機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

73 / 73
第73話

 ドゥーが試作8号機の名を口にした翌日、艦内の空気は少しだけ重くなっていた。

 

 戦闘後の解析作業は、ラルさんの戦艦の作戦区画で続けられている。敵部隊が残した通信波形、撃破せず無力化した改造機の記録、後方観測機が逃げる直前に撒いた微細な誘導信号。それらが一つずつ整理され、壁面のモニターへ線と数値として並んでいくたびに、俺の中の嫌な予感は形を持ち始めていた。

 

 そこに映っているのは、単なる軍用通信ではなかった。

 モビルスーツの指揮系統に混ざるように、人間の反応値を拾うための補助信号が走っている。通常のパイロット支援とは違う。機体を扱うためではなく、人間を機体へ近づけすぎるための音に見えた。

 

「この波形は、通常の管制信号ではないな」

 

 ラルさんは作戦卓に片手を置き、静かにそう言った。彼の声は低く、怒りを露わにはしていないが、だからこそ余計に重かった。副官が解析値を拡大し、ノイズの中に埋もれた周期を表示する。俺はそれを見ながら、ドゥーが前に言った言葉を思い出していた。

 

 白い部屋の機械に似ている。

 白い機体の中に沈められた時の音。

 

「ドゥーには聞かせない方がいいかもしれません」

 

 俺がそう言った時、作戦区画の扉が静かに開いた。振り向くより先に、薄い足音が通路から入ってくる。ドゥーは医療区画の服の上に簡単な上着を羽織り、黒いマスクの奥でこちらを見ていた。無理をしているのは明らかだった。けれど、その目には怯えだけではなく、逃げずにここへ来た人間の硬さがあった。

 

「聞こえた。遠くても、あの音だけは分かる」

 

「ドゥー、ここに来る必要はない。まだ身体も戻りきっていないだろ」

 

「必要があるかどうかを、私の代わりに決めないで」

 

 その言葉に、俺はすぐ返せなかった。守ろうとしているつもりで、また誰かが彼女から選択を奪う形に近づいていたのかもしれない。ラルさんは俺とドゥーを一度だけ見比べたが、何も言わず、解析音を最小まで落とすよう副官へ手で指示した。

 

 モニターから流れていた電子音が、少し低くなる。

 その瞬間、ドゥーの肩が震えた。

 

「違う。小さくしても、消えない。頭の奥で鳴ってる」

 

 ドゥーの指先が、自分の腕を掴む。爪が布越しに食い込むほど強くはないが、彼女はそうしなければ自分の形を保てないように見えた。呼吸が浅くなり、視線が作戦室の壁ではなく、どこにもない白い天井を追い始める。

 

「冷たい。白い。目を開けても、閉じても、同じ色だった」

 

「ドゥー、俺の方を見ろ。ここは作戦室で、試作8号機の中じゃない」

 

「分かってる。分かってるのに、身体が先に戻るの。白い箱の中へ、沈められる感じがする」

 

 彼女の声が細くなる。作戦卓の光が彼女の顔を照らし、黒いマスクの縁に小さな影を作った。医療区画の消毒薬ではなく、ここにあるのは機械油と金属の匂いだ。それでも彼女の中では、白い部屋の匂いが蘇っているのだろう。

 

「冷蔵庫って呼んでた。研究員たちは笑ってた。中に人がいるのに、あの人たちには数値しか見えてなかった」

 

 ラルさんの副官が一歩前に出かける。医療班を呼ぼうとしたのだろう。だが、ラルさんは片手を上げてそれを止めた。彼はドゥーを助けようとしていないのではない。命令や処置で囲めば、彼女はまた実験台へ戻されたと感じる。ラルさんはそれを分かっているから、あえて前に出なかった。

 

「大尉、彼女は危険です。これ以上は医療区画へ」

 

「待て。今、我々が囲めば、彼女はまた白い部屋に連れ戻される」

 

「では、どうするのですか」

 

「ランガに任せる。彼女を一番遠くへ連れ戻せる声は、我々のものではない」

 

 その言葉が、俺の背中を押した。俺はドゥーの前へ立つのではなく、横へ回った。塞ぐのではなく、隣に並ぶ。彼女が見ている白い幻から、少しでもこちらへ戻れるように。

 

「ドゥー、俺の声を聞け。今、お前は自分の足で立っている」

 

「足が、冷たい。床がないみたい」

 

「床はある。お前の右手は自分の腕を掴んでいるし、左には作戦卓の縁がある。触れられるものを一つずつ確かめろ」

 

