機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第94話

# 本編

 

## 途切れた声を、檻の外へ

 

 発進デッキの誘導灯が、青から白へ変わった。

 

 その光は、宇宙へ落ちる雨みたいにガンダムXの装甲をなぞっていく。雨なんて降らない場所なのに、俺の目には、白い粒が機体の肩や焼けたシールドへ降り積もっているように見えた。昨日までそこにあった焦げ跡も、未完成の背部装備も、全部が黙ったまま、俺たちを外へ送り出そうとしている。

 

 背後の補助席で、ハーネスが小さく締まる音がした。

 

「補助席、接続正常。遮断層も、手動切断スイッチも反応してる」

 

 ドゥーの声は、すぐ後ろにある。前みたいに隠れている声じゃない。正式な回線を通って、俺のヘルメットへ届く声だった。

 

「怖くなったら、自分で切れ。俺はその音を待つ」

 

「うん。ランガが前に行きすぎたら、私が名前を呼ぶ」

 

 その返事を聞いて、俺は操縦桿を握り直した。力を入れすぎないよう、指を一度だけ開いてから戻す。掌には、前回のブリーフィングで握り込んだ跡がまだ残っていた。

 

『ガンダムX、グフ、青いリック・ドム、発進シークエンス完了。救出艇は後方待機を維持します』

 

『目標は無力化済み巨型機の接続解除と被験体位置の確定だ。敵本陣へ深追いはしない』

 

『ランガ・ロード、撤退条件を忘れるな。救出作戦とは、死地へ踏み込む競争ではない』

 

 ラルさんとガトーの声が続く。俺はコックピットのサブ画面に表示された撤退条件へ目をやった。ドゥーへの接続反応が限界を超えたら撤退。被験体の位置が確定できなければ、接続解除だけで戻る。俺が判断を乱したら、ラルさんの命令に従う。

 

 自分で口にした言葉なのに、戦場へ向かう直前になると、文字がやけに重く見えた。

 

「分かっています。俺たちは助けに行く。だから、戻ります」

 

 カタパルトが震え、ガンダムXの足元から艦の影が遠ざかった。黒い宙域へ出ると、星の光は針の先みたいに鋭く、無力化済みのサイコ・ガンダム系列機はその星を隠す白い岩礁のように漂っていた。

 

 あの巨体はもう沈黙している。けれど、死んでいるわけではない。白い接続ユニットの奥に、まだ小さな鼓動が引っかかっている。

 

『救難信号、増幅しています。ガンダムXの進路前方に、誘導波が集中しています』

 

 艦橋からの報告と同時に、モニターの前方へ白いラインが走った。こっちへ来い、と言わんばかりに、綺麗すぎる道が宇宙に引かれていく。

 

「こっちへ来いと言っているようにしか見えないな」

 

「その道は駄目。白い音が滑らかすぎる。痛い声なら、こんなに真っ直ぐ続かない」

 

 ドゥーの声は細いのに、迷いなく俺の進路を切った。俺はガンダムXの機首をわずかにずらす。正面の誘導波は、通り過ぎる獲物を待つ水面の罠みたいに、静かに光っていた。

 

「本物はどこだ」

 

「左下、途切れてる方。弱くて、何度も消えそうになってる」

 

『ならば、正面の誘導波は罠と見る。私は右側の増幅砲台跡を押さえる』

 

『私は左翼の残骸群を払う。ランガ、君は彼女の声を聞いて、本物の途切れへ進め』

 

「了解。撃つ場所と、撃たない場所を分けます」

 

 ガトーの青いリック・ドムが右へ滑り、砲台跡へ向けて重い火線を置く。ラルさんのグフは左へ入り、ヒート・ロッドで漂うケーブル束を払いのけた。俺は二人が作った空白へガンダムXを沈めるように進ませる。

 

 巨型機へ近づくほど、救難信号は耳の奥で白く滲んだ。俺にはただのノイズだ。だが、背後のドゥーには、それが手の形をして見えているのだろう。補助席の呼吸音が、一瞬だけ乱れた。

 

「来た。偽物の白い音の中から、手が伸びてる」

 

「ドゥー、切れ。無理なら俺が作戦を止める」

 

「待って。私が切る。自分で戻るって決めたから」

 

 俺の指は、作戦中断の操作へ伸びかけたまま止まった。ここで俺が押せば、簡単に終わる。彼女を引っ張り戻せる。けれど、それは訓練で彼女が掴んだ小さな音を、俺の手で上書きすることになる。

 

 前を見る。

 振り返らない。

 待つ。

 

「……分かった。俺は前を見る。お前の音を待つ」

 

『HADES反応微弱。干渉遮断、維持』

 

 監視端末の赤い光が、薄く揺れてすぐに収まった。背後で、ドゥーが息を吸う。宇宙の静寂よりずっと小さなその音を、俺はビームライフルの照準音よりはっきり聞いていた。

 

「私は、ドゥー。番号じゃない。戻るために、ここにいる」

 

 クリック音が鳴った。

 

『手動切断、作動。外部感応遮断、再構成。補助席側負荷、低下』

 

 その小さな音は、ビームの発射音より、敵の警告音より、ずっと深くコックピットへ残った。俺は操縦桿を握る手を緩め、機体をさらに左下へ滑らせる。

 

「聞こえた。ちゃんと戻ったな、ドゥー」

 

「うん。怖かったけど、戻れた。まだ、本物の声は聞こえる」

 

