俺の命を守るためなら、お前らを盾にする   作:最高司祭アドミニストレータ

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前半はメグ、後半はフィリア視点となります。


天才魔法使いの熱量と、論理的な誤謬 - (メグとフィリア視点)

【視点:メグ・フレイムハート】

 

「ふぅ──っ!」

 

 

 重厚な扉が閉まったのと同時だった。メグ・フレイムハートは、あてがわれた客室の中央にある天蓋付きの特大ベッドに向かって、助走をつけて飛び込んだ。バフンッ、という小気味よい音と共に、高級な羽毛布団が彼女の小柄な体を受け止める。

 

 

「ん〜〜! 柔らか〜い! さすが王城、ベッドの質だけは合格点だね!」

 

 

 彼女は仰向けのまま手足をバタつかせ、ローブの裾が乱れて健康的な太ももが露わになるのも気にせず、天井を見上げてニカっと笑った。赤毛のツインテールが、ベッドの上で炎のように散らばる。

 

 王立魔法アカデミー始まって以来の神童。若くして「爆炎の支配者」の二つ名を持つ天才、メグ・フレイムハート。彼女にとって、この数日間の王城での待機時間は、退屈以外の何物でもなかった。

 

 堅苦しい礼儀作法、貴族たちの探るような視線、そして「勇者の仲間」という肩書きに群がってくる有象無象の挨拶。

 

 彼女が求めているのは、そんな形式ばった退屈な時間ではない。もっと刺激的で、もっと爆発的で、自分の才能を極限まで試せるような「未知」との遭遇だ。

 

 そして今日。

 彼女はついに、その「未知」と遭遇した。

 

 

「勇者タチバナ…かぁ」

 

 

 メグは天井に手を伸ばし、虚空を掴むような仕草をした。脳裏に蘇るのは、謁見の間で対峙した、あの黒髪の青年の姿だ。

 

 正直なところ、最初の印象は「弱そう」だった。魔力の覇気も感じられないし、筋肉もない。顔は整っているが、どこか頼りなげで、アカデミーにいたら初級クラスの生徒に間違われそうな雰囲気だった。

 

 だが、その評価は数分で覆された。いや、正確には「メグ独自の論理的解釈」によって、180度書き換えられたのだ。

 

 彼女は寝返りを打ち、頬杖をついてニヤリと笑った。

 

 

「あいつ、面白かったなぁ。あたしのこと、全然『女』として見てなかったもんね」

 

 

 メグの回想は、タチバナのあの粘着質な「凝視」へと飛ぶ。タチバナが彼女の太ももや胸元を、穴が開くほど見つめていたあの時間。普通の少女なら「いやらしい」「気持ち悪い」と感じるかもしれない。あるいは、単に「好かれている」と思うかもしれない。

 

 しかし、メグは天才だ。物事を表面だけで捉えない。彼女は魔法学的な見地から、彼の視線をこう分析していた。

 

 

(あの目…あたしの『魔力循環回路(マナ・サーキット)』を読んでたんだ)

 

 

 メグは自分の太ももをパンと叩いた。彼女がなぜ、丈の短いミニスカートや、胸元の開いたローブを着ているのか。それは単なるファッションではない。もちろん、自分のスタイルの良さに自信があるから、見せつけたいという気持ちもある。

 

 最大の理由は「排熱」だ。高威力の爆裂魔法を行使する際、術者の体内には莫大な魔力が駆け巡り、高熱が発生する。分厚いローブで全身を覆っていては、熱がこもって魔力回路がオーバーヒートしてしまうのだ。だから彼女は、血管や魔脈が集中する太ももや首元を露出させ、効率的に魔力を大気中へ放出するスタイルを確立している。

 

 

「普通の男なら、鼻の下伸ばして『いい足だなぁ』なんて思うだけだけど…勇者は違った」

 

 

 メグは確信していた。タチバナの視線は、確かに彼女の肌を見ていた。だが、その目は真剣そのもので、瞬きすらせず、一点の曇りもなかった。あれは、彼女の太ももに浮き出る微細な魔力の脈動を確認し、露出の理由が「冷却効率の最大化」にあることを、瞬時に見抜いた目だ。

 

 

「心臓に近い胸元を見てたのもそう。あそこは魔力のコアだもんね。あたしの出力限界がどれくらいか、外側から透視してたんだよ。…すっごい解析能力。さすが聖剣に選ばれただけあるじゃん」

 

 

 メグは、タチバナの沈黙を「高度な解析時間」と解釈した。彼が何も言わなかったのは、言葉にする必要がないほど、彼女の魔法使いとしての設計思想を完全に理解したからだ。

 

 

「君のその恰好、理に適っているね」などという野暮な称賛は不要。無言の凝視こそが、技術者同士の共鳴。そう受け取ったメグの中で、タチバナへの評価は「ただのイケメン」から「話の分かる玄人(プロ)」へと昇格していた。

