機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第99話

 ジュピター・ノード03の外縁は、白い霧をまとった要塞みたいに宇宙へ浮かんでいた。

 

 霧なんてあるはずがない。けれど、サイコ・ガンダム系列機の残骸から漏れた粒子と、無数の接続線が反射する光のせいで、そこだけが凍った海のように見える。赤い観測光が奥で瞬き、そのたびに白い軍勢の輪郭が薄く浮かび上がった。

 

 俺はガンダムXを中央線へ置いた。

 前へ行きたい場所は見えている。けれど、今日は中枢へ突っ込む日じゃない。ラルさんとガトーが切り開く裂け目を、救出艇と次の作戦が通れる道として残すための戦いだ。

 

「ドゥー、声はどうだ」

 

「綺麗な声が多い。助けてって、うまく言いすぎてる」

 

 背後の補助席から、ドゥーの声が返る。彼女の指は手動切断スイッチに添えられている。触れるだけで押してはいない。その間合いが、彼女自身の呼吸の場所になっていた。

 

「途切れて、それでも消えない方を探してくれ」

 

「うん。リオの時みたいに、うまく言えない方を聞く」

 

 リオの名前が出た瞬間、サブモニターの片隅に医療区画から送られている生命維持ログが映った。波形は細いが、繋がっている。番号ではなく名前で登録されたその表示を一瞬だけ見て、俺はシールドを前へ出した。

 

『若い者を奥へ送るなら、帰す道まで大人が持たねばならん』

 

 ラルさんのグフが左翼へ出た。青い機体がヒート・ロッドをほどくと、白い接続線群がまるで蛇の巣みたいに蠢く。グフはその真ん中へ踏み込み、鞭の一振りで何本もの線をまとめて絡め取った。

 

『敵の布陣は読めた。シロッコの目を潰し、バスクの拳を折る』

 

 ガトーの青いリック・ドムは右翼へ滑り、砲身を外縁の制御ノードへ向けた。敵MSの群れはまだ射程外に見える。だが、ガトーの照準は敵が撃つ前に、撃つための道を塞いでいた。

 

『ガンダムX、中央線を維持してください。救出艇は後方待機、進入指示待ちです』

 

「了解。俺は中枢へ突っ込まない。名前を連れて帰る道を守る」

 

 その言葉を口にした直後、ティターンズの軍勢が動いた。改修ハイザックが左右へ散り、バーザム試作型が後列で射線を重ねる。マラサイに似た赤い機体が上方から降り、白い捕獲線が中央線へ垂れてきた。

 

 ラルさんのグフが先に跳んだ。

 

 ヒート・ロッドが捕獲線を噛み、青い機体が全身でそれを引き裂く。続く二刀のサーベルが、接近してきたハイザックの膝関節と推進器だけを切った。コックピットを狙わない一撃は、戦場の中では遠回りに見える。だが、その遠回りが救出路を汚さずに済ませていた。

 

『ランガ、左は見るな。こちらで止める』

 

「分かっています。救出艇の前を空けません」

 

 右側では、ガトーの砲撃が白い光の柱になって走った。敵の砲撃制御ノードが赤く灯る寸前、その基部へ一撃が入る。爆発は小さい。けれど、ノードから伸びていた射線が歪み、バーザム試作型の隊列が一拍遅れた。

 

『右翼砲撃制御、一基沈黙。次のノードは三秒後に再同期する』

 

『三秒あれば、二本は切れる』

 

 ラルさんが返す。

 グフのヒート・ロッドがまた白い線を巻き取り、二刀が交差して接続線群を裂いた。青いグフの動きは、まるで荒れた海を知り尽くした船みたいだった。波に逆らわず、しかし飲まれない。

 

「ランガ、中央の下に偽物が来る。綺麗な声で、救出艇を呼んでる」

 

「下は使わない。右上へずらす」

 

 俺はガンダムXのシールドを傾け、救出艇の待機ルートを右上へずらした。敵の偽信号が示した道を避けた瞬間、下方の空間を白い捕獲線が走り抜ける。もし進んでいたら、救出艇ごと絡め取られていた。

 

『よく見た。だが、次は見るだけでは足りん』

 

 ガトーの声と同時に、右翼のマラサイ系部隊が中央へ割り込んだ。俺が撃とうとした瞬間、青いリック・ドムの砲撃がその先頭機の足元を砕いた。撃破ではない。隊列の足首だけを折り、後続の進路を詰まらせる一撃だった。

 

「そっちまで見えてるんですか」

 

『見てから撃っているのではない。敵が必要とする場所を撃っている』

 

「その言い方、すぐ真似できるやつじゃないですね」

 

『真似るな。君は中央を守れ』

 

