トリオンエラー   作:楕楕楕円

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10話「拒否反応」

 

 

 遊真たちの入隊日から数日後。派手なデビューを飾ったとウワサの新人たちの様子は、ここ数日バタバタしていてまだ見れていない。今日も陸平は大規模侵攻の対策会議のため、本部に呼ばれていた。

 

 時刻は昼過ぎ、会議の合間の休憩時間。お茶でも買ってこようと珍しく本部内を歩く。

 今はC級の合同訓練終わりなのか、どこを見ても人が多い。会議室から近場の自販機は数人が列をつくっている。

 

 いっそラボから飲み物を持ってこようかと窓枠に手をかけたところで、人混みの中でも一際目立つ人物が目に入った。

 遠くでひとつだけ不自然に高い位置に揺れる影。陽太郎を肩車した米屋だ。大方、宇佐美に頼まれて遊んでくれているとかだろう。

 

 結構距離がある。まだ会議開始まで時間があるので近づこうとすると、陽太郎のポケットからなにか小さなものがこぼれ落ちたのに気が付く。落とし物はしばらく床を転がって、壁にぶつかって止まった。

 咄嗟に内部通話を繋げようとしたが、米屋は私服でトリオン体でもなかった。仕方がないので声を張る。

 

「米屋ー! 陽太郎、なんか落としたぞ!」

 

 米屋は足を止める様子もなく、まっすぐと階段の方に進んでいく。聞こえていない。声はざわざわとした周りの雑音に飲み込まれてしまう。

 床で光っている落とし物まで近寄ると百円玉だった。陽太郎のお小遣いだ。落ちている小銭をツナギのポケットへとしまって、米屋が通った道を駆け足で追いかけた。

 しばらくして、ようやく米屋たちに声が届きそうなところまで距離が縮まる。

 

「おい、米屋。さっき陽太郎のポッケから小銭落ちて……」

 

 と、踊り場へ続く出入口を抜けた瞬間、人影とぶつかりそうになった。

 

「おっと、失礼」

「陸平……!」

 

 堅苦しい攻撃的な声が飛んでくる。目の前でこちらを睨んだのは、よく見ると三輪だ。

 目は明らかに寝てない様子のひどい隈があり、髪は全く整えられておらずボサボサのまま。一瞬誰かと思った。

 正しく相手を認識し直すと、陸平は露骨に眉を寄せる。

 

「……なんだ、おまえかよ」

 

 声が自然と低くなった。

 

「なぜおまえがこのフロアにいる……?」

「休憩だよ休憩。オレがいちゃ悪いかよ。会議があるのは知ってんだろ」

 

 陸平が投げやりに言うと、三輪の眉がぴくりと動く。

 長くなりそうだと判断し、視線を外してスマホを取り出した。

 

「近界民に肩入れする裏切り者が……!」

「それしか言えねーのか石頭」

 

 陸平は顔すら向けず、画面を操作しながら続ける。

 

「こっちはこっちでやってんだろ。おまえの都合で噛みつくな。あいつはいい奴だよ」

「何度も言わせるな。近界民は危険だ。甘い考えを捨てろ」

 

 視線だけを三輪の方へと向けた。

 

「遊真な? 正式に入隊が認められた正隊員だ。上層部の決定に文句あんなら上層部へどうぞ」

「……上層部の決定には従う。だが、あいつが近界民だという事実は変わらない」

 

 スマホをしまい、一歩前に出る。三輪も退かない。

 

「全ての近界民が危険思想の悪いやつ? じゃあきっとA型は、几帳面で真面目なやつしかいないんだろうな」

「近界民を排除するのがボーダーの果たすべき責務だ。玉狛のその考え方に、一体何人が賛同すると思っている」

 