 

 そして、極めつけはあのセリフだ。

 

 

『俺の背中は、お前たちに預ける』

 

 

 メグはベッドの上であぐらをかき、腕を組んで唸った。

 

 

「これよ、これ! このセリフ、魔法使いに対する最高級の口説き文句だって分かってるのかな?」

 

 

 一般的に、魔法使いというジョブは「後衛」だ。前衛の騎士たちが盾となり、後ろから魔法を撃つ。それがセオリー。魔法使いは守られる存在であり、「背中を預けられる(守ってもらう)」側なのだ。

 

 だが、タチバナは逆を言った。「俺の背中を守れ」と。それはつまり、「お前の火力があれば、俺の背後に回った敵など一瞬で消し炭にできるだろう?」という、彼女の攻撃性能に対する絶対的な信頼の証だ。

 

 

「普通はさ、『僕が君を守るから、後ろで援護して』とか言うじゃん? でもそれって、あたしの魔法を信じきれてないってことなんだよね。あたしが撃ち漏らすかもしれないから、自分が壁になるってことでしょ?」

 

 

 メグは鼻を鳴らす。過保護な騎士や、守りたがる男たちは大嫌いだ。彼女は自分の魔法が最強だと知っている。守られる必要などない。必要なのは、彼女が最大火力をぶっ放せる「射線」と「機会」だ。

 

 タチバナは、それをくれた。「背中を預ける」という言葉は、「俺は前だけを見る。後ろの雑魚はお前の魔法で殲滅しろ」という、攻撃的な役割分担の提案だ。

 

 

「分かってるなぁ…。あいつ、絶対に切れ者だよ。あたしの性格も、能力も、あの一瞬で見抜いて『お前はガンガン撃て』って指示出したんだもん」

 

 

 メグの琥珀色の瞳が、ワクワクと輝く。退屈だった世界が、急に色づいて見えた。彼なら彼女の爆裂魔法を恐れることなく、存分に使わせてくれるに違いない。「危ないから控えろ」とか「燃え広がるからやめろ」なんて細かいことは言わないはずだ。なんといっても、背中を預けてくれているのだから。

 

 さらに、退出間際の「装備受け取り拒否」の一幕。あれも、メグの目には「型破りな英雄」のエピソードとして映っていた。

 

 

「丸腰で行こうとするなんて、クレイジーにも程があるよ。…でも、あれって計算だよね?」

 

 

 メグは人差し指を立てて、空中に図形を描くように思考する。

 

 

「鎧を着れば防御力は上がるけど、重量で機動力が落ちる。あいつ、見た感じ筋力はないけど、身軽そうだった。たぶん、『当たらなければどうということはない』っていう回避特化型なんだ」

 

 

『民の悲鳴が聞こえるから鎧を着る時間も惜しい』という言葉は、確かに感動的だった。だが、メグはさらに裏を読む。あれは、王様の「覚悟」を試したのではないか?

 

 

『俺は身一つでも行く覚悟がある。では、国はお前に何を投資する?』

 

 

 そう暗に問いかけ、結果として国庫から最高級の装備を引き出した。

 

 

「最初は『いらない』って言って相手を焦らせて、最後に一番いい条件を引き出す。…うわぁ、食えない男。ただの聖人君子かと思ったら、しっかり計算高いところもあるなんて」

 

 

 メグはニシシ、と悪戯っぽく笑った。清廉潔白なだけの優等生はつまらない。少し毒があって、計算高くて、でも根底には熱いハートがある。そういう「複雑な男」こそ、解き明かしがいがあるというものだ。

 

 

「気に入った! 合格だよ、勇者様!」

 

 

 メグは勢いよく立ち上がり、ベッドの上でジャンプした。フカフカのマットが彼女の跳躍を助ける。

 

 

「あたしの最強の魔法、特等席で見せてあげる。背中? 任せといてよ。あいつに指一本触れさせないくらいの『ファイアウォール』を作ってあげるから!」

 

 

 彼女はローブのポケットから、愛用の短杖を取り出した。先端に赤い魔石がついた、アカデミー卒業制作の自信作だ。

 

 

「ふふっ、楽しみだなぁ。魔王軍? 四天王? どっからでもかかってきなさいっての。今のあたしは、勇者公認の『背中を預けられたパートナー』なんだから!」

 

 

 彼女は杖を構え、誰もいない部屋に向かって、詠唱のポーズをとった。想像の中で、彼女の放つ業火が魔物の群れを焼き払い、その中心でタチバナが涼しい顔で立っている。

 

 

『やるな、メグ』

 

 

 彼がそう言って、ニヤリと笑いかけてくる。

 

 

「へへっ、でしょ?」

 

 

 そう返す自分。

 

 

「きゃー! なんか青春って感じ!」

 

 

