機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第85話

 記録カプセルの中身は、思っていたより静かに開いた。

 

 もっと警告音が鳴るものだと思っていた。白い基地の残骸から拾われたものなのだから、開いた瞬間にドゥーを苦しめるような音や、ティターンズの名を刻んだ冷たい記録が流れ込んでくるのではないかと身構えていた。けれど、艦橋の主モニターに浮かんだのは、燃え残った施設の断片的な通信ログと、細く伸びる航跡の線だけだった。

 

『記録カプセルの一部展開に成功。外部保管区画崩壊直前の通信ログと、機動兵器の航跡が残っています』

 

「メッサーラの航跡か。あいつがどこへ逃げたのか分かるんですね」

 

 俺は思わず身を乗り出した。コックピット越しに見ている映像ではないのに、全周モニターに投影された航跡が、そのままシロッコへ続く道に見えた。メッサーラの圧はまだ身体に残っている。あの機体の向こうにいるものへ近づけるなら、今すぐにでも追いたいという熱が喉元まで上がった。

 

『急ぐな。見えている線が、必ずしも真実とは限らん』

 

 ガトーの声が、その熱を切るように入った。青いリック・ドムは戦艦の外に随伴したまま、データリンクだけを艦内へ通している。模擬戦で俺を認めたと言っても、完全に懐へ入れてくれたわけではない。その距離感が、通信の声にも残っていた。

 

『ガトー、その言い方だと何か引っかかるものがあるようだな』

 

『航跡が残りすぎている。証拠隠滅を徹底した敵が、この線だけを綺麗に残す理由を考えろ』

 

 ラルさんの問いに、ガトーは即答した。艦橋のモニター上で、メッサーラらしき航跡が拡大される。白い基地の爆発に巻き込まれた記録はほとんど壊れているのに、その線だけは妙に読みやすかった。欠落はある。ノイズもある。だが、追おうと思えば追える程度に、道が残されている。

 

 俺はそれを見て、少しだけ背中が冷えた。

 

『白い音の中に、別の音が混じってる。道を教えてるみたいだけど、奥で笑ってる感じがする』

 

 ドゥーの声が、艦内通信の端から届いた。彼女は医療区画にいるはずなのに、記録カプセルから漏れるものを感じ取っている。俺はすぐに、無理をするなと言いかけた。けれど、その前にドゥーが続けた。

 

『大丈夫って言わないでね。怖いけど、これは私も聞くって決めたから』

 

「……分かった。無理をしてると思ったら、すぐ止める」

 

『うん。それならいい』

 

 俺は短く息を吐き、モニターへ視線を戻した。守るという言葉を、彼女の意思を塞ぐために使ってはいけない。そう分かっていても、ドゥーが白い音に触れるたびに、胸の奥が苦しくなる。

 

『航跡末端に、補給ビーコンらしき信号があります。識別コードは旧連邦系ではありません』

 

『木星船団の古い符号に似ている。だが、混ぜ物が多い』

 

 ガトーの言葉に、ラルさんのグフから低い通信が重なった。

 

『木星船団か。メッサーラの構造とも繋がるな』

 

「なら、やっぱりシロッコに繋がっている」

 

 言った瞬間、自分の声が少し早いことに気づいた。追いたい気持ちが、言葉を前へ押している。さっきの模擬戦で、俺は撃墜より帰還を選んだ。けれど、実際の手掛かりを前にすると、まだ身体は過去の敵へ走ろうとする。

 

『繋がっている可能性はある。だが、繋がっているように見せられている可能性もある』

 

「罠だとしても、行かなきゃ手掛かりは消える」

 

『罠だと分かった上で踏み込むのと、罠に怒りで飛び込むのは違う』

 

 ガトーの声は冷たくなかった。ただ、軍人として当然のことを置いているだけだった。だからこそ刺さる。俺は操縦桿に触れていた指を、ゆっくり離した。

 

『今の君なら、その違いは分かるはずだ、ランガ』

 

 ラルさんの声が続く。俺の答えを急かさず、けれど逃げ道も作らない声だった。俺はモニター上の航跡を見た。線は細い。だが、その先に見えない何かがいる。シロッコかもしれない。シロッコが残した餌かもしれない。どちらにしても、進むなら帰る道まで用意しなければならない。