 陸平は言葉が喉の奥で詰まった。前半はともかく、城戸派がボーダーの大多数であり、玉狛派が異分子であることは紛れもない事実だ。

 城戸がそういう方針にしたから、ボーダーがここまで大きくなったのはわかっている。当時のボーダーには圧倒的に人が足りなかった。

 近界民を“敵”とすることで組織の団結や、こちら側の人々の共通の目的を生み出す。

 本来、ボーダーは近界とこっちの世界を繋ぐのが目的だったはずなのに──。

 指先に力が入って、抑えきれずに握りしめる。

 

「……裏切ってんのはそっちだろ」

 

 誰に言うでもなく呟くように漏れた声は、米屋が手を叩く音でかき消えた。

 

「はいはい、ストップストップ」

 

 じわじわヒートアップしていく二人の間に、割るように入ってくる。

 米屋が止めてくれたおかげで、早々に切り上げられそうだ。

 陸平が体制を立て直して数歩下がると、三輪は一つ舌打ちをした。

 

「……最悪だ。よりにもよって、顔も見たくないやつと……」

「こっちのセリフなんだけど。ってかおまえ顔色どうしたんだ。換装しとけよ」

「……おまえの言うことを聞く義理はない」

「んな顔のやつがうろついてたら、周りが困るだろーが。なんだ、空気まで重くしたいのか?」

「ほらほら、おしまい。お子さまと後輩の前だから」

「後輩?」

 

 米屋に言われて、陸平はようやく周りを見た。階段下の自販機の前には、こちらを見上げる陽太郎と雷神丸。その後ろに遊真がいた。

 

「遊真、いたのか」

 

 階段を降りてちびっこたちの方へと向かう。三輪は何も言わず、背を向けて去っていった。

 

「りくひら先輩と重くなる弾の人、仲が悪いんだね?」

「ゆうま、これはおれたちにはムズカシイ問題なのだ」

 

 うむうむと陽太郎が頷きながら腕を組んでいる。

 陸平が黙ったままなので、遊真の素朴な疑問には、降りてきた米屋が軽く答えた。

 

「こいつら近界民に対する考え方が真逆だからな〜。オレが入隊した時には既にこうなってた」

 

 わざとらしくこちらを見てくる米屋に、陸平は心底疲れたと言いたげな表情をまるで隠さず、適当に腕を振ってあしらった。

 

「あいつが突っかかってくんだろーが」

「オレとしては仲良くしてほしいんだけど」

「諦めて」

 

 米屋との会話を打ち切ると、陽太郎の前へとしゃがんで、拾った百円玉をポケットから出す。

 

「ほら、陽太郎」

「うむ、くるしゅうない」

「偉そ〜に。お小遣いだろ。ちゃんと大事にしまっとけ」

 

 表情を緩め陽太郎のヘルメットをペシペシと叩き立ち上がると、米屋から声が投げられた。

 

「オレらブース行くけど、ヒラどうする?」

「会議のセッティングあるからもう行くわ。こいつらよろしく」

 

 遊真の背中を押しやって、ウエストポーチから何枚か小銭を取り出す。

 自販機でミニペットボトルのお茶を買って、会議室へと向かった。

 

 

ーーー

 

 

 会議室には三輪も座っていた。一瞬で視界から消して、陸平は宇佐美の元へ駆け寄る。

 部屋の中央に置かれた台の上で、軌道配置図用のモニターとPCを接続しているようだ。

 

「悪い、ちょっと遅れた」

「全っ然問題なし! こっちは繋げるだけだから大丈夫だよ」

「助かる。オレ、組み立てる方のモニターやっとくわ」

「了解〜」

 

 三脚を引っ張り出して、その上に液晶モニターを置くと扉が開く音がする。準備を終わらせると、ちょうどいいタイミングで迅が遊真、修、陽太郎のいつもの顔ぶれを連れて会議室に入って来た。大規模侵攻について意見を聞きたいということで、彼らが呼ばれたようだ。陽太郎は呼んでないのでくっついて来ただけだろう。

 

 他の会議室にいるメンバーは休憩前から引き続きの城戸、忍田、林藤、風間。この時間からの参加は鬼怒田、宇佐美、あとは隈の酷いやつ。ぱらぱらと中央のモニターを取り囲むように座っている。

