機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第63話

 グフに支えられながら、ペイルライダーはシャングリラの格納区画へ戻った。

 

 外縁作業区画の赤い警報灯はまだ点滅していて、海賊モビルスーツの残骸や切り落とされた武装が、資材コンテナの間に転がっている。

 さっきまで戦場だった場所は、戦いが終わった瞬間から、またジャンクの山へ戻ろうとしていた。

 けれど、そこに残った熱と焦げた金属の匂いだけは、今さっきまで本当に命の取り合いがあったのだと訴えている。

 

 ペイルライダーの脚部は、もう限界だった。

 左脚に絡まっていたネットは外されたが、駆動系の反応は鈍く、歩くだけでコックピット内に警告音が鳴る。

 青いグフの腕がなければ、格納区画に戻る途中で膝をついていたかもしれない。

 

「助かった。本当に、あのままだったら危なかった」

 

『礼を言うなら、まずは機体を下げてからにした方がいい。まだ身体も機体も限界だろう』

 

「見れば分かるか」

 

『戦場では、動きよりも止まり方に本音が出るものだ』

 

 通信の向こうの声は、低く落ち着いていた。

 怒鳴り声ではない。

 威圧しているわけでもない。

 ただ、それだけで相手が戦場を長く知っているのだと分かる声だった。

 

 この男は、ペイルライダーの動きだけを見ているのではない。

 俺がどこで痛みを堪えたか、どこで無理に機体を支えたか、どこで迷ったかまで見ている。

 そういう見方をする人間は、戦いをただの勝ち負けで見ていない。

 

 格納区画へ入ると、ジュドーが作業用MSから飛び降りるようにして駆け寄ってきた。

 後ろでは、仲間らしい連中が海賊機の固定や武装の取り外しに走り回っている。

 ジュドーは俺の機体を見るより先に、通信越しに怒鳴ってきた。

 

『ランガ! 生きてるよな!?』

 

「あぁ、なんとか生きている」

 

『なんとかって言う奴は、だいたい全然大丈夫じゃねぇんだよ!』

 

「今回は本当に、なんとかだ」

 

『そこは嘘でも大丈夫って言えよ!』

 

 ジュドーの声は荒いが、そこには怒りよりも安堵の方が強かった。

 俺はそれに返す言葉を探したが、操縦桿を握る指先が震えていて、上手く言葉が出てこない。

 戦闘が終わった途端、身体の痛みがまとめて戻ってきていた。

 

 テム・レイさんは、ペイルライダーの状態を見るなり深く眉を寄せた。

 彼は端末を操作し、仮復旧した箇所のログを見て、ため息に近い息を吐く。

 

「機体負荷は想定以上だ。次に同じことをすれば、ペイルライダーは動かなくなる」

 

「分かっています。次はさすがに無理ですね」

 

「さすがにって、今回も普通に無理だったからな!」

 

 ジュドーがすぐに突っ込む。

 格納区画にいた作業員たちの何人かが、緊張を緩めたように小さく笑った。

 その笑いが生まれるほどには、戦闘が終わったということなのだろう。

 

 その一方で、青いグフは静かに格納区画の中央へ進んできた。

 戦闘を終えたばかりだというのに、その機体には目立った損傷がない。

 ヒート・ロッドも二本のヒート・サーベルも綺麗に収納され、ただそこに立っているだけで、周囲の空気が引き締まる。

 

 グフのコックピットハッチが開いた。

 中から降りてきたのは、精悍な顔つきの中年男性だった。

 無駄のない動きでタラップを下りる姿には、軍人特有の重みがある。

 ただし、俺が嫌というほど見てきたティターンズの将校たちのような、他人を道具として見下す冷たさはなかった。

 

 その男は、俺の前まで歩いてきた。

 俺もペイルライダーから降りようとして、シートから身体を起こした瞬間、脇腹に痛みが走る。

 

「ぐっ……」

 

