機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第64話

 海賊の襲撃が収束した後も、シャングリラの格納区画には落ち着かない空気が残っていた。

 

 赤い警報灯はもう消えている。

 けれど、消えたはずの光が瞼の裏に焼き付いているようで、視界の端が何度も赤く揺れる。

 作業員たちは無力化された海賊機の固定に走り、ジュドーたちは回収できる武装や部品の選別を始めていた。

 さっきまで命の取り合いだった場所が、すぐにジャンクの山として処理されていく。

 それがシャングリラという場所なのだろう。

 

 壊れたものを拾う。

 使えるものを分ける。

 売れるものを残す。

 昨日の戦場も、今日の生活の材料になる。

 

 俺はそれを見ながら、少しだけ羨ましいと思っていた。

 壊れたものを、壊れたまま終わらせない生き方。

 俺には、まだ上手くできていないことだったからだ。

 

 ペイルライダーは、格納区画の中央に戻されていた。

 外縁作業区画でさらに酷使したせいで、左脚の関節は限界に近く、肩の装甲も剥がれ、仮復旧させた回路のいくつかは完全に焼き切れている。

 テム・レイさんはその状態を見て、しばらく無言だった。

 怒鳴られなかったことが、逆に怖かった。

 

「次に同じことをすれば、この機体は本当に沈黙する」

 

 そう言われた時、俺は素直に頷くしかなかった。

 戦えない機体で戦った。

 動けない身体で動いた。

 それがどれほど危うかったのかは、戦いが終わった今の方がよく分かる。

 

 ジュドーは、俺の顔を見るたびに何か言いたそうにしていた。

 けれど、結局は「後でちゃんと寝ろよ」とだけ言って、また海賊機の方へ走っていった。

 あいつなりに、今の俺に言葉をぶつけすぎないようにしているのだろう。

 それが分かるから、少しだけ申し訳なかった。

 

 そして、青いグフのパイロット。

 ランバ・ラル。

 

 彼は海賊戦の後始末を見届けた後、誰かと短い通信をしていた。

 ジオン軍の本隊とやり取りしているのだろうが、会話の内容はほとんど聞こえない。

 ただ、声の調子から、彼が普通の巡回任務でここにいるわけではないことだけは分かった。

 

「表に出せぬ任務というものは、いつの時代も面倒なものだな」

 

 ラルさんは、通信の向こうへそう言った。

 その声に苛立ちはない。

 だが、面倒な任務を面倒なまま引き受けている大人の重さがあった。

 

『大尉、こちらとの合流予定を変更しますか』

 

「いや、しばらく私はシャングリラに残る」

 

『例の少年と機体の件ですか』

 

「あれをただの漂流者として扱うには、事情が重すぎる」

 

『ティターンズとの関係も疑われますか』

 

「疑うというより、既に繋がりは見え始めている」

 

 ティターンズ。

 その名前が出るだけで、胸の奥が冷える。

 バスク。

 強化人間。

 サイコ・ガンダム。

 毒ガス。

 俺が知る地獄の断片が、勝手に頭の中で並び始める。

 

 この世界で、まだそれは完全な形ではないのかもしれない。

 けれど、芽は出ている。

 ラルさんはその芽を追って、ここへ来た。

 ならば、あの海賊たちは本当にただの海賊ではなかったのだ。

 

 ラルさんは通信を終えると、テム・レイさんのいる作業卓へ歩いていった。

 俺は少し離れた位置で、ペイルライダーの損傷した脚部を見ていたが、二人の会話は自然と耳に入ってきた。

 

「理屈の上では作り替えられる。だが、理屈だけで機体は組めない」

 

 テム・レイさんが、端末に映った改修案を見ながら言った。

 そこにはペイルライダーのフレーム、残存したHADESの隔離区画、そして格納庫奥に隠されていた未完成のリフレクターらしき部品の図面が並んでいる。

 その全てを繋ぎ合わせるには、どう見ても普通の修理では済まない。

 

「つまり、金も部品も足りねぇってことだろ」

 

 いつの間にか戻ってきていたジュドーが、身も蓋もない言い方をした。

 テム・レイさんは少しだけ眉を動かしたが、否定はしなかった。

 

「身も蓋もないが、その通りだ」

 

「ならば、その不足分はこちらで手配しよう」

 

 ラルさんが静かに言った。

 ジュドーが目を丸くする。

 

「えっ、そんな簡単に言っていいのかよ」

 

「簡単ではない。だが、必要な出費だ」

 

 俺は思わずラルさんを見た。

 必要な出費。

 それはつまり、俺の機体を作り替えることに価値があると判断したということだ。

 ティターンズへの対抗手段としてか。

 それとも、もっと別の理由があるのか。

 

 テム・レイさんも同じ疑問を持ったのだろう。

 彼は端末から視線を上げ、ラルさんを見た。

 

