機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
海賊モビルスーツの残骸が並べられたシャングリラの格納区画は、戦闘後の熱をまだ残していた。
切断された武装。
焼け焦げた装甲。
無理矢理引き剥がされた記録装置。
それらが作業台の上に並べられている光景は、まるで海賊たちの腹の中を暴いているようだった。
ジュドーたちは慣れた手つきで部品を仕分けしている。
使えるもの。
売れるもの。
危険だから触らない方がいいもの。
その判断が早いのは、シャングリラで生きるために必要な技術なのだろう。
俺は少し離れた場所で、それを見ていた。
身体はまだ痛む。
ペイルライダーだった機体は、ガンダムXという名を与えられて、改修作業の途中にある。
けれど、今は機体のことだけを見ていられなかった。
海賊が持っていた装備。
その中に混じっている異物。
それが、俺の中にある嫌な記憶を掘り返していた。
「なぁ、これって本当に海賊の持ち物なのかよ。妙に綺麗すぎるんだけど」
ジュドーが、分解したユニットを手にしながら眉を寄せた。
旧式ザク系の機体に積まれていたものにしては、その部品だけが異様に整備されている。
外装は雑に塗り直されていたが、中身は違う。
乱暴な海賊が使い潰したものではなく、どこかの施設で管理されていたものだ。
テム・レイさんは、そのユニットを受け取ると、端末に接続して内部の構造を確認した。
数秒後、その顔がさらに険しくなる。
「海賊が自力で整備した装備ではない。少なくとも、供給元は別にある」
「普通の武装じゃないですね」
俺が言うと、テム・レイさんは小さく頷いた。
「通常のモビルスーツ用ではない部品が混じっている。人間の反応を機体側へ無理に接続するための補助装置に近い」
その言葉を聞いた瞬間、胃の奥が冷たくなった。
俺は、その手の技術を知っている。
人間を助けるための技術ではない。
人間を機械に合わせて壊す技術だ。
パイロットを機体に近づけるのではなく、パイロットを機体の部品にするためのもの。
HADESも、そこに近いものだった。
けれど、今目の前にある部品から感じる嫌悪は、それとはまた違う。
もっと直接的で、もっと無遠慮で、もっと人間を人間として見ていない。
「……やっぱり、そういう連中か」
口から零れた言葉に、ジュドーがこちらを見る。
「そういう連中って、ランガは何か分かるのかよ」
「分かりたくないけどな」
俺が答えた時、格納区画の入口から足音が近づいてきた。
振り返ると、ランバ・ラルさんが端末を手にして歩いてくる。
その表情はいつも通り落ち着いていたが、目には軍人としての鋭さが戻っていた。
「海賊どもの輸送経路が判明した。表向きは医療研究施設への物資輸送となっている」
「医療研究施設って、病院みたいなもんか」
ジュドーが首を傾げる。
ラルさんは短く息を吐いた。
「表向きはな。だが、運ばれている物資は治療用とは言い難い」
テム・レイさんが、端末に映された物資一覧を覗き込む。
そして、淡々と読み上げた。
「強化薬剤、反応補助用の神経接続部品、大型機用のサイコミュ補助部材。医療というより、兵器実験だな」
「やっぱり、そういう場所か」
俺の声は、自分で思ったより低かった。
ラルさんがこちらを見る。
「ランガ・ロード。君は心当たりがあるようだな」
「詳しくは話せません。ただ、似たような施設を知っています」
「似たような施設か」
「人間を治療する場所じゃない。人間を機械に合わせて壊す場所です」
言葉にした瞬間、胸の奥で古い怒りが揺れた。
サイコ・ガンダム。
強化人間。
白い部屋。
薬品の匂い。
人間の精神を削り、反応だけを引き上げ、壊れれば交換すればいいと考える連中。
俺がその光景を思い出していると、格納区画の入口に小さな気配が立った。
「それ、知ってる」
ドゥーだった。
まだ体調が万全ではないのだろう。
壁に手をつき、顔色も少し悪い。
けれど、その目は海賊機から回収された薬剤ケースと、テム・レイさんが解析していた部品に向けられていた。
怯えている。
それは、サイコ・ガンダムの中で見せた狂気とは違う。
もっと幼く、もっと素直な恐怖だった。
「ドゥー、無理に出てくるな」
「大丈夫じゃないけど、たぶん話した方がいいと思った」
大丈夫じゃない。
そう言えるようになったこと自体が、少し前のドゥーとは違っていた。
俺は近づこうとしたが、彼女は小さく首を横に振る。