「おいランガ、無理すんなって!」

 

「降りるぐらいはできる」

 

「その台詞、さっきから全部信用できねぇんだよ!」

 

 ジュドーに半ば支えられながら、俺はコックピットから降りた。

 足が床についた瞬間、膝が揺れる。

 情けない姿だと思ったが、目の前の男はそれを笑わなかった。

 ただ、静かに俺の立ち方を見ていた。

 

「先ほどの戦いぶり、見事だった。半壊した機体で、あれだけ引きつけた胆力は評価に値する」

 

「……あんたは」

 

 俺の問いに、男は迷わず答えた。

 

「ランバ・ラル。ジオン軍の者だ」

 

 その名が耳に入った瞬間、俺は思わず目を見開いた。

 ランバ・ラル。

 俺の知る歴史では、ジオン軍の名将として記録に残っていた人物。

 青い巨星。

 ただ、俺が知る彼は一年戦争の中で語られる人物であり、こうして目の前に立っている相手ではなかった。

 

 けれど、今、確かにそこにいる。

 歴史の記録ではなく、生きた人間として。

 俺を助けた青いグフのパイロットとして。

 

「ランガ、知ってるのか?」

 

 ジュドーが俺の反応を見て、首を傾げる。

 

「……名前だけは」

 

「ほう。若い身で私の名を知っているとは、少々珍しいな」

 

「有名人ですからね」

 

 そう返しながらも、内心では動揺を隠しきれていなかった。

 この世界ではジオンが勝っている。

 ならば、一年戦争で失われたはずの人物が生きていてもおかしくない。

 理屈では分かる。

 けれど、理屈と感情は別だった。

 

 ラルは俺の包帯と、無理に立っている姿勢を見た。

 その目には、叱責ではなく苦さがあった。

 戦場で若者を見る大人の目。

 俺がこれまで向けられることの少なかった目だ。

 

「君はまだ少年だろう。なぜ、あの状態で出た」

 

「守らなければならないと思ったからです」

 

「守るために命を捨てるのは、守るとは言わん」

 

「死ぬつもりはありませんでした」

 

「死ぬつもりがある者より、死なないつもりで無茶をする者の方が危うい時もある」

 

「……耳が痛いですね」

 

「それを理解できるなら、まだ救いはある」

 

 ラルの言葉は重かった。

 俺を否定しているわけではない。

 けれど、俺の危うさを見抜いている。

 マチュにも、ジュドーにも、テム・レイさんにも言われたことと同じだ。

 俺は、死なないと言いながら、死ぬかもしれない場所へ平然と足を踏み入れる。

 

 それは、前の世界で身についた癖だ。

 戦場で生き残るための癖。

 けれど今は、その癖が俺をマチュの元へ戻れなくするかもしれない。

 

 最低限の挨拶が済むと、俺は痛む身体を抑えながら、改めてラルを見る。

 助けてもらったことには感謝している。

 それでも、偶然この場に現れたとは思えなかった。

 海賊襲撃のタイミングも、グフの介入も、あまりにも都合が良すぎる。

 

「ラル大尉、いや、ラルさん。あなたはなぜここへ来たんですか」

 

「ほう、疑うか」

 

「助けて貰ったことには感謝しています。けれど、偶然とは思えない」

 

「おいランガ、助けてもらった相手にいきなりそれかよ」

 

 ジュドーが慌てるが、ラルは気を悪くした様子もなく、むしろわずかに口元を緩めた。

 

「構わん。戦場で生き残る者は、その程度の警戒心を持っていて当然だ」

 

 テム・レイさんも、端末を手にしたまま会話へ入ってくる。

 

「私も気になるな。ジオン軍の者が、この旧式コロニーに何の用か」

 

 ラルは少しだけ沈黙した。

 その間に、格納区画の喧騒が遠く聞こえる。

 無力化された海賊機の固定作業。

 切り落とされた武装の回収。

 負傷者の確認。

 そのすべての音の奥で、ラルの声が静かに落ちた。

 

