機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
メッサーラを追いたいという衝動は、まだ喉の奥で熱を持っていた。
あの圧は間違えようがない。機体の性能や操縦技術だけではなく、戦場そのものを上から見下ろし、人間の判断さえ駒として置き換える視線。俺の知る歴史で何度も味わった、あの嫌な感覚が、確かにこの世界にも存在していた。
けれど、今は追えない。
『外部保管区画、爆発拡大。第三隔壁から第五隔壁まで閉鎖不能です』
『こちら潜入班、退路が崩れています。記録区画への到達は困難です』
艦橋からの報告と、潜入班の声が重なった。白い基地の内部で連鎖爆発が走り、外壁の亀裂から赤い光が漏れている。メッサーラはその爆発を見届けるように距離を取り、こちらへ深追いしてこない。必要なものだけを残し、不要な区画を切り捨てたのだろう。そう思った瞬間、操縦桿を握る指に力が入った。
「くそ、シロッコを追えば、あいつの居場所に近づけるかもしれないのに」
『追うな。今、追えば中の者を捨てることになる』
ラルさんの声は短かった。叱るでも慰めるでもなく、ただ今選ぶべきものを示してくる。俺は歯を食いしばり、メッサーラの残した軌跡から視線を引き剥がした。
「分かっています。分かっているのに、ここで逃がすのが嫌なんです」
『その怒りは残せ。だが、今は怒りより命を拾え』
俺は息を吐き、ガンダムXを外部保管区画の入口へ向けた。背中の大型装備がまだ重い。急旋回のたびに機体を後ろへ引く。けれど、その癖を理由に遅れるわけにはいかなかった。
「……ガンダムX、入口へ回ります。潜入班の退路を開けます」
白い基地の入口は、もう清潔な実験施設の顔をしていなかった。爆発の赤と黒煙が混ざり、通路の奥では隔壁が歪み、破片が噴き出している。俺はビームライフルの出力を絞り、入口前へ流れ出た大型デブリだけを撃ち落とした。強く撃ちすぎれば潜入艇の帰還線を崩す。弱すぎれば破片は止まらない。こういう時ほど、焦りが邪魔になる。
『記録媒体の回収は失敗。爆発で保管ラックが崩落しました』
「記録より先に戻れ。今は生きて帰ることだけを考えろ」
『ですが、MRX-008関連と思われる表示も、ティターンズの通信ログも、全部……』
「謝るな。戻ってきたなら、それでいい」
そう言いながら、自分の胸の奥が沈むのを止められなかった。ここまで来た。ドゥーが自分の傷を掘り返して示した座標まで来た。ビグ・ザムを檻から剥がし、ハンブラビを退け、シロッコの影まで見た。それなのに、肝心の記録は白い炎の奥へ消えていく。
『白い音が消えていく。記録も、箱の中の声も、燃えてる』
ドゥーの声が艦内通信から届く。震えていたが、彼女は泣いていなかった。その震えが、かえって痛かった。
「ドゥー、今は潜入班を戻す。消えたものは、後で必ず別の形で探す」
『うん。でも、消えていく音がするの。冷蔵庫のことも、ジルって名前も、奥の白い部屋の声も、全部まとめて消されてる』
「消されたなら、消した奴がいる。そいつを追えば、また辿れる」
自分に言い聞かせるための言葉でもあった。完全に失ったわけじゃない。そう思わなければ、今この場でメッサーラを追わなかった判断まで揺らぎそうになる。
『ランガ、入口左側の破片群を落とせ。小型艇が通れん』
「了解。ビームライフル、出力を絞って撃ちます」
ラルさんの指示に従い、俺は入口左側へ流れた隔壁片を撃った。熱で歪んだ金属が爆ぜ、帰還線がわずかに開く。直後、潜入艇一番機が白い煙の中から飛び出した。船体の片側が焼け、姿勢制御も乱れているが、まだ動いている。
『潜入艇一番機、入口を離脱。二番機、後方隔壁の爆風に追われています』
「二番機の前を空ける。ラルさん、ビグ・ザムをもう少しだけ押さえてください」
『任せろ。こちらの檻も、まだ眠らせておく』
