機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第75話

 改修ビグ・ザムの砲門が、暗礁の奥で鈍く光った。

 

 それは、敵がこちらを狙ったというより、巨大な檻が目を開いたように見えた。艦橋の正面モニターに映る巨体は、前回の戦争で作られたジオンの兵器の形を残しながら、装甲の隙間に白い増設ユニットを食い込ませている。そこから伸びるケーブルは、まるで機械の血管のように胴体の奥へ潜り、内部の何かを縛りつけているようだった。

 

「艦を下げろ。あれの正面に立つな」

 

 ラルさんの声が艦橋を切った。怒りはあるはずなのに、指示には一切の濁りがない。艦橋要員たちが即座に動き、ラルの戦艦は暗礁帯の影へ滑り込むように後退を始める。だが、改修ビグ・ザムの砲門の光は、こちらの動きに合わせるようにゆっくりと角度を変えていた。

 

「ラルさん、一人で出る気ですか」

 

「時間を稼ぐ。君は彼女を現在へ戻せ」

 

 その言葉を残して、ラルさんは艦橋を離れた。止める暇はなかった。いや、止めても無駄だった。彼は怒りに駆られて飛び出すのではなく、艦を守るために最も早い手を選んだだけだ。だからこそ、その背中には迷いがなかった。

 

 俺はすぐに格納庫へ向かおうとして、袖を掴む力に気づいた。ドゥーの指が、震えながら俺の服を掴んでいる。黒いマスクの奥で彼女の呼吸は乱れ、目は艦橋の床を見ているようで、実際には別の白い場所へ落ちかけていた。

 

「あれ、動いてるんじゃない。動かされてる」

 

「ドゥー、俺の声を聞け。ここは白い部屋じゃない」

 

「分かってるのに、音が入ってくる。中に、名前にならない声がある。怖いって言ってるのに、声になる前に数値にされてる」

 

 ドゥーの言葉で、胸の奥が冷えた。改修ビグ・ザムの内部にいるものが、人間なのか、壊れかけた被験体なのか、まだ確証はない。けれど、あの接続信号がただの機械反応ではないことだけは分かる。ドゥーはそれを感じ取っている。感じたくもないものを、身体に刻まれた痛みで拾ってしまっている。

 

 モニターの端で、グフの出撃信号が点灯した。青い機体が戦艦の下部ハッチから飛び出し、暗礁帯の影へ低く滑り込む。ラルさんは改修ビグ・ザムの正面へ直進せず、デブリの群れを盾にしながら射線をずらす位置へ向かっていた。

 

『こちらラル。敵巨大機はまだ起動試験の段階に見えるが、主砲の充填速度は油断できん。艦は暗礁の裏へ回れ』

 

「ラルさん、無茶をしないでください」

 

『無茶ではない。巨体の相手には、相手の目と足を使わせる。君は遅れて来い』

 

 通信越しの声は落ち着いていた。けれど、グフの機動はいつもよりわずかに鋭い。怒りを抑えているからこそ、動きの端に硬さが出ている。ラルさんはそれでも自分を崩さない。ヒート・ロッドを展開し、デブリの一つへ絡めると、その反動で機体を斜めに跳ねさせるように移動した。

 

 改修ビグ・ザムの側面に埋め込まれた白いセンサーユニットが明滅する。通常の索敵なら、あれほど不規則な光り方はしない。まるで内部の誰かの呼吸や脈に合わせて、機体が反応を乱しているようだった。巨体の動きは鈍いはずなのに、砲門の追従だけが異様に早い。

 

「あれは、訓練されたパイロットの動きじゃない」

 

 俺が呟くと、ドゥーが苦しそうに頷いた。

 

「うん。機体が先に動いてる。中の人は、たぶん追いついてない。押し潰されながら、反応だけ取られてる」

 

「ドゥー、俺は行く。でも、お前を置いていくわけじゃない」

 

「撃つ前に見て。中に、名前にならない声がある」

 

「あぁ。正面から壊す前に、必ず見る」

 

 ドゥーの指が、少しだけ力を緩めた。離したくないのではなく、送り出そうとしているのだと分かった。彼女はまだ震えている。けれど、その震えの中で自分の意思を手放していない。俺はその手に一度だけ触れ、彼女が立っている床を見ていることを確認してから、格納庫へ走った。

 

 ガンダムXのコックピットへ滑り込むと、機体はすぐに俺の入力へ応えた。だが、万全ではない。背部に固定された大型パーツは使えず、各部の仮固定装甲にも負荷が残っている。火力で押し返す機体ではない。今できるのは、艦の前へ出て、射線を読み、防御と回避で時間を作ることだけだ。

 

「ガンダムX、出ます。正面からは受けない」

 

