機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第86話

 ジュピター・ノード03へ艦ごと近づくことは、誰の目にも危険だった。

 

 ガトーが開いた記録カプセルの航跡は、あまりにも綺麗に残されていた。メッサーラの消えた線、木星船団系の古い符号、旧連邦の管理コードに似たノイズ。その全部が、こちらを誘っているように見えた。道に見える。けれど、道として残されていること自体が罠だった。

 

『艦をそのまま進めれば、敵の罠へ艦ごと差し出すことになる』

 

 ラルさんの声が、作戦回線へ落ちる。戦艦は暗礁の影に身を隠し、主推進を落としている。艦内では潜入班の治療と損傷箇所の応急修理が続いているはずだ。ドゥーも医療区画にいる。連れて行くわけにはいかない。あの白い音が待っているかもしれない場所へ、今の彼女を近づけたくなかった。

 

『航跡が誘導なら、待ち受ける側は艦隊規模の獲物を望んでいるはずだ』

 

 青いリック・ドムから、ガトーの硬い声が届く。深い青の重い機体は、戦艦の下方で静かに姿勢を整えていた。旧式の輪郭なのに、そこに古さはない。操縦者の技量が、機体の重さを威圧に変えている。

 

「だから、まず三機だけで先行するんですね」

 

『そうだ。君のガンダムX、私のグフ、ガトーのリック・ドムで敵の外縁を探る』

 

『任務は撃破ではない。敵配置を見て、戻り、艦を安全に動かすための道を作ることだ』

 

 ガトーの言葉に、俺は操縦桿を握り直した。倒すための出撃ではない。帰るための出撃だ。模擬戦で何度も突きつけられた言葉が、今はただの教訓ではなく、作戦そのものになっていた。

 

「追うためじゃなく、全員を帰すための偵察ですね」

 

『その言葉を忘れるな。ここから先は、敵の懐に近づく戦いになる』

 

 俺は短く息を吸い、ガンダムXを発進位置へ動かした。背中の大型装備はまだ完全には使えない。けれど、機体は動く。テムさんが繋いだ監視端末は安定を示し、HADESは沈黙している。沈黙しているだけで、消えてはいない。そのことを忘れずに、俺はスラスターを噴かした。

 

 三機は艦を離れた。

 

 ラルさんのグフが左前方へ出て、暗礁の陰を縫う。ガトーの青いリック・ドムは右後方を重く押さえ、俺のガンダムXは中央で航跡を追った。速さだけなら俺が先に出られる。けれど、先に出ることが正しいとは限らない。三機で行って、三機で戻る。その線を崩さないように、俺は速度を合わせた。

 

『先行三機、航跡末端へ接近。周辺には通常航路の交通反応がありません』

 

 艦橋要員の声が遠くなる。通信距離の問題ではなく、俺たちが別の空気の中へ入り始めているからだ。暗礁の密度が変わり、古い航路標識の残骸が増えていく。通常なら廃棄された中継点として扱われる場所だろう。だが、奥に見えた構造物は、死んだ施設の形をしていなかった。

 

 巨大だった。

 

 通信中継点と言うには分厚すぎる外壁。補給施設と言うには過剰な格納ブロック。外装の一部には旧連邦系の識別コードが残り、その上から木星船団系の補給符号が貼り直されている。さらに細かい管理記号の中に、ムラサメ系列を思わせる白い符号が混ざっていた。

 

『隠す気がある施設ではないな。見つけた者を帰さない自信がある配置だ』

 

「外壁に旧連邦のコードがあります。けど、木星系の符号も混じっている」

 

『シロッコの影と、旧連邦残党の実験施設が繋がったということか』

 

 ラルさんの声は冷静だったが、その奥にある警戒は濃い。俺はモニター上の識別不能領域を見つめた。ここが単なる中継点なら、こんなに複数の系統を重ねる必要はない。隠したいものと、運びたいものと、捨てられないものが、同じ場所に押し込められている。

 

「ここが、ティターンズの本拠地なんですか」

 

『本体そのものか、少なくともその喉元だろう。これほどの施設を隠すには、軍の影が必要だ』

 

