俺の命を守るためなら、お前らを盾にする   作:最高司祭アドミニストレータ

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吉野家の鉄板焼肉定食を、昼ごはんに食べました。美味しかったです。


底知れぬ男の虚像と、精霊の冷酷な種明かし - (国王リチャード三世)(フィリア視点)

【視点:国王リチャード三世】

 

 

 王城の最も高い場所に位置する、城壁の監視塔。吹き抜ける春の強い風が、国王リチャード三世の真紅のマントを激しく煽っていた。

 

 彼の視線の先には、王都の堅牢な城門を抜け、魔物が潜む荒野へと続く街道を真っ直ぐに進んでいく一台の馬車がある。勇者タチバナと、彼を支える三人の英傑を乗せた馬車は、やがて土煙の彼方へと小さくなって視界から消え去ろうとしていた。

 

 

「行きましたな、陛下」

 

 

 王の背後から静かな、しかし微かな懸念を孕んだ声がかけられた。王の右腕として国政を支えてきた老宰相、グランデルである。

 

 

「うむ」

 

 

 リチャードは短く応えたが、その表情には、新たな英雄を送り出した為政者としての晴れやかさは皆無であった。むしろ、解き明かせない難解なパズルを前にしたような、険しい皺が眉間に深く刻まれている。

 

 

「陛下。無事に勇者を送り出すことができ、まずは重畳でございます。…しかし」

 

 

 グランデルは、周囲に護衛の騎士たちがいないことを確認し、声を一段階落とした。

 

 

「あの勇者タチバナ…本当に、我々が手綱を握り続けられる相手なのでしょうか。報告によれば、彼は辺境のしがない農村の出身、労働もせずに女たちに養われていた無学な若者であるとのことでした。ですが…」

 

 

 グランデルの濁った瞳に、謁見の間での記憶が蘇る。

 

 

「謁見の間に現れた彼の態度は、とてもただの村人とは思えませぬ。あの、全てを見透かすような視線の動かし方。こちらの問いかけに対する、あの計算し尽くされた沈黙。そして、絶妙な間を置いてからの、あの涙ながらの自己犠牲の誓い…。あの底の知れない雰囲気は、一体何なのでしょうか」

 

 

 リチャードは冷たい石造りの城壁に両手を突き、小さく息を吐いた。

 

 

「同感だ、グランデル。…我が当初考えていたような、『田舎から出てきた、御しやすい無知な若者』などでは断じてない」

 

 

 王の頭脳は、政治という血生臭い盤上を生き抜いてきた極めて現実的な論理で、タチバナという存在を解剖し始めていた。

 

 彼がただの純朴な青年であれば、王城の煌びやかな装飾に目を奪われ、王の威光に平伏し、震える声で忠誠を誓ったはずだ。

 

 だが、彼はそうしなかった。

 

 謁見の間に入った瞬間から、彼の目は護衛の騎士たちの配置を正確に探っていた。それは、いざという時の退路や、暗殺のリスクを瞬時に見積もる、極めて高度な戦術的思考に基づく動きだ。

 

 そして、魔王討伐の依頼に対する、あの異様なまでの沈黙。

 

 権力者からの命令に対し、即答を避けるということは、相手との力関係を正確に把握し、自分を高く売るための交渉術の基本である。彼はあの数秒間の沈黙で、王室側がどれほど自分を必要としているか、その足元を完全に見ていたのだ。

 

 極めつけは、あの見事なまでの「涙」と「決意の言葉」である。

 

 

(民を想い、涙を見せ、命を懸けると誓う…。確かに、表面上は完璧な『英雄』の姿であった。だが、あまりにも完璧すぎたのだ)

 

 

 リチャードの背筋に、冷たいものが走る。彼は権力者として、数え切れないほどの詐欺師や、野心家たちの演技を見てきた。タチバナのあの言葉は、確かに人々の心を打つものであった。

 

 だが、その瞳の奥底に、一瞬だけ見えた気がしたのだ。自分に感動し、涙を流す王や大臣たちを、心の底から嘲笑うかのような、氷のように冷たく、極めて利己的な光が。

 

 