 カタパルトの短い加速が身体を押し、次の瞬間には暗礁宙域の冷たい闇が全周モニターを覆った。前方では、ラルさんのグフがすでに改修ビグ・ザムの射線を引きつけている。巨体の各部から細いビームが放たれ、デブリを削り、暗礁の影を白く焼いていく。

 

 ラルさんはそれを避けるというより、撃たせる場所を選んでいた。グフは大きく動かず、最小限の噴射でデブリの影から影へ移る。ヒート・ロッドで小さな残骸を引き寄せ、敵のセンサーを一瞬だけ塞ぐ。ビームソードを抜く距離にはまだ遠い。だが、ラルさんは近づくためではなく、艦から射線を外すために戦っている。

 

『来たか、ランガ』

 

「遅れました。ドゥーはまだ辛そうですが、自分で立っています」

 

『それでいい。今は艦を守れ。未完成なら未完成なりに戦え、守る場所を間違えるな』

 

「了解」

 

 俺はガンダムXを艦と改修ビグ・ザムの間へ滑り込ませ、シールドを前に出した。まともに受ければ終わる。だから、受けるのではなく逸らす。敵の副砲が放つ細い光に対して、シールドの角度をわずかに傾け、機体ごと斜め下へ逃がす。装甲表面を掠めた熱が、コックピット内の警告音として返ってきた。

 

 HADES監視端末は沈黙している。

 今は、それでいい。

 

 改修ビグ・ザムの巨体を見上げると、白い増設ユニットの配置が不気味なほど規則的だと分かった。砲門や推進器を補助するためではない。内部の被験体から反応を引き出し、それを機体各部へ分配するための中継器だ。巨大な兵器の外側に、白い部屋の配線をそのまま貼りつけたような構造だった。

 

「ラルさん、白いユニットが接続信号の発生源です。砲門じゃなく、あれが機体の反応を引き上げている」

 

『やはり、ただの改修ではないか』

 

「撃破するだけなら外装を抜けばいい。でも、中に人がいるなら、主砲ごと叩くのは危険です」

 

『分かっている。まだ沈める段階ではない』

 

 ラルさんの声が少しだけ低くなる。彼にとって、ビグ・ザムは敵だった兵器であると同時に、ジオンが戦場へ送り出した戦争の遺物でもある。それを檻に変えた相手への怒りはある。だが、その中に人間が繋がれている可能性がある以上、彼は怒りだけで斬り込まない。

 

 その時、改修ビグ・ザムの中央砲門の光が一段強くなった。副砲とは違う。空間そのものが押し広げられるような圧が、モニター越しにも伝わってくる。艦橋から警告が飛ぶ。

 

『巨大機中央砲門、高エネルギー反応。主砲級です』

 

『艦の回避が間に合わん。ランガ、右の暗礁群へ誘導するぞ』

 

「やります」

 

 俺とラルさんは同時に動いた。グフが左側からデブリを蹴り、改修ビグ・ザムのセンサー群へ破片を流す。俺はガンダムXを艦の前方へ出し、シールドを構えながら右側の暗礁帯へ機体を滑らせた。こちらへ注意を向けさせ、艦から射線を外す。単純だが、失敗すれば一撃で終わる。

 

 改修ビグ・ザムの白いユニットが激しく明滅した。

 砲門が、ゆっくりとこちらへ向く。

 

 その瞬間、通信に細いノイズが混じった。言葉にはならない。叫びにも満たない。ただ、喉の奥で潰れたような、生き物の反応だけが通信の底を擦った。ドゥーが言っていた名前にならない声。俺は一瞬だけ指に力を入れかけ、すぐに抜いた。

 

 怒りを機体へ渡すな。

 今は、見ろ。

 

「ラルさん、撃ってきます」

 

『全機、衝撃に備えろ』

 

 改修ビグ・ザムの主砲が発射された。

 

 光は一直線に艦を狙ったわけではなかった。暗礁宙域そのものを裂くように走り、俺たちが盾にしていた巨大な岩塊と廃船の残骸をまとめて飲み込んでいく。白い閃光が視界を埋め、次の瞬間、周囲のデブリが爆ぜ、逃げ道も遮蔽物も一斉に失われた。

 

 ガンダムXの機体が衝撃で大きく揺れる。シールドの端が熱で焼け、警告音が重なった。グフの青い機影が爆光の向こうで姿勢を立て直すのが見える。艦は直撃を避けた。だが、暗礁帯は大きく抉られ、俺たちを隠していた地形は消えていた。

 

 改修ビグ・ザムは、ただ艦を撃とうとしたのではない。

 戦場から、こちらの逃げ場を消したのだ。

 

 爆光が収まる中、巨大な檻が暗闇の向こうに浮かんでいた。

 その砲門は、次の光を溜めるように、まだ鈍く脈打っていた。

 

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