陸平は廊下から研究室へと滑り込む。中には見知った顔が数人。台に置かれたキューブの前では雷蔵がモニターを動かしている。おそらく、このキューブが諏訪だ。
陸平は雷蔵の手元にある画面を覗き込むように近づいた。
「諏訪さんどう?」
敵の目的は隊員の捕獲。仮にもっと別の目的もあるにしろ、これだけのコストをかけている以上、諏訪はほぼ確実に無事であると踏んでいた。でなければ、わざわざキューブ化する意味がない。
「これが諏訪ね。正しい解き方をしなきゃ戻らないっぽい。ただ、その解き方がわかんない」
「じゃあ総当たりしかないじゃん。オレいらないじゃん」
「そういうこと」
雷蔵が端的に説明した。総当たりを人間がやるのは時間的に無謀だ。擬似的にトリオンを再現したコンピューターによって、超高速で何通りも試してみる他ない。相手は玄界の科学をよく知らない。だからこそ、科学的アプローチが有効だ。科学の技術を組み合わせれば、解き方が判明するのもそこまで時間はかからないだろう。しかも、こっちには超優秀な特別顧問がついている。
スワイプするような指の動きで、先ほどレプリカにもらったデータを雷蔵のモニターへと転送した。
「うちのから新型の解析データ貰ったから、ついでに入れとくわ」
「お、ファインプレー。これでかなり絞れる。そいつに礼言っといて」
「伝えとく」
せっかく寄ったのでスマホのケーブルを接続させ、キューブの状態を見てみる。かなり頑丈そうだ。
「キューブ化っていうからてっきり“無加工”にしてんのかと思ったけど。ちゃんとロックされてんのか。どんだけ一体にコストかけてんだよ」
「これわざとキューブにして開け方わかんないようにしてるね」
トリオンというのは、なぜか無加工状態だと必ずキューブの形になるという、よくわからない特性があった。原理は謎だ。とにかく全てがキューブになる。
手に持つスマホがピロンとなった。戦況を見ると四人の近界民がゲートで転送されてきたらしい。まだ例の黒トリガーを使った形跡はない。これは普通のゲートだ。
コンパスの最初の青いタグまではまだ時間がある。青いタグはその全てが、中でも特に高い数値だ。
ケーブルを元に戻して、雷蔵の斜め後ろの席へと足を進める。
「ちょっと雷蔵さんのサブPC借りていい? 網作んなきゃだから」
「網? まあ、いいけど。あんま勝手にショートカット増やすなよ」
「あとで戻すって」
数分間、雷蔵PCで工作をしたあと研究室から出た。スマホを取り出し、トリオン反応からタグ付けされたお目当ての人物を見つけ出す。どうやら休憩スペースにいるようだ。
陸平はグラスホッパーを起動し、目的地へと駆け抜けていった。
ーーー
数メートル先、自販機が置いてある休憩スペースの一角。ソファで眠っているアイマスクの男を捕捉した。よく見る隊服の姿ではない。ソファに足が入り切らず飛び出したまま、仰向けの状態で寝ている。
陸平はグラスホッパーを消し、その場から距離を詰めながら拳銃を撃った。こめかみ辺りに電波マークが立ったのを確認し、スマホを操作しながら近づく。
「おい、起きろリーゼント。仕事の時間だ」
「……んあ? アラタ?」
当真はアイマスクをズラして、のんきにあくびをした。まったりと数秒伸びをしてから、やっと上半身を