トリオンエラー   作:楕楕楕円

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大規模侵攻
13話「第二次大規模侵攻」


 

 

『新、おでましだ』

「了解」

 

 迅からの通信で短く深呼吸し、陸平はすぐさまグラスホッパーでラボから飛び出した。

 本部基地を中心に重苦しい雲が広がって、周囲が瞬く間に薄暗さで侵食されていく。

 いつも開けっぱなしになっている開発室の窓に足をかけた。同時にあらゆる場所から、けたたましくアラートが響き渡る。振り返ると、数えるのも嫌になるほどのゲートが、警戒区域内一体のあちこちで一斉に開かれていた。

 中に入って窓を閉じる。ゲートからはおびただしい数のトリオン兵が投入されていた。ひとまずスマホを引っ張り出して、レーダーを確認する。

 

「……いやいやいや」

 

 五十を超えるトリオン兵がまだ増え続けている。それらは五つの各方向に分かれて移動し、それぞれの群れが真っ直ぐに市街地へと向かっていた。

 キープアウトは確実にバレている。トリオン兵のプログラムを、本部から遠ざかるように設定されているのだろう。キープアウトは普通にレーダーには映るので、それは仕方がない。そこまでは想定済み。意表を突かれたのは、大量投下したトリオン兵──それを分散させて運用していること。

 

(もったいな……!)

 

 正直、理解できない。敵はイルガーやラッドでこの侵攻に向けた下準備を入念にしていた。そこでボーダー隊員の戦力や、防衛任務の様子などはある程度漏れてしまっているはず。分散させて使えば、うちの隊員は対処できる。

 近界民が他国と戦争する理由は大体すべて『トリオン』だ。そんな“国の大事な資源”であるトリオンを、敵は湯水のごとく消費している。成功するという裏付けがなにもない状況で、これだけのトリオンを使うなど狂気の沙汰だ。正気とは思えない。陸平には戦力の投資ではなく、自暴自棄にさえ見えた。

 

 窓の横に設置されているよく使うデスクへ腰を寄りかけて、外の状況を見ていく。

 五つの方角に分かれているため、中央オペレーターにより、それぞれの状況がタブごとにまとめられていた。西と北西は迅と天羽が担当だったのでタブごと非表示にしておく。

 しばらくは本部開発室のトラップでなんとか凌いでいる状態だったが、続々と部隊が合流している。

 大体の把握をしてすぐに、新たな情報が追加された。

 

(新型……! “隊員”を捕えることが目的か!)

 

 人型くらいで二足歩行しているトリオン兵が映し出されている。とりあえず現状報告の重要な部分は、ピックアップして迅へ回しておいた。

 コンパスで表示方式を現在地点に切り替えると、カーナビのように現在地点から次々と道を進む様子が見れる。いくつかの道は既に確定している模様。

 ジジジと耳元で短いノイズ音が鳴った。聞こえてきたのは、落ち着いた機械音声だ。

 

『アラタ、レプリカだ。侵攻の状況は把握しているか?』

「本部で確認済みだ。そっちは大丈夫か?」

『問題ない。新型と遭遇したが、アラシヤマの部隊が撃破した』

 

 レプリカは一定の速度で淡々と本題に入る。

 

『敵の意図が不明だ。アラタの意見も訊きたい』

「同感。オレもレプリカに相談したかったところだ。さすがにコスト使いすぎだろ。あっちの指揮官は相当なギャンブラーとみた」

 

 人生を賭けた勝負でもしているのだろうか。現状、破滅するタイプにしか見えない。

 

『大型トリオン兵の中に、ラービットという新型が入っている』

「さっき情報回ってきた。捕獲用だろ。風間隊が交戦中」

『これはアフトクラトルで開発されたトリオン兵だ』

「……角のとこか。じゃあ例の軍事国家だな。じゃぶじゃぶトリオン使ってるから、さぞ豊富な資源をお持ちなんでしょう」

『たった今、その新型のラービットを解析した。これ一体のコストはイルガー四体分に相当する』

「はァ!?」

 

 とんでもない解析結果に、声がひっくり返った。

 

「そんな量のトリオンぶち込んだら、この侵攻が失敗したら一発アウトだろ! リスク計算ができてないとか、そういう問題じゃない!」

 

 考えなくてもわかるほどに過剰な大博打だ。レプリカの反応を見るに、自分のトリオンのコスト感覚が大きくズレているというわけでもないだろう。

 

『リスクの件に関して言えば、この莫大な費用に対して、むこうの事前準備が丁寧すぎる。イルガーとラッドにより、ベイルアウトの存在も知っているはずだ。なのにこれだけのハイリスクな運用をしている』

「……そこがずっと気持ち悪いんだよ。まるで自分たちの目的が、“高い確率で達成できると確信している”ような違和感? 迅のSEみたいな“飛び道具”がないと説明がつかない」

 