『気を抜くな。敵が待っているなら、こちらが気づいた瞬間には向こうも見ている』

 

 ラルさんがそう言った直後、施設外縁の偽装が剥がれた。

 

 影だと思っていた格納ブロックの一部が動き、黒い外壁が左右に開く。内部から複数の機影が浮かび上がった。改修ハイザック、バーザムの試作型らしき直線的な機体、ハンブラビ系列の細い影。さらに、所属不明の白い増設ユニットを背負った機体もいる。全部がこちらを待っていたように、すでに起動態勢に入っていた。

 

『敵影多数。施設外縁にMS部隊が展開しています』

 

「待っていたのか。俺たちがここへ来ることを読んでいた」

 

『だから言ったはずだ。これは道ではなく、敵が差し出した問いだ』

 

 ガトーの言葉が、冷たく胸に入る。俺は前へ出かけた機体を押さえた。敵は多い。今すぐ撃てる位置にもいる。だが、ここで撃てば敵が望む反応を返すことになる。俺たちは本拠地を落としに来たわけじゃない。まず見るために来た。

 

『前方、巨型反応が複数ある。通常のモビルスーツではない』

 

 ラルさんの声に従い、俺は索敵範囲を奥へ広げた。

 

 そこに、白い巨人の壁があった。

 

 サイコ・ガンダム。最初にそう認識した。だが、すぐに違うと分かった。全部が同じ機体ではない。完全な形の巨型機もあれば、上半身だけを砲台のように固定されたフレームもある。脚部の代わりに移動要塞のような推進基部を持つ機体もいる。白い接続ユニットに覆われ、ケーブルを束ねられた未完成機もあった。

 

 あれは軍勢というより、実験場の残骸を戦力として並べた壁だった。

 

「サイコ・ガンダム……いや、全部が同じ機体じゃない」

 

『未完成機、増幅装置、砲台化された巨型フレーム。人を機械へ押し込める思想が形になった群れだな』

 

 ガトーの声に、静かな怒りが混じった。ジオンの軍人としての怒りか、人を兵器に落とす者への怒りかは分からない。だが、彼もまた、その光景をただの敵戦力とは見ていなかった。

 

「こんなものを、何機も並べているのか」

 

『ランガ、怒りで前へ出るな。ここで君が突っ込めば、敵はそれを待っている』

 

 ラルさんに言われる前に、ガンダムXの腕がわずかに動いていた。ビームライフルの照準が、白い巨型機の一つへ吸われかけていた。俺は歯を食いしばり、照準を下げる。

 

「分かっています。今は、倒すためじゃなく、帰って知らせるために見ます」

 

 そう言った瞬間、通信の端にドゥーの声が入った。

 

『ランガ、奥にいる。白い音じゃなくて、人を上から見る音がする』

 

 医療区画からの音声だった。聞いているなと言いたくなったが、彼女は自分で聞くと決めた。俺は止める言葉を飲み込む。代わりに、施設中央部へ意識を向けた。

 

 来る。

 

 視界に機体はない。モニターには巨型機の反応と敵MSの配置しか映っていない。だが、その奥から圧が流れてくる。戦場全体を上から撫で、こちらの怒りも警戒も、次の行動を読むための材料として並べるような圧。メッサーラの時と同じだ。あの機体の向こうから感じたものが、この施設の奥にもある。

 

「分かる。メッサーラの時と同じ圧だ」

 

『シロッコか』

 

「姿は見えません。でも、あの感じは間違えない」

 

『戦場全体を盤面として置く者の圧か。なるほど、木星帰りの亡霊らしい』

 

 ガトーの言葉に、俺は奥の暗い構造物を睨んだ。シロッコがここにいる。少なくとも、ここを見ている。そう確信した瞬間、胸の奥が熱くなった。けれど、俺は前へ出なかった。出れば見られる。動けば読まれる。あいつは俺が怒る場所に道を置く。

 

「あいつはここにいる。少なくとも、ここを見ている」

 

『ならば、こちらの反応も見られていると思え。余計な動きは見せるな』

 

「はい。今は、あいつに俺を動かさせません」

 

