機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第68話

 出発の準備は、思っていたよりも静かに進んでいた。

 

 シャングリラの格納区画では、いつものように工具の音が響き、古いクレーンが軋みながら動いている。

 けれど、その音の一つ一つが、今は別れの準備をしているように聞こえた。

 俺がここへ流れ着いた時には、ただの漂着先だったはずの場所が、いつの間にか戻ってくる場所になっていたのだと気づいてしまう。

 

 中央には、未完成のガンダムXが固定されていた。

 ペイルライダーの内部構造を残し、HADESを抱えたまま、ガンダムヘッドの外装を纏った機体。

 外装はまだ仮固定の部分が多く、背負う大型パーツも現状では使えない。

 それでも、最低限の移動と防衛戦闘ならば可能だと、テム・レイさんは言っていた。

 

「出撃可能とは言えん。正確には、移動可能にしただけだ」

 

 テム・レイさんは、端末を片手にしながら淡々と言った。

 その言い方は冷たいようでいて、実際には俺が無茶をしないように釘を刺しているのだと分かる。

 

「それでも、十分です」

 

「またそれ言ってるよ。ランガの十分って、全然十分じゃねぇんだよな」

 

 近くでケーブルをまとめていたジュドーが、すぐに呆れた声を上げた。

 油で汚れた頬を袖で拭いながら、俺を睨むように見てくる。

 その目には、怒りよりも心配の方がずっと強く出ていた。

 

「今回はジュドーの言う通りだ。無理に戦えば、機体も君も保たない」

 

「分かっています。今度は、戦うためだけに乗るわけじゃありません」

 

「その言葉を忘れるな。君は、機体が動くとすぐに戦場の顔になる」

 

 テム・レイさんの言葉に、俺は何も言い返せなかった。

 自覚はある。

 操縦桿を握った瞬間、俺の中で何かが切り替わる。

 生き残るために必要だった感覚が、今でも身体に染みついている。

 

 けれど、もうそれだけで戦うつもりはない。

 マチュの元へ戻るために。

 ドゥーを白い部屋から切り離すために。

 そして、俺自身の過去に決着をつけるために。

 俺は、この未完成のガンダムXに乗るのだ。

 

 テム・レイさんは、整備台の上から小さな端末を取り上げ、俺に差し出した。

 それは簡易的な機体監視端末で、ガンダムXの状態とHADESの反応を常時確認できるものらしい。

 

「これを持っていけ。機体状態とHADESの反応を監視できる」

 

「ありがとうございます」

 

「礼は戻ってから言え。まだこの機体は完成していない」

 

「戻ってきたら、続きをお願いします」

 

「当然だ。私の仕事を中途半端に終わらせるつもりはない」

 

 そう言ってから、テム・レイさんは少しだけ目を細めた。

 彼が俺を見る目は、機体を見る技術者の目とは違っていた。

 壊れたものを直そうとする者の目だった。

 

「そして君も、君自身を中途半端に終わらせるな」

 

「……はい」

 

 俺は端末を受け取り、強く握り締めた。

 その言葉は、機体の話ではなかった。

 俺が今まで何度も、自分の命を勘定から外してきたことを、この人は見抜いている。

 

 その時、ジュドーがこちらへ歩いてきた。

 どこか落ち着かない顔をしていて、言いたいことを飲み込んでいるのが分かる。

 俺がその顔を見ただけで、だいたい何を言い出すか想像できた。

 

「俺も行く。あんたらだけで行かせたら、絶対無茶するだろ」

 

「気持ちはありがたい。けど、ジュドーにはここでやってほしいことがある」

 

「ここで?」

 

 ジュドーの眉が不満そうに寄った。

 そこへ、少し離れた場所で出発準備をしていたランバ・ラルさんが近づいてくる。

 彼のグフは既に戦艦への搭載準備を終えており、その背後ではジオン軍の作業員たちが補給物資を運び込んでいた。

 

 今回の移動には、ラルさんが乗ってきた戦艦を使う。

 シャングリラの外縁に停泊しているその艦は、派手さこそないが、装甲も推進系も堅実に整えられた軍艦だった。

 極秘任務用なのか、艦の識別灯は必要最低限に抑えられ、艦体の色も宇宙の暗がりに溶けるような落ち着いたものになっている。

 

「君のジャンク屋としての繋がりは貴重だ。物資や噂の流れは、軍の情報網では拾えんことがある」

 

「つまり、俺はここで情報集めってことかよ」

 

「それに、テムさんの作業を手伝えるのはお前たちだろ」

 

「……ずるい言い方すんなよ」

 

 ジュドーは唇を尖らせた。

 けれど、本気で反論できないことも分かっているようだった。

 シャングリラには、シャングリラでしか拾えない情報がある。

 俺たちが研究施設へ近づく間、背後から支えてくれる人間が必要だった。

 

「戻ってこいよ。ガンダムX、まだ完成してないんだからな」

 

「あぁ。完成した姿を見ないまま壊すつもりはない」

 

「機体の話だけじゃねぇよ。あんたもだよ」

 

 その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。

 ジュドーは目を逸らさなかった。

 短い付き合いなのに、こいつは俺が一番誤魔化しそうな部分を、迷わず突いてくる。

 

「……分かっている。戻ってくる」

 

「本当だな。ランガの『大丈夫』は信用できねぇけど、『戻る』は信用していいんだな」

 

「あぁ。信用してくれ」

 

「なら、いい。戻ってきたら、修理代と部品代、きっちり働いて返してもらうからな」

 