 開いたままだったコンパスの表示を、通常状態に戻した。まだ先の未来へと指を滑らせると、高すぎる数値が並んでいる。ここにも違和感の種。

 机に手を置くと、指先が無意識にコツコツと叩くように動いた。

 

「イレギュラーゲートん時からずっとそうだ」

 

 リアルタイムで揺れ動く数値を食い入るように見続ける。

 敵から感じる行動の気味悪さは、未だに拭えない。

 

「失敗は桁違いにリスクがでかい。だったら敵には、失敗しづらいなんらかの“保証”があんのかも。でなきゃオレは絶対やらないし。迅のSE精度がやたら高いことも、それと関係あるなら結構納得感はある」

『迅の予知は本人いわく、ラッドを見てからハッキリしたらしいな』

「まあ、関連があったものを見たってだけで、直接的にラッドそのものが原因とは限らな──」

 

 自分で言って、ずっともやもやとしていた全ての違和感が、ひとつの仮定で一本に繋がった。

 違和感を言葉にしていくと、情報が整理されて頭がクリアになっていく。

 

「──そうか、最初のイレギュラーゲート! でかしたレプリカ!」

『なにか分かったか?』

「確証はないけど、やつらの飛び道具って────」

 

 言葉を全部言い終わる前に、忍田の声が放送で響いてきた。衝撃音と共に地面が大きく揺れ、陸平の体が宙に浮き上がる。レプリカの声は途切れ途切れになり、数秒後には完全に聞こえなくなった。代わりに隣の部屋から、ざわざわと不安を伴う声がうっすらと耳に入る。

 窓の外を見ると、イルガーが三体空を泳いでいた。

 レーダーを開く。一直線にイルガーの方向へと動く太刀川の反応を見て、陸平はレーダーを閉じた。あの人が行ったなら、もうこっちの心配はいらない。

 もう一度デカい衝撃があったものの、その後は数分経っても追撃が来る気配はなかった。

 

 状況の確認のため、タブの方へ画面をスライドさせると、「敵の狙いはC級隊員」との報告がまず目に飛び込んできた。南西の方の市街地ではトリオン兵が侵入している。情報源はここだ。

 修と木虎が新型を食い止めている様子だったが、ついさっき加古隊が援護に入った。今のところ住民への被害報告は出ていない。C隊員が結構キューブ化したようだが、木虎がすでに回収済み。玉狛第一も、もうすぐで修たちの元に着くはずだ。

 敵の目的はC級の捕獲。つまりトリオン能力がある兵隊がほしいのだろう。「ベイルアウトがない」というのが決め手なのだろうが。

 考えていると、ぷつりと通信に音が乗る。爆撃により一時的に不安定になっただけで、すでに正常に戻っていた。一瞬レプリカがかけ直してきたのかと思ったが、先に繋がったのは機械音声ではなくしゃがれた鬼怒田の声だ。

 

『今、雷蔵の研究室に諏訪隊員のキューブが到着した。おまえも様子を見てこい』

「了解」

 

 本部内だが、構うことなくグラスホッパーでショートカットして研究室へ向かった。まだ一般職員が非常経路を使って避難している。流石に訓練で慣れている様子で、綺麗に列をつくり順調に進んでいた。

 走る人たちの頭上を追い越しながら、その途中でレプリカへと通信を繋ぐ。

 

「レプリカ、さっきは途中で切れてごめん」

『そっちは無事か?』

「本部は問題ない。悪いけど、先にやることができたから、またあとで」

『承知した。またなにかわかったら連絡を入れよう。ラービットの解析データはアラタの端末に送っておいた』

「OK、助かる。こっちもちゃんと確証得てから、改めて連絡する。じゃ、気をつけて」

『そちらもな』

 

 レプリカとの通話を切り、突き当たりの角にもジャンプ台を設置した。速度を保ったまま左へと方向転換する。あとはこのまま真っ直ぐ進めば目的地だ。

 わずかにコンパスへと視線だけを落とす。

 

(やつらの飛び道具は、迅のSEにかなり影響を与える。あのSEは大規模侵攻において最重要情報。現状、あれを一番理解してるのはオレだ。これはオレがやるべき仕事)

 

 しかし、この仮定はあくまでも、「こう考えれば全ての辻褄が合う」というだけだ。結局、確証がない。とりあえず、できる限りの“網”は張っておこう。確かめなければいけない。

 

 最初のイレギュラーゲート、そのラッドを誘導から外すために使われた“黒トリガーの数値”はラボでかき集めておいた。敵が同じ黒トリガーを使用すれば、エネルギーの周波数で同じものを突き止められるようにもしてある。ここ一ヶ月の準備が活きた。

 ボーダーの戦力も事前の根回しも、五年前のあの時や四年前の大規模侵攻とは違う。

 陸平は研究室の数歩手前の床に着地し、勢いのまま扉を開けた。

 

 

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