機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ガトーは、記録カプセルをすぐには渡さなかった。
青いリック・ドムは戦艦の外で静止し、こちらへ武装を向けてはいない。けれど、その姿勢には一切の油断がなかった。ティターンズの外部保管区画が消えた宙域から離れ、俺たちはラルさんの戦艦の近くまで後退していたが、戦いが終わったという感覚はなかった。メッサーラの圧も、白い基地が燃えた匂いも、まだコックピットの中に残っている。
『言葉は聞いた。だが、戦場で言葉だけを信じる軍人はいない』
ガトーの声が通信に落ちる。低く、硬く、逃げ道を許さない声だった。
「まだ俺を信用できないんですね」
『信用とは、情ではなく積み上げだ。貴様が何を選ぶかを見なければ、この記録は渡せん』
その言葉に、俺は反論できなかった。マチュを守るために生きると言った。死ぬためにこの機体へ乗ったんじゃないとも言った。けれど、それはまだ言葉でしかない。俺がさっき潜入班を戻したことも、一度の選択に過ぎない。ガトーは、その一度を美談として扱う気がないのだろう。
『実機でやるつもりか、ガトー』
ラルさんの声が入った。静かだが、必要なら止めるという圧がある。
『無意味に機体を損耗させる気はない。データ上の模擬戦で十分だ』
「模擬戦……俺とあなたで戦うんですか」
『ただ戦うだけではない。貴様が言った覚悟を、条件として組み込む』
戦艦側の管制が動き始め、ガンダムXの戦闘データと青いリック・ドムの機動記録が仮想空間へ接続されていく。実機同士がぶつかるわけではない。コックピットの感触、機体の反応、警告音、被弾判定だけを再現する模擬戦だ。それでも、俺の手のひらには汗が滲んだ。
『シミュレーション環境、構築完了。模擬宙域は外部保管区画崩壊時のデータを基準にしています』
『また、あの白い場所に戻るみたいで嫌な音がする』
ドゥーの声が細く震えた。俺はモニターの隅に表示された仮想宙域を見ながら、少しだけ声を落とす。
「ドゥー、無理に見るな。これは俺が受ける試験だ」
『でも、ランガが赤い音に引っ張られないか見てる』
「大丈夫、とは言わない。けど、俺が選ぶ」
自分で言ってから、その言葉の重さを噛みしめた。機体に答えを出させない。テムさんに何度も言われたことが、ガトーの模擬戦で試されることになる。
『護衛対象は民間艇二隻。味方機一機は推進器損傷。敵は三波に分けて接近する』
「勝利条件は敵の全滅ですか」
『違う。護衛対象を撤退線まで帰すことだ』
「敵を倒さなくても、帰せばいい」
『守るために生きると言ったな。ならば、倒す戦いではなく、帰す戦いを選べ』
その瞬間、仮想空間が開いた。全周モニターが暗礁宙域へ切り替わり、白い基地の残骸を模した破片が流れ、遠くに撤退線を示す青い表示が浮かぶ。民間艇二隻は遅い。味方損傷機は推進器を一基失い、姿勢制御も不安定だ。俺のガンダムXはその三つを抱えて、敵の接近を待つ位置に置かれていた。
『模擬戦開始。護衛対象、撤退線まで残り八分』
「ガンダムX、護衛位置につく。民間艇の前には出すぎない」
『初動は悪くない。だが、守る者は必ず遅い対象に引きずられる』
青いリック・ドムが仮想空間の正面に現れた。重い機体のはずなのに、制動が滑らかだ。速度だけならハンブラビやメッサーラの方が上だろう。だが、ガトーのリック・ドムは戦場の重心を押してくる。こちらが守るべき線を、重い足でじわじわ潰してくるような圧があった。
「それでも置いていくわけにはいかない」
『ならば、遅い者を基準に戦場を組め』
右側面に敵影が二つ浮かぶ。正面の青いリック・ドムは、あえて目立つ位置で俺の照準を誘っている。俺はビームライフルを正面に向けながら、実際の射線は右へずらした。民間艇の進路を塞ぐ敵機だけを押さえ、撃墜までは狙わない。
「敵影、右から二機。正面のリック・ドムは囮か」
『囮と見抜いたなら、なぜ正面を撃つ』
「撃たなきゃ、民間艇が怖がって進路を乱す。押さえるだけでいい」
『なるほど。撃墜より秩序を選んだか』
褒められたわけではない。観察されたのだ。けれど、その言葉で少しだけ呼吸が整った。俺は民間艇の進路を固定し、損傷機を後ろへ置かず、ガンダムXを少し斜め前へ出す。背中の大型装備は仮想空間でも重かった。急旋回のたびに後ろへ引かれる遅れが再現され、俺はその癖を計算に入れながら機体を動かす。
第二波が来た。
今度は護衛対象そのものではなく、撤退線の手前を狙っている。
『警告。仮想敵機、護衛対象へ急速接近』
「間に合わない。いや、間に合わせる」