「グランデルよ。あの男は、演技をしている」

「…やはり、陛下もそうお感じになられましたか」

「ああ。己の真の実力と、底知れぬ野心を隠すための、完璧な道化の演技だ。あれは、己の能力を完全に理解し、国家の存亡すらも盤上の遊戯のように楽しむことができる、冷酷な支配者の目だ」

 

 

 リチャードの論理は、現実味を帯びて飛躍していく。勇者タチバナ。彼がもし、魔王を単独で討ち果たすほどの絶大な力を隠し持っているのだとすれば。そして、その力に見合うだけの、冷酷な計算高さと野心を併せ持っているのだとすれば。

 

 

「魔王を討伐した後の世界を、想像してみたことはあるか?」

 

 

 王の問いに、グランデルが息を呑む。

 

 

「絶対的な暴力の象徴である魔王。それを滅ぼした英雄は、民衆から神のごとく崇められるだろう。…もし、その英雄が、この王国に牙を向いたらどうなる?」

「…王国軍の総力を挙げても、止めることは不可能でしょう。民衆も、我々ではなく英雄の側につくはずです」

「そうだ。あの男は、下手に刺激すれば、魔王以上に厄介な『規格外の怪物』になり得る。…あれは、我が国という小さな枠に収まる器ではない」

 

 

 リチャードの瞳には、英雄への期待ではなく、国家を脅かす潜在的脅威に対する、冷酷な為政者としての警戒色が濃く浮かんでいた。

 

 

「…だからこそ、アリシアを行かせたのだ」

 

 

 王は、自分に言い聞かせるように、冷たい風の吹く城壁の上で低く呟いた。最愛の娘であり、王国最強の騎士。そして、誰もが目を奪われる類稀なる美貌の持ち主。彼女を勇者の旅に同行させたのは、単なる戦力としてのサポートや、王家の威信を示すための飾りが目的ではない。

 

 強大な力を持つ「勇者」という存在は、国家にとって猛毒にも等しい劇薬である。魔王という絶対的な外敵が存在する間は、国を護るための有用な刃として機能するだろう。

 

 だが、問題はその先だ。魔王が消え去った後、その研ぎ澄まされた刃がどこを向くかは、誰にも保証できない。もし、民衆の熱狂的な支持を集めたあの底知れぬ男が、既存の権力構造を破壊し、自ら王座を欲したならば。王国軍の総力を挙げたところで、彼を止めることは不可能である。

 

 リチャードの政治的・軍事的な論理は、極めて冷酷な結論を導き出していた。物理的な手錠や、金銀財宝による買収では、あの男の奥底にある渇きを満たすことはできない。謁見の間で見せた、あの完璧な自己犠牲の演技。それを涼しい顔でやってのける怪物を縛るには、そのような俗物的な対価では不十分だ。

 

 だからこそ、最も強力で最も逃れがたい『精神と肉体の鎖』が必要だったのだ。

 

 

「行け、我が愛しい娘よ」

 

 

 リチャードは、すでに見えなくなった馬車の方向を見据え、城壁の石を砕かんばかりにその手を強く握りしめた。

 

 今朝の私室での出来事が脳裏をよぎる。己の娘の、白銀の鎧に包まれた柔らかな膨らみを撫でた時の、あの氷のように冷たい感触。アリシアは王女としての私情を完全に押し殺し、ただ国のための道具として「御意のままに」と絶対の忠誠を誓った。

 

 

「その美しき身体で勇者を籠絡し、その精神の奥底まで完全に掌握せよ。男という生き物は、どれほど強大で冷酷な知性を持っていようとも、最後は身も心も許した女の膝元に帰るもの。あの怪物が、魔王を喰らい尽くした後に、その矛先を我々に向けることのないよう…お前の純潔も、誇りも、その全てを懸けて、情と肉欲という名の鎖で彼を王国に繋ぎ止めるのだ」

 

 

 王の呟きは、愛する娘を国を護るための「生け贄」、あるいは男を絡め取る「罠」として用いることへの、極めて冷酷な決断に満ちていた。

 

