機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第98話

 格納デッキには、焼けた金属と冷却剤の匂いがまだ沈んでいた。

 

 ラルさんのグフは左肩の装甲を外され、青いリック・ドムは右脚の推進器を開かれたまま、整備フレームの中で膝をついている。どちらの機体にも白い接続線の焦げ跡が残っていて、そこだけがティターンズの檻から剥がしてきた骨のように見えた。

 

 俺はガンダムXの足元に立ったまま、その二機の傷を見ていた。

 救出艇が艦へ入った時、リオの名前が通信に乗った。たったそれだけで、白い戦場に穴が開いた気がしたのに、その穴を守るために二つの青がここまで削れている。

 

「ランガ・ロード、感傷に浸るならログを見ながらにしろ。時間は待たん」

 

 ガトーの声に振り向くと、彼は整備台の横に投影された戦闘ログを指していた。赤と白の射線が、宇宙の上に何度も引き直されている。救出艇を狙った砲撃、グフが左からずらした接続線、リック・ドムが右から撃ち抜いた制御ノード。そのすべてが線になって、ジュピター・ノード03の外縁へ戻っていく。

 

「ここだ。砲撃制御ノードの接続先が、敵の最終防衛線へ繋がっている」

 

「ただの追撃用じゃなかったんですか」

 

「追撃にしては、観測が丁寧すぎる。こちらの救出手順を測る射線と、救出艇を焼き払う射線が別々に走っている」

 

 ガトーは二本の線を指でなぞった。片方は細く、こちらの動きをなめるように追っている。もう片方は太く、進路ごと潰すために置かれている。

 

「シロッコの目と、バスクの拳ですか」

 

「そう見るべきだ。観察する者と、壊して回収する者が同じ檻を守っている」

 

 その言い方に、背中の奥が薄く冷えた。

 白い部屋を作った連中は、一枚岩じゃない。だけど、別々のやり方で同じ場所へ人を繋いでいる。その事実が、戦闘ログの赤い線よりも生々しく見えた。

 

 艦内通信が短く鳴ったのは、その時だった。

 

『医療区画より連絡。リオが短時間の意識反応を示しています。ランガ、ドゥー、ラル大尉、ガトー少佐へ共有要請です』

 

 ドゥーは格納デッキの入口に立っていた。

 白い毛布を肩に掛け、手動切断のログ端末を胸に抱いたまま、こちらを見ている。呼ばれる前から来ていたらしい。俺が何か言うより先に、彼女は小さく頷いた。

 

「行こう。名前を呼んだなら、返事を待たないと」

 

 医療区画は格納デッキよりも白かった。

 壁も、照明も、シーツも、全部が薄い白に沈んでいる。けれど、その白はティターンズの部屋の白とは違う。薬品の匂いはするが、拘束するためではなく、息を繋ぐための匂いだった。

 

 リオは透明な生命維持カバーの中に横たわっていた。細い管が首元と腕へ繋がり、モニターの上で小さな波形が震えている。番号タグは外され、代わりに仮の名前欄へ「リオ」と表示されていた。

 

 ドゥーがカバーの横へ近づく。

 彼女はすぐには触れなかった。ただ、指先をカバーの縁に置き、波形が一度揺れるのを待った。

 

「リオ。聞こえるなら、急がなくていいよ」

 

 その声に、モニターの波形が細く跳ねた。

 リオの唇がかすかに動く。音になりきらない息が漏れ、医療機器の小さな駆動音に混ざった。

 

「……しろい、へや」

 

 ドゥーの肩が、ほんの少しだけ動いた。俺は一歩踏み出しかけて、止まる。ここで俺が割り込むより、彼女が待つ方がいい。そう思えたのは、たぶん少し前の俺ならできなかったことだ。

 

「うん。白い部屋のこと、覚えてるんだね」

 

「つなぐ……ろうか。ひかり、ながい」

 

「接続回廊か」

 

 ガトーが低く呟き、端末へメモを入れる。リオは目を開けないまま、薄い息で続けた。

 

「おく、あかい……ひと、みてる。おおきい、こえ……こわすって」

 

 シロッコとバスク。

 名前を出されなくても、二つの影が白い部屋の奥に立っているように感じた。

 

 ラルさんは、リオの顔ではなく、モニターの波形を見ていた。急かさない。ただ、途切れる声の場所を地図へ重ねるように、静かに聞いている。

 

「もういい。今は息を戻せ、リオ」

 