俺はスラスターを吹かし、民間艇の左前方へ割り込む。敵の一機はすぐ撃てる位置にいた。そこを落とせば一瞬だけ楽になる。だが、撃墜に向けて姿勢を固めると、二番艇の側面が空く。ガトーはその隙を見ている。正面のリック・ドムが重いバズーカを構え、俺の判断を遅らせるように照準を置いた。
コックピットの端で、HADES監視端末が小さく明滅した。
『反応上昇。戦術補助要求信号を検出』
『ランガ、端末が揺れている。機体に答えを出させるな』
「分かっています。これは俺が選ぶ」
『最短で勝つなら、私を撃てばいい。護衛対象の被害を許容すれば、貴様は勝てる』
ガトーの声は、仮想空間の中でも変わらない。冷静で、厳しく、こちらの内側を測っている。
「それは勝ちじゃない」
『では、どうする』
「民間艇の進路を曲げる。損傷機を盾にしない。俺が遅れてでも、全員を帰す」
俺はビームライフルを撃たず、シールドを前へ出した。正面のリック・ドムから放たれたバズーカ弾を受け、仮想の衝撃が腕に返る。被弾判定が重なり、ガンダムXの左腕に警告が出る。それでも進路は空いた。民間艇一番が撤退線へ向けて加速し、二番艇が遅れて続く。
『ランガ、赤い音が消えた。機体じゃなくて、ランガの声になってる』
ドゥーの声が聞こえた。俺は返事をする余裕がなかったが、その言葉が操縦桿を握る手を支えた。HADESの反応は沈んでいる。機体が最短の殺し方を出す前に、俺が守るための遠回りを選んだ。
第三波が来る。
ガトーは最後まで甘くなかった。
青いリック・ドムが、民間艇二番と俺を同時に狙える位置へ入った。重い機体をあえて撤退線の手前へ置き、こちらに選択を突きつける。俺がガトーを撃てば、模擬戦上の敵指揮機は落ちる。だが、その射線を取るにはガンダムXのシールドをずらす必要がある。そうすれば、二番艇は横から来る敵に撃たれる。
『今だ、ランガ・ロード。私を撃てば模擬戦は終わる』
「撃てる。けど、その間に二番艇が落ちる」
『敵を討つ好機を捨てるか』
「敵を討つために守るんじゃない。守るために戦っている」
俺は照準をガトーから外した。ビームライフルを横へ振り、二番艇を狙う敵機の脚部だけを撃つ。同時にガンダムXを民間艇の前へ滑り込ませ、リック・ドムの射線をシールドで受けた。仮想の衝撃が全身に返り、機体の被弾判定が一気に増える。けれど、二番艇は落ちていない。
『護衛対象一番艇、撤退線到達』
「二番艇、進路を維持しろ。俺が受ける」
損傷機が遅れて撤退線へ近づく。ガトーのリック・ドムはまだ撃てる位置にいた。俺を落とすことも、損傷機を落とすこともできる。だが、その一瞬前に俺はガンダムXの背中の重さを利用し、機体を半回転させてシールドの残った面を差し込んだ。
『護衛対象二番艇、撤退線到達。味方損傷機、帰還成功』
モニターが暗転し、仮想空間が消える。コックピットは戦艦近くの現実へ戻った。青いリック・ドムは外で静止したまま、記録カプセルを保持している。俺の呼吸は荒く、手のひらは汗で濡れていた。
『模擬戦終了。ガンダムX、被弾判定多数。敵撃墜数、最小』
「それでも、全員帰した」
『そうだ。それが今回の勝利条件だ』
ガトーの声は、まだ厳しかった。けれど、さっきまでのように問いを突きつけるだけではない。結果を認める軍人の響きが、そこにあった。
『若い。被弾も多い。戦術の組み立ても荒い』
「分かっています」
『だが、護衛線を捨てなかった。敵を討つ機会を、守るために捨てた』
『なら、少しは認めたということか』
『少しは、だ』
ラルさんの声に、ガトーが短く答える。俺はようやく息を吐いた。勝ったという感覚はない。撃墜数は少なく、ガンダムXの被弾は多い。もし実戦なら、整備班に怒られるどころでは済まなかっただろう。それでも、民間艇も損傷機も撤退線へ帰した。
『ランガ、ちゃんと帰す戦いをした』
「俺は、マチュのところへ帰るために戦う。だから、誰かを帰す戦いも捨てない」
『その言葉が二度目も折れぬか、これから見る』
「記録を見せてください。俺は、それを復讐じゃなく、守るために使う」
青いリック・ドムが、記録カプセルをわずかに掲げた。まだ完全に渡すわけではない。だが、閉じていた扉が少しだけ開いたのは分かった。
『よかろう。記録の一端を開く』
艦橋側の端末に、暗号化されたカプセルの一部データが転送される。白い基地の残骸から拾われた情報。そのはずなのに、表示された航跡の一部は外部保管区画のものではなかった。もっと遠い宙域へ伸びる線がある。メッサーラが消えた方向とも、わずかに重なっている。
『このカプセルには、燃え残った白い基地の記録だけではない』
ガトーの声が、低く続いた。
『メッサーラを動かした者へ繋がる、もう一つの航跡が残っている』