機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第77話

 ラルさんの言葉が、通信の中でまだ重く残っていた。

 

 沈める戦いではない。

 剥がす戦いだ。

 

 改修ビグ・ザムの中央砲門には、再び薄い光が戻り始めている。主砲の再充填が進んでいる証拠だった。暗礁宙域は先ほどの一撃で大きく抉られ、艦を隠せるだけの岩塊も、廃船の残骸も、ほとんど残っていない。だからこそ、次に撃たれる前に動くしかなかった。

 

『あれ、ただの信号じゃない。白い音の奥で、誰かが息をしてる』

 

 ドゥーの声が、艦内通信からかすかに届いた。

 ノイズに混じったその声は苦しそうで、それでも逃げてはいなかった。

 

「名前は分かるか。誰が中にいるのか、見えるか」

 

『名前にならない。呼ぼうとしても、数字みたいに崩れる。怖いとか痛いとか、そういう形になる前に、反応値にされてる』

 

 俺は操縦桿を握る手に力を入れすぎないよう、意識して息を吐いた。中にいる可能性がある。その事実だけで、ビームライフルの照準が重くなる。敵を倒すだけなら、中央砲門や推進器を狙えばいい。だが、それでは中の誰かごと沈めることになるかもしれない。

 

『ならば、なおさら沈めるわけにはいかんな』

 

 ラルさんのグフが、改修ビグ・ザムの右側面へ向かって低く回り込む。正面から近づけば副砲に焼かれる。だから彼は、漂うデブリの破片を使い、敵の照準がわずかに遅れる瞬間だけを繋いでいる。巨大な敵を前にしても、ラルさんの動きは焦らない。小さな機体で、大きな影の呼吸を読むように進んでいた。

 

『大尉、敵主砲再充填まで猶予は長くありません』

 

『分かっている。だからこそ、次の一手で白い檻を剥がす』

 

 その言葉に合わせるように、改修ビグ・ザムの両側からミサイルが放たれた。さっきよりも散らされている。こちらが弾道を読んで落としていることを、敵の制御装置も学習しているのだろう。俺はガンダムXを戦艦の進路前へ出し、ビームライフルを構え直した。

 

『敵ミサイル第三波、戦艦の進路上に集中しています』

 

「ガンダムX、前へ出る。艦の進む線だけは空けます」

 

『君は盾に徹しろ。接続ケーブルはこちらで絡め取る』

 

「ラルさんが近づくまで、こっちは持たせます」

 

 俺はビームライフルを三連射し、進路上のミサイルだけを撃ち落とした。爆発の火球が連鎖し、赤い破片がガンダムXの装甲を叩く。回避しようと機体を捻った瞬間、背中に固定された大型装備が重く引っかかった。

 

 姿勢制御警告。

 背部重量偏差、負荷上昇。

 

「くそ、背中が重い。今は使えないくせに、邪魔だけはしてくれる」

 

『未完成の機体に文句を言うな。癖を読んで使え』

 

「分かっています。けど、次の旋回で引っ張られたら避けきれない」

 

 ガンダムXはまだ完成した機体ではない。大型背部装備は沈黙したまま、ただ重さだけを押しつけてくる。急旋回のたびに機体後方が遅れ、俺の入力より半拍だけ機体が外へ流れる。その癖を無理に押さえ込めば、関節や仮固定された装甲に負荷が出る。

 

 なら、逆に流れを使うしかない。

 

 俺は次のミサイル群を真正面から避けず、背中に引っ張られる慣性を利用して、斜め下へ大きく機体を流した。ビームライフルの銃口だけを先に戻し、艦へ向かう二発を撃ち抜く。シールドを開いた破片へぶつけ、その反動でさらに姿勢を戻す。格好のいい動きではない。だが、艦の進む線は空いた。

 

『右の胴体側、そこが一番痛い。そこから中へ押し込んでる』

 

 ドゥーの声がまた届く。息は荒いままだが、言葉の芯は折れていない。

 

『右肩の下じゃない、もっと下。胴体の横、白いケーブルが三本束になってるところ。そこが、いちばん強く鳴ってる』

 

『聞いた。ランガ、右側の副砲を一瞬だけ黙らせられるか』

 

「撃破じゃなくて、照準を逸らすだけならやれます」

 

『それで十分だ。巨大な敵ほど、細い線を切られることを嫌う』

 

 俺は改修ビグ・ザムの右側面を捉えた。白い増設ユニットから伸びる太いケーブルが、装甲の隙間へ潜り込んでいる。そこへ近づくには、副砲の射線を一瞬だけ止める必要がある。破壊しすぎれば内部へ負荷が返るかもしれない。狙うのは砲門そのものではなく、前面装甲を焼いてセンサーを曇らせる位置だった。