 ガトーが意外なほど短く言った。

 リオの波形が少し乱れ、ドゥーがカバー越しに指先を近づける。

 

「リオ、番号じゃないよ。ここでは、リオって呼ぶ」

 

 リオの口元がわずかに動いた。返事にはならない。それでも、波形は一度だけ強く跳ねた。

 

 小会議室へ戻ると、ガトーはリオの断片と戦闘ログを重ねた。白い部屋、接続回廊、赤い観察者、大きい声。断片だけなら霧の中の足跡だが、砲撃制御ノードの線と合わせると、霧の向こうに細い通路が浮かんだ。

 

「入口はここだ。外縁防衛線の裏に、接続回廊へ繋がる喉元がある」

 

「正面突破は無理ですね。巨型機の射線と捕獲線が重なる」

 

「だから、正面からは行かん」

 

 ラルさんが作戦図へ青い線を引いた。左翼から接続線群を切り、ガトーが右翼の砲撃制御を潰す。中央にはガンダムX。だが、矢印は中枢へ向かっていない。救出艇と撤退線を守る位置に置かれていた。

 

「君は中央で救出路を維持する。ドゥー君と、次に連れ出す者たちを帰すための中心線だ」

 

「俺が中枢へ突っ込むんじゃないんですね」

 

「突っ込めば扉は壊せるかもしれん。だが、壊れた扉の下敷きになる者もいる」

 

 俺は作戦図を見た。

 前へ出たい場所は分かる。白い部屋を作った連中の喉元へ、ガンダムXを叩きつけたい線も見える。けれど、その線の上にはドゥーの補助席があり、リオの細い波形があり、マチュへ送れなかった文章の続きがある。

 

 俺は操縦桿を握るみたいに曲がっていた指を、ゆっくり開いた。

 

「中央を守ります。檻を壊すんじゃなく、開けて帰すために」

 

「その言葉を戦場でも忘れるな」

 

 ガトーは短く言って、作戦図へもう一本の赤い線を足した。

 

「敵は必ずドゥーを取りに来る。彼女の切断タイミングも、こちらの救出艇運用も読まれている。ラル大尉が左の鎖を切り、私が右の砲を折る。君は中央で、読まれた上で帰す道を守れ」

 

 ドゥーは椅子の上で、毛布の端を握っていた。

 けれど、顔は伏せていない。作戦図の中央線をまっすぐ見ている。

 

「私も、綺麗な声じゃなくて、途切れた方を聞く。リオみたいに、うまく助けてって言えない人を探す」

 

「見つけたら、俺が道を開ける」

 

「無理に開けそうになったら、止める」

 

「それは助かる。最近、止めてくれる人が増えた」

 

 ドゥーが少しだけ瞬きをした。ラルさんが静かに笑い、ガトーは表情を変えずに作戦図を拡大した。

 

「軽口を叩けるなら、まだ使い物になる」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「期待するな。事実を述べただけだ」

 

 会議が終わった後、俺は個人端末を開いた。

 マチュへ送れないまま保存した文章が、青白い画面に浮かぶ。俺はそこへ一行だけ足した。

 

 番号じゃなく、名前を連れて帰る。

 それを直接言うために、俺も帰る。

 

 送信ボタンは押さない。押せない。

 けれど、消さずに保存した。

 

 端末を閉じると、格納デッキの方から整備音が響いてきた。グフの左肩、リック・ドムの右脚、ガンダムXの補助席、救出艇のハッチ。すべてが次のために動いている。

 

 ティターンズの本拠地を壊すだけなら、きっともっと単純な作戦がある。

 でも、俺たちが向かうのは白い檻の奥だ。壊すだけでは届かない場所に、まだ名前を奪われた誰かがいる。

 

「最終決戦っていうのは、派手に全部を吹き飛ばすことじゃないんだな」

 

 俺が呟くと、隣にいたドゥーがこちらを見た。

 

「じゃあ、何?」

 

「名前を呼んで、返事を待てる場所まで連れて帰ること」

 

 ドゥーは少しだけ考えてから、毛布の端を握り直した。

 

「うん。それなら、私も行く」

 

 俺はガンダムXを見上げた。

 未完成の背部装備はまだ沈黙している。HADESも眠っている。けれど、補助席の小さな切断スイッチだけは、すでに何度も帰る道を作ってきた。

 

 次は、もっと奥へ行く。

 中枢を砕くためじゃない。

 白い部屋の向こうで途切れている名前を、戦場の外へ連れて帰るために。

 

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