機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第67話

 海賊モビルスーツの残骸が並べられたシャングリラの格納区画は、戦闘後の熱をまだ残していた。

 

 切断された武装。

 焼け焦げた装甲。

 無理矢理引き剥がされた記録装置。

 それらが作業台の上に並べられている光景は、まるで海賊たちの腹の中を暴いているようだった。

 

 ジュドーたちは慣れた手つきで部品を仕分けしている。

 使えるもの。

 売れるもの。

 危険だから触らない方がいいもの。

 その判断が早いのは、シャングリラで生きるために必要な技術なのだろう。

 

 俺は少し離れた場所で、それを見ていた。

 身体はまだ痛む。

 ペイルライダーだった機体は、ガンダムXという名を与えられて、改修作業の途中にある。

 けれど、今は機体のことだけを見ていられなかった。

 

 海賊が持っていた装備。

 その中に混じっている異物。

 それが、俺の中にある嫌な記憶を掘り返していた。

 

「なぁ、これって本当に海賊の持ち物なのかよ。妙に綺麗すぎるんだけど」

 

 ジュドーが、分解したユニットを手にしながら眉を寄せた。

 旧式ザク系の機体に積まれていたものにしては、その部品だけが異様に整備されている。

 外装は雑に塗り直されていたが、中身は違う。

 乱暴な海賊が使い潰したものではなく、どこかの施設で管理されていたものだ。

 

 テム・レイさんは、そのユニットを受け取ると、端末に接続して内部の構造を確認した。

 数秒後、その顔がさらに険しくなる。

 

「海賊が自力で整備した装備ではない。少なくとも、供給元は別にある」

 

「普通の武装じゃないですね」

 

 俺が言うと、テム・レイさんは小さく頷いた。

 

「通常のモビルスーツ用ではない部品が混じっている。人間の反応を機体側へ無理に接続するための補助装置に近い」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胃の奥が冷たくなった。

 

 俺は、その手の技術を知っている。

 人間を助けるための技術ではない。

 人間を機械に合わせて壊す技術だ。

 パイロットを機体に近づけるのではなく、パイロットを機体の部品にするためのもの。

 

 HADESも、そこに近いものだった。

 けれど、今目の前にある部品から感じる嫌悪は、それとはまた違う。

 もっと直接的で、もっと無遠慮で、もっと人間を人間として見ていない。

 

「……やっぱり、そういう連中か」

 

 口から零れた言葉に、ジュドーがこちらを見る。

 

「そういう連中って、ランガは何か分かるのかよ」

 

「分かりたくないけどな」

 

 俺が答えた時、格納区画の入口から足音が近づいてきた。

 振り返ると、ランバ・ラルさんが端末を手にして歩いてくる。

 その表情はいつも通り落ち着いていたが、目には軍人としての鋭さが戻っていた。

 

「海賊どもの輸送経路が判明した。表向きは医療研究施設への物資輸送となっている」

 

「医療研究施設って、病院みたいなもんか」

 

 ジュドーが首を傾げる。

 ラルさんは短く息を吐いた。

 

「表向きはな。だが、運ばれている物資は治療用とは言い難い」

 

 テム・レイさんが、端末に映された物資一覧を覗き込む。

 そして、淡々と読み上げた。

 

「強化薬剤、反応補助用の神経接続部品、大型機用のサイコミュ補助部材。医療というより、兵器実験だな」

 

「やっぱり、そういう場所か」

 

 俺の声は、自分で思ったより低かった。

 

 ラルさんがこちらを見る。

 

「ランガ・ロード。君は心当たりがあるようだな」

 

「詳しくは話せません。ただ、似たような施設を知っています」

 

「似たような施設か」

 

「人間を治療する場所じゃない。人間を機械に合わせて壊す場所です」

 

 言葉にした瞬間、胸の奥で古い怒りが揺れた。

 サイコ・ガンダム。

 強化人間。

 白い部屋。

 薬品の匂い。

 人間の精神を削り、反応だけを引き上げ、壊れれば交換すればいいと考える連中。

 

 俺がその光景を思い出していると、格納区画の入口に小さな気配が立った。

 

「それ、知ってる」

 

 ドゥーだった。

 まだ体調が万全ではないのだろう。

 壁に手をつき、顔色も少し悪い。

 けれど、その目は海賊機から回収された薬剤ケースと、テム・レイさんが解析していた部品に向けられていた。

 

 怯えている。

 それは、サイコ・ガンダムの中で見せた狂気とは違う。

 もっと幼く、もっと素直な恐怖だった。

 

「ドゥー、無理に出てくるな」

 

「大丈夫じゃないけど、たぶん話した方がいいと思った」

 

 大丈夫じゃない。

 そう言えるようになったこと自体が、少し前のドゥーとは違っていた。

 俺は近づこうとしたが、彼女は小さく首を横に振る。

 自分で立っていたいのだろう。

 

 テム・レイさんが、部品を少しだけ持ち上げた。

 

「この部品に見覚えがあるのか」

 

「うん。白い部屋にあった。薬の匂いがして、寒くて、ずっと機械の音がしてた」

 