「ジオン軍の予算を、正体不明の機体に使うつもりか」

 

「正式な軍予算ではない。極秘任務用の裁量資金と、押収した海賊物資の処理費を回す」

 

「うわ、大人の金の動かし方ってやつだ」

 

「少年が真似するものではない」

 

 ラルさんの返しに、ジュドーが少しむくれた。

 そのやり取りに、周囲の空気がわずかに緩む。

 だが、俺の胸の中は軽くならなかった。

 

 俺のために金が動く。

 俺の機体のために部品が集められる。

 それはありがたいことだ。

 けれど、同時に怖かった。

 俺はまた、誰かの期待や目的を背負って機体に乗ることになるのではないか。

 前の世界で、俺はそうしてティターンズに利用された。

 復讐を与えられ、機体を与えられ、戦う理由を与えられて、気づいた時には自分で選んだと思い込まされていた。

 

 今度は違う。

 そう思いたい。

 けれど、本当に違うと言えるのか。

 

 気がつくと、俺は格納区画から離れていた。

 誰かに何かを言った覚えはない。

 身体は痛むし、本来ならベッドに戻るべきだった。

 けれど、胸の奥がざわついて、その場にいられなかった。

 

 シャングリラの上層にある展望区画は、古い透明装甲越しに宇宙が見える場所だった。

 透明装甲には細かい傷が無数に入っていて、星の光がその傷に滲むように反射している。

 遠くにはコロニー外壁の作業灯が並び、ゆっくり明滅していた。

 サイド6で見た宇宙と、たぶん同じ宇宙だ。

 けれど、隣にマチュはいない。

 

 マチュは今、どこで何をしているのだろう。

 俺が生きていることを知らずに、泣いているのか。

 怒っているのか。

 それとも、俺を探して無茶をしているのか。

 そのどれもあり得るから、余計に胸が痛む。

 

「……戻るって言ったのに」

 

 小さく呟いた声は、展望区画の冷たい空気に溶けた。

 戻ると決めた。

 マチュの元へ戻る。

 地球へ行く。

 一緒に生きる。

 それなのに、ペイルライダーは壊れ、ドゥーはまだ不安定で、ティターンズの影まで現れた。

 進んでいるはずなのに、戻る道だけが遠ざかっている気がする。

 

「ここにいたか」

 

 背後から声がした。

 振り返らなくても分かった。

 ランバ・ラルだ。

 足音が落ち着いている。

 相手を驚かせないように、けれど気配を消しすぎない歩き方だった。

 

「ラルさん」

 

「傷は痛むだろう。わざわざこんな場所まで来る必要があったのか」

 

「少し、宇宙を見たかっただけです」

 

「宇宙を見ているようで、別のものを見ている顔だな」

 

「……よく分かりますね」

 

「戦場帰りの者は、遠くを見る時に今いない誰かを探すことがある」

 

 その言葉に、俺は返せなかった。

 マチュの顔が浮かんだ。

 サイド6の部屋で笑っていた顔。

 俺を抱き締めて、一緒に生きたいと言った顔。

 サイコ・ガンダムの爆発の中で、通信越しに俺の名前を叫んだ声。

 

 ラルさんは俺の正面には立たなかった。

 少し距離を置いて、隣に並ぶ。

 問い詰めるためではなく、同じ方向を見るための位置だった。

 その距離感に、俺は戸惑った。

 命令でもなく、尋問でもなく、説教でもない。

 ただ隣に立たれることに、俺は慣れていなかった。

 

「座るか。立っているだけでも傷に障る」

 

「大丈夫です」

 

「大丈夫という者ほど、大抵は大丈夫ではない」

 

「最近、そればかり言われます」

 

「ならば、周囲の者が正しいのだろう」

 

「……そうかもしれません」

 

 俺は苦笑しようとして、上手く笑えなかった。

 確かに、最近はずっと言われている。

 マチュにも、ジュドーにも、テム・レイさんにも、そしてラルさんにも。

 大丈夫ではないと。

 休めと。

 無茶をするなと。

 

 前なら鬱陶しいと思ったかもしれない。

 けれど今は、少し違う。

 そう言ってくれる人間がいること自体に、慣れていなかった。

 

「君は若い。だが、若い者の顔をしていない時がある」

 

「戦争を知っているからですか」

 

「それだけではない。戦争を知っても、人は様々だ」

 

 ラルさんは、透明装甲の向こうに広がる宇宙を見たまま言った。

 

「君の場合は、自分が傷つくことを勘定に入れ忘れている」

 

 その言葉は、思ったより深く刺さった。

 俺は死にたいわけではない。

 それは本当だ。

 マチュの元へ戻りたい。

 生きたい。

 今は、心からそう思っている。

 けれど、いざ何かが起きると、自分の命を計算から外してしまう。

 守らなければならないものを優先して、そのために自分が壊れることを後回しにする。

 