 ラルさんの笑いに似た息が通信に混じった。

 次の瞬間、左翼の接続線群が一斉に赤く光る。白い線の奥で、こちらを観測するような細い視線が灯った。シロッコの目。そう言われたものが、戦場の温度を測るように俺たちを見ていた。

 

「ドゥー、奥に声はあるか」

 

「ある。リオの記憶と同じ白い回廊の奥。まだ名前を呼べない人がいる」

 

 その言葉で、操縦桿を握る手が一瞬強くなった。

 前へ行けば届く気がした。ガンダムXの背中が重く軋み、HADES監視端末の赤が薄く揺れる。機体が先に答えを出すな。テムさんの声が、針のように思考の端へ刺さった。

 

「ランガ、今は進まないで。声は奥だけど、道はまだ細い」

 

「聞いてる。俺は救出路を守る」

 

 俺はシールドを戻し、中央線から出なかった。

 赤い観測光が一瞬強くなり、敵の再接続罠がドゥーへ伸びる。補助席の警告灯が黄色く跳ね、白い音がコックピットの空気をざらつかせる。

 

「切る。けど、切った後を狙ってくる」

 

「作戦を一段戻す。ラルさん、左の基部をお願いします」

 

『承知した。戻る道に触れる手は、ここで断つ』

 

「ガトーさん、右の観測ノードを撃てますか」

 

『射線はある。三秒持たせろ』

 

 三秒。

 俺はシールドを斜めに構え、中央へ伸びる白い接続線を受けた。装甲が焼け、警告が増える。ドゥーが背後で息を吸い、小さなクリック音が鳴った。

 

『手動切断、作動。別経路接続、左翼基部より再展開』

 

『そこだ』

 

 ラルさんのグフが白い線の基部へ飛び込む。ヒート・ロッドが絡め取り、二刀のサーベルが根元を断つ。左翼の白が一瞬だけ暗くなった。

 

『観測ノード、撃つ』

 

 ガトーの一撃が右翼から走り、赤い観測光の一つを撃ち抜いた。光が消え、敵の射線がずれる。白い軍勢の中に、ほんの細い裂け目が生まれた。

 

『外縁防衛線、局所的に沈黙。接続回廊入口への短時間進路を確認』

 

 艦橋の報告が入る。

 勝ったわけじゃない。奥の巨型機群はまだ沈黙していないし、赤い観測光も全部は消えていない。けれど、白い壁の一部に、確かに人が通れる隙間ができていた。

 

「情報を送ります。入口座標、撤退線、敵再接続基部、全部まとめて艦へ」

 

『受信しました。次回作戦用の突入口として固定します』

 

 ラルさんのグフが左から戻ってくる。青い装甲には新しい焼け跡が増えていた。ガトーのリック・ドムも右脚の噴射が少し乱れている。それでも二機は、中央線の両脇へきっちり戻った。

 

『ここまでだ。深追いはしない』

 

『目的は達した。敵本隊を叩くには、まだ情報と準備が要る』

 

「了解。ガンダムX、中央線を維持したまま後退します」

 

 ドゥーが背後で小さく息を吐いた。

 手動切断スイッチのカバーが、かすかに鳴る。彼女は押して戻ってきた。俺は前へ出ずに留まった。ラルさんとガトーは左右で白い軍勢を断った。誰か一人の力じゃなく、三つの線で裂け目を作ったのだ。

 

「ドゥー、奥の声はまだ聞こえるか」

 

「聞こえる。遠いけど、さっきより場所が分かる」

 

「次は、その場所まで道を作る」

 

「うん。綺麗な偽物じゃなくて、途切れた本物を拾う」

 

 艦へ戻る途中、ジュピター・ノード03の奥で赤い観測光がまた一つ灯った。消えたはずの目が、別の場所から俺たちを見ている。シロッコの目か、バスクの拳か、それともまだ名前のない別の悪意か。

 

 俺はシールドを下げずに、その光を見返した。

 

「今日は勝ったんじゃない。入口に手が届いたんだ」

 

『それで十分だ、ランガ。扉を見つけぬ者は、扉を開けられん』

 

 ラルさんの声が静かに返る。

 

『次は本拠地の喉元だ。敵も、こちらが入口を見つけたことを知った』

 

「なら、向こうも待ってるわけですね」

 

『当然だ。だからこそ、次は準備を怠るな』

 

 ガトーの声を聞きながら、俺はガンダムXを帰還線へ乗せた。

 白い軍勢の奥にできた細い裂け目が、モニターの端に小さく残っている。そこはまだ安全な道じゃない。けれど、名前を奪われた誰かがいる場所へ続く、最初の入口だった。

 

「次は扉の中だ。名前を取り戻す戦いは、ここから先が本番だ」

 

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