「白い部屋って……研究所か何かかよ」

 

 ジュドーの声が、少しだけ掠れた。

 ドゥーは曖昧に頷く。

 

「分からない。でも、そこにいると、頭の中がぐちゃぐちゃになって、サイコ・ガンダムの声が近くなる」

 

 サイコ・ガンダムの声。

 その言葉を聞いた瞬間、俺の拳が自然と握られていた。

 

 ドゥーの中には、まだその場所が残っている。

 サイコ・ガンダムから引き剥がしても、機体から降ろしても、彼女を壊した場所の記憶は消えていない。

 白い部屋。

 薬の匂い。

 機械の音。

 その全部が、彼女の中に棘のように刺さっている。

 

「他に覚えていることはあるか」

 

 俺が問いかけると、ドゥーは視線を落とした。

 必死に何かを思い出そうとしている。

 けれど、その作業自体が痛みを伴うのだろう。

 彼女の指先が震えていた。

 

「名前。たぶん、場所の名前か、人の名前」

 

 ラルさんが静かに尋ねる。

 

「何という名だ」

 

 ドゥーは少しだけ唇を噛んだ。

 そして、ぽつりと呟く。

 

「ムラサメ」

 

 その単語が落ちた瞬間、格納区画の空気が重くなった。

 

 テム・レイさんは端末へ視線を落とし、何かを検索する。

 ラルさんは表情を険しくした。

 俺は、ドゥーの名前とその単語が、嫌な形で繋がっていくのを感じていた。

 

「ムラサメ系列の研究施設か。旧連邦軍系の記録に、似た名称がある」

 

 テム・レイさんが言う。

 ラルさんは端末の情報を確認しながら、低い声で続けた。

 

「表向きの名称は、第七医療技術センター。だが内部資料では、ムラサメ系列実験区画と呼ばれていた可能性がある」

 

「おい、それって完全にヤバいやつじゃねぇか」

 

 ジュドーの言葉は、誰も否定しなかった。

 

「医療施設じゃない。そこは、人間を兵器にする場所だ」

 

 俺はそう言った。

 怒りだけで言った訳ではない。

 確信だった。

 ドゥーの記憶。

 海賊機の部品。

 ラルさんの輸送経路。

 テム・レイさんの解析。

 断片だったものが、一本の線になっていく。

 

 その線の先にあるのは、旧連邦軍系のニュータイプ研究施設。

 表向きは医療。

 裏では強化人間とサイコミュ兵器の実験。

 そして、ドゥーをサイコ・ガンダムへ繋いだ場所。

 

「まだ断定はできん。だが、手掛かりとしては十分だ」

 

 ラルさんが言う。

 

「施設が現存しているなら、ドゥーの調整記録も残っている可能性がある」

 

 テム・レイさんの言葉に、ドゥーが微かに震えた。

 

「調整記録……」

 

 その響きが、あまりにも嫌だった。

 人間の過去を記録するなら、思い出や名前や生活であるべきだ。

 なのに、ドゥーの過去として残っているかもしれないのは、調整記録。

 薬の量。

 反応速度。

 精神負荷。

 サイコ・ガンダムとの接続率。

 そういう数字の羅列なのだろう。

 

 俺は、ドゥーの方を見た。

 

「ドゥーを、もう一度そこへ戻す訳にはいかない」

 

 ラルさんが俺を見る。

 

「それは彼女を守るためか。それとも君自身の過去に決着をつけるためか」

 

「両方です」

 

 迷わず答えた。

 その言葉に嘘はない。

 

 俺はティターンズに似たものを止めたい。

 人を兵器にする場所を壊したい。

 それはドゥーのためでもある。

 けれど同時に、俺自身のためでもあった。

 

 俺はああいう場所から目を逸らせない。

 そこに関わるたび、昔の自分が戻ってくる。

 復讐に飲まれ、人を殺す理由を欲しがっていた自分。

 機体に使われ、怒りを正義だと思い込もうとしていた自分。

 それを終わらせるには、俺自身が向き合うしかない。

 

 俺はドゥーへ向き直った。

 彼女は白い部屋の記憶に怯えながらも、俺の目を見ようとしていた。

 俺たちは違う。

 同じではない。

 けれど、人間を兵器にしようとする場所に傷つけられたという意味では、似た境遇にいるのかもしれなかった。

 

「ドゥー、俺はあの施設を調べに行く」

 

「私を連れて行くの」

 

「無理に連れて行くつもりはない」

 

「じゃあ、なんで私に言うの」

 

「お前の過去でもあるからだ。俺だけで勝手に決めたくない」

 

 ドゥーは黙った。

 黒いマスクの奥で、何を考えているのかは分からない。

 それでも、彼女が逃げずに聞いていることだけは分かった。

 

「俺は、俺の過去に決着をつけたい。ティターンズに似たものを止めたい。けど、そこにはお前の記憶もある」

 

「私が、行きたくないって言ったら」

 

「それでも俺は調べる。けれど、お前を無理に連れて行かない」

 

「私が、行きたいって言ったら」

 

「その時は、俺が絶対にサイコ・ガンダムへ戻させない」

 

