トリオンエラー   作:楕楕楕円

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1話「陸平 新」

 

 

「──いってえ!」

 

 背中を打ち付けた衝撃と鈍い音で、陸平(りくひら)(あらた)の意識は強制的に叩き起こされた。

 痛みによる条件反射で、すぐさまトリオン体へと換装してしまう。着ていた服が黒いジャージから深緑のツナギへと変わった。同時に少し暗めの赤茶色の髪が床を叩く。首元は大きめの襟ですっぽりと隠れており、腕には玉狛支部のエンブレムが主張している。

 

 うっすらと目を開けた。最悪の目覚めだ。まだうまく頭が働かないまま、何が起きたのかと周囲を見渡す。

 視界に映るのは、なんの飾り気のない遠征艇の内壁。自分は床に転がっていて、真上には固そうな椅子がある。どうやら仮眠中に椅子から転げ落ちたらしい。そういえば、遠征からの帰還中だった。

 

「よお、トリガーバカ。やっとお目覚めか」

 

 聞き慣れた声に目線を上げる。頭を上げる気力はない。

 

「誰がバカだ、弾バカ」

「って、もう換装してるし。相変わらずだな、脊髄換装」

「痛みを感じたら、とりあえずトリガーオンでしょ」

「おまえのはただの癖だろ」

 

 真っ黒なロングコートを着る出水が、椅子に寄りかかってこちらを見下ろしている。

 なぜこんな隊服を恥ずかし気もなく着られるのかは謎だ。

 

「おまえはいつまで転がってんだよ。そのまま外まで転がしてくぞ」

「じゃ、出口までよろしく」

 

 寝っ転がったまま足を組み、ベルトにぶら下がったホルダーから、エスクードそっくりのカバーを纏うスマホを引き抜く。

 すかさず太ももに蹴りが入った。トリオン体なので痛みはない。

 

「どんだけ動きたくねーんだ」

 

 やれやれとこれ見よがしに首を振る出水の肩越しに、人影が全くないことに気がついた。遠征艇の狭さの割に、周囲がやけに静かだ。

 

「他のやつらは?」

「もうみんな降りてんだよ、寝ぼすけ。おれたちも行くぞ」

「ああ、もう本部着いたのか」

 

 重い腰を上げ、出水の背を追うように遠征艇を後にする。久々の広々とした空間だ。離着陸場の一段下には、まばらに誘導員が立っている。

 短めの階段を降りて、少し歩いた先にある帰還ゲートへ足を進めた。横に目をやると、脇の測定ブースで一台のモニターが淡々と数値を吐き出している。乗員のトリオン量を測定する装置だ。

 ゲートを潜った。測定器が短く電子音を鳴らす。表示された数値は“最低値”。

 変動なし。誤差なし。──問題なし。

 いつもの数字をしばらく見つめてから視線を切った。出水の背中がさっきより若干離れている。歩き出し、空気を吸い込んで大きく伸びをした。

 

「出水、明日って平日だっけ? 特別休暇余ってるしサボろっかな」

「おまえいい加減だな。医師免許ほしいから進学するとか言ってなかったっけ?」

「ボーダー推薦あるから。なくても楽勝だけど」

「ま、トリオン関係なら三門大一択か」

 

 どれくらい休みが取れるだろうかと考えながら、右手に持ったままだったスマホを点けた。

 十二月十八日、水曜日。時刻は正午を回ったところだ。

 

「ヒラ、このあと予定あんの? ないなら飯でも食ってかね?」

「お、乗った。何食う?」

 

 そのままスマホで検索しようとした指がぴたりと止まる。迅からのメッセージ通知だ。

 タップしようとすると、それを邪魔するように、通知の上にリマインドが割り込んでくる。

 危ない、忘れるところだった。

 

「そういや、こっち戻ったらすぐ帰るって言ってあるんだった。今日は無理だ」

「なんかあんのか?」

「うちに新人来てるらしい」

「玉狛に? ……と、悪い。内部通話入った」

 

