機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第91話

 ガンダムXの胸部装甲が開かれた時、格納デッキの白い照明が、まるで機体の中へ雪みたいに降り込んでいった。

 

 戦艦の中に雪なんて降るはずがない。けれど、剥き出しになった配線とフレームを見ていると、そこだけ別の季節みたいに冷えて見えた。焼けたシールドはまだ壁際で湯気のような熱を吐いていて、焦げた金属の匂いが薄く漂っている。昨日まで戦場だった場所が、今日は手術室になっていた。

 

「操縦席後方の予備パック固定部を撤去します。ここへ小型補助席と衝撃吸収ハーネスを組み込みます」

 

 整備員の声に、俺はコックピットを見上げた。あの狭い奥に、ドゥーがいた。シートでもない、居場所でもない、ただ隠れるしかなかった空間に身体を押し込めて、白い巨人の声を聞いていた。

 

「本当に、この狭い場所で安全を確保できるんですか。前みたいに揺れたら、彼女の身体が持たない」

 

「前回のような無理な固定とは違います。生命維持接続と姿勢保持フレームを入れれば、最低限の安全性は確保できます」

 

「最低限じゃなくて、帰れる席にしてほしい」

 

 横から、ドゥーが言った。

 

 彼女は毛布を肩に掛けたまま、格納デッキの床に立っていた。医療班から椅子に座れと言われているのに、どうしても自分の目で見たいと言い張って、ここまで来た。毛布の端を握る指は白い。けれど、視線はコックピットの奥から離れない。

 

「私、そこからちゃんと戻りたいから」

 

 その言い方が、妙に胸へ残った。乗りたいでも、戦いたいでもない。戻りたい。彼女の中で、もう席の意味はそこに決まっているらしい。

 

「お前がそう言うたびに、俺は怖くなる。だけど、怖いから閉じ込めるのは違うんだよな」

 

「怖いのは、私も同じだよ。でも、隠れて乗るより、ちゃんと見える場所にいたい」

 

 ドゥーはそう言って、少しだけ俺の方を見た。目元に疲れが残っているのに、その声は昨日よりまっすぐだった。俺は返事を探して、結局見つからずにコックピットへ視線を戻した。

 

 ラルさんが、整備用クレーンの影からゆっくり歩いてきた。

 

「ならば、その席は隠れる場所ではない。彼女が自分の名前で座るための場所にしよう」

 

 ドゥーの肩が、小さく動いた。毛布を握っていた指が、少しだけ緩む。

 

 名前で座る場所。

 番号でも、被験体でも、こっそり乗り込む影でもなく。

 

 俺はその言葉を、胸の奥で何度か転がした。硬かったものが、少しずつ形を変えていく感じがした。

 

 通信回線が開き、シャングリラからテムさんの声が入った。ノイズ混じりなのに、不思議といつもの調子だった。

 

『補助席そのものより、遮断機構の方が重要だ。敵が彼女へ手を伸ばした時、まず機体側で遮断する』

 

「敵のサイコ・ガンダム系列機が、またドゥーを探した時に切るためですね」

 

『そうだ。だが、それだけでは足りない。HADESと彼女の感応が混ざれば、機体が勝手に最適解を作る危険がある』

 

 HADES。その名前が通信に乗った瞬間、ガンダムXの奥で眠っているものまで反応した気がした。実際には警告灯も鳴っていない。監視端末も静かだ。それでも、俺の指先は勝手に硬くなる。

 

「私の声が、ランガじゃなくて機械に届くかもしれないってこと?」

 

『そういうことだ。だから、君の声はランガへ届かせるが、HADESへは届かせない層を入れる』

 

 ドゥーは目を伏せた。少しだけ顎を引き、毛布の中で息を整えている。俺には、彼女が何を思い出したのか分からない。ただ、白い部屋の奥で誰かに繋がれていた記憶が、薄い影みたいに彼女の周りへ滲んだ気がした。

 

「機械が判断を奪うなら、それは補助ではなく支配だ。そこを間違えれば、旧連邦の実験と変わらん」

 

 ガトーが低く言った。言葉は冷えているのに、そこに軽蔑はなかった。むしろ、線を引くための刃みたいだった。

 

