機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
シャングリラの格納区画には、久しぶりに戦場とは違う熱が満ちていた。
それは火薬の熱でも、ビームの残滓でも、機体が破壊される直前に放つ焦げた匂いでもない。
工具が金属を叩く音、溶接の光、作業員たちの怒鳴り声、古いクレーンが軋みながら部品を吊り上げる音。
壊れたものを前にして、それを終わりにしない人間たちの熱だった。
ペイルライダーは、格納区画の中央に固定されていた。
外縁作業区画で無理に動かしたせいで、脚部はさらに傷み、左肩の装甲は剥がれ、右腕はほとんど動かない。
青い装甲には焦げ跡が残り、胸部の奥では、封じられたHADESが沈黙したまま、まだそこにある。
俺はその姿を見上げながら、胸の奥が奇妙に締め付けられるのを感じていた。
相棒が壊れていくのを見る痛みと、相棒が別の形へ変わっていくことへの不安。
その二つが混ざって、上手く呼吸できなくなる。
「なぁ、おっちゃん。本当にこれ、元の機体に戻す気ないんだな」
ジュドーが、運び込んだジャンクパーツの箱を床に置きながら言った。
油まみれの顔には疲労が見えるが、目だけは妙に輝いている。
文句を言いながらも、未知の機体が作られていくことに興味があるのだろう。
「戻すだけなら簡単ではないが可能だ。だが、それでは意味がない」
テム・レイさんは、ペイルライダーの頭部周辺を見上げながら答えた。
彼の手元には、解析データの束と、損傷箇所の一覧が表示されている。
それを見れば見るほど、俺には修理という言葉が嘘に思えた。
「意味がない、ですか」
「君自身が言ったはずだ。この機体の中にある過ちを直したいとな」
その言葉に、俺は黙った。
ペイルライダーをただ直せば、きっとまた戦える。
HADESを目覚めさせれば、もっと強く動けるかもしれない。
けれど、それは俺を過去へ引き戻す道でもある。
この機体は、俺の戦争そのものだった。
復讐のために乗り、怒りに押され、敵を殺すために動かし続けた。
だからこれは修理ではない。
俺の過去を、別の形へ作り替える作業なのだ。
「ランガ、顔が怖いぞ。お前、今にもおっちゃんを止めそうな顔してる」
ジュドーがこちらを見て、少しだけ茶化すように言った。
俺は苦笑しようとしたが、上手くいかなかった。
「止めるつもりはない。ただ、見届けたいだけだ」
「そういう言い方する奴って、大体めちゃくちゃ気にしてるんだよな」
「……否定はしないよ」
ジュドーは肩をすくめた。
その軽さに少し救われながら、俺は作業用アームが動くのを見た。
ペイルライダーの損傷した頭部外装へ、慎重にクレーンが近づく。
外装を固定していたボルトが外され、焼け焦げた装甲がゆっくりと剥がされていく。
その光景は、まるで相棒の顔が削り取られていくようだった。
思わず、拳を握り締める。
頭部が変わる。
それだけで、機体が別の存在になってしまうような気がした。
ペイルライダーという名前が、俺の手の中から遠ざかっていくようで、胸の奥がざらついた。
「頭部を丸ごと交換する訳じゃないんですね」
俺がそう言うと、テム・レイさんは作業を止めずに答えた。
「当然だ。HADESの中枢に近い部分を不用意に外せば、機体そのものが死ぬ可能性がある」
「じゃあ、変えるのは外側だけってことか」
ジュドーが、露出した頭部内部を覗き込みながら言った。
内部には複雑な制御線とセンサー系が残り、HADESに関係すると思われる配線は、赤い警告表示で隔離されている。
外装は剥がされても、その奥にある危険な心臓は、まだ確かに生きていた。
「そうだ。中身はペイルライダーのまま、損傷した外装だけを新しい形にする」
「HADESは外さないんですね」
「外さない。いや、正確には外せないと言うべきだな」
テム・レイさんは、端末に表示された制御系統を指で示した。
そこには、俺には理解しきれないほど複雑に絡み合った線が並んでいる。
「あれは単なる追加装置ではない。機体の戦闘制御と深く絡み合っている。無理に切除すれば、フレーム制御そのものが破綻する」
「じゃあ、危ないシステムを積んだままにするのかよ」
「積んだまま、勝手に動かせないようにする。危険な刃物を捨てられないなら、鞘と鍵を作るしかない」
その言葉は、妙に胸へ残った。
HADESを捨てられない。
ペイルライダーの過去を、完全には消せない。
それは、俺自身と同じだった。
ティターンズに利用されたことも、復讐で戦ったことも、マチュを失った記憶も消えない。
消せないなら、飲まれないように抱えるしかない。