 出水は耳元に手を当て、陸平から少し距離を取った。

 その間にさっき迅から届いたメッセージを開き、ざっと目を通す。新人の特徴らしき内容で、四つの短文が並んでいる。

 上から順番に、「全員中学生」「メガネくん」「白髪の子は近界民」「女の子はトリオンおばけ」以上だ。ザックリすぎる。

 文句の一つでも送ってやろうと思ったが、どうせ「あとは会ってのお楽しみ」とか言ってうやむやにされるのがオチだ。

 

 スマホを仕舞おうとした瞬間、ぐうと腹が鳴った。間違いなく食事の話をしたせいだ。

 再度画面を光らせ、宇佐美から送られている食事当番表を確認する。今日の日付には「とりまる」の文字。通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。

 

「とりまる、オレの分の昼飯も用意しといて」

『もう着いたんすか?』

「今、本部。これからそっち帰る」

『了解です。新人もいますよ。はやく来ないとサンドイッチなくなるんで』

「死守しとけって。それかおまえの分、一個くれ」

『それじゃ』

 

 プツリと電話を切られる。早急に帰る理由ができた。

 横を見れば出水も通話が終わったらしく、こっちに近づいてくる。

 

「太刀川さんから呼び出されたわ。おまえはさっさと帰れってよ」

「言われなくても帰るっての」

「なんか今から任務らしい。すぐ来いって急かされた」

「うっわー、マジか。帰還早々大変だな……」

「じゃあ、そういうことで」

「……いってらっしゃい。ブラック企業に負けんな〜」

 

 ロングコートを揺らし、小走りで扉へと向かう背中を見送った。

 警告音が耳に届く。音の方を見れば点検の終わった遠征艇が、格納庫へゆっくりと移動していた。

 出水はこれから「なにか」の任務があるとのこと──口ぶりから察するに、“任務の内容は知らされていない”。

 

(オレが近くにいたからか?)

 

 送り出した背中が完全に見えなくなってから、スマホで位置情報を開いた。レーダーで太刀川のトリオン反応を探る。

 どうやら第一会議室にいるようだ。遠征帰りの戦闘員たちが同じ場所に固まっている。随分と重要な任務があるらしい。

 ついでに本部内にいるタグ付けされた人物を目で追っていく。その中でひとつだけ、本部ではあまり見かけない反応があった。屋上だ。

 

 グラスホッパーを起動し、地下の点検用通路をさっさと飛び越えて地上に出た。止まることなく空中を一気に駆け上がる。屋上まで差しかかり、見えた人影に向かってわざと声を張り上げた。

 

「迅!」

「うおっ」

 

 勢いを殺さずに着地する。目の前の人物が一歩だけ後退り、手に持つぼんち揚の袋が揺れた。

 

「よっ、ただいま」

「なんだ新か、おかえり。おどかすなよ」

「予知で回避しろよ」

「それができたら苦労しないって」

 

 言いながら、袋を傾けて差し出された。一枚取って口にする。慣れ親しんだ味が広がり、帰ってきた実感が一気に湧いた気がした。

 陸平はぼんち揚を口に挟んだまま、さっきのメッセージを表示させ、画面を迅に向かってくるりと回す。

 

「で、これは?」

「新人の情報共有」

「絶対もっとあっただろ。適当すぎなんだけど」

「おまえの楽しみを奪うわけにはいかないからな」

 

 迅は袋に手を突っ込んで、のんきに笑っている。これ以上は言う気がない、というのが分かったのでスマホをしまった。いつの間にか口の中の香ばしい風味はなくなっている。

 

「本部にいるの珍しいじゃん。悪巧み?」

「まあ、そんなとこ」

「謎の任務で遠征メンバーみんな会議室にいるっぽいけど。なんかあった?」

「それは自分で確かめないと」

「なんだ、新人関係か」

 

 探るように一言付け足してみる。

 迅は口元に笑みを浮かべたまま、陸平の手にぼんち揚を足した。否定はしないようだ。

 