 

「ビームライフル、二射で副砲前面を焼きます」

 

『よし、ヒート・ロッドを入れる。ケーブルを切るのではない、まず掴む』

 

『乱暴に引かないで。中の人まで引っ張られる』

 

 ドゥーの声が震えた。

 ラルさんは一拍置いて、静かに答える。

 

『承知している。これは力比べではない、檻の錠を外す作業だ』

 

 俺は照準を合わせた。改修ビグ・ザムの副砲がこちらへ向くより早く、一射目を前面装甲へ当てる。白い火花が散り、センサーの一部が焼ける。続けて二射目を少しだけ外側へ撃ち、砲門が追従しようとする角度を狂わせた。

 

 その隙間へ、ラルさんのグフが滑り込んだ。

 

 青い機体は巨大な胴体の影へ入り、ヒート・ロッドを展開する。電撃を纏った鞭状の武装が、白い増設ユニットから伸びるケーブルの束へ絡みついた。ラルさんはすぐには引かない。まず絡め、次に機体の位置を変え、ケーブルへかかる力を斜めへ逃がしていく。

 

 改修ビグ・ザムの白いユニットが不規則に明滅した。

 副砲の照準が一瞬だけ跳ね、虚空を撃つ。

 

『ラルさん、効いています』

 

『まだだ。切断ではない。接続の力を弱める』

 

 グフのスラスターが細かく噴き、ヒート・ロッドにかかる負荷を調整している。巨大な敵を力で引き倒すのではなく、結び目をほどくような動きだった。だが、改修ビグ・ザムも黙ってはいない。脚部のミサイルポッドが開き、ラルさんのグフへ向けて弾頭が放たれる。

 

「させるか」

 

 俺はガンダムXを無理に旋回させず、背中の重さごと前へ押し出した。射線に入り、ミサイルだけを撃ち落とす。爆風で機体が流されるが、シールドを前へ出して耐える。腕部に負荷警告が走る。まだ持つ。持たせるしかない。

 

『白い音が乱れてる。中の人、苦しんでるけど、少しだけ機体から離れた』

 

「ドゥー、もう少しだけ見られるか」

 

『見てる。怖いけど、見てる。あの人を、数字に戻させないで』

 

「戻させない」

 

 その返事をした瞬間、改修ビグ・ザムの背後で何かが動いた。暗礁の影だと思っていた巨大な岩盤の一部が、低い振動と共にずれていく。偽装されていた外殻が開き、奥に金属の輪郭が見えた。艦橋から驚いた声が飛ぶ。

 

『ビグ・ザム背後で構造物の反応。暗礁に偽装された大型ハッチが開きます』

 

「外部保管区画……あそこが、ドゥーの記憶にあった場所か」

 

 モニターの奥で、白い灯りが細く漏れた。暗礁宙域の闇の中に、人工的な白が浮かぶ。医療区画の白ではない。格納庫の照明でもない。冷たい実験室の奥から漏れるような、感情を削ぎ落とした白だった。

 

『白い音が、奥から増えてる。あそこ、まだ生きてる』

 

 ドゥーの声が、かすかに震えていた。

 それでも、彼女は目を逸らしていない。

 

『入口を見せたか。ならば敵も、これ以上隠し続ける余裕はない』

 

「ラルさん、艦を入れますか」

 

『まだだ。ビグ・ザムを無力化せずに入れば、背後から撃たれる』

 

 ラルさんの言葉は正しい。外部保管区画の入口は見えた。けれど、その前にはまだ巨大な檻がいる。接続ケーブルの一部を掴んだだけで、改修ビグ・ザムは止まっていない。むしろ、白いユニットの明滅は激しくなり、中央砲門には再び光が集まり始めている。

 

『でも、あの中に記録がある。冷蔵庫のことも、死んだ人たちのことも』

 

 ドゥーの言葉に、俺は外部保管区画の白い入口を見た。そこには、MRX-008の記録があるかもしれない。ジル・ラトキエの名も、暴走事故の記録も、ドゥーが入れられた白い箱の証拠も眠っているかもしれない。

 

 だが、その前に止めるべきものがある。

 

「なら、行く。けど、その前にこの檻を止める」

 

 ガンダムXのシールドを構え直し、俺は改修ビグ・ザムの白い増設ユニットを睨んだ。

 背中の重さも、未完成の警告音も、今は全部抱えて進むしかない。

 

 外部保管区画の入口は開いた。

 その奥から流れる白い音が、ドゥーの傷と、名もない被験体の苦痛を同時に呼んでいる。

 

 次に剥がすべき檻は、もう見えていた。

 

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