危険なものをなかったことにするのではなく、自分の意思の下に置く。
それが、俺がこの機体と進む道なのかもしれなかった。
「俺が機体に使われないために」
「そうだ。HADESを消すのではなく、君の意思の下へ置く」
テム・レイさんはそう言うと、ジュドーへ合図を出した。
格納区画の奥から、シートに覆われた新しい外装パーツが運び込まれる。
作業員たちが慎重に固定具を外し、シートを引き剥がした。
そこに現れたのは、ガンダムを思わせる頭部外装だった。
ペイルライダーの内側を残したまま被せるための外装で、完全な新造頭部ではない。
それでも、額のアンテナとツインアイに近いセンサー保護部が見えた瞬間、機体の印象が大きく変わることは分かった。
「おいおい、これって完全にガンダム顔じゃねぇか」
「ガンダムヘッド……」
俺は呟いた。
ガンダム。
その名前には、いつも何かがつきまとう。
アムロさんの機体。
マチュが乗るジークアクス。
戦場で人の運命を変えてしまう名前。
そして今、俺のペイルライダーも、その顔を纏おうとしている。
「残存データの中に、ガンダム型外装の設計案があった。センサー保護、放熱、装甲配置の面で、今の状態にはこれが最も適している」
「ペイルライダーのデータに、こんな外装案があったんですか」
「正確には、君の機体が抱えていた異質なデータ群の中に、だ。内部構造を残す以上、適合する形は限られる」
「でも見た目は完全にガンダムっぽくなるんだろ?」
「外見はな。だが、忘れるな。これは新しく作った頭ではない。ペイルライダーの頭に、ガンダムの外装を被せるだけだ」
ペイルライダーの頭に、ガンダムの外装を被せる。
その言葉は、俺自身を言い表しているようだった。
俺は新しい人間になったわけではない。
過去を消したわけでもない。
けれど、過去のままでもいられない。
別の形を纏い、別の意味を持って、前へ進むしかない。
ガンダムヘッドの外装が、ゆっくりとペイルライダーの頭部へ取り付けられていく。
内部の制御線はそのまま残り、外装だけが新しい形へ変わる。
装着が終わると、まだ配線はむき出しで、装甲も仮固定に過ぎない。
それでも、そこに立つ機体は、もう完全なペイルライダーではなかった。
「なんだか、見慣れないな」
「そりゃそうだろ。顔が変わったら、別人みたいなもんだし」
「……そうだな」
俺は新しい顔を見上げた。
見慣れない。
けれど、知らない機体ではない。
あの青いフレームも、胸部奥に眠るHADESも、歪んだ脚部も、何度も俺を戦場から生かして帰したペイルライダーのものだ。
「顔が変わっただけではない。外装に合わせ、センサー系の保護配置と冷却経路も見直す」
「でも、内部はそのままなんですよね」
「そのまま残す部分と、制御する部分を分ける。重要なのは、機体が先に答えを出さないようにすることだ」
「機体が先に答えを出す……」
「HADESは戦場で迷いを削る。だが、迷いを削られた人間は、考えることも捨てる」
テム・レイさんの言葉は、HADESそのものを嫌悪しているようでいて、俺自身へ向けられているようにも聞こえた。
HADESが起動した時、俺は迷わなかった。
恐怖も、罪悪感も、戦場で邪魔になる感情が遠ざかる。
敵を倒す最短の動きだけが見える。
それは、確かに強さだった。
けれど、その強さは人間を削る。
迷うことも、怯えることも、立ち止まることも、本当は人間が人間でいるために必要なものだったのかもしれない。
「この外装は、恐怖を与えるための顔ではない」
「恐怖を与えるための顔?」
「ペイルライダーの外観には、戦場で相手を威圧する思想があった。死を思わせる名と姿だ。だが、次の機体に必要なのは威圧ではない」
「じゃあ、何が必要なんだよ」
ジュドーが尋ねると、テム・レイさんは少しだけ間を置いた。
「選択だ。パイロットが自分の意思で戦い方を選べる機体にする」
「自分の意思で……」
「戦場で機体が先に答えを出してしまえば、人間は考えることをやめる。私は、そのような機体を作るつもりはない」
俺は、新しい顔を見上げたまま黙っていた。
この機体は、俺に迷う余地を残そうとしている。
殺すための最適解ではなく、守るために悩む余地を残す。
それは、HADESとは真逆の思想だった。
格納区画の奥では、別の大型パーツの調整も行われていた。
まだ完全には組み上がっておらず、接続部には仮固定のフレームがむき出しになっている。
大きな板状の構造物が何枚も並び、作業員たちが慎重に角度を調整しているが、現状ではとても使用できる状態には見えなかった。
「あれが、新しい機体に付く予定の装備ですか」