『最後の層は、ドゥー自身の手動切断だ。嫌だと思った時、怖いと思った時、続けられないと思った時、彼女が自分で切れる』

 

「私が、私の手で止められるなら、少しだけ息ができるかもしれない」

 

 ドゥーはそう言って、補助席に取り付けられる予定の小さな操作パネルを見た。スイッチはまだ仮置きで、むき出しの配線に繋がっているだけだ。けれど、彼女はそれを眩しいものみたいに見ていた。

 

「そのスイッチは、俺が止めたい時のためじゃない。お前が自分を守るためのものなんだな」

 

『そうだ、ランガ。君が握るべきものと、彼女が握るべきものを混ぜるな』

 

 テムさんの言葉は、いつも痛いところへ正確に落ちてくる。俺は黙って頷いた。見えていない相手に頷いても仕方ないが、それでもそうしたかった。

 

 補助席の仮設が終わる頃には、格納デッキの空気が少し変わっていた。剥き出しのフレームに小さなシートが組み込まれ、衝撃吸収ハーネスが細い肋骨みたいに展開されている。そこはまだ完成した席ではない。けれど、もう隠れ場所ではなかった。

 

 簡易ブリーフィングは、ガンダムXの足元で行われた。ガトーは腕を組んだまま、一つずつ条件を置いていく。

 

「確認する。彼女の同乗は、本人の明確な同意がある場合のみ認める」

 

「はい。乗る時は、自分で乗るって言います」

 

「次に、彼女が拒否した時点で支援は停止する。作戦成功を理由に続行を強いることは許さん」

 

「それは、俺も絶対に守ります。ドゥーが嫌だと言ったら、その時点で止めます」

 

「第三に、ランガ・ロードが彼女を守るあまり判断を乱した場合、ランバ・ラル大尉が最終命令を下す」

 

 その言葉に、俺の喉が一度だけ鳴った。反射的に言い返しそうになって、止めた。ドゥーを守るためなら俺が一番近くにいるべきだ、俺が判断すべきだ。そういう声が内側から出かける。でも、その声の根元にあるものを見たら、拳を握るしかなかった。

 

「俺が止まれなくなった時のために、俺を止める人を決めておくんですね」

 

「君を信用していないからではない。君が背負いすぎないようにするためだ」

 

 ラルさんの声は、格納デッキの床へ静かに広がった。俺はドゥーを見た。彼女は俺の返事を待っている。俺が全部を抱え込むことを望んでいる顔ではなかった。

 

「分かっています。俺一人で守ると言い張ることが、一番危ない時もある」

 

「その理解があるならよい。守るとは、時に自分の手から役割を離すことでもある」

 

 ガトーの言葉を聞いて、俺は視線を落とした。自分の手のひらには、まだ操縦桿の感触が残っている。何かを守る時、いつもこの手で掴まなければならないと思っていた。けれど、掴みすぎた手は、別の手を潰すことがある。

 

 その後、短い安全確認訓練が始まった。

 

 仮設の補助席に座る時、ドゥーは一度だけ深く息を吸った。ハーネスが彼女の肩と腰を支え、生命維持の細いケーブルが静かに接続される。俺は操縦席へ座り、背後の気配を確かめた。

 

「ドゥー、怖くなったらすぐ切れ。途中で止めても、誰も責めない」

 

「うん。怖かったら、自分で切る。でも、聞けるところまでは聞く」

 

 その返事を聞いて、俺はモニターを立ち上げた。仮想空間は薄暗い宙域として開き、白い巨型機の輪郭が遠くに浮かぶ。実戦の三割以下の負荷だと整備員は言っていた。それでも、背中越しに聞こえるドゥーの呼吸が少しだけ乱れた。

 

『仮想敵、サイコ・ガンダム系列機。感応探知波、低出力で接近』

 

「来た。白い音に似てるけど、本物より薄い」

 

「俺にはノイズとしてしか聞こえない。どこから来てる?」

 

「右下。砲撃じゃなくて、繋ぐための線が来る」

 

「右下を避ける。ガンダムX、上へ逃がす」

 

 俺は機体を上昇軌道へ乗せた。実機は動いていないはずなのに、シート越しに微かな振動が伝わってくる。背中で、ドゥーが息を止めたのが分かった。

 