「ここへ来た理由は、海賊退治ではない」

 

「では、何を追っていたんですか」

 

「ティターンズだ」

 

 その単語が出た瞬間、俺の表情が凍ったのが自分でも分かった。

 体の痛みとは違う、もっと深い場所が冷える感覚。

 ジュドーには聞き慣れない言葉だったのだろう。

 彼は怪訝そうに眉を寄せる。

 

「ティターンズ? なんだよ、それ」

 

「……」

 

 答えるべきなのに、すぐには声が出なかった。

 ティターンズ。

 その名は、俺にとって単なる組織名ではない。

 復讐を与えられ、利用され、人を殺す理由を正義のように押しつけられた場所。

 俺がかつて飲み込まれた地獄そのものだった。

 

 ラルは俺の反応を見て、目を細めた。

 

「地球連邦軍の一部に存在する、極右思想を持つ特殊部隊構想だ。表向きはまだ明確な組織ではないが、既に各地で不穏な動きを見せている」

 

「バスク・オム」

 

 俺の口から、その名前が零れた。

 ラルの表情がわずかに変わる。

 

「その名を知っているのか」

 

「知っています。嫌というほど」

 

「ならば、君にも無関係ではないようだな」

 

 無関係どころではない。

 違う歴史でも、その名前がここに出てくる。

 まだ正式な組織ではないのかもしれない。

 けれど、思想は既に芽吹いている。

 バスクという男がいる。

 ティターンズという名前が動き始めている。

 なら、同じ過ちがまた起きる可能性がある。

 

 ドゥー。

 サイコ・ガンダム。

 毒ガス。

 ニュータイプ研究。

 俺の頭の中で、嫌な記憶が次々と繋がっていく。

 

 ラルは、外縁作業区画で無力化された海賊機の映像を端末に出した。

 テム・レイさんが近づき、その映像を覗き込む。

 

「奴らはただの海賊ではない。装備の出どころが不自然だった」

 

「やっぱり、あいつら普通じゃなかったのかよ」

 

「旧式機にしては武装の整備状態が良すぎる。狙いも明確だった。あれは略奪ではなく、回収任務に近い」

 

「狙いはペイルライダーですか」

 

「あるいは、その機体に関わる何かだ」

 

 テム・レイさんが、静かに呟く。

 

「HADES、あるいは異質な兵装か」

 

「詳しい事情は分からん。だが、ティターンズに関わる者がシャングリラ周辺で動いているのは確かだ」

 

 俺はペイルライダーを見た。

 壊れた青い機体。

 HADESを封じられ、それでも無理に動いた相棒。

 もしティターンズがこいつを狙っているのなら、理由はいくつも考えられる。

 HADESそのもの。

 マグネットコーティング。

 νガンダムのビームサーベル。

 あるいは、俺が知っている情報。

 

「ティターンズが動いているなら、このコロニーも危ない」

 

「その通りだ。奴らは必要ならば民間区画も利用する」

 

「利用するだけじゃない。邪魔なら切り捨てます」

 

 思わず、声が低くなった。

 ラルが俺を見る。

 

「……経験がある口ぶりだな」

 

「えぇ。あります」

 

「若者がそのような経験を持つこと自体、あまり喜ばしいことではない」

 

「俺もそう思います」

 

 俺自身、好きでそんな経験を積んだわけではない。

 けれど、知っている。

 バスクが、ティターンズが、人をどう扱うか。

 その思想がどれほど簡単に人を壊し、街を焼き、子供を兵器へ変えるかを。

 だから放っておくことはできない。

 

 ラルはしばらく俺とペイルライダーを見比べた。

 傷ついた機体と、傷ついた少年。

 そう見えているのだろう。

 否定はできなかった。

 

「君がティターンズを知るというなら、聞きたいことは多い」

 

「俺も、あなたから聞きたいことがあります」

 

