機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第83話

 ガトーの問いは、爆発の残響よりも重くコックピットに残った。

 

 ティターンズの外部保管区画は、もう白い基地だった形を失いつつある。割れた外壁の隙間から赤い炎が漏れ、崩れた隔壁の破片が暗礁宙域へゆっくり流れていく。俺たちが命を張って辿り着いた場所は、証拠も記録も人間の声もまとめて焼かれ、ただ残骸だけを残して消えようとしていた。

 

 その前に、青いリック・ドムがいる。

 

 右手には記録カプセル。機体色は深い青。武装は展開していないが、隙がない。リック・ドムという旧式の輪郭を残しながらも、その姿勢だけで分かる。あれはただの古い機体じゃない。乗っている人間が、機体の重さも遅さも癖も、全部自分の間合いに変えている。

 

『ランガ・ロード。貴様は復讐のために剣を取るのか、それとも生きている者を守るために、その呪われた機体へ乗るのか』

 

 呪われた機体。

 その言葉を否定しきれない自分がいた。

 

 ガンダムXの中には、ペイルライダーから引き継がれたものが眠っている。HADESは沈黙している。テムさんの監視端末は安定を示している。けれど、怒りを燃料にして答えを出そうとする何かが、完全に消えたわけではない。

 

 俺は、それを知っている。

 

「俺は、ティターンズを止めたい。あいつらに奪われたものを、これ以上増やしたくない」

 

『それは答えの一部でしかない。止めたいという言葉の奥に、討ちたいという欲がある』

 

 ガトーの声は、少しも揺れなかった。責めているわけではない。逃げ道を塞いでいる。俺が綺麗な言葉だけで立とうとすれば、その足場を軍人の目で叩き割るつもりなのだろう。

 

「あります。ないなんて言えません」

 

『正直であることは悪くない。だが、戦場で正直な怒りほど、仲間を巻き込む危険な火種になる』

 

『ガトー、彼は先ほど怒りより人命を選んだ』

 

 ラルさんが静かに言った。グフはまだ改修ビグ・ザムの残骸と、崩壊する基地外縁を警戒している。けれど、その声は俺を庇うだけのものではなかった。ラルさんもまた、俺がここで何を言うのかを待っている。

 

『一度選べた者が、次も選べるとは限らん。軍人は、その一度を美談にしてはならない』

 

 ガトーの言葉に、俺は返せなかった。

 その通りだったからだ。

 

 さっき、俺はメッサーラを追わなかった。シロッコの圧を感じて、喉の奥まで怒りが込み上げて、それでも潜入班を戻すことを選んだ。だが、それは一度だ。次にマチュが危険に晒されたら。次にドゥーが番号へ戻されそうになったら。次にシロッコが目の前で笑ったら。俺はまた同じように選べるのか。

 

 答えは、口先だけでは足りない。

 

『死ぬ覚悟なら、戦場に立つ者の多くが口にする。大義のために死ぬ、仲間のために死ぬ、憎い敵を討って死ぬ』

 

「それを否定するんですか」

 

『否定はしない。だが、死ぬ覚悟だけなら若さと激情でも口にできる』

 

 青いリック・ドムのモノアイが、俺をまっすぐ見ている。コックピット越しに、その視線が胸を貫くようだった。死ぬ覚悟。そんなものなら、俺は何度も抱いた。ティターンズへ向かう時も、サイコ・ガンダムの前に立った時も、HADESが囁くような感覚に触れた時も、どこかで死を受け入れかけていた。

 

 それを覚悟だと思っていた時期もあった。

 

「なら、何を聞きたいんです」

 

『生きる覚悟だ。奪われたものを抱え、怒りを呑み込み、それでも帰るべき場所へ戻る覚悟があるかを問うている』

 

『帰る場所……』

 

 ドゥーの声が小さく入った。艦内にいる彼女の顔は見えない。けれど、その言葉だけで、彼女がどんな表情をしているのか少し分かる気がした。白い部屋の音が消え、過去の手掛かりが燃え、それでも彼女は今ここにいる。番号ではなく、ドゥーとして息をしている。

