機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第95話

# 本編

 

## 鍵を開けるための地図

 

 帰還したガンダムXの装甲には、白い宇宙の粉がこびりついているように見えた。

 

 実際には微細な氷でも灰でもない。サイコ・ガンダム系列機の外部接続ユニットを焼き切った時、装甲へ付着した残留粒子だと整備員は言っていた。けれど、格納デッキの照明に照らされるそれは、誰かの声が凍ったものみたいに見えて、俺はしばらく機体の足元から動けなかった。

 

「ランガ、手袋を外したまま立っていると、整備班に怒られるよ」

 

 背後からドゥーの声がした。

 振り返ると、彼女は毛布を肩に掛けたまま、救出作戦で使った補助席のログ端末を抱えて立っていた。目元は眠れていない色をしているのに、端末を抱える腕だけは妙にしっかりしている。

 

「怒られるのは慣れてるけど、今は整備班より医療班の方が怖いな」

 

「じゃあ、私も同じくらい怖い相手を増やしたことになるね」

 

「自覚があるなら、少しは椅子に座ってくれ。立ったまま倒れられると、俺の心臓に悪い」

 

 ドゥーはほんの少し口元を緩めたが、すぐに視線を端末へ落とした。画面には、さっき救出できなかった被験体の生体反応が細い線で表示されている。接続負荷を下げた後、その線は前より整っていた。けれど、途切れ途切れに揺れる様子は、まだ檻の中で薄い息をしている人間そのものだった。

 

「まだ聞こえるのか」

 

「聞こえるというより、残ってる。遠い部屋で、誰かが壁を一回だけ叩いた音みたいに」

 

 ドゥーは端末の角を親指でなぞった。カチ、カチ、と爪が小さく当たる。手動切断スイッチを押した時の音より弱いのに、俺の耳には妙にはっきり残った。

 

「さっきより、少しだけ楽そうだった。けど、あの人はまだ檻の中にいる」

 

「次は連れて帰る。そのために、今度は救出艇を中まで入れる道を作る」

 

「ランガがそう言うと、すぐ飛び出しそうに聞こえる」

 

「今回は飛び出さない。飛び出さないために、今から作戦図を睨みに行く」

 

 ドゥーは端末を抱えたまま俺を見上げた。白い整備灯が彼女の瞳に映り込んで、小さな誘導灯みたいに揺れている。

 

「じゃあ、私も一緒に睨む。あの人の途切れ方は、私が覚えてるから」

 

「その代わり、途中で医療班に捕まったら素直に休め」

 

「ランガが休むなら、考えてあげる」

 

「交渉が急に強気になったな」

 

 俺がそう言うと、ドゥーは毛布の端を少しだけ持ち上げて、隠れるみたいに口元を隠した。笑ったのか、息を整えただけなのかは分からなかった。

 

 小会議室の空気は、格納デッキより乾いていた。

 モニターには、無力化済み巨型機の右胸部ユニット、外部ケーブルの焼損箇所、被験体の推定固定位置、そして救出艇の進入可能範囲が重ねて表示されている。白い線と赤い警告が幾重にも絡み、まるで檻の設計図を裏側から見ているようだった。

 

「救出対象は一名に絞る。今回位置を確定した右胸部ユニット奥の被験体だ」

 

 ラルさんがそう言うと、通信士が座標を拡大した。白い接続ユニットの奥、わずかな空洞に、生体反応の小さな点が明滅している。

 

「救出艇の進入は、ガンダムXが三本目の接続線を完全に切った後だ。グフは左翼の残骸群を処理し、私のリック・ドムは右側の再起動砲門を抑える」

 

 ガトーは淡々と役割を置いていく。けれど、その言葉の間に無駄はなかった。前回、俺が踏み込みかけた場所へ、今度は線を引いている。

 

「ガンダムXは接続線の切断と、ドゥーの感応支援による被験体位置の再確認ですね」

 

「そうだ。ただし、ドゥーへの接続反応が限界値に近づいた場合、救出艇は前進中でも停止する」

 

 俺は頷いた。

 すぐに返事をすると、言葉だけが先へ行きそうだったから、まず手元の作戦図へ視線を落とした。前回保存した撤退条件が、サブ画面の隅にまだ残っている。

 

「停止後は、ガンダムXが遮断煙幕代わりに残骸を焼いて、救出艇を後退させます」

 

「理解しているならよい。次に、敵の動きだ」

 

 ガトーが合図すると、通信士が別のログを開いた。画面に並んだ断片文字は短い。ムラサメ系列、手動切断確認、遮断層記録、接続強度再計算。無機質な文字列なのに、それがドゥーへ向けられていると分かった瞬間、舌の奥に金属の味が広がった。

 

「敵はドゥーが自分で切った瞬間を記録している。次は、切断スイッチを押した直後の隙を狙う可能性がある」

 

 ラルさんの声に、ドゥーが端末を抱え直した。

 毛布の袖口から出た指が、ほんの一瞬だけ固まる。けれど、彼女は椅子から立ち上がらなかった。逃げる代わりに、画面の文字を睨み返していた。

 

「切った後に、もう一度引っ張ってくるってことですか」

 

「あるいは、切断したと思わせて、別の経路から繋ぐかもしれん」

 

 ガトーの言葉に、会議室の空調音が細くなる。

 俺は補助席の構造図を見た。三層の遮断。手動切断。HADES干渉遮断。どれも、ドゥーを檻へ戻さないために作ったものだ。敵がそれを観察したなら、次は檻の形を変えてくる。

 

