機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
「金が、足りない」
その一言が、口から落ちた瞬間に部屋の空気が重くなった。
テーブルの上には通帳と、旅行会社のパンフレットと、画面を開いたままの端末が並んでいる。
俺はその三つを、まるで戦況図を読むみたいに見比べた。
そこに書かれていた料金は、予想以上に高かった。
交通費だけじゃない。
滞在費、許可、手数料、保険、そして何より“地球へ行く”という行為そのものに貼り付いている、見えない税金みたいなもの。
「まさか、地球に行くのにこんなに金がかかるとは……いや、よく考えれば当たり前だったが」
呟いて、俺は笑えなかった。
ティターンズとして地球に降りた時も、エゥーゴとして宇宙へ帰った時も、苦労したのは方法であって金じゃない。
軍の命令と補給線の上では、移動は“作戦”として処理される。
個人の財布なんて、最初から存在しない。
当時の俺は生きる目的が復讐しかなく、金を貰っても使う先がなかった。
食って、眠って、機体を直して、また殺し合いへ戻るだけだった。
だが今は違う。
マチュを「海へ連れて行く」と言った。
その先に地球まで口にしてしまった。
言葉は弾丸より軽いのに、撃った後に引き金が戻らない点では同じだ。
「金を稼ぐ方法は……」
俺は椅子を軋ませ、画面にかぶりつくように検索を始めた。
生活のために親の遺産を使う訳にはいかない。
この世界の俺が両親を亡くして荒れていたと、マチュは言っていた。
その状態で遺産を削っていけば、俺が何をしているのか、いずれ彼女に見透かされる。
心配をかけるのが嫌なのではない。
心配をかけた先に、彼女が踏み込んでくるのが怖い。
俺はもう、誰かが踏み込んできたせいで壊れる日常を見たくない。
求人サイトを開く。
飲食、配達、警備、倉庫、接客。
どれも“普通の人間”がやる仕事だ。
そして俺は普通の人間の皮を被っているだけで、中身はまだ戦場のままだ。
「愛想も悪い、力はある程度あって、荒事も慣れているけど……その程度じゃ」
俺は画面に並ぶ条件の文字を睨みながら、自分の欠点を数えた。
接客は無理だ。
笑顔を作ると、相手の喉元を計算してしまう。
警備はもっと無理だ。
“ザルな平和”を守るふりをしているうちに、俺は本物の暴力を持ち込んでしまう。
運送も危うい。
時間と交通法規を守るという当たり前のことが、戦場では当たり前じゃなかった。
ここに来て、グリプス戦役以上の問題が目の前にあるとは思わなかった。
戦争は命を奪う。
平和は、金と時間を奪う。
そして俺は今、どちらにも不器用だ。
「……クランバトル」
その単語が、画面の片隅の広告みたいに脳裏へ浮かんだ。
ニャアンが言っていた。
違法なモビルスーツ同士の戦いで、勝てば賞金が出る。
生きるために出る人間もいる、と彼女は言った。
クランバトルの情報を辿るうちに、ルールが見えてくる。
M.A.V.――二機一組で戦う攻撃や戦術、あるいはその“相方”を指す言葉。
この世界ではそれが戦術として一般化していて、競技の基本単位になっているらしい。
「さすがに、一人で二つのモビルスーツを操る事は出来ない」
俺は独り言を吐き捨て、椅子にもたれた。
ペイルライダーがある。
隠したままの異物機がある。
勝つだけなら、勝てる可能性は高い。
だが問題はそこじゃない。
最大の問題は、所属するチームだ。
クランバトルは二対二を前提にしている。
つまり俺は、相方を持たなければならない。
相方という言葉が、俺の中で嫌な響きを持つ。
戦場では相方は盾であり、同時に弾の受け皿だ。
相方を失った時、残るのは戦果ではなく空洞だ。
「変な所に入る訳にはいかない」
俺は指を組み、額に当てた。
下手な所に入れば、脅しの材料にされる。
組織に飲まれれば、いつかマチュが巻き込まれる。
この時代にシロッコやバスクのような怪物がいるかは分からない。
だが怪物は、名前を変えて何度でも現れる。
人の上に立つことを正義で飾るタイプの怪物は、時代が変わっても絶滅しない。
「互いに利益があるチームというよりも……余裕がない所だな」
俺はそう結論づけた。
余裕のある組織は、人を道具として扱う余裕を持つ。
余裕がない組織は、まず生き残ることに必死で、脅しの材料を育てる暇がない。
もちろん、それでも人は人を利用する。
だが“利用の手”が伸びる前に、こちらが主導権を取れる可能性が上がる。
検索を深掘りしていくうちに、一つのチーム名が何度も出てきた。
ポメラニアンズ。
この作品世界で、クランバトルに参加するチームとして名前が語られているらしい。
「最弱のチームで、最近モビルスーツが片方壊れた……」
画面の情報を拾い集め、俺は頭の中で図面を組む。
機体が足りない。
パイロットも一人いなくなった。
つまり、二対二の条件を満たせていない。
満たせない以上、稼げない。
稼げない以上、焦る。
焦っている組織は、外から差し出された手を掴みたがる。
「……ある意味、ぴったりと言うべきだな」
俺は呟いた。
ペイルライダーという“機体”が足りない部分を埋める。
俺という“パイロット”が消えた穴を埋める。
しかも俺は、チームに居場所を求めているわけじゃない。
必要なのは金で、手段で、地球へ行くための足場だ。
それでも、胸の奥で警報が鳴る。
都合が良すぎる。
都合が良すぎる話には、だいたい罠が仕込まれている。
俺はその罠を、何度も見てきた。
エゥーゴも、ティターンズも、正義の皮を被った罠でできていた。
「……反対に罠の可能性があるけどな」
俺は画面に映るチーム情報を、指先でゆっくりスクロールした。
それでも、選択肢がない。
マチュに“本物”を見せたいと言った。
言った以上、引き返す理由を探すのは卑怯だ。
俺は卑怯になりたくない。
卑怯になった瞬間、守る理由が自分の保身へすり替わる。
通帳を閉じ、息を吸う。
空気が薄いように感じるのは、コロニーのせいじゃない。
覚悟を決める時はいつも、肺が狭くなる。
「ポメラニアンズ……か」
チーム名を口にすると、妙に現実味が増した。
自分でも笑える。
戦争の英雄でもなければ、正義の騎士でもない。
ただの異物が、違法競技で金を稼いで地球へ行こうとしている。
人に言えば、馬鹿げた話だ。
だが馬鹿げた話ほど、俺の人生には似合っていた。
「……まぁ、その時は」
俺は椅子を引き、立ち上がった。
机の端に置いていたフードを手に取り、影の中へ戻る準備をする。
「罠ごと、叩き潰す」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど冷えていた。
優しさで守れないなら、合理で守る。
合理で守った後に自分を嫌悪するのは、いつものことだ。
それでも今は、マチュが笑う“本物の波”を見せるために、俺は戦場へ戻る入口を開ける。