機の動きが止まる。

 その青いモビルスーツは、止まった敵の懐へ滑り込むように接近し、二本のヒート・サーベルを抜いた。

 斬撃は速い。

 だが、コックピットを狙っていない。

 武器だけを斬る。

 関節だけを潰す。

 相手の命を奪うのではなく、戦う力だけを奪う熟練の制圧だった。

 

「青い機体……あれは」

 

『グフ……なのか? でも、俺が知ってるグフよりずっと速いぞ!』

 

 ジュドーの声が通信越しに響く。

 グフ。

 その名は、俺も知っている。

 だが、俺の知るグフとは違う。

 

 肩部は大きく張り出し、背部と脚部には強化されたスラスターがある。

 重装甲でありながら、短距離の加速が鋭い。

 ヒート・ロッドは単なる電撃武器ではなく、相手の姿勢を崩し、自分の間合いへ引き込むための手足になっている。

 旧式機をただ改修しただけではない。

 あれは、戦場を知る人間が、自分の戦い方に合わせて鍛え直した機体だ。

 

『こいつ、ただの自警団じゃねぇ!』

 

『撤退だ、撤退しろ!』

 

 海賊たちが浮き足立つ。

 だが、青いグフの動きは止まらない。

 ヒート・ロッドで一機を絡め取り、盾で別の機体の銃撃を受け流し、二本のヒート・サーベルで武器だけを斬り落としていく。

 無駄な破壊がない。

 民間区画へ弾を流さない位置取り。

 敵を追い詰めすぎず、逃げ道を潰しすぎず、制圧だけを積み重ねている。

 

 強い。

 単純な機体性能ではなく、戦い方が強い。

 

『逃がすと思うか』

 

 低く、落ち着いた男の声が通信へ割り込んだ。

 怒鳴ってはいない。

 だが、その声には妙な圧がある。

 戦場を知り、部下を知り、敵を知っている者の声だった。

 

『民間コロニーを荒らす賊に、退路を選ぶ権利はない』

 

 最後の一機が逃げようとした。

 グフは追いすぎない。

 ヒート・ロッドを伸ばし、敵機の武器腕だけを絡め取る。

 そこから電撃。

 敵機が痙攣するように止まり、手にしていた火器を落とした。

 

 海賊部隊は、ほぼ無力化された。

 俺があれだけ苦労して引きつけていた相手を、このグフは短時間で片付けた。

 それも、必要以上に殺さずに。

 

 青いグフは、ペイルライダーの前へ静かに降り立った。

 赤い警報灯に照らされ、青い装甲が鈍く光る。

 俺は警戒を解かず、それでも助けられた事実を認めて通信を開いた。

 

「助かった。あんたは何者だ」

 

『こちらの台詞でもある。半壊した機体で、海賊を引きつけるとは無茶をする少年だ』

 

「無茶をしなければ、守れない時がある」

 

 俺がそう答えると、通信の向こうで男がわずかに息を吐いた気がした。

 

『その言葉を、若者が当然のように口にする世界は、良い世界ではないな』

 

 その言葉に、俺は一瞬だけ何も言えなくなった。

 責められている訳ではない。

 馬鹿にされている訳でもない。

 そこにあったのは、戦場に若者が立つことへの苦さだった。

 

 バスクやティターンズの大人たちとは違う。

 この男は、人を駒として見ていない。

 

 グフが、ペイルライダーへ手を差し出した。

 ペイルライダーの脚部はもう限界だった。

 自力で格納区画へ戻るには、かなり厳しい。

 俺は少しだけ迷った後、その手を取るように機体を動かした。

 

『まずは機体を退かせる。話はその後だ』

 

「……了解した」

 

『ランガ、そのグフのパイロット、誰なんだよ?』

 

 ジュドーが通信で問いかける。

 俺は青い機体を見ながら、小さく答えた。

 

「分からない。けど、敵ではないと思う」

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