 ドゥーは震える手を作戦卓へ伸ばした。金属の縁に指が触れた瞬間、彼女は小さく息を吸う。冷たい金属だったはずだが、その冷たさは試作8号機の内部とは違う。ここには彼女を固定する拘束具も、脳波を読み取るための端子もない。

 

「ここは白い部屋じゃない。お前はMRX-008の中にいない」

 

「でも、音が消えない。未完成のサイコミュが、頭の奥で引っ掻く」

 

「消えなくてもいい。今は、その音に全部を渡すな」

 

 ドゥーは何度も浅く息をした。喉の奥で、言葉にならない音が揺れている。彼女の目はまだ完全には戻っていない。けれど、俺の声を追おうとしているのは分かった。俺は続ける。

 

「お前は試作8号機じゃない。冷蔵庫でも、被験体でも、失敗作でもない」

 

「……ドゥー」

 

「あぁ。お前はドゥーだ。俺の前にいる、今のドゥーだ」

 

 その名前を聞いた瞬間、彼女の目が少しだけこちらへ焦点を戻した。完全に安心したわけではない。恐怖は残っている。だが、白い箱の底に沈んでいた彼女の意識が、細い糸を掴むようにこちらへ戻ってきた。

 

「第八試験機のデータを、運んだ場所がある」

 

 ドゥーの声はまだ震えていたが、言葉ははっきりしていた。

 俺はすぐに聞き返さず、彼女が自分で続きを出せるのを待った。

 

「テストの後、研究員が言ってた。ジルって名前の事故の後、データは本棟に置かないって。暴走記録と接続ログを、外部保管区画へ移すって」

 

「その外部保管区画が、今回の敵と繋がっているのか」

 

「たぶん。全部は分からない。でも、あの観測機の音は、保管区画の誘導ビーコンと似てる。白い機体を運ぶ時、何度も聞かされた音」

 

 副官がモニターへ新しい解析枠を出し、ドゥーの言葉に合わせて敵信号の周期を照合する。ラルさんは黙って見ていた。ドゥーの記憶を利用していることへの重さを分かっているからこそ、無駄な言葉を挟まないのだろう。

 

「場所は分かるか」

 

 俺がそう尋ねると、ドゥーは唇を噛んだ。

 思い出すこと自体が痛みなのだと、その表情で分かった。

 

「全部は分からない。数字も座標も、白い音の中で壊れてる。でも、航路の欠片なら分かる。暗礁宙域の奥、公式記録にはない中継ドック。研究員は、そこを外部保管区画って呼んでた」

 

「無理をするな。出せる分だけでいい」

 

「無理じゃない。怖いだけ。怖いけど、ここで止めたら、また私は何も選べないままになる」

 

 その言葉を聞いて、俺は彼女を止められなかった。

 止めることは優しさではない。今のドゥーは、傷を掘り返されているのではなく、自分の手でその傷の中から道を探そうとしている。なら、俺がやるべきことは、彼女の代わりに選ぶことではなく、倒れそうになった時に支えることだけだ。

 

 ドゥーは震える指で作戦卓の地図をなぞった。暗礁宙域の航路図には、公式の補給点や廃棄コロニーの残骸が表示されている。その隙間、何もないはずの空白へ、彼女の指が止まった。

 

「ここ。たぶん、この空白の奥」

 

 副官が座標を拡大する。そこには何も登録されていなかった。航路も、施設も、廃棄物集積場の記録もない。ただ、戦闘後に撤退した観測機の進路を重ねると、その空白の手前で小さく針路が曲がっている。

 

 ラルさんの目が細くなる。

 

「この座標は、公式記録には存在しない。だが、暗礁宙域の奥に確かに空白がある」

 

「敵が隠したい場所ですね」

 

「そう見るべきだろう。記録にない場所ほど、戦後の闇は深く根を張る」

 

 ドゥーの膝がわずかに崩れかけた。俺はすぐに彼女の肩を支えたが、彼女は倒れきらなかった。支えられながらも、自分の足で立とうとしている。彼女の呼吸はまだ荒い。それでも、その目は白い部屋ではなく、作戦卓の座標を見ていた。

 

「ランガ」

 

「ここにいる」

 

「私、あそこへ行くのが怖い。記録を見るのも、また冷たい音を聞くのも怖い」

 

「怖いなら、怖いままでいい。俺も一緒に見るし、一人であの音の中へ戻さない」

 

「本当に、置いていかない?」

 