改修ビグ・ザムは完全停止していない。白い増設ユニットの一部を剥がされても、別系統が動きを補おうとしている。ラルさんのグフはヒート・ロッドでその動きを縛り、青い機体を巨大な影の側面に貼りつかせていた。あの人がいなければ、潜入艇は背後から撃ち抜かれていただろう。
二番機が出てくる。
同時に、基地深部で大きな爆発が起きた。
『基地深部で大規模爆発。記録区画と思われる区画、反応消失』
艦橋要員の声が、いつもよりわずかに低く聞こえた。俺はモニター越しに、外部保管区画の奥が光に飲まれるのを見た。白い通路が赤く染まり、次の瞬間、暗礁に偽装された外殻ごと砕けていく。そこに何があったのか、もう確認する方法はない。
「そんな……ここまで来て、また手掛かりが消えるのか」
『人を戻した。それは失敗ではない』
「分かっています。でも、これでシロッコにも、ティターンズの本体にも、近づけなくなった」
『手掛かりは一つではない。だが、敵はこちらに何を失わせたいかを見せた』
ラルさんの言葉は正しい。けれど、正しさだけで胸の穴は塞がらない。潜入艇二番機が爆炎の中から飛び出し、俺はそれを守るようにガンダムXを前へ出した。破片をシールドで受け、ビームライフルで進路上の残骸を撃ち落とす。二機の潜入艇が戦艦へ向かうのを確認して、ようやく呼吸が戻った。
『外部保管区画、構造維持不能。全区画、崩壊へ移行します』
『潜入艇二機、収容コースに入りました』
『よし、収容後ただちに後退する。爆発に巻き込まれるな』
基地は消えていく。
白い部屋の証拠も、MRX-008の記録も、ティターンズの通信ログも、その奥にいた誰かの声も、炎と真空の中へ散っていく。
俺はメッサーラの消えた方向を見た。あいつはもう射程の外へ離れている。追えない。今は追えない。その現実が、焼けたシールドよりも重く腕に残った。
『待ってください。爆炎の外縁に、新たな機体反応』
「メッサーラか」
『違います。機影はドム系。リック・ドムと思われますが、機体色が青です』
「青いリック・ドム……?」
爆炎の向こう、崩れた基地の残骸の縁に、一機のモビルスーツがいた。リック・ドムの丸みを帯びた重いシルエット。だが、装甲は通常の黒や紫ではなく、深い青を基調としている。暗礁の影に溶けるような色なのに、爆発の赤い光を受けて、その青は妙にはっきり見えた。
その機体は、こちらへ攻撃を仕掛けてこなかった。
ただ、崩壊していく残骸の中へ腕を伸ばし、小型の記録カプセルのようなものを拾い上げていた。
「何をしている。あいつ、残骸から何かを拾っている」
『白い音の欠片を持っていく。あれ、ただの残骸じゃない』
ドゥーの声が、今度は驚きに近い揺れを持っていた。俺はガンダムXの照準を一瞬だけ合わせかけ、すぐに止めた。敵か味方か分からない。ここで撃てば、その何かを失うかもしれない。
「記録は全部消えたんじゃなかったのか」
『どうやら、消えた手掛かりを拾った者がいるらしいな』
ラルさんの声が低くなる。グフはまだビグ・ザムを警戒していたが、その注意の一部が青いリック・ドムへ向いたのが通信越しにも分かった。
『青いリック・ドム、こちらを確認しています。通信要求はありません』
モニターの中で、青いリック・ドムのモノアイがこちらを向いた。敵意を示すような動きではない。だが、歓迎でもない。ただ、こちらを見て、こちらの反応を測っている。
「敵なのか、味方なのか、それとも別の何かなのか」
『今は撃つな。相手の出方を見る』
「……分かりました。でも、あいつが何を持っているのかは、必ず確かめます」
青いリック・ドムは、拾い上げた記録カプセルらしきものを機体の収納部へ収めると、爆炎の外縁を滑るように離れていった。基地はその背後でさらに崩れ、白い光も赤い炎もまとめて闇へ飲まれていく。
基地は消えた。
記録も消えた。
だけど、あの青いリック・ドムだけが、何かを持ち去ろうとしている。
俺は焼けたシールドを下げず、その青い影が消えていく方角を見続けた。次に現れるのは、機体ではなく、その中にいるパイロットだろう。こちらが失った手掛かりを、その人物が握っているのなら、もう目を逸らすわけにはいかなかった。