機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第70話

 識別不明機は、こちらを誘うような距離を保ったまま、暗礁宙域の奥へと進んでいた。

 

 ラルさんの戦艦は、艦体の発光を可能な限り落とし、推進剤の噴射すら抑えながら、その小さな機影を追っている。艦内の照明は戦闘前の暗さに切り替わっており、通路を歩く兵士たちの声も、必要最低限のものだけになっていた。シャングリラを出た直後の静けさとは違う。今の静けさは、いつ砕けてもおかしくない薄い氷のようなものだった。

 

 俺は作戦室の中央に表示された航路図を見つめていた。前回、輸送記録の中から見つかった不自然な分岐航路。その線と、識別不明機が進む方向は、嫌になるほど綺麗に重なっている。

 

「識別不明機、一定距離を保ったまま後退しています。こちらを誘導している可能性があります」

 

 副官の報告に、ラルさんは少しだけ目を細めた。彼は腕を組み、表示された機影を見つめている。表情は落ち着いているが、その背中には艦内全体を支えるような重みがあった。

 

「逃げる獲物にしては、こちらを見すぎているな」

 

「罠かもしれませんね」

 

 俺がそう言うと、ラルさんは否定しなかった。

 

「罠だとしても、罠の形を見ねば敵の顔は分からん。だが、罠にかかったふりをして呑み込まれるほど、こちらも甘くはない」

 

 ラルさんの言葉に、副官たちはすぐに艦の索敵範囲を広げた。レーダーの感度が上がり、航路図の周囲に細かいノイズが増える。暗礁宙域は、古いデブリや廃棄された小型船の残骸が多く、センサーにとっては厄介な場所だ。隠れようと思えば、いくらでも身を潜められる。

 

 俺は表示されたノイズの海を見ながら、掌の中にあるHADES監視端末の感触を確かめていた。ガンダムXは格納庫で待機している。大型パーツは固定されたままで使えず、機体そのものも未完成だ。それでも、敵が襲ってくるなら出なければならない。戦艦を守るために。ドゥーを白い部屋へ戻さないために。そして、過去に飲まれず戻るために。

 

 自分にそう言い聞かせても、胸の奥がざわつくのは止められなかった。ティターンズに似た気配が近い。まだ敵の姿は見えていないのに、昔の赤い警告灯や、命令の声や、殺す理由を与えられた時の嫌な安堵が、記憶の底から浮かび上がってくる。

 

 その時、作戦室の扉が開いた。ドゥーが医療区画から出てきたらしく、壁に手を添えながらゆっくりと入ってくる。ラルさんの副官が止めようとしたが、彼女の顔を見た瞬間、言葉を飲み込んだ。ドゥーの目は、遠くの何かを見ているようだった。

 

「近い。たぶん、近いと思う」

 

「ドゥー」

 

 俺は彼女の方へ歩み寄った。無理をしているのは分かる。けれど、その声には確信に近いものがあった。

 

「白い部屋か」

 

「分からない。でも、胸の奥が冷たくなる。薬の匂いとか、機械の音とか、そういうのが頭の奥で近くなる」

 

 ドゥーは両手を胸元で握り、呼吸を整えようとしていた。怖いのだろう。白い部屋へ近づいているかもしれないというだけで、彼女の身体は記憶より先に反応している。俺はその震えを見て、怒りよりも先に、自分が今ここで何を守るべきなのかを思い出した。

 

「無理に思い出さなくていい。今は、ここにいることだけ忘れるな」

 

「ここにいること」

 

「あぁ。お前は今、あの場所の中にいるわけじゃない。サイコ・ガンダムの中でもない。この艦にいて、自分でここへ来た」

 

 ドゥーはゆっくりと頷いた。完全に落ち着いたわけではない。それでも、彼女は自分の足でここに立とうとしている。誰かに調整され、乗せられ、壊されるためではなく、自分の過去を確かめるためにここにいる。

 

「ランガは、また怖い顔してる」

 

「そうか」

 

「うん。昔のランガのことは、あまり知らないけど、たぶんそっちへ行きそうな顔」

 

 その言葉に、俺は息を詰まらせた。ドゥーは俺を責めているわけではない。ただ見えたものを言っただけだろう。それでも、その一言はラルさんの忠告よりも鋭く胸に刺さった。

 

「悪い。少し、考えすぎていた」

 

「考えているなら、まだいいと思う。考えなくなったら怖いから」

 

 ドゥーの言葉に、俺は端末を握る手を緩めた。HADESはまだ眠っている。ガンダムXは俺を呼んでいない。焦っているのは機体ではなく俺自身だと、さっきラルさんに言われたばかりだった。

 

 俺がドゥーを医療区画へ戻すべきか迷っていると、艦橋から緊急通信が入った。

 

『前方暗礁帯より複数の熱源。モビルスーツです。数は四、いや六。さらに後方に未確認反応があります』

 

 作戦室の空気が一瞬で変わった。副官たちが端末へ向き直り、航路図のノイズの中から複数の赤い光点が浮かび上がる。デブリに紛れていた熱源が、こちらの接近に合わせるように動き出していた。

 

「来たか。総員、戦闘配備」

 