「置いていかない。けど、お前を道具として使わせもしない。行くかどうかは、最後までお前が選べ」

 

 ドゥーは小さく頷いた。泣きはしなかった。けれど、泣くよりもずっと苦しそうな顔で、それでも確かに頷いた。

 

 ラルさんはそこで初めて、俺たちの方へ向き直った。

 

「目的地は決まったな。外部保管区画の可能性がある以上、正面から近づくことはできん」

 

「なら、こちらも暗礁を使って接近するんですね」

 

「そうだ。だが、今回は敵の誘いに乗るのではない。こちらが選んだ航路で、こちらの間合いへ入る」

 

 俺はドゥーを支えながら、モニターに映る空白の座標を見た。そこには、MRX-008の記録があるかもしれない。冷蔵庫という内部呼称も、ジル・ラトキエの死亡記録も、ドゥーが白い機体へ入れられていた証拠も眠っているかもしれない。

 

 それはドゥーの傷を証明する場所だ。

 同時に、ティターンズの陰へ繋がる入り口でもある。

 

「なら、そこへ行きましょう」

 

 俺の声は、自分で思っていたより落ち着いていた。

 

「今度は、あいつらに選ばせるんじゃない。俺たちが選ぶんです」

 

 ドゥーの指が、俺の袖を弱く掴んだ。白い部屋から戻りきったとは言えない。試作8号機の音は、まだ彼女の中で鳴っているのだろう。それでも彼女は、空白の座標から目を逸らさなかった。

 

 ラルさんの戦艦は、暗礁宙域のさらに奥へ向けて針路を変える。

 見えないティターンズの影は、まだこちらを見ているかもしれない。

 

 だが今度は、こちらもその影を見返していた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界(作者:ボルメテウスさん)(原作:ガンダム)

【機動戦士Gundam GQuuuuuuXのネタバレを含みます。見てない方は今すぐに見てきてください】▼あの日、全てが一変した時から、俺は戦い続けた。▼復讐の為に動いていたはずが、いつの間にか似たような事をした事に気づいた。▼間違いに気づいた後、償いの為に戦って、死んだ。▼けれど、そんな俺が待ち受けていたのは、信じられない光景だった。


総合評価:3872/評価:7.74/完結:175話/更新日時:2026年01月01日(木) 07:00 小説情報

≠ハサウェイ(作者:なべを)(原作:ガンダム)

「ハサウェイ・ノア」として生を受けてどう生きるかをつらつらと書き記したもの▼


総合評価:2500/評価:7.04/完結:39話/更新日時:2026年03月08日(日) 20:00 小説情報

転生タイガのオーブ改革録 〜崩れゆく世界で未来を選び直す〜(作者:台風200号)(原作:ガンダム)

気がつけば、そこは『機動戦士ガンダムSEED』の世界だった。▼だが――転生したのはコーディネーターでも、英雄でも、パイロットでもない。▼よりによって「オーブのアスハ家三男」という、政治と陰謀の渦中に放り込まれる地雷原のド真ん中の最悪のポジションだった。▼未来を知る者として、タイガ・ウラ・アスハは決意する。▼――オーブを守る。▼――プラントの滅びを見届ける。▼…


総合評価:2095/評価:6.88/連載:182話/更新日時:2026年06月12日(金) 07:15 小説情報

戦犯にはなりたくない!(作者:蒼天)(原作:ガンダム)

一年戦争の初日にコロニーに毒ガスを注入してしまったオリ主(ニュータイプ)が、戦犯にならないためにいろんなガンダム作品のキャラクターたちと交流しながら奔走するお話。▼※一部原作キャラクターの設定を変更しておりますので、ご注意ください。


総合評価:1049/評価:7.88/連載:62話/更新日時:2026年06月11日(木) 18:00 小説情報

ファーストの内容を1ミリも知らない俺が介入したせいで、宇宙世紀の歴史がおかしくなったかも(作者:フェルトファン)(原作:ガンダム)

トラックに撥ねられてしまった一人の社会人は、気が付いたらかの有名なガンダムの世界で負け確定のジオン側に転生してしまった。しかもよりによって彼は“ファーストを見ておらず”、それでも彼には“ガンダムを操縦したい!”という強い願望を持っている。▼本作の主人公「あぁん?原作崩壊するかもしれないからやめとけ……ジオン側だから無理……知るかボケェ!こっちとらガンダムを操…


総合評価:687/評価:7.93/連載:7話/更新日時:2026年05月24日(日) 20:21 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>