 機材から離れて陸平が鬼怒田の横に座ると、陽太郎が雷神丸に乗っかってぽてぽてと近づいてくる。陸平の隣によじ登るように座り、雷神丸は足元で大人しく丸まった。

 

「ちゃんと米屋に礼言っとけよ」

「陽介にはあとで、あらたのおやつをわたしておく」

「自分のをやれ」

 

 腕を組むお子さまのヘルメットを小突いた。

 会議は城戸が遊真の安全を保証するという交換条件で、レプリカが情報提供を飲む。

 レプリカのデータから追加されたのは、ボーダーの遠征で地道に作った軌道配置図とは比べ物にならないほどの圧巻の情報量。遊真と父親の有吾が旅をした記録とのことだ。

 

 壮観な眺めをバックにし、議題は進んでいく。

 迅の予知のおかげで、先日の爆撃型トリオン兵と偵察用小型トリオン兵が、大規模侵攻の前触れである可能性が高いというところまでは把握している。というか、今のところ手がかりはそれと軌道配置図しかない。

 イルガーを使う国は少ないらしく、遊真の情報でアフトクラトルとキオンという国の確率が高いところまでは絞れた。

 ひとまずその二つの国のどちらかが攻めてくると仮定する。城戸の質問によりレプリカがそれぞれの国の黒トリガーについて触れ、続けてその二国を見分ける特徴を口にした。

 

『一言で言えば、頭に角があるのがアフトクラトルだ』

 

 この角というのは生まれつきのものではなく、『トリオン受容体』というトリガーを加工したものを、幼少期に脳に埋め込まれてできているらしい。その結果、常人を遥かに凌駕するトリオン能力を後天的に作り出しているという信じ難いものだった。

 

「……はあ? トリオンを人工的に増やしてんのか……?」

 

 しばし絶句していた陸平の眉間に皺が寄る。

 さらにその角とやらはトリオンの質も変化させ、挙げ句の果てには黒トリガーとの適合性を高める研究もされているという。

 

「待て待て、冗談だろ。本当にそんなのあんのかよ」

『本当だ。すでに研究から実用まで何年も経っていることが推察される』

「……トリオンの質も変えるってことは、ノーマルトリガーもとりまるのガイストみたいに使ってるってことでいいのか?」

『そういうことだ。性質上、通常トリガーも角の強化に合わせて作られているだろう』

「…………そうか」

 

 陸平は眉をひそめたまま、手の甲を口元に当てて考え込むように押し黙る。

 ガイストはとりまるの使用している玉狛ワンオフトリガーだ。あえてトリオン体の安定性を崩すことによりステータスを偏らせて大幅に強化する。非常に強力な武器ではあるが、これの欠点は短期決戦型であること。不安定なバランスのため、負担が大きすぎてトリオン体を維持できない。

 

 アフトクラトルの角はこのトリオン体のバランスを補っているのだろう。

 だが、トリオン体にかかる負担を完全になくすことなど到底不可能だ。その国がトリオン体の維持に成功しているというのであれば、構造から察するにそこにかかるはずだった負担を角で経由させた“生身の体”で肩代わりしているだけにすぎない。

 倫理観を真っ向から否定されたような不快感が胃の底で渦巻いた。

 

「あらた? だいじょうぶか?」

 

 下を向くと、陽太郎が様子を窺うようにそっと顔を覗き込んできた。

 

「なんでもないよ」

 

 ヘルメットに手を置いて軽く叩く。

 いつもの行動だったが、陽太郎への反応がわずかに遅れた。

 





●派閥
陸平の派閥グラフは、三輪と完全なる真逆に位置している。圧倒的に玉狛派。
現在はかなり落ち着いてマイルドになっているが、四年前の現ボーダー設立時辺りは陸平も三輪も荒れまくっていたため、とんでもないことになっていた。
当時を知る入隊時期早めの方々には、大変ご迷惑をおかけしました。
他の城戸派の面々とは派閥の話をしないので関係は良好です。


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