 本来であれば、大国の王族に嫁がせるための最高級の外交の切り札を、身元の知れない平民の男に抱かせようというのだ。父親としての情愛すらも、国家の存亡という大義の前では冷徹に切り捨てる。それが、玉座に座る者の業であった。

 

 傍らに控える老宰相グランデルは、王のその狂気じみたまでの冷徹さに、ただ背筋を凍らせ、無言で頭を垂れるしかなかった。

 

 王の瞳には、世界を救う英雄の輝かしい旅立ちを祝う光は一切ない。ただ、自らが国家という盤上に放った極上の駒が、果たして底知れぬ怪物を完全に手懐け、王室の忠実な番犬へと調教することができるのかを見定める、冷酷なギャンブラーの色だけが浮かんでいたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

【視点:聖剣の精霊フィリア】

 

 

 同時刻。王都から遠ざかりつつある、豪奢な馬車の車内。精霊フィリアは、物質界への干渉を絶ち、完全に気配を消した状態で空中に浮遊していた。向かいの席では、天才魔法使いのメグが、タチバナの横顔を見て勝手に頬を赤らめ、一人で恋の熱に浮かされている。

 

 そして、当のタチバナ本人はどうだ。彼は窓枠に肘をつき、外の景色を眺めるフリをしながら、その脳内では、一国の王が震え上がるような「底知れぬ怪物」とは真逆の、極めて低俗で下劣な思考を垂れ流していた。

 

 

『(ふう、やっとあの息苦しい王都から出られたぜ! 堅苦しい挨拶も、親父臭い大臣どもの顔も見なくて済む! これで自由だ!)』

『(さーて、これからは俺の時代だぞ。豪華な馬車に、三人の絶世の美女。とりあえず、手始めにあの赤毛のメグちゃんから落とすか。さっきの感触からして、ガードは緩そうだ。旅の疲れを癒すとか適当な理由をつけて、夜這い…いや、マッサージでも提案してみるか。ぐへへへ…)』

 

 

 魔王討伐のプレッシャーもなければ、国を乗っ取る野心もない。ただひたすらに、己の下半身の欲求と、いかに働かずに女に世話を焼かせるかという、村にいた頃から一歩も成長していないヒモ男の妄想が、フィリアの意識に泥水のように流れ込んでくる。

 

 

(…呆れ果てて、剣の刀身が錆びつきそうです)

 

 

 フィリアは、一切の感情の起伏を見せず、冷徹な観測者としてその惨状を見下ろしていた。王城の城壁で、国王リチャードが真剣な顔で語っていた「底知れぬ怪物」という壮大な評価。そして、目の前で「どうやって女の子のスカートの中を覗こうか」と真剣に悩んでいる、等身大のクズ。

 

 その両者の絶望的なまでのギャップは、もはや喜劇の領域に達していた。

 

 フィリアは、このあまりにも呑気な契約者に、現実という名の冷水を浴びせる必要があると判断した。彼女は、タチバナの脳髄に直接、氷のように冷たく、研ぎ澄まされたテレパシーを送り込んだ。

 

 

『…随分と呑気なものですね』

 

 

『(あ? なんだよいきなり。俺は今、これから始まるハーレムパーティでの、楽しくて安全な夜の冒険についてスケジュールを組んでいるところなんだよ。邪魔するな)』

 

 

 タチバナは顔色一つ変えず、窓の外を見たまま内心で反論してくる。

 

 

『安全、ですか。貴方は、自分が現在どのような状況に置かれているか、全く、欠片ほども理解していないようですね』

 

 

 フィリアの思念には、微かな嘲笑が混じっていた。

 

 

『(状況? 王様に気に入られて、金と美少女をもらって、最高の旅の始まりだろ? 何が不満なんだよ)』

『では、事実をお教えしましょう。今現在、貴方が「気前の良いスポンサー」だと思っている国王リチャードですが…彼は貴方のことを、「自国すら滅ぼしかねない、底知れぬ野心を持った規格外の怪物」だと、極めて壮大に勘違いしています』

 

 

 タチバナの思考が、ピタリと停止した。窓枠についていた彼の肘が、ズルッと滑り落ちそうになる。

 

 