「なら、切断後に無防備な時間を作らないようにする必要があります」

 

「ランガ、具体的に言え。気持ちで敵の手は切れん」

 

 ガトーの声が飛んでくる。俺は一度だけ息を吐き、作戦図の上に指で線を引いた。

 

「ドゥーが手動切断した直後、ガンダムXは被験体側へ進まない。まず後退気味に機体を横へ流し、ラルさんの左翼とガトーさんの右翼の間へ入ります」

 

「その間に救出艇はどうする」

 

「前進を止めて待機。切断後の再接続反応が出なければ、十秒後に進入再開。反応があれば、作戦を一段戻して遮断優先に切り替えます」

 

 ガトーは何も言わず、俺の引いた線を見た。

 沈黙が長い。会議室の照明が、作戦図のガラス面に白く伸びる。やがて彼は、短く頷いた。

 

「前回よりは、救出と撤退が同じ図の上にある」

 

「褒められた気がしないんですけど」

 

「褒めている。私の言い方に期待するな」

 

 ラルさんが小さく喉を鳴らし、ドゥーが毛布の中で笑いを噛み殺した。重かった空気に、ほんの細い亀裂が入る。その隙間から、呼吸が少しだけ通った。

 

「ドゥー君、君の側からも確認したい。被験体の反応と敵の整形信号を、次も分けられるか」

 

 ラルさんに聞かれて、ドゥーは端末を胸元へ引き寄せた。画面の生体反応が、彼女の毛布に淡い光を落としている。

 

「分けられるとは言い切れません。でも、あの人の音は、途中で何度も切れる。偽物は滑らかに助けてって言うけど、本物は言葉になる前に息が途切れる」

 

 彼女の言葉で、会議室の誰もすぐには口を開かなかった。

 白い作戦図の中で、小さな点滅だけが続いている。

 

「だから、私は途切れている方を探す。綺麗な声じゃなくて、うまく助けてって言えない方を探す」

 

「それを聞いたら、俺はそっちへ進む。機械の誘導じゃなく、ドゥーが拾った途切れへ行く」

 

 ドゥーがこちらを向いた。

 彼女の目はまだ疲れている。けれど、俺を見てから、もう一度作戦図へ戻った。そこに逃げ道があるかを確かめるみたいに、じっと線を追っている。

 

「では、救出艇の搭乗員へ通達する。今回は突入ではない。檻を開け、被験体を収容し、即時離脱する」

 

 ラルさんの言葉に、通信士がうなずいた。救出艇の待機位置に、青いマーカーが灯る。

 

「ガンダムXは鍵を開ける。グフとリック・ドムは檻の外で敵の手を切る。救出艇は人を連れて戻る」

 

 ガトーが役割を短くまとめた。まるで戦術盤の駒を置くみたいな言い方だったが、そこに人の命が乗っていることを、誰より分かっている声だった。

 

「ランガ・ロード、最後に確認する。次の作戦は、救出成功か失敗かの二択ではない」

 

 ガトーが俺へ視線を向ける。

 俺は黙って、その続きを待った。

 

「接続負荷をさらに下げること、敵の再接続方式を暴くこと、救出艇が近づける時間を測ること。それらも成果だ。連れて帰れない可能性を考えずに出る者は、最初から救出作戦に向いていない」

 

 言葉は重い。けれど、前みたいに反射で噛みつきそうにはならなかった。

 俺は作戦図の中にある小さな生体反応を見た。点滅は弱い。だからこそ、一度で全部を奪い返すことだけを考えれば、手が荒くなる。

 

「分かりました。連れて帰るために、連れて帰れない時の線も持って出ます」

 

「それでよい。戦場では、持っている線の数が命の数になる」

 

 ラルさんがそう言って、作戦図へ新しい撤退線を一本足した。青い線が、白い檻の外へ伸びていく。一本ではない。二本、三本、四本。逃げ道ではなく、連れて帰るための道だった。

 

 会議が終わった後、ドゥーはしばらくモニターの前に残っていた。

 俺も隣に立つ。作戦図は消され、暗い画面に俺たちの姿だけが映っている。肩に掛かった毛布と、パイロットスーツの白いラインが、同じ画面の中でぼんやり重なっていた。

 

「ランガ、あの人に名前があったらいいね」

 

「あるはずだ。俺たちがまだ知らないだけで」

 

「じゃあ、連れて帰ったら最初に聞こう。番号じゃなくて、名前を」

 

「その時は、ドゥーが聞いてやってくれ。たぶん、その方が相手も答えやすい」

 

 ドゥーは少しだけ目を伏せて、それから端末を抱え直した。

 画面の黒に映った彼女の指が、手動切断スイッチを探すように動き、途中で止まる。

 

「次も、私は戻る。あの人を置いてきた場所じゃなくて、連れて帰る場所へ」

 

「俺も戻る。マチュへ送れなかった言葉を、まだ直接言ってないから」

 

 そう言うと、ドゥーは小さく頷いた。

 会議室の外では、格納デッキの整備音が続いている。ガンダムXの胸部装甲が開き、補助席の遮断層が調整され、救出艇のハッチが何度も開閉試験をしている音だ。

 

 鍵を見つけた。

 次は鍵を開ける。

 そのための地図が、今、俺たちの手元にある。

 

「次は、綺麗な偽物じゃなくて、途切れた本物を拾う」

 

 俺がそう言うと、ドゥーは毛布の端を握り、画面に映る自分の輪郭をまっすぐ見た。

 

「うん。途切れてても、ちゃんと聞く」

 

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