自分で立っていたいのだろう。
テム・レイさんが、部品を少しだけ持ち上げた。
「この部品に見覚えがあるのか」
「うん。白い部屋にあった。薬の匂いがして、寒くて、ずっと機械の音がしてた」
「白い部屋って……研究所か何かかよ」
ジュドーの声が、少しだけ掠れた。
ドゥーは曖昧に頷く。
「分からない。でも、そこにいると、頭の中がぐちゃぐちゃになって、サイコ・ガンダムの声が近くなる」
サイコ・ガンダムの声。
その言葉を聞いた瞬間、俺の拳が自然と握られていた。
ドゥーの中には、まだその場所が残っている。
サイコ・ガンダムから引き剥がしても、機体から降ろしても、彼女を壊した場所の記憶は消えていない。
白い部屋。
薬の匂い。
機械の音。
その全部が、彼女の中に棘のように刺さっている。
「他に覚えていることはあるか」
俺が問いかけると、ドゥーは視線を落とした。
必死に何かを思い出そうとしている。
けれど、その作業自体が痛みを伴うのだろう。
彼女の指先が震えていた。
「名前。たぶん、場所の名前か、人の名前」
ラルさんが静かに尋ねる。
「何という名だ」
ドゥーは少しだけ唇を噛んだ。
そして、ぽつりと呟く。
「ムラサメ」
その単語が落ちた瞬間、格納区画の空気が重くなった。
テム・レイさんは端末へ視線を落とし、何かを検索する。
ラルさんは表情を険しくした。
俺は、ドゥーの名前とその単語が、嫌な形で繋がっていくのを感じていた。
「ムラサメ系列の研究施設か。旧連邦軍系の記録に、似た名称がある」
テム・レイさんが言う。
ラルさんは端末の情報を確認しながら、低い声で続けた。
「表向きの名称は、第七医療技術センター。だが内部資料では、ムラサメ系列実験区画と呼ばれていた可能性がある」
「おい、それって完全にヤバいやつじゃねぇか」
ジュドーの言葉は、誰も否定しなかった。
「医療施設じゃない。そこは、人間を兵器にする場所だ」
俺はそう言った。
怒りだけで言った訳ではない。
確信だった。
ドゥーの記憶。
海賊機の部品。
ラルさんの輸送経路。
テム・レイさんの解析。
断片だったものが、一本の線になっていく。
その線の先にあるのは、旧連邦軍系のニュータイプ研究施設。
表向きは医療。
裏では強化人間とサイコミュ兵器の実験。
そして、ドゥーをサイコ・ガンダムへ繋いだ場所。
「まだ断定はできん。だが、手掛かりとしては十分だ」
ラルさんが言う。
「施設が現存しているなら、ドゥーの調整記録も残っている可能性がある」
テム・レイさんの言葉に、ドゥーが微かに震えた。
「調整記録……」
その響きが、あまりにも嫌だった。
人間の過去を記録するなら、思い出や名前や生活であるべきだ。
なのに、ドゥーの過去として残っているかもしれないのは、調整記録。
薬の量。
反応速度。
精神負荷。
サイコ・ガンダムとの接続率。
そういう数字の羅列なのだろう。
俺は、ドゥーの方を見た。
「ドゥーを、もう一度そこへ戻す訳にはいかない」
ラルさんが俺を見る。
「それは彼女を守るためか。それとも君自身の過去に決着をつけるためか」
「両方です」
迷わず答えた。
その言葉に嘘はない。
俺はティターンズに似たものを止めたい。
人を兵器にする場所を壊したい。
それはドゥーのためでもある。
けれど同時に、俺自身のためでもあった。
俺はああいう場所から目を逸らせない。
そこに関わるたび、昔の自分が戻ってくる。
復讐に飲まれ、人を殺す理由を欲しがっていた自分。
機体に使われ、怒りを正義だと思い込もうとしていた自分。
それを終わらせるには、俺自身が向き合うしかない。
俺はドゥーへ向き直った。
彼女は白い部屋の記憶に怯えながらも、俺の目を見ようとしていた。
俺たちは違う。
同じではない。
けれど、人間を兵器にしようとする場所に傷つけられたという意味では、似た境遇にいるのかもしれなかった。
「ドゥー、俺はあの施設を調べに行く」
「私を連れて行くの」
「無理に連れて行くつもりはない」
「じゃあ、なんで私に言うの」
「お前の過去でもあるからだ。俺だけで勝手に決めたくない」
ドゥーは黙った。
黒いマスクの奥で、何を考えているのかは分からない。
それでも、彼女が逃げずに聞いていることだけは分かった。
「俺は、俺の過去に決着をつけたい。ティターンズに似たものを止めたい。けど、そこにはお前の記憶もある」
「私が、行きたくないって言ったら」
「それでも俺は調べる。けれど、お前を無理に連れて行かない」