 言葉にした瞬間、自分の中で何かが定まった。

 

 ドゥーを守る。

 それは、ただ彼女を遠ざけることではない。

 彼女が自分で選ぶことを守ることだ。

 白い部屋へ戻りたくないなら、その選択を守る。

 知りたいと言うなら、その選択も守る。

 誰かに乗せられ、調整され、壊されるのではなく、彼女自身が選べるようにする。

 

「ランガは怖くないの」

 

 ドゥーが尋ねた。

 その声は小さかった。

 

「怖いよ」

 

「でも、行くんだ」

 

「あぁ。逃げたままだと、俺はずっとあいつらの影に追われる」

 

「私も、白い部屋が怖い。夢に出る。サイコ・ガンダムの中より、たぶん怖い」

 

 その言葉に、胸が締めつけられた。

 サイコ・ガンダムの中より怖い。

 それは、どれほどの場所だったのか。

 どれほど彼女を壊したのか。

 

「なら、決めるのはお前だ」

 

「決める……」

 

「誰かに乗せられるんじゃない。誰かに調整されるんじゃない。今度は、お前が選べ」

 

 ドゥーは、はっとしたように俺を見た。

 選ぶ。

 その言葉は、彼女にとって慣れないものなのだろう。

 これまで彼女は乗せられ、調整され、壊され、死ぬような結末を繰り返してきた。

 自分で選ぶ機会など、ほとんど与えられてこなかったのかもしれない。

 

 長い沈黙が落ちた。

 ジュドーも、テム・レイさんも、ラルさんも何も言わない。

 ドゥーが自分の言葉を探す時間を、誰も奪わなかった。

 

 やがて、ドゥーは小さく息を吸った。

 

「怖いけど、知りたい」

 

 その声は震えていた。

 けれど、確かに彼女自身の声だった。

 

「私が何だったのか。何をされたのか。どうして何度も死ぬみたいになったのか」

 

「分かった」

 

「でも、途中で怖くなったら逃げてもいい」

 

「当たり前だ」

 

 俺が即答すると、ドゥーは少しだけ黙った後、こちらを見た。

 

「ランガも、怖くなったら逃げてもいいよ」

 

「俺もか」

 

「うん。ランガも、人間でしょ」

 

 その言葉に、俺は一瞬何も言えなくなった。

 

 ランガも、人間でしょ。

 そんな当たり前の言葉が、思っていた以上に胸へ響いた。

 俺はいつの間にか、自分をそう扱うことが下手になっていた。

 戦う者。

 守る者。

 復讐者。

 パイロット。

 そういう名前ばかりを自分に貼って、人間であることを後回しにしていた。

 

 怖くなったら逃げてもいい。

 ドゥーに言われるとは思わなかった。

 けれど、彼女もまた、怖いと言いながら選ぼうとしている。

 なら、俺も自分を兵器のように扱うわけにはいかない。

 

 ラルさんが静かに口を開いた。

 

「すぐに動くのは危険だ。まずは確証を集める」

 

 軍人としての現実的な声だった。

 感情だけで突っ込むな、という警告でもある。

 

「私はこちらの部品規格から、施設の技術系統を洗う」

 

 テム・レイさんが端末を操作しながら言った。

 

「じゃあ、俺はジャンク屋連中に聞いてみる。変な薬品ケースとか大型機用の部品なら、どっかで噂になってるかもしれねぇ」

 

 ジュドーが言う。

 軽い口調だが、その目は真剣だった。

 

「俺は、ドゥーの記憶を整理する。無理はさせない範囲で」

 

「私も、自分で思い出す。できるだけ」

 

 ドゥーが小さく頷いた。

 ラルさんは全員を見渡し、静かに言う。

 

「ならば、方針は決まりだな」

 

 格納区画の奥では、未完成のガンダムXが静かに佇んでいた。

 ガンダムヘッドの外装を纏ったその機体は、まだ戦える状態ではない。

 大きな装備も、まだ使えない。

 HADESも、その内側で封じられたまま眠っている。

 

 それでも、その姿は俺たちの今に似ていた。

 未完成で、危うくて、過去を抱えたまま。

 けれど、まだ何になるかは決まっていない。

 

 ティターンズを止める。

 それは、敵を倒すだけの話じゃない。

 俺が利用された過去と向き合い、同じように壊されたドゥーを、あの白い部屋から完全に切り離すための戦いだ。

 

 復讐ではなく、決着をつけるために。

 

「ランガ」

 

「なんだ」

 

「今度は、私も選ぶね」

 

 ドゥーがそう言った。

 その声はまだ弱かったが、さっきより少しだけ前を向いていた。

 

「あぁ。そうしてくれ」

 

 白い部屋の記憶は、まだ消えない。

 俺の中のティターンズの記憶も、消えることはない。

 けれど、その記憶に引きずられるだけではなく、自分の意思で向き合うことはできる。

 

 未完成のガンダムXが静かに佇む中、俺たちは旧連邦軍系ニュータイプ研究施設への調査を始めることを決めた。

 それは、俺とドゥーにとって、過去へ戻るための道ではない。

 過去を終わらせるための、最初の一歩だった。

 

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