 メグは一人で盛り上がり、枕を抱きしめて再びベッドに転がった。彼女の胸は、これからの冒険への期待と、タチバナという「理解者」を得た喜びで高鳴っていた。

 

 まさか、タチバナが彼女の魔法理論など1ミリも理解しておらず、ただ単に「太ももがエロい」「スカートの中が見えそう」「後ろは任せて俺は逃げる」としか考えていなかったとは、夢にも思わない。

 

 彼女の天才的な頭脳は、「タチバナ=深遠な思考を持つ英雄」という前提の上に、完璧に誤った論理タワーを建設してしまっていた。

 

 その塔はあまりにも高く、強固で、そして基礎からズレているのだが、メグ本人はその「美しき誤解」に酔いしれ、最高の気分で足をバタつかせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

【一方その頃:聖剣の精霊フィリアの視点】

 

 同刻。タチバナの控え室。

 

 精霊フィリアはタチバナの隣に浮遊しながら、別室にいるメグの思考ノイズを感知し、頭痛(という機能はないが)を覚えるような感覚に陥っていた。

 

 フィリアは、目の前の主・タチバナを見下ろす。彼は今、王城のメイドが持ってきた茶菓子を頬張りながら、品のない音を立てて咀嚼し、下卑た独り言を垂れ流していた。

 

 

(へへっ、あの赤毛の子、メグちゃんだったか。あの子が一番チョロそうだな。あの短いスカート、絶対に見せてるよな? 俺へのアピールだよな? 旅の途中で『魔力切れで動けない〜』とか言って、おんぶをねだられるイベントが発生する確率は…98%と見た!)

(その時は背中にあたる感触を楽しみつつ、ドサクサに紛れて太ももを支えるふりをして…ぐへへ)

 

 

 タチバナの脳内は、ピンク色の妄想と、いかに彼女を「便利な移動砲台」として利用するかという打算で埋め尽くされている。フィリアはメグの「高尚な魔術的解釈」と、タチバナの「低俗な性的妄想」を照らし合わせ、その絶望的な乖離に溜息をついた。

 

 

【照合結果】

 

 誤解(メグ側):『露出は冷却効率のため。彼の視線は、私の魔力回路の設計思想を評価していた』

 真実(タチバナ側):『露出は俺への誘惑。俺の視線は、パンツの色を透視しようと努力していた』

 

 誤解(メグ側):『背中を預ける=攻撃特化の私への信頼。回避特化の彼との攻撃的連携』

 真実(タチバナ側):『背中を預ける=俺は戦わない宣言。俺はただの後方待機要員』

 

 誤解(メグ側): 『装備拒否=国を試す駆け引き。計算高い知性派』

 真実(タチバナ側): 『装備拒否=重いからヤダ。からの換金目的』

 

 

(…天才と馬鹿は紙一重と言いますが)

 

 

 フィリアは冷ややかな目で主を見つめる。メグという少女は、確かに魔法の天才なのだろう。だが、その天才性が「深読み」という方向に暴走し、タチバナという「無」のような存在に、勝手に「無限」の意味を見出してしまった。

 

 虚無の深淵を覗き込んだ者が、そこに自分の見たい幻影を映し出すように。

 

 

『タチバナ』

 

 

 フィリアは呼びかけた。

 

 

「んごっ? なんだよフィリア。クッキー食うか?」

 

 

 口の端に食べかすをつけたタチバナが振り返る。

 

 

『…いいえ。ただ、貴方のその底なしの愚かさが、時には天才の知性さえも狂わせる猛毒になるのだと、感心していたところです』

「はぁ? 毒? 何の話だ。俺は無害だぞ。平和主義者だ」

『ええ、そうですね。貴方自身は無害なゴミです。…周囲が勝手に貴方をダイヤモンドだと錯覚して、その輝きに目を焼かれているだけのこと』

 

 

 フィリアは、遠く離れた部屋ではしゃいでいるであろう赤毛の魔法使いに、僅かな憐憫の情を抱いた。彼女が期待する「背中合わせの共闘」など、永遠に訪れない。あるのは、タチバナが彼女を盾にして逃げ回り、彼女がそれを「私が守る!」と勘違いして焼き尽くす、混沌とした地獄絵図だけだ。

 

 

(まあ、戦力としては申し分ありませんね)

 

 

 フィリアは思考を切り替える。誤解だろうが何だろうが、メグが高いモチベーションでタチバナを守ってくれるなら、管理コストが浮く。使えるものは使う。それがフィリアの流儀だ。

 

 たとえそれが、乙女の純情を踏みにじる結果になるとしても。

 

 

『さあ、食べ終わったら装備の確認をしますよ。…貴方が横領しないように、全てのアイテムに追跡魔法をかけさせていただきます』

「げっ!? なんでバレてんだよ! お前エスパーか!?」

 

「管理者です」と短く返し、フィリアは主の耳を引っ張るように彼を立たせた。




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