『HADES反応なし。干渉遮断、正常』

 

『今のところ問題ない。ランガ、機体ではなく彼女の言葉を聞け』

 

「分かっています。俺は、機械の答えじゃなく、ドゥーの声を聞く」

 

 そう言った直後、仮想の白い線が少しだけ濃くなった。訓練用の負荷が上がったのだろう。ドゥーの呼吸が、さっきより細くなる。

 

「少し、近い。白い手が、こっちへ伸びてくる感じがする」

 

「止めるか。俺の方で訓練を切る」

 

「待って。私が切る。自分で戻る練習をしたい」

 

 俺の指は、停止操作の上で止まった。押せばすぐ終わる。彼女を引っ張り戻せる。けれど、それをやったら、この席の意味を俺が奪うことになる。

 

「……分かった。俺は待つ。お前が押せ」

 

「うん。私は、戻る」

 

 ほんの短い沈黙だった。けれど、その間に格納デッキの空調音も、モニターのノイズも、全部遠くなった。背後で小さなクリック音がした。

 

『手動切断、作動。外部感応遮断、正常。補助席側負荷、低下』

 

 ドゥーが長く息を吐いた。細い糸が切れて、彼女の身体が少しだけシートへ沈む。

 

「切れた。ちゃんと、私の手で切れた」

 

「よくやった。俺が引っ張り戻したんじゃない。お前が自分で戻ったんだ」

 

 俺は振り返らなかった。振り返ったら、たぶん何か余計なことを言ってしまう。だから前を向いたまま、声だけを背中へ渡した。

 

「大きな一歩だ。恐怖を消すのではなく、戻る方法を持った」

 

「これなら、最低限の作戦条件には届く。もちろん、実戦ではこれ以上に厳しくなる」

 

 ラルさんとガトーの声が続いた。ドゥーは小さく頷いた気配をした。俺はようやく訓練を終了し、仮想空間を閉じた。

 

 モニターが暗転すると、格納デッキの白い照明が戻ってきた。さっきまで冷たく見えていた光が、少しだけ違って見える。雪みたいだった光は、今は帰り道に置かれた標識のように見えた。

 

 訓練が終わった後、俺とドゥーはガンダムXの前に立った。仮設の補助席はまだ調整中で、コックピットの中には工具と配線が残っている。それでも、あそこにはもう彼女のためのスイッチがある。彼女が自分で戻るための手がある。

 

「さっき、切れた時に少しだけ分かった。怖いままでも、戻る道があると息ができる」

 

「俺はまだ怖い。お前があの席に座るたびに、たぶん怖くなる」

 

「怖くても、私を閉じ込めないでくれる?」

 

 その問いは、まっすぐだった。俺はすぐに答えられなかった。言葉を急ぐと、また鎖みたいになりそうだったからだ。

 

 少し間を置いて、俺は頷いた。

 

「閉じ込めない。だけど、無理をしたら止めるし、名前を呼ぶ」

 

「それなら大丈夫。私は、番号じゃなくてドゥーとして戻ってくる」

 

「俺も、敵を倒すためじゃなく、戻るために操縦する」

 

 ドゥーは、ほんの少し笑った。白い照明の下で、その笑みはすぐ消えそうなくらい薄かった。でも、消えなかった。

 

「ならば、次の作戦へ進める。帰るための準備は、ようやく形になり始めた」

 

「覚えておけ。仕組みは完成ではない。だが、無謀を作戦へ変える第一歩にはなった」

 

 ラルさんとガトーの声を聞きながら、俺はガンダムXを見上げた。

 

 この機体は、まだ未完成だ。背中の装備も使えない。HADESは眠ったまま残っている。傷も多い。危うさだって消えていない。

 

 それでも、今日、この機体の中に新しい席ができた。

 

 戦場へ縛るためじゃない。

 白い檻へ戻すためでもない。

 怖くなった時、戻ってこられるようにするための席だ。

 

「この席は、お前を戦場へ縛るためのものじゃない」

 

 俺は焼けたシールドの下で立つガンダムXへ向けて、そして隣のドゥーへ向けて言った。

 

「怖くなっても、ちゃんと戻ってこられる場所にする」

 

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