機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ガトーの問いは、爆発の残響よりも重くコックピットに残った。
ティターンズの外部保管区画は、もう白い基地だった形を失いつつある。割れた外壁の隙間から赤い炎が漏れ、崩れた隔壁の破片が暗礁宙域へゆっくり流れていく。俺たちが命を張って辿り着いた場所は、証拠も記録も人間の声もまとめて焼かれ、ただ残骸だけを残して消えようとしていた。
その前に、青いリック・ドムがいる。
右手には記録カプセル。機体色は深い青。武装は展開していないが、隙がない。リック・ドムという旧式の輪郭を残しながらも、その姿勢だけで分かる。あれはただの古い機体じゃない。乗っている人間が、機体の重さも遅さも癖も、全部自分の間合いに変えている。
『ランガ・ロード。貴様は復讐のために剣を取るのか、それとも生きている者を守るために、その呪われた機体へ乗るのか』
呪われた機体。
その言葉を否定しきれない自分がいた。
ガンダムXの中には、ペイルライダーから引き継がれたものが眠っている。HADESは沈黙している。テムさんの監視端末は安定を示している。けれど、怒りを燃料にして答えを出そうとする何かが、完全に消えたわけではない。
俺は、それを知っている。
「俺は、ティターンズを止めたい。あいつらに奪われたものを、これ以上増やしたくない」
『それは答えの一部でしかない。止めたいという言葉の奥に、討ちたいという欲がある』
ガトーの声は、少しも揺れなかった。責めているわけではない。逃げ道を塞いでいる。俺が綺麗な言葉だけで立とうとすれば、その足場を軍人の目で叩き割るつもりなのだろう。
「あります。ないなんて言えません」
『正直であることは悪くない。だが、戦場で正直な怒りほど、仲間を巻き込む危険な火種になる』
『ガトー、彼は先ほど怒りより人命を選んだ』
ラルさんが静かに言った。グフはまだ改修ビグ・ザムの残骸と、崩壊する基地外縁を警戒している。けれど、その声は俺を庇うだけのものではなかった。ラルさんもまた、俺がここで何を言うのかを待っている。
『一度選べた者が、次も選べるとは限らん。軍人は、その一度を美談にしてはならない』
ガトーの言葉に、俺は返せなかった。
その通りだったからだ。
さっき、俺はメッサーラを追わなかった。シロッコの圧を感じて、喉の奥まで怒りが込み上げて、それでも潜入班を戻すことを選んだ。だが、それは一度だ。次にマチュが危険に晒されたら。次にドゥーが番号へ戻されそうになったら。次にシロッコが目の前で笑ったら。俺はまた同じように選べるのか。
答えは、口先だけでは足りない。
『死ぬ覚悟なら、戦場に立つ者の多くが口にする。大義のために死ぬ、仲間のために死ぬ、憎い敵を討って死ぬ』
「それを否定するんですか」
『否定はしない。だが、死ぬ覚悟だけなら若さと激情でも口にできる』
青いリック・ドムのモノアイが、俺をまっすぐ見ている。コックピット越しに、その視線が胸を貫くようだった。死ぬ覚悟。そんなものなら、俺は何度も抱いた。ティターンズへ向かう時も、サイコ・ガンダムの前に立った時も、HADESが囁くような感覚に触れた時も、どこかで死を受け入れかけていた。
それを覚悟だと思っていた時期もあった。
「なら、何を聞きたいんです」
『生きる覚悟だ。奪われたものを抱え、怒りを呑み込み、それでも帰るべき場所へ戻る覚悟があるかを問うている』
『帰る場所……』
ドゥーの声が小さく入った。艦内にいる彼女の顔は見えない。けれど、その言葉だけで、彼女がどんな表情をしているのか少し分かる気がした。白い部屋の音が消え、過去の手掛かりが燃え、それでも彼女は今ここにいる。番号ではなく、ドゥーとして息をしている。
『守ると言う者が、守る相手を残して死を選ぶなら、それは覚悟ではない。残された者へ重荷を投げるだけだ』
「……それは、分かっています」
言葉にした瞬間、マチュの顔が浮かんだ。
サイド6で、俺の前に立っていた彼女。怖がりながら、それでも真っ直ぐこちらを見る目。約束した。生きると。地球へ行くと。友達と一緒に、まだ知らない場所を見に行くと。口づけの感触は、戦場の熱よりもずっと確かに残っている。
俺は、あの約束を死ぬための理由にしたくない。
「俺には、守りたい人がいます」
『その娘が、貴様の戦う理由か』
「マチュです。俺は、マチュを守りたい」
『守るために死ぬ、という言葉なら今すぐ捨てろ』
ガトーの声が鋭くなった。
俺は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。
「違います。俺は、マチュを守るために生きます」
言った瞬間、自分の中で何かが沈んだ。怒りが消えたわけじゃない。憎しみも消えていない。シロッコを追いたい気持ちも、ティターンズを叩き潰したい衝動も、まだ胸の奥にある。けれど、それらが俺の一番前に出てはいけない。
一番前に置くべきものは、帰る場所だ。
『……ランガ』
ラルさんの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「あいつを守って、あいつのところへ帰って、一緒に生きる。その約束を捨ててまで敵を討つなら、俺はまた同じことを繰り返す」
『ランガ、ちゃんと帰るって言った』
ドゥーの声が震えている。泣きそうなのか、安心したのか、通信だけでは分からない。ただ、その声を聞いて、俺は操縦桿を握る手から少しだけ力を抜けた。
「俺は、ティターンズを止めたい。シロッコも追う。でも、それは死ぬためじゃない。マチュと生きる場所を壊させないためです」
青いリック・ドムは、しばらく何も言わなかった。
爆発の光が遠ざかり、崩壊した基地の破片がガンダムXと青いリック・ドムの間をゆっくり流れていく。沈黙の中で、HADES監視端末の表示だけが小さく明滅していた。赤ではない。警告でもない。ただ、機体の中に眠るものが、こちらの答えを聞いているように思えた。
『若いな。守るために生きるなど、戦場の泥を知る者ほど簡単には言えん』
「簡単に言っているつもりはありません」
『分かっている。だからこそ、若いと言ったのだ』
「若いから、駄目なんですか」
『いや。若さとは未熟さであると同時に、まだ折れていない芯でもある』
ガトーの声に、初めてわずかな温度が混じった。優しさではない。甘さでもない。だが、さっきまでこちらを斬るように測っていた声とは、少しだけ違っていた。
『ガトー、答えは聞けたか』
『十分ではない。だが、この場で見捨てるほど空虚な答えでもない』
「なら、そのカプセルを渡してくれるんですか」
『すぐに全てを渡すとは言っていない。だが、少なくとも貴様に見せる価値はある』
青いリック・ドムが、握っていた記録カプセルをわずかに掲げた。渡す動きではない。けれど、奪われた手掛かりが完全に遠ざかったわけでもなかった。
『ランガ・ロード。貴様の答えが戦場で折れぬものかどうか、私はまだ見極める』
「見ていてください。俺は、死ぬためにこの機体へ乗ったんじゃない」
『ならば、その言葉を戦場で守れ。言葉は誓いになり、誓いは行動でしか証明できん』
俺はガンダムXのシールドを下げた。完全に警戒を解いたわけではない。けれど、銃口を向けたまま話す段階は終わったのだと思った。
ガトーは若いと言った。
それでも、覚悟が空ではないと理解した。
マチュを守るために生きる。
その言葉を、戦場の熱や憎しみに渡さない。
『若い答えだ、ランガ・ロード。だが、死に逃げぬ覚悟ならば、この記録の一端を預ける理由にはなる』