「そこは友情で安くならないのか」

 

「友情込みで高くなるんだよ」

 

 ジュドーはそう言って、ようやく少しだけ笑った。

 俺もつられて笑う。

 こういうやり取りができる相手がいることが、今はありがたかった。

 戦場へ向かう前なのに、心が少しだけ人間の場所へ戻る。

 

 少し離れたところでは、ドゥーがジュドーの方へ歩いていた。

 まだ足取りは不安定だが、自分の意思で歩いている。

 白い部屋の記憶に向き合うと決めた彼女は、以前よりも少しだけ目の焦点がはっきりしていた。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

「礼ならランガに言っとけよ。俺は運ぶの手伝っただけだし」

 

「でも、ここにいられたから、少し落ち着いた」

 

「なら良かった。怖くなったら戻ってくればいいだろ。シャングリラ、綺麗な場所じゃねぇけど、隠れる場所なら山ほどあるしな」

 

「戻っても、いいの」

 

「戻るなって誰が言ったんだよ」

 

 ドゥーは、少し驚いたようにジュドーを見た。

 その後で、小さく頷いた。

 彼女にとって、戻ってもいい場所があるということは、大きな意味を持つのだろう。

 俺も同じだった。

 

 やがて、ラルさんが全員を見渡した。

 その表情は穏やかだが、任務へ向かう軍人のものに変わっている。

 

「目的地へ直接向かうのは危険だ。まずは輸送中継点を押さえる」

 

「そこから研究施設の場所を割り出す」

 

「そうだ。急ぐ気持ちは分かるが、焦れば敵にこちらの存在を知らせることになる」

 

 ドゥーが、戦艦の方へ視線を向けながら呟いた。

 

「白い部屋に近づくんだよね」

 

「まだ入口に過ぎん。だが、君が望むなら、必ずそこへ辿り着く」

 

「……うん」

 

 ラルさんの言葉に、ドゥーは静かに頷いた。

 怖いはずだ。

 それでも、自分で選んだ。

 その選択を守るためにも、俺は絶対に彼女をサイコ・ガンダムへ戻させない。

 

 出発の時間が近づく。

 ガンダムXは、シャングリラのドックからラルさんの戦艦へ移される準備に入っていた。

 まだ未完成の機体を格納するため、戦艦側のモビルスーツデッキでは固定フレームが追加されている。

 大型パーツは使用不能のまま安全固定され、HADESの監視回線も艦内システムへ一部接続された。

 

 俺はコックピットへ入る前に、もう一度テム・レイさんとジュドーを見る。

 テム・レイさんは端末を抱えたまま、最後まで機体データを確認している。

 ジュドーは腕を組み、不満そうな顔でこちらを見ていた。

 

「無理に戦うな。大型装備は使えない。HADESも起こすな」

 

 テム・レイさんの声が通信に入る。

 

「分かっています。今回は戻るために行きます」

 

『絶対戻ってこいよ、ランガ!』

 

 ジュドーの声が続いた。

 俺は操縦桿に手を置き、ゆっくり頷く。

 

「あぁ。戻る」

 

 ガンダムXの頭部センサーが淡く光る。

 内部にはペイルライダーの応答が残っている。

 けれど、その顔はもう以前のものではない。

 過去を抱えたまま、未知の名を背負った機体。

 今の俺自身のような機体だ。

 

 ラルさんのグフが先に戦艦へ収容され、その後にガンダムXが固定フレームへと誘導される。

 ドゥーは支援艇ではなく、ラルさんの戦艦内に用意された医療区画へ案内されていた。

 彼女は窓越しにシャングリラを見つめている。

 その横顔には、恐怖と決意が混ざっていた。

 

 戦艦のハッチが閉じる直前、ジュドーが格納区画の端から大きく手を振った。

 

「帰ってきたら、今度こそちゃんと飯食えよ!」

 

「了解した」

 

「あと寝ろ!」

 

「それも了解した」

 

「信用してねぇけどな!」

 

 その叫びに、俺は少しだけ笑った。

 シャングリラは、俺にとってただの漂着先ではなくなっていた。

 壊れた俺とペイルライダーを拾い、直そうとしてくれた場所。

 ドゥーに戻ってきていいと言ってくれた場所。

 そして、俺にも戻ってこいと言ってくれる場所。

 

 だからこそ、俺は戻らなければならない。

 

 ラルさんの戦艦が、ゆっくりとシャングリラを離れる。

 艦体がドックから滑り出し、古いコロニーの灯りが少しずつ遠ざかっていく。

 俺はガンダムXのコックピットから、その光を見つめていた。

 

 前方には、旧連邦軍系ニュータイプ研究施設へ繋がる輸送ルートがある。

 その先には、ドゥーの白い部屋があるかもしれない。

 俺の過去と同じ匂いを持つ場所があるかもしれない。

 怖くないと言えば嘘になる。

 けれど、今度は一人ではない。

 

 ラルさんがいる。

 ドゥーがいる。

 シャングリラには、ジュドーとテム・レイさんがいる。

 そして、遠くにはマチュがいる。

 

 俺は過去へ向かう。

 けれど、過去に戻るためじゃない。

 決着をつけて、戻るために向かう。

 マチュの元へ。

 シャングリラへ。

 そして、俺自身が人間としていられる場所へ。

 

 未完成のガンダムXは、ラルさんの戦艦の格納庫で静かに固定されている。

 その背にはまだ使えない巨大な力と、消せない過去がある。

 それでも俺は、今度こそ戻ると約束して、ティターンズの影へ向かっていった。

 

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