 俺は呼吸を整え、敵の配置をもう一度見た。サイコ・ガンダム系列の巨型機は壁のように並んでいる。火線が重なり合い、接近した敵を一方向からではなく、面で焼き払える配置だ。シロッコの圧は奥にある。だが、前面の布陣は違う。美しく誘導して盤面を動かすというより、恐怖と火力で潰す配置だった。

 

『妙だな。奥の圧は知略型の者だが、前面の配置はあまりにも粗暴だ』

 

『巨型機を壁にして、近づく者を火力で潰す。繊細な罠というより、恐怖で支配する布陣だ』

 

 ラルさんとガトーが同じ違和感を口にする。俺は、その違和感に名前を持っていた。

 

「シロッコだけじゃない。これは、バスクのやり方に近い」

 

『バスク・オムか。君の知るティターンズの指揮官だったな』

 

「はい。人間を番号や兵器として使うことに、ためらいがない男です」

 

 バスクの顔を思い出すだけで、喉の奥が硬くなる。命令一つで人を檻に入れ、都市も研究施設も実験体も、必要ならまとめて消す。シロッコが人を駒として見下ろすなら、バスクは人を最初から消耗品として数える。どちらも違う形で、人間を見ていない。

 

『ならば、この施設には二つの悪意がある。戦場を測る者と、力で押し潰す者だ』

 

「シロッコとバスクが、同じ場所にいるかもしれない」

 

『断定は避けろ。だが、その前提で動くべきだ』

 

 ラルさんの言葉に、俺は頷いた。断定しない。けれど、甘く見ない。シロッコの圧が奥にあり、バスクの匂いが前面の布陣にあるなら、ここはただの補給ノードではない。ティターンズの本拠地、あるいは本拠地へ繋がる喉元だ。

 

『敵前衛、起動開始。複数のサイコ・ガンダム系列機にエネルギー反応』

 

 艦橋からの声と同時に、白い巨型機の一つが動いた。頭部らしきセンサーが赤く灯り、肩の砲門がこちらへ向く。周囲のMS部隊も展開を始める。壁が、こちらを飲み込むために形を変えていく。

 

『ここで深追いすれば、敵の檻の中へ入ることになる』

 

『だが、見ただけで戻るには情報が足りん。防衛線の一枚目だけを測る』

 

 ラルさんの判断は早かった。退くわけではない。踏み込みすぎるわけでもない。敵の一枚目を測り、持ち帰る。俺はその意味を理解して、ガンダムXのシールドを前に出した。

 

「俺が前で受けます。ガンダムXなら、最初の射線を拾えます」

 

『受けるだけでは足りん。受けて、退く線まで考えろ』

 

 ガトーの言葉がすぐに飛んでくる。俺は苦く笑いそうになった。模擬戦は終わっていない。いや、ここからが本番なのだ。

 

『私が左を崩す。ガトー、右の重火力を抑えられるか』

 

『任されよう。青いリック・ドムの重さを、敵に教えてやる』

 

 青いグフが左へ滑り、青いリック・ドムが右へ重く進む。俺のガンダムXは中央で、二人の間に残る。三機だけだ。敵は軍勢で、奥にはサイコ・ガンダムの壁があり、さらにその向こうにシロッコの圧がある。バスクもいるかもしれない。普通なら、ここで引き返すべきだ。

 

 けれど、ただ戻るには足りない。

 帰るための情報を、奪いに行く。

 

「三人で行って、三人で戻る。ここでシロッコに踊らされるつもりはありません」

 

『よし。目標は撃破ではない。敵の本拠地と防衛線の確認だ』

 

『覚えておけ、ランガ・ロード。戦うために進むのではない。帰るための情報を奪いに進むのだ』

 

 白い巨型機の砲門が光る。敵MS部隊が左右へ広がる。施設中央部の奥から、あの見下ろす圧が強くなる。俺はガンダムXのシールドを構え、ビームライフルの出力を抑えたまま前進した。

 

「シロッコが奥で見ていて、バスクがここを固めているなら、これはただの基地じゃない」

 

 俺は言葉を切り、背中の重い装備に機体を持っていかれないよう、姿勢を低くする。

 

「だけど、俺たちはここで死ぬために来たんじゃない」

 

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