「というか、さっさと戻んないとサンドイッチ全部食われるよ?」

「おい、それをはやく言え!」

 

 手に乗った一枚を口に放り込み、陸平はその場でトリオン体を破棄──緊急脱出( ベイルアウト)した。

 

 

ーーー

 

 

 数秒後。陸平の身体は、玉狛支部の自室にあるマットの上へと投げ出された。服装は黒いジャージになっている。マットに当たった反動で、じんわりと背中の痛みを思い出す。

 横になったまま、机の上に置かれた目覚まし時計を見ようと、ぎゅっと目を細めた。ここからでは針がよく見えない。 咄嗟に頭の中で「トリガーオン」と唱えたが反応なし。まだインターバルだ。

 仕方がないので、ジャージのポケットに入れっぱなしだった黒縁メガネを取り出し、再度時計を確認する。とりまるとの通話からまだ数分。サンドイッチは無事なはずだ。

 

 わずかにじんじんとする背中を庇いながら起き上がる。

 部屋から出ると、廊下は少し肌寒い。リビングの方からは、ここからでも賑やかな声が聞こえてくる。ポケットに手を突っ込んで足早に声の方へと向かった。扉を開けると、暖かい空気が顔に当たる。

 

「あ! ヒラくんメガネだ〜! おかえり〜!」

「おー、宇佐美。ただいま」

「なんで換装するの!」

 

 宇佐美に小動物でも見つけたようなテンションで手を振られ、即座にツナギに戻った。トリオン体では視力が補正されるので、メガネは必要ない。

 

「ヒラ先輩、はやかったっすね」

 

 とりまるが横のカウンターから、サンドイッチの乗った皿を差し出してきた。

 

「そりゃ、ベイルアウトしてきたから」

「いつもっすよね」

 

 一番手前のチーズサンドを取り、口に運びながらリビングを見渡す。レイジ、小南、とりまる、宇佐美のいつもの玉狛第一メンバー。そして、机を囲むボックスソファには三人の新顔がいた。ちょうど三人がけのところに固まって座っている。

 白い髪の少年がサンドイッチから顔を上げ、目が合った。

 

「お、迅さんが言ってた人か」

 

 見た目と同様に幼なげな声が発せられる。本当に中学生かと疑うほどに背が低い。成長期はまだのようだ。

 少年はそのまま立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

 

「どうもどうも。はじめまして」

 

 少年に釣られるように他の新人二人も頭を下げた。

 小さな女の子の方は少し緊張し、顔がこわばっている様子。

 陸平は右手を軽く振って応じた。

 

「ご丁寧にどうも。こちらこそはじめまして。トリガーのことならまかせな」

 

 宇佐美がコホンと咳払いをして、手のひらで陸平を指し示した。紹介してくれるらしい。

 

「このツナギの子が陸平新、十七歳。うちのエンジニアの一人で、生身だとメガネだよ」

「生身の情報いらないだろ」

 

 持っていたサンドイッチを全て飲み込むと、陸平は正面にいたメガネの少年に視線を合わせた。

 こちらは中学生にしては背が高い。自分と同じくらいか。

 

「おまえが“例のやつ”だな」

「……え、例の?」

 

 メガネはわずかに首を動かし、困惑したように目を瞬かせている。反応自体はおとなしめだ。至って普通。

 腕を組んでじろじろと観察したあと、相手の反応を引き出すように、どこか含みを持つ表情をつくる。

 

「玉狛支部にようこそ。“無事でよかったな、メガネくん”」

 

 はっと目を見開いた少年──三雲修の顔を見て、陸平は楽しそうに笑った。

 勘は悪くないようだ。

 





ボーダー玉狛支部・エンジニア
陸平 新(りくひら あらた)

■年齢 17歳
■5月5日生まれ
■ねこ座 B型
■身長 170cm
■好きなもの:玉狛支部、トリオン技術全般、科学、話すこと


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