 

『守ると言う者が、守る相手を残して死を選ぶなら、それは覚悟ではない。残された者へ重荷を投げるだけだ』

 

「……それは、分かっています」

 

 言葉にした瞬間、マチュの顔が浮かんだ。

 

 サイド6で、俺の前に立っていた彼女。怖がりながら、それでも真っ直ぐこちらを見る目。約束した。生きると。地球へ行くと。友達と一緒に、まだ知らない場所を見に行くと。口づけの感触は、戦場の熱よりもずっと確かに残っている。

 

 俺は、あの約束を死ぬための理由にしたくない。

 

「俺には、守りたい人がいます」

 

『その娘が、貴様の戦う理由か』

 

「マチュです。俺は、マチュを守りたい」

 

『守るために死ぬ、という言葉なら今すぐ捨てろ』

 

 ガトーの声が鋭くなった。

 俺は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。

 

「違います。俺は、マチュを守るために生きます」

 

 言った瞬間、自分の中で何かが沈んだ。怒りが消えたわけじゃない。憎しみも消えていない。シロッコを追いたい気持ちも、ティターンズを叩き潰したい衝動も、まだ胸の奥にある。けれど、それらが俺の一番前に出てはいけない。

 

 一番前に置くべきものは、帰る場所だ。

 

『……ランガ』

 

 ラルさんの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。

 

「あいつを守って、あいつのところへ帰って、一緒に生きる。その約束を捨ててまで敵を討つなら、俺はまた同じことを繰り返す」

 

『ランガ、ちゃんと帰るって言った』

 

 ドゥーの声が震えている。泣きそうなのか、安心したのか、通信だけでは分からない。ただ、その声を聞いて、俺は操縦桿を握る手から少しだけ力を抜けた。

 

「俺は、ティターンズを止めたい。シロッコも追う。でも、それは死ぬためじゃない。マチュと生きる場所を壊させないためです」

 

 青いリック・ドムは、しばらく何も言わなかった。

 

 爆発の光が遠ざかり、崩壊した基地の破片がガンダムXと青いリック・ドムの間をゆっくり流れていく。沈黙の中で、HADES監視端末の表示だけが小さく明滅していた。赤ではない。警告でもない。ただ、機体の中に眠るものが、こちらの答えを聞いているように思えた。

 

『若いな。守るために生きるなど、戦場の泥を知る者ほど簡単には言えん』

 

「簡単に言っているつもりはありません」

 

『分かっている。だからこそ、若いと言ったのだ』

 

「若いから、駄目なんですか」

 

『いや。若さとは未熟さであると同時に、まだ折れていない芯でもある』

 

 ガトーの声に、初めてわずかな温度が混じった。優しさではない。甘さでもない。だが、さっきまでこちらを斬るように測っていた声とは、少しだけ違っていた。

 

『ガトー、答えは聞けたか』

 

『十分ではない。だが、この場で見捨てるほど空虚な答えでもない』

 

「なら、そのカプセルを渡してくれるんですか」

 

『すぐに全てを渡すとは言っていない。だが、少なくとも貴様に見せる価値はある』

 

 青いリック・ドムが、握っていた記録カプセルをわずかに掲げた。渡す動きではない。けれど、奪われた手掛かりが完全に遠ざかったわけでもなかった。

 

『ランガ・ロード。貴様の答えが戦場で折れぬものかどうか、私はまだ見極める』

 

「見ていてください。俺は、死ぬためにこの機体へ乗ったんじゃない」

 

『ならば、その言葉を戦場で守れ。言葉は誓いになり、誓いは行動でしか証明できん』

 

 俺はガンダムXのシールドを下げた。完全に警戒を解いたわけではない。けれど、銃口を向けたまま話す段階は終わったのだと思った。

 

 ガトーは若いと言った。

 それでも、覚悟が空ではないと理解した。

 

 マチュを守るために生きる。

 その言葉を、戦場の熱や憎しみに渡さない。

 

『若い答えだ、ランガ・ロード。だが、死に逃げぬ覚悟ならば、この記録の一端を預ける理由にはなる』

 

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