 偽の誘導波が剥がれた瞬間、モニターの表示が変わった。白い巨体の右胸部、外部接続ユニットの奥に、生体反応の細い点滅が浮かび上がる。点滅は弱い。だが、消えてはいない。

 

「見えた。中枢じゃない。右胸部の白い接続ユニットの奥にいる」

 

「そこを撃てば、人まで壊れるか」

 

「うん。撃つなら、その外側。三本ある白い線の、一番細いところ」

 

『右側から残骸内の砲門が動く。ランガ、十秒以内に処理しろ』

 

『左から捕獲線の残りが来る。こちらで払うが、長くは留まれん』

 

「十秒で十分です。ガンダムX、出力を絞る。焼き切るだけでいい」

 

 俺はビームライフルの出力を落とし、照準を白い線の一番細い場所へ合わせた。引き金へかけた指に、マチュへ送れなかった通信文の一行が重なる。助けられる命を連れて帰る。今は連れて帰れなくても、檻の鍵の位置だけは持ち帰る。

 

 ビームが走った。

 派手な爆発は起こらない。白いケーブルが焼け、接続ユニットの光が一段弱まる。巨体の奥で、何かが苦しそうに軋み、それから生体反応の点滅が少しだけ整った。

 

『接続負荷、低下しています。生体反応、微弱ながら安定方向へ変化』

 

「救出艇を前に出せますか」

 

『待て、周辺残骸で再起動プログラムを検出。捕獲線も複数展開しています』

 

 モニターの端で、白い線が何本も起き上がった。眠っていた蛇が、雨に濡れて頭を上げるみたいに、ゆっくりとこちらを向く。救出艇を入れれば、あれに絡め取られる。被験体ごと、また檻の奥へ戻される。

 

「位置は分かっている。今なら、俺がもう少し近づけば」

 

『撤退条件を思い出せ。回収不能な状況で留まれば、救出対象を増やすだけだ』

 

 ガトーの声が、鋼鉄の扉みたいに俺の前へ立った。

 

「分かっています。でも、あそこにいるんだ」

 

『だからこそ戻るのだ。今得た位置情報と接続解除が、次の救出の道になる』

 

 ラルさんの声が、その扉に取っ手を付ける。閉じ込めるためではなく、開いて戻るための取っ手を。

 

「ランガ、今は戻ろう。あの人の音、さっきより少しだけ楽になってる」

 

 ドゥーの言葉で、俺はようやく照準を外した。モニターに映る生体反応はまだ弱い。けれど、焼き切る前より乱れが少ない。今ここで俺が近づきすぎれば、ドゥーを、救出艇を、ラルさんを、ガトーを、全部同じ白い線へ引きずり込む。

 

 操縦桿を引く指が、少し遅れた。

 それでも、引いた。

 

「接続解除ログを保存。被験体位置、艦へ送ります」

 

『受信しました。次回救出用の座標として固定します』

 

「救えなかったんじゃない。次に救うために、戻る」

 

 声に出しておかないと、体が逆へ行きそうだった。だから言った。自分へ向けて、ドゥーへ向けて、まだ名前も知らない誰かへ向けて。

 

『右側の捕獲線を叩く。ランガ、撤退軌道へ乗れ』

 

『左翼の残骸群は私が引き受ける。三機で戻るぞ』

 

「了解。ガンダムX、撤退軌道へ入ります」

 

 青いリック・ドムの砲撃が右の白線を砕き、グフのヒート・ロッドが左から伸びる捕獲線を絡め取る。俺はその間を抜け、ガンダムXを救出艇の待機圏へ戻した。背後でドゥーが小さく息を吐く。手動切断スイッチの保護カバーが、かすかに揺れる音がした。

 

 三機が撤退線へ入った直後、艦橋から新しい通信が入った。

 

『ジュピター・ノード03方面から、新たな暗号断片を確認。内容は短いです』

 

『読める範囲で構わん。出せ』

 

『ムラサメ系列、手動切断確認。遮断層記録。次回接続強度を再計算、という断片です』

 

 コックピットの空気が、一段冷える。向こうも見ていた。ドゥーが自分で戻った音を、敵は記録した。次は、その音を潰すために来るかもしれない。

 

「向こうも、ドゥーが戻る方法を見たのか」

 

「次は、もっと強く引っ張ってくるかもしれない」

 

 ドゥーはそう言って、けれどスイッチから手を離さなかった。握りしめるのではなく、指先を添えている。自分の扉の場所を、確かめるみたいに。

 

『ならば、こちらも帰る道を増やす。敵が鎖を太くするなら、こちらは切る刃を増やせばよい』

 

 ラルさんの声に、ガトーが短く同意するような沈黙を置いた。

 

 俺は、遠ざかる白い巨体をモニターの端で見た。そこにはまだ誰かがいる。今日は連れて帰れなかった。けれど、接続負荷は下げた。位置も掴んだ。檻の鍵穴は見つけた。

 

「次は、あの人を本当に檻の外へ連れて帰ります」

 

 ガンダムXの背中で、未完成の大型装備が重く軋んだ。まだ使えない。まだ触るなと言われている。けれど、今の俺に必要だったのは、あの背中の何かではなく、戻るために引いた線だった。

 

「今日は檻の鍵の位置を見つけただけだ」

 

 俺は撤退先の艦を見据えた。白い誘導灯が、さっき出た時より少しだけ近く見える。

 

「次は、その鍵を開けて、必ず連れて帰る」

 

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