「ならば、互いに話す必要があるな」

 

「ちょっと待てよ。つまり、まだ厄介事が続くってことか?」

 

 ジュドーが顔をしかめる。

 その反応は当然だった。

 海賊を追い払ったばかりで、次はティターンズだと言われれば、誰だってうんざりする。

 

「残念ながら、その可能性は高い」

 

「マジかよ……せっかく海賊を追い払ったと思ったのに」

 

「海賊は枝葉だ。根を絶たねば、また同じことが起きる」

 

 ラルの言葉に、テム・レイさんが頷く。

 

「根がティターンズだというのなら、厄介極まりないな」

 

 ラルは、ここ最近確認された不審な物資移動について話し始めた。

 旧連邦系の輸送ルートに、所在不明の資金が流れていること。

 強化人間らしき被験者の噂。

 民間企業を名乗る組織が、旧式コロニーや廃棄施設で何かを回収していること。

 どれも単独ではただの噂かもしれない。

 けれど、俺にはそれらが線に見えた。

 

 前の歴史で見たティターンズの臭いがする。

 バスクが好むやり方だ。

 汚い仕事を外部に投げ、正規の軍事行動ではないように装い、必要なものだけを回収する。

 人も、機体も、技術も。

 

「奴らはまだ名乗っていない。だが、思想と行動は既に形を取り始めている」

 

「正式な名前がなくても、やっていることが同じなら同じです」

 

「君は、その名に強い嫌悪を抱いているようだ」

 

「嫌悪だけじゃありません。俺にとっては、過去そのものです」

 

 そう言うと、ラルは静かに目を細めた。

 

「ならば、君はどうする」

 

「放ってはおけません。けれど、今の俺とペイルライダーでは戦えない」

 

「だからこそ、作り替える必要がある」

 

 テム・レイさんが、まるで待っていたように言った。

 ジュドーが頭を抱える。

 

「またその話に戻るのかよ」

 

「戻るさ。今度こそ、過ちを繰り返さないために」

 

 自分で口にしたその言葉が、胸の奥に重く落ちた。

 過ちは繰り返さない。

 ガンダムXの言葉。

 俺が新しい機体に込めようとしている意味。

 それは、マチュの元へ戻るためだけではない。

 ドゥーをもう一度サイコ・ガンダムへ戻さないためだけでもない。

 この世界に、俺の知る地獄を繰り返させないためだ。

 

 格納区画には、傷ついたペイルライダーと、無傷に近いグフが並んでいる。

 壊れた青と、鍛え上げられた青。

 その対比が、俺の今の未熟さと、ラルという大人の存在を突きつけてくるようだった。

 

「ランガ・ロード。君が何者であれ、今は休め」

 

「休める状況なら、そうします」

 

「休むことも戦いの一部だ。若者がそれを忘れると、周囲の大人が苦労する」

 

「そうそう、聞いたかランガ。大人が言ってるぞ」

 

「ジュドーに言われると、あまり説得力がないな」

 

「なんでだよ!」

 

 ジュドーの叫びに、場の空気が少しだけ緩んだ。

 ラルもわずかに口元を緩め、テム・レイさんは呆れたように端末へ視線を戻した。

 ほんの一瞬だけ、戦場の臭いが薄れる。

 こういう空気があるから、人はまだ戻れるのだろう。

 

 けれど、俺の胸には重い予感が残っていた。

 ティターンズ。

 その名前が、この歴史でも形を持ち始めている。

 前の世界で俺を飲み込んだ亡霊が、ここでも動いている。

 

 赤い警報灯が消え、格納区画に静けさが戻っていく。

 だが、その静けさの奥で、確かに何かが動き始めていた。

 

 ペイルライダーを作り替える理由が、また一つ増えた。

 俺はもう、戦争に使われるつもりはない。

 そして、この世界にも同じ過ちを繰り返させるつもりはなかった。

 

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