 ラルさんの声が艦内通信へ乗る。短い命令だったが、艦内全体が一つの生き物のように動き始めた。隔壁が閉じ、格納庫の固定アームが解除準備に入り、艦砲の照準システムが起動する。

 

 表示された敵機のシルエットが拡大される。海賊機とは違う。装甲の整備状態も、武装の配置も、機体同士の距離の取り方も、明らかに訓練された部隊のものだった。ザク系の面影を持ちながら、旧連邦系のセンサー配置が混ざったような改造機がいる。さらに、後方には少し大型の機体が一機、距離を取って戦艦の進路を抑えるように動いていた。

 

「海賊じゃないですね」

 

「動きが違う。あれは訓練された兵だ」

 

「ティターンズ……」

 

 その名前を口にした瞬間、胸の奥で冷たいものが走った。まだ正式にそう名乗っているかどうかは分からない。けれど、この動き、この配置、この場所で待っていたこと。その全てが、俺の知っている嫌な連中の臭いを帯びていた。

 

 ドゥーが小さく息を呑む。

 

「この感じ、知ってる」

 

「敵の中に、あの施設と繋がる機体がいるのか」

 

「分からない。でも、頭の奥がざわざわする。白い部屋で聞いた機械の音に似てる」

 

 ドゥーの言葉を聞いた瞬間、俺はガンダムXへ向かおうとしていた。だが、足を踏み出す寸前、ラルさんがこちらを見る。その視線は止めるためのものではなく、確かめるためのものだった。

 

「ガンダムXを出します。今度は止めないでください」

 

「止めん。ただし、忘れるな。君は敵を殺すために出るのではない」

 

「戦艦を守って、生きて戻るために出る」

 

「その通りだ。私も出る。青い機体同士、遅れを取るなよ」

 

「了解です、ラルさん」

 

 俺は頷き、ドゥーへ視線を向けた。彼女はまだ震えていたが、俺を止める言葉は言わなかった。ただ、黒いマスク越しにこちらを見ている。

 

「怖くなったら、戻ってきて」

 

「あぁ。俺も怖い時は怖いと言う」

 

「忘れないでね」

 

「忘れない」

 

 それだけ言って、俺は作戦室を出た。通路は戦闘配備に移行しており、兵士たちが決められた持ち場へ走っている。艦内の警告灯が赤く点滅しているが、俺はその光に飲まれないよう呼吸を整えた。これは前の戦場ではない。ここでの俺は、命令に従って敵を殺す兵器ではない。戻るために出るのだと、自分へ繰り返し言い聞かせた。

 

 格納庫へ入ると、ガンダムXが固定フレームの中で出撃準備を始めていた。ガンダムヘッドの外装に灯るセンサー光が、薄暗い格納庫の中で静かに輝いている。ペイルライダーの面影は残っている。HADESも胸の奥で眠っている。けれど、その名はもうガンダムXだ。まだ何になるか決まっていない未知の機体。そして、俺自身の答えを問う機体。

 

『ランガ・ロード、機体状態を確認しろ。大型装備は固定状態のままだ。使用は不可能、無理に接続を開くな』

 

 艦内整備員の通信に続いて、テム・レイさんの端末から転送された監視システムが起動した。俺はコックピットへ乗り込み、シートに身体を沈める。操縦桿を握った瞬間、身体に馴染む感覚と、わずかな恐怖が同時に戻ってきた。

 

「ガンダムX、起動確認。HADES反応は」

 

 端末を見る。表示は沈黙。異常なし。起きてはいない。俺は一拍置き、深く息を吐いた。テム・レイさんに言われた通り、機体が答えを出す前に、自分で選ぶ時間を作る。

 

「俺が乗る。お前に使われるんじゃない」

 

 誰に聞かせるでもなく呟くと、モニターが順に立ち上がった。艦外カメラの映像が入り、暗礁宙域の赤い敵影が表示される。海賊とは違う、本物の軍隊の動き。ティターンズの影が、目の前まで来ていた。

 

 隣の格納レーンでは、ラルさんのグフも起動準備に入っている。青い装甲が照明を受け、ヒート・ロッドと二本のヒート・サーベルが確認される。ラルさんの声が通信に入った。

 

『ランガ、敵を憎むなとは言わん。だが、憎しみだけを操縦桿に乗せるな』

 

「分かっています。俺は、守るために出ます」

 

『ならばよい。出撃後は私が前を取る。君は未完成の機体で無理に突出するな』

 

「了解。戦艦の防衛を優先します」

 

『よし。では、行くぞ』

 

 格納庫のハッチが開き始める。暗い宇宙がそこに広がり、遠くで敵機の推進光が細く揺れていた。ラルさんのグフが先に射出位置へ移動し、ガンダムXも固定アームから解放される。機体が艦の重力から離れようとする瞬間、胸の奥に緊張が走ったが、以前のように赤い光へ逃げ込もうとは思わなかった。

 

 俺は戻るために出る。ドゥーを白い部屋へ戻さないために出る。ティターンズの影を追うために出る。だが、過去の自分へ戻るためではない。

 

 ラルさんのグフとガンダムXが、同時に出撃準備を整える。警告灯の赤い光がコックピットを照らす中で、俺は操縦桿を握り直し、次の合図を待った。戦いは避けられない。けれど、その戦い方を選ぶのは、今度こそ俺自身だった。

 

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