「そうだ。まだ使える段階ではない。制御も受信機構も安定していないし、今動かせば機体ごと焼ける」
「物騒な説明だな」
ジュドーが顔を引きつらせた。
俺も同じ気持ちだった。
あの大きなパーツからは、まだ完成していないにもかかわらず、異様な存在感がある。
力そのものが眠っているような、そんな圧だ。
「普通に考えたら、とんでもない代物なんじゃねぇの」
「その通りだ。だからこそ、扱う者の意思が重要になる」
「撃つための力じゃなく、撃たないために持つ力」
俺がそう呟くと、テム・レイさんはこちらを見た。
「君がそう使えるなら、そうなる」
巨大な力を持つことは怖い。
けれど、力がなかったことで守れなかったものもある。
マチュを守れなかった過去。
ドゥーを救うために、壊れかけのペイルライダーへすがった今。
そのどちらも、力の有無だけでは語れない。
必要なのは、力を捨てることではない。
力に飲まれないことだ。
その答えへ辿り着くために、この機体は作られようとしているのだと思った。
仮組みされた機体を見上げながら、ジュドーがふと呟いた。
「なぁ、おっちゃん。こいつ、もうペイルライダーって感じじゃねぇよな」
「……そうだな」
「じゃあ、新しい名前とかあるのかよ」
「ある」
テム・レイさんは即答した。
俺は思わず彼の方を見た。
「もう決めていたんですか」
「仮称ではあるがな」
「もったいぶるなよ。なんて名前なんだ」
テム・レイさんは、まだ未完成の機体を見上げた。
ペイルライダーのフレームを残し、HADESを抱え、ガンダムの外装を纏い、まだ使えない巨大な力の部品を背負おうとしている機体。
完成していないからこそ、その姿はまだ何者にも決まっていないように見えた。
「ガンダムX」
その名前が、格納区画に静かに落ちた。
「ガンダム、X……」
「エックス? なんでXなんだよ」
「Xは未知だ。まだ答えの出ていないもの。決まっていない未来。何になるか分からない可能性」
「未知……」
「この機体は、完全な新造機ではない。ペイルライダーの過去を残したまま、ガンダムの外装をまとい、未知の力を背負う機体だ」
テム・レイさんは、そこで一度言葉を切った。
それから、俺を見る。
「君が何のために乗るかで、意味が変わる機体だ」
ガンダムX。
未知を冠するガンダム。
それは、今の俺に似ているのかもしれない。
復讐のために戦うのか。
守るために戦うのか。
過ちを繰り返すのか。
それとも断ち切るのか。
まだ答えは決まっていない。
だから未知。
だからX。
「ペイルライダーは、消えた訳じゃないんですね」
「当然だ。過去を消して新しくなることなどできん」
「過去を抱えたまま、別の形になる」
「その方が、人間にも機械にも自然だ」
「なんか難しい話になってきたな」
ジュドーが頭をかく。
俺は少しだけ笑った。
「でも、少し分かるよ」
過去は消えない。
俺がしてきたことも、HADESに飲まれかけたことも、ティターンズに利用されたことも、全部残る。
けれど、それを抱えたままでも、別の形へ進むことはできる。
ペイルライダーがそうであるように、俺もまた。
その時、仮接続された頭部センサーが一瞬だけ起動した。
ガンダムヘッドの奥で、ツインアイが淡く光る。
完全な起動ではない。
ただの通電確認に過ぎないのだろう。
それでも、その光を見た瞬間、胸の奥に何かが灯った気がした。
「おっ、今ちょっと光ったぞ!」
「仮接続が通っただけだ。騒ぐほどではない」
「……いや、十分ですよ」
俺は、その未完成の機体を見上げた。
ペイルライダーだった機体。
まだ武器も整わず、大型パーツも使えず、装甲も未完成で、HADESという危険を抱えたままのガンダム。
それでも、その目は確かに開いた。
「ランガ・ロード。この機体はまだ未知数だ。強くもなるし、危険にもなる」
「それは、俺次第ということですね」
「その通りだ」
俺はゆっくり頷いた。
この機体は、俺を救うためだけのものではない。
俺を試すものでもある。
力を持った時に、何を選ぶのか。
怒りを抱えた時に、誰のために戦うのか。
それを、俺に問い続ける機体になる。
「なら、俺はこの機体を、過ちを繰り返さないために使います」
その言葉は、格納区画の作業音に混じって消えていった。
けれど、俺の中には残った。
ペイルライダーの残骸から生まれつつある新たなガンダム。
その名は、ガンダムX。
未知を意味する名を与えられた機体は、俺自身の未来そのものだった。
過去を消すのではなく、過去に飲まれるのでもなく、まだ決まっていない答えへ向かうために、そのガンダムは静かに目を開いた。