機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
「シローさんに、アイナさん?」
マチュがそう繰り返した瞬間、俺の胸の奥で何かがひっくり返るように軋んだ。
「あっ、その、なんでもないよ」
俺は笑って誤魔化したつもりだったが、声の端が妙に乾いてしまっていた。
俺がふと零してしまった名前が気になったのだろう、マチュは首を傾げたまま俺を見上げてくる。
この世界での二人が今どこで何をしているのか分からないのに、俺だけが勝手に“恩人”として抱えている。
その事実が、優しさのようでいて、実は歪んだ独占みたいにも思えてしまう。
「……なんだか本当に色んな事があったみたいだね」
マチュは探るというより、諦めに似た柔らかさでそう言った。
「あはははぁ、まぁ」
俺は苦笑いを作って返しながら、視線を空の端へ逃がした。
マチュはため息を吐いて、偽物の空の向こうを想像するような顔になった。
「それにしても、地球か。地球って、今はどうなっているんだろうね」
「それは、俺にも分からない」
言い切ったはずなのに、言葉の後ろに取り残される気配があった。
俺のいた世界で、地球はもう“美しい星”ではいられなかった。
ジオンのコロニー落としが残した傷は地形にも人の心にも残っていたし、ティターンズが振るった暴力は政治の言葉で飾られながら地表を焼いた。
俺が知っている地球は、緑があるのに息苦しく、海があるのに胸が乾くような、そういう矛盾を抱えた場所だった。
けれど、この世界ではティターンズがない。
大きな戦争が目立って起きていないという情報を繋ぎ合わせると、地球は少しは回復しているかもしれない。
そう思った瞬間、俺の中で期待が膨らんで、同時にその期待が破裂するのが怖くなった。
期待して、裏切られる感触を、俺は何度も戦場で覚えてしまっている。
「あぁ、そう思うと、結構不安になってきたかも」
マチュは笑って誤魔化すように言ったが、視線は一瞬だけ落ちて、指先が自分の袖を掴んでいた。
俺は、その仕草を見た途端に反射で手を伸ばしてしまった。
俺の手が彼女の手を握り締めた時、指先に伝わる温度が、現実の確かさを押し返してくる。
握るという行為が、守るという誓いの代用品みたいに思えて、俺は少しだけ苦しくなった。
マチュが気づいて、俺の方を見る。
「……どうしたの」
「えっ、いや、その、なんとなく」
言い訳が雑すぎて、俺自身が自分に呆れそうになった。
「今日の君、本当に可笑しいよ」
マチュがじっと見てくる視線には、責める色よりも、心配の色が濃かった。
「そうかもしれない」
俺は否定できずに頷いてしまい、その頷きが余計に彼女を不安にさせる気がした。
それでも俺は、今の自分の異常さを説明する言葉を持っていない。
異世界だの歪みだの赤いガンダムだのを並べたところで、マチュの生活に乗る言葉にならない。
だから俺は、今だけは嘘ではない部分だけを取り出して渡すことにした。
「まぁ、やりたい事が本当になかったからな。だから、マチュのやりたい事を手伝いたかっただけだから」
その言葉は半分だけ本当で、残り半分は守れなかった過去の埋め合わせだった。
「そっか」
マチュは笑みを浮かべてくれたが、その直後にスマホを見て目を見開いた。
「あぁ!もうこんな時間!もう門限が過ぎそうになっているよ!」
声が跳ねて、慌て方が可愛げのある現実そのものだった。
「えっ、本当か?!」
俺も時計を見ると、確かに時間は容赦なく進んでいた。
マチュにここまで付き合わせたつもりはなかったが、俺が“離れたくない”と無意識に引き留めていたのかもしれない。
その自覚が刺さって、俺は急いで言葉を選ぶ。
「途中まで送っていくよ」
それは保護欲の形をした言い訳で、同時に本気の提案でもあった。
「えっ、送っていくって言っても、電車では――」
マチュが言いかけたところで、俺は短く答えを切り出す。
「バイク」
一語だけで済ませたのは、説明をしている時間が惜しいのと、俺自身がこの世界の交通手段にまだ慣れていないからだった。
「えっ、あったの」
マチュは驚きを隠せない顔で俺を見るが、その驚きが生活の驚きであることが、俺には救いだった。
「軽く調べたら、ある程度は借りられるみたいだったからな」
俺はそう言いながら、停めてある車体へと彼女を案内する。
「二人乗りっていう事だよね」
言い方が少しだけ照れ臭そうで、マチュの頬が僅かに赤い気がした。
「……まぁ、そうなるかな、とにかく早く」
俺は照れを処理する術を持っていないので、合理で押し切るしかなかった。
「まぁ、良いけど、これって、後ろから抱きつくって事だよね」
マチュの声には軽口の形をした確認が混じっていて、俺はそれを真正面から受け止める。
「そうだけど?」
俺が当然のように返すと、マチュは盛大にため息を吐いた。
「まぁ、良いけど」
その言葉の後に、マチュは受け取ったヘルメットを被り、少しだけ髪を整える仕草をした。
その仕草が妙に大人びて見えて、俺は一瞬だけ視線の置き場に困った。
マチュは小さく息を吸ってから、俺の背中を抱き締める。
腕の力は強くないのに、触れた瞬間に体温が伝わり、俺の中の警戒が一段だけ溶けた。
それと同時に、溶けた分だけ怖くなる。
守りたいものが、確かにここにあるからだ。
「ランガ、安全運転でお願いね」
声が近くて、俺は返事を急いだ。
「……あぁ、分かっている」
俺はバイクのハンドルを握り、スロットルをゆっくりと回す。
エンジンの振動が腰から背中へ抜けていき、マチュの腕が僅かに強くなる。
その圧を感じながら、俺は慎重に走り出した。
戦場の速度ではなく、生活の速度で走るということが、今の俺には一番難しい。
けれど、背中に感じる温度が本物である限り、俺は生活の速度を学び直せるかもしれない。
そう思った瞬間、俺はほんの少しだけ、偽物の空の下でも息ができる気がした。