「私が、行きたいって言ったら」
「その時は、俺が絶対にサイコ・ガンダムへ戻させない」
言葉にした瞬間、自分の中で何かが定まった。
ドゥーを守る。
それは、ただ彼女を遠ざけることではない。
彼女が自分で選ぶことを守ることだ。
白い部屋へ戻りたくないなら、その選択を守る。
知りたいと言うなら、その選択も守る。
誰かに乗せられ、調整され、壊されるのではなく、彼女自身が選べるようにする。
「ランガは怖くないの」
ドゥーが尋ねた。
その声は小さかった。
「怖いよ」
「でも、行くんだ」
「あぁ。逃げたままだと、俺はずっとあいつらの影に追われる」
「私も、白い部屋が怖い。夢に出る。サイコ・ガンダムの中より、たぶん怖い」
その言葉に、胸が締めつけられた。
サイコ・ガンダムの中より怖い。
それは、どれほどの場所だったのか。
どれほど彼女を壊したのか。
「なら、決めるのはお前だ」
「決める……」
「誰かに乗せられるんじゃない。誰かに調整されるんじゃない。今度は、お前が選べ」
ドゥーは、はっとしたように俺を見た。
選ぶ。
その言葉は、彼女にとって慣れないものなのだろう。
これまで彼女は乗せられ、調整され、壊され、死ぬような結末を繰り返してきた。
自分で選ぶ機会など、ほとんど与えられてこなかったのかもしれない。
長い沈黙が落ちた。
ジュドーも、テム・レイさんも、ラルさんも何も言わない。
ドゥーが自分の言葉を探す時間を、誰も奪わなかった。
やがて、ドゥーは小さく息を吸った。
「怖いけど、知りたい」
その声は震えていた。
けれど、確かに彼女自身の声だった。
「私が何だったのか。何をされたのか。どうして何度も死ぬみたいになったのか」
「分かった」
「でも、途中で怖くなったら逃げてもいい」
「当たり前だ」
俺が即答すると、ドゥーは少しだけ黙った後、こちらを見た。
「ランガも、怖くなったら逃げてもいいよ」
「俺もか」
「うん。ランガも、人間でしょ」
その言葉に、俺は一瞬何も言えなくなった。
ランガも、人間でしょ。
そんな当たり前の言葉が、思っていた以上に胸へ響いた。
俺はいつの間にか、自分をそう扱うことが下手になっていた。
戦う者。
守る者。
復讐者。
パイロット。
そういう名前ばかりを自分に貼って、人間であることを後回しにしていた。
怖くなったら逃げてもいい。
ドゥーに言われるとは思わなかった。
けれど、彼女もまた、怖いと言いながら選ぼうとしている。
なら、俺も自分を兵器のように扱うわけにはいかない。
ラルさんが静かに口を開いた。
「すぐに動くのは危険だ。まずは確証を集める」
軍人としての現実的な声だった。
感情だけで突っ込むな、という警告でもある。
「私はこちらの部品規格から、施設の技術系統を洗う」
テム・レイさんが端末を操作しながら言った。
「じゃあ、俺はジャンク屋連中に聞いてみる。変な薬品ケースとか大型機用の部品なら、どっかで噂になってるかもしれねぇ」
ジュドーが言う。
軽い口調だが、その目は真剣だった。
「俺は、ドゥーの記憶を整理する。無理はさせない範囲で」
「私も、自分で思い出す。できるだけ」
ドゥーが小さく頷いた。
ラルさんは全員を見渡し、静かに言う。
「ならば、方針は決まりだな」
格納区画の奥では、未完成のガンダムXが静かに佇んでいた。
ガンダムヘッドの外装を纏ったその機体は、まだ戦える状態ではない。
大きな装備も、まだ使えない。
HADESも、その内側で封じられたまま眠っている。
それでも、その姿は俺たちの今に似ていた。
未完成で、危うくて、過去を抱えたまま。
けれど、まだ何になるかは決まっていない。
ティターンズを止める。
それは、敵を倒すだけの話じゃない。
俺が利用された過去と向き合い、同じように壊されたドゥーを、あの白い部屋から完全に切り離すための戦いだ。
復讐ではなく、決着をつけるために。
「ランガ」
「なんだ」
「今度は、私も選ぶね」
ドゥーがそう言った。
その声はまだ弱かったが、さっきより少しだけ前を向いていた。
「あぁ。そうしてくれ」
白い部屋の記憶は、まだ消えない。
俺の中のティターンズの記憶も、消えることはない。
けれど、その記憶に引きずられるだけではなく、自分の意思で向き合うことはできる。
未完成のガンダムXが静かに佇む中、俺たちは旧連邦軍系ニュータイプ研究施設への調査を始めることを決めた。
それは、俺とドゥーにとって、過去へ戻るための道ではない。
過去を終わらせるための、最初の一歩だった。