「聞きました。ペイルライダーの改修費用を用意してくれたそうですね」

 

 俺は、話題を変えるように言った。

 けれどラルさんは、逃げたことを咎めなかった。

 

「正確には、ペイルライダーをそのまま直すためではない。君が次に乗る器を作るための費用だ」

 

「なぜ、そこまでしてくれるんですか」

 

「理由は二つある。一つは、ティターンズへの対抗に君の知識と機体が必要になる可能性が高いからだ」

 

「もう一つは」

 

 ラルさんは少しだけ間を置いた。

 それから、俺を見る。

 

「君を、壊れた機体のまま戦場へ戻すべきではないと思ったからだ」

 

「……」

 

「若者を戦争に立たせることが避けられぬ時もある。だが、その若者を壊れたまま送り出す大人であってはならん」

 

 その言葉に、俺は何も言えなかった。

 俺を戦わせた大人は、何人もいた。

 復讐を与えた大人。

 機体を与えた大人。

 命令を下した大人。

 俺の怒りを便利な武器として扱った大人。

 

 けれど、俺が壊れたまま戦うことを止めようとした大人は、どれだけいただろうか。

 俺に力が必要だと言いながら、俺自身が壊れることを問題にしてくれた大人は、どれだけいただろうか。

 

 ラルさんの言葉は、俺が慣れていない場所から来るものだった。

 だから、どう返せばいいのか分からなかった。

 

「俺は、そんなに危うく見えますか」

 

「見える」

 

「即答ですね」

 

「戦場で曖昧な返事は命取りになる」

 

「……確かに」

 

「君は死にたい訳ではない。だが、自分が生き残ることへの執着が薄い」

 

「それは、否定できません」

 

 認めるしかなかった。

 前の世界では、生き残る理由が薄かった。

 復讐が終われば、俺はどうなってもいいと思っていた。

 マチュを失った後は、なおさらだった。

 この世界に来て、マチュが生きていて、俺に生きろと言ってくれて、それでようやく俺は生きたいと思えるようになった。

 

 それでも、身体に染み付いた癖は簡単には消えない。

 守るためなら、自分を削る。

 それを当然のように選んでしまう。

 

「話せるなら話せ。話せぬなら、今は黙っていてもいい」

 

 ラルさんは、静かに言った。

 その声は命令ではなかった。

 

「急に、そう言われても困りますね」

 

「人は命令されて悩みを話せるものではない」

 

「軍人らしくない言い方ですね」

 

「軍人である前に、大人であるつもりだ」

 

「……大人、ですか」

 

「君のような若者が、何もかも一人で抱えて戦う必要はない」

 

「俺が抱えなければ、誰かが傷つくかもしれない」

 

「それでも、君一人で抱えた結果、君が倒れれば同じことだ」

 

 それは、分かっている。

 分かっているはずだった。

 けれど、誰かに言われなければ、俺はまた忘れる。

 自分が倒れれば、マチュが泣く。

 ジュドーが怒る。

 ドゥーがまた不安定になるかもしれない。

 ペイルライダーも、これ以上は動かなくなる。

 俺一人で抱えることが、誰かを守ることにならない場合もある。

 

 展望区画の外で、星が静かに瞬いていた。

 その光は遠く、冷たく、けれど確かにそこにある。

 俺はしばらく黙っていた。

 何から話せばいいのか分からない。

 前の歴史のこと。

 ティターンズのこと。

 マチュを失ったこと。

 この世界のマチュを本物として見ていいのか迷っていたこと。

 ペイルライダーに使われていたこと。

 ドゥーを助けたこと。

 全てが絡まり合って、言葉にしようとすると喉の奥で詰まる。

 

「話せるかどうかは、まだ分かりません」

 

「それでいい」

 

「けれど、聞いてくれるなら、少しだけ話したいことがあります」

 

「ならば聞こう。急ぐ必要はない」

 

「長い話になりますよ」

 

「長い戦争を生きた身だ。話を聞く時間ぐらいはある」

 

 その言葉に、俺はまた宇宙を見た。

 マチュのいる場所は遠い。

 ティターンズの影は近い。

 ペイルライダーは壊れ、俺自身もまだ壊れたままだ。

 けれど、隣には話を聞こうとしてくれる大人がいた。

 

 それだけで、少しだけ呼吸がしやすくなった気がした。

 

 俺はすぐに全てを語るわけではなかった。

 けれど、これまで一人で抱えていたものを、少しだけ他人に渡す準備ができた。

 ラルさんは黙って隣に立ち、俺が言葉を探すのを待ってくれている。

 

 静かな展望区画で、俺とランバ・ラルの本当の会話が、ようやく始まろうとしていた。

 

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