機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第80話

 メッサーラは、こちらへ真っ直ぐ突っ込んでこなかった。

 

 白い基地の奥に開いた大型シャフトから現れたその機体は、巨大な推進器を背負った異形の影のまま、暗礁宙域の裂け目を滑るように移動している。ハンブラビのように鋭く絡みつく機動ではない。改修ビグ・ザムのように巨体で押し潰す動きでもない。メッサーラはただ一つの敵を狙うのではなく、俺のガンダムX、ラルさんのグフ、戦艦、そして基地内部に入った潜入班の退路を同時に見ていた。

 

『新型機、こちらの進路ではなく、潜入班の退路側へ回り込んでいます』

 

「俺を狙うんじゃない。俺が守りたい場所を先に潰しに来ている」

 

『違うな。潰す前に、君をそこへ動かそうとしている』

 

 ラルさんの声が、戦場の熱を冷やすように通信へ落ちた。グフはまだ改修ビグ・ザムの接続ケーブルを牽制しながら、メッサーラの機動を追っている。あの人は怒りを抱えていても、戦場の見方を間違えない。

 

「俺を動かして、反応を見ているってことですか」

 

『ああ。奴は戦場を撃っているのではない。こちらの判断を撃っている』

 

 その言葉を聞いた瞬間、背筋の奥に冷たいものが走った。俺はメッサーラの機体を見ているはずなのに、その向こうから誰かの視線を浴びている気がした。速さでも火力でもない。自分が守ろうとするものを先に読まれ、そこへ針を置かれるような感覚だった。

 

『ランガ、あの機体は変だよ。機械なのに、こっちの心を覗いてるみたい』

 

 ドゥーの声が震える。彼女は基地内部の白い音だけでも限界に近いはずなのに、今度はメッサーラから流れてくる圧まで感じ取っている。白い部屋とは違う、もっと遠くて冷たい星の匂い。前に彼女がそう言った感覚が、今なら少し分かる気がした。

 

「……この感じ、知っている。戦場を上から撫でるような、嫌な圧だ」

 

 メッサーラが変形した。巨大な推進器が角度を変え、機体全体が一瞬だけ細い影へ変わる。次に見えた時には、潜入班の通信中継アンテナへ射線を置いていた。俺は考えるより早くガンダムXを前へ出し、ビームライフルでその射線を遮るように撃った。

 

『敵機、潜入班との通信中継を狙っています』

 

「させるか。そこを切られたら、中の連中が孤立する」

 

『追いすぎるな、ランガ。奴は君が守る場所を餌にしている』

 

「分かっています。でも、守らなければ終わるんです」

 

 ガンダムXの背中が重い。大型背部装備はまだ使えず、急加速のたびに機体後方を引っ張ってくる。メッサーラはその遅れを見ていた。俺が通信中継を守るために前へ出ると、その回避先へビームを置く。俺が戦艦へ戻ろうとすれば、潜入班の退路側へ回り込む。ひとつひとつの攻撃は避けられるが、そのたびに俺の位置だけが悪くなっていく。

 

『よく動く。守るものが多い者ほど、軌道は読みやすい』

 

 通信に混じった声は、はっきりと笑ってはいなかった。だが、その言葉の奥には、人間を駒のように見下ろす冷たさがあった。

 

「その言い方……人を駒みたいに見る声……」

 

『ランガ、怖い顔をしてる。そっちへ行ったら、戻れなくなる気がする』

 

「戻る。けど、あいつを放っておくわけにはいかない」

 

 俺はビームライフルを構え、メッサーラへ向けて前へ出た。怒りだけで動いたわけじゃない。距離を取り続ければ、潜入班も戦艦も少しずつ削られる。あの機体の動きを止めなければ、こちらの守る線は全部切られる。

 

『待て、ランガ。今の接近は、奴の望む間合いだ』

 

「それでも、距離を取れば潜入班が狙われます」

 

『ならば前に出る理由を忘れるな。怒りで近づくな、守るために近づけ』

 

「……了解。俺は、守るために行く」

 