『(……は?)』

 

 

 フィリアは、容赦なく現実の種明かしを続行する。遠く離れた王城での王と宰相の会話を、まるで傍らで聞いていたかのように、理路整然と、正確な情報としてタチバナの脳内に叩き込んでいく。

 

 

『貴方が謁見の間で見せた、周囲の護衛を気にする視線。あれは「隙あらば王を暗殺するための戦術的観察」と解釈されました。貴方が断り文句を考えていたあの沈黙は、「国家を手玉に取るための冷酷な計算」と解釈されました。そして、あの嘘泣きは、「己の狂気を隠すための完璧な道化の演技」だと』

『(はあああああ!? なんだよそれ! 聞いてないぞ!)』

 

 

 タチバナの心の中で、悲鳴が爆発した。彼の顔から、スッと血の気が引いていくのが分かる。

 

 

『(俺はただの女好きで、争いごとが大嫌いな村人だぞ!? 怪物ってなんだよ! 戦略的思考なんて持ってないわ!)』

『ええ、存じています。ですが、貴方の過剰な自己保身の演技と、恐怖による不自然なフリーズ状態が、権力者の歪んだフィルターを通ることで、彼らには「得体の知れない大物」に見えてしまったようです。……身の丈に合わない芝居を打った、完全な自業自得ですね』

『(ふ、ふざけるな! だったら誤解を解かないと! 俺は無害です、何なら今すぐ村に帰りますって…!)』

『不可能です。王はすでに、貴方を国家の脅威と認定し、その上で「利用価値がある」と判断して野に放ちました。そして、彼が貴方を制御するために打った最も強力な布石が…現在、馬車の御者台の隣で馬を駆っている、王女アリシアです』

 

 

 フィリアの宣告に、タチバナの心臓が早鐘を打ち始める。

 

 

『王の娘に対する命令は、「その体で勇者を籠絡し、掌握せよ」でした。つまり、アリシアはこれから、貴方の本性を暴き、弱みを握り、国に反逆しないよう鎖を繋ぐための「王家の監視者」として、貴方の傍にいるわけです』

『(かん、し…!?)』

『もちろん、彼女の背後には常に、王の冷酷な監視の目が光っていると考えて間違いありません。貴方が少しでも不穏な動きを見せれば、あるいは魔王討伐後に用済みと判断されれば、寝首を掻かれる可能性も十分にあります』

 

 

 タチバナの顔面は、もはや土気色を通り越して真っ白になっていた。向かいの席にいるメグが「勇者様、顔の色が…馬車酔い?」と心配そうに声をかけてくるが、タチバナは「い、いや、なんでもない」と引きつった笑顔を返すのが精一杯だった。

 

 彼が思い描いていた「美女をはべらせる気楽なハーレム旅行」。その実態は、「最高権力者から常に命を狙われるかもしれない、息の詰まるような政治的監視下での護送」であったのだ。

 

 王女に手を出そうものなら、それは即ち「王の逆鱗に触れる」ことを意味し、国家権力を敵に回す最悪の地雷を踏み抜く行為となる。

 

 フィリアは、青ざめてガタガタと震え始めた新たな主を、霊体の姿のまま、心の底から見下すような瞳で一瞥した。彼のその矮小な精神が、自らが蒔いた種によって、自らを恐怖のどん底へと叩き落としていく様は、一つの完璧な論理の帰結であり、滑稽な喜劇であった。

 

 

『せいぜい、あの王女のハニートラップに身も心も食い潰されないよう、そして寝首を掻かれないよう、お気をつけください』

 

 

 フィリアは、通信を切る直前、冷ややかな嘲笑を込めて最後の忠告を送った。

 

 

『まあ、脳の九割が下半身で出来ている貴方には、遅かれ早かれ無理な相談でしょうが』

 

 

 タチバナの心からの絶叫が脳内にこだまするのをBGMに、フィリアは静かに視覚共有のパスを閉じ、聖剣の深い眠りの中へと意識を沈めていった。

 

 世界を救うための旅は、かくして、全く救いのない恐怖と絶望に塗れたまま、本格的な幕を開けたのである。




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