 

「……分かっています。追うなら、戻る道も用意してからです」

 

 そう言えたことに、自分でも少しだけ驚いた。怒りがなくなったわけではない。けれど、怒りを理由に全員を引きずり込むほど、さっきの模擬戦は軽くなかった。民間艇を帰した感覚が、まだ手に残っている。誰かを帰すためには、追う前に組み立てなければならない。

 

「ガトーさん、その航跡データを全部見せてください。俺たちは追う必要がある」

 

『全ては渡さん。少なくとも、今の段階ではな』

 

「まだ俺を試すんですか」

 

『試すだけではない。これは軍の機密であり、敵が残した毒でもある』

 

 毒。その言葉で、艦橋の空気がわずかに重くなった。記録は手掛かりであると同時に、こちらを動かすための仕掛けでもある。シロッコが関わっているなら、なおさらそうだ。あいつは力で押すだけの敵ではない。こちらの心が向かう場所を読み、そこへ道を置く。

 

『毒を毒と知って扱うには、監視役が必要ということか』

 

『そうだ。私はこの航跡確認作戦を、共同作戦として実施することを求める』

 

「つまり、あなたも来るんですね」

 

『私が見届ける。貴様が怒りで道を踏み外さぬか、この記録が敵の餌ではないか、その両方をな』

 

 言い方は厳しい。けれど、俺を切り捨てる言葉ではなかった。ガトーは記録を独占して去ることもできたはずだ。ジオン軍の特務任務だと言えば、それで終わりにすることもできた。だが、彼は共同作戦という形を選んだ。信用ではなく、監視と確認のためだとしても、道は閉ざされていない。

 

「分かりました。単独で突っ込むつもりはありません」

 

『その言葉を作戦中にも忘れるな』

 

「忘れません。俺は、マチュのところへ帰るためにも、全員が帰る道を残します」

 

 通信の向こうで、ガトーがわずかに沈黙した。答えを評価しているのか、若いとまた思っているのかは分からない。ただ、否定は返ってこなかった。

 

『航跡末端の座標、部分復号に成功しました。通常名称ではありません』

 

『暗号名か』

 

 ラルさんの声に、艦橋要員が緊張を含ませて答える。

 

『表示名は……“ジュピター・ノード03”。補給施設か、通信中継点と思われます』

 

 ジュピター・ノード03。

 その表示を見た瞬間、メッサーラの異形の影が頭の中で重なった。木星船団由来の補給符号、過剰な推進器、戦場を上から見下ろす圧。点と点が繋がるようで、まだ線にはならない。けれど、シロッコの気配だけは、その暗号名の奥で息をしている気がした。

 

『そこ、遠い音がする。白い部屋とは違うけど、人を見下ろす音がある』

 

「シロッコの匂いがするってことか」

 

『断定は早い。だが、メッサーラを動かした者が木星由来の航跡を残した以上、この地点は無視できん』

 

 ガトーはそう言い、続けてラルさんが作戦の現実を置いた。

 

『行くなら準備が要る。機体の整備、補給、潜入班の治療、そして撤退計画だ』

 

 その一つ一つが、さっきの俺なら重く感じただろう。すぐに追いたい気持ちを邪魔する鎖に見えたかもしれない。けれど今は違う。整備も補給も治療も撤退計画も、全部が帰るための線だ。マチュのところへ帰るための線であり、ドゥーや潜入班や、この艦の人たちを失わないための線だった。

 

「行きます。ただし、今度は追うだけじゃない。全員を帰すための準備をしてから行く」

 

『よかろう。その答えなら、共同作戦の席に座る資格はある』

 

 青いリック・ドムが、戦艦の外でゆっくりと向きを変えた。逃げる方向ではない。同じ航路へ入るための姿勢だ。まだ味方と呼ぶには遠い。けれど、少なくとも今は、同じ罠を見ている。

 

 艦橋のモニターに、ジュピター・ノード03の座標が仮表示される。航跡は細く、所々で途切れ、まるでこちらが迷うのを待っているようだった。

 

『これは道ではない。敵がこちらに差し出した問いだ』

 

 ガトーの声が、静かに締めた。

 

『進むなら、帰る覚悟まで持って進め』

 

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