 俺はスラスターを短く噴かし、背中の重さで流れる機体をあえて斜めへ乗せた。ビームライフルを二射、三射。メッサーラは変形を挟みながらそれを避け、まるで俺が撃つ場所を先に知っていたかのように、最小限の移動で射線の外へ抜けていく。

 

『怒りを抑えるか。なるほど、君はただの強化された兵ではないらしい』

 

「俺のことを測るな」

 

『測られることを嫌う者ほど、測り甲斐がある』

 

 その声に、胸の奥の何かが強く反応した。HADES監視端末の端に、一瞬だけ赤いノイズが走る。俺は歯を食いしばり、操縦桿を握る指から力を抜いた。今ここで怒りを機体へ渡せば、あいつの思う壺だ。分かっているのに、身体の奥が昔の戦場へ引き戻されそうになる。

 

 メッサーラが、俺の死角へ消えた。

 

「違う。これは機体性能だけじゃない」

 

『何が見えている、ランガ』

 

「俺が避ける場所を、先に見ている。俺が守る場所を、先に置いている」

 

『ランガ、あの圧に引っ張られないで』

 

 ドゥーの声が、白いノイズの奥から届く。けれど、次の瞬間、メッサーラの圧が全周モニターを越えてコックピットへ入り込んできた。あの目だ。人を人として見ず、価値と反応と可能性でしか測らない目。ティターンズの冷たさとは違う。もっと個人的で、もっと傲慢な、才能ある者だけが世界を動かせると信じている目だ。

 

『君は、どこから来た。なぜ、その目で私を見る』

 

「その声で俺を見るな……!」

 

『ランガ、名を知っているのか』

 

 ラルさんの声が聞こえた時、俺はもう叫んでいた。

 

「シロッコか、お前は!!」

 

 メッサーラは答えなかった。代わりに、巨大な推進器を振るように機体を変形させ、基地外壁へ向けて一撃を放った。俺を撃ち落とす弾道ではない。潜入班の入口を直接撃つ弾道でもない。もっと奥、外部保管区画の内部配管と隔壁を切り捨てるような、冷静すぎる一撃だった。

 

 白い基地の一部が、内側から膨らむように爆ぜた。

 

『基地内部で爆発。外部保管区画、第三隔壁から第五隔壁まで連鎖損傷』

 

『こちら潜入班、通路が崩れ始めています。退路の一部が閉鎖されました』

 

「メッサーラが基地を撃ったのか。自分たちの施設ごと切り捨てる気か」

 

『敵が守っていたのは基地ではない。必要なものだけを残し、不要な区画を捨てたのだろう』

 

 ラルさんの言葉は冷静だったが、その奥にある怒りは隠せていなかった。メッサーラの向こうにいる何者かは、基地も、実験記録も、潜入した人間も、内部の被験体も、全部を選別の対象として見ている。残すものと捨てるものを、一瞬で切り分けた。

 

『奥の白い音が増えてる。爆発で、眠っていた機械が起きてる』

 

 ドゥーの声が震える。基地内部の白い光が、爆発の赤に揺らぎながら増えていく。通路の奥で隔壁が閉じ、別の区画で火災が走り、潜入班の通信に激しいノイズが混ざった。

 

『外部保管区画の構造維持に異常。推定安定時間、十分未満です』

 

「十分……潜入班を戻すにも、記録を取るにも足りない」

 

『選びたまえ。記録か、人命か、それとも私を追うか』

 

 通信の向こうで、その声が静かに問いを置いた。

 選択肢を与えているようで、実際にはこちらの心を削っているだけだ。

 

「……やっぱり、お前はシロッコだ」

 

『ランガ、今は追うな。基地が先に死ぬ』

 

「分かっています。けど、あいつだけは逃がしたら駄目だ」

 

『その怒りを次へ残せ。今は中の者を戻す』

 

 俺はメッサーラを睨んだまま、操縦桿を握り直した。追いたい。あの圧を、この場で断ち切りたい。けれど、基地の中には潜入班がいる。ドゥーが求めた記録がある。名前にならない被験体の痛みも、まだ消えていない。

 

 基地が崩れるまで十分もない。

 それでも、俺はあいつを追うより先に、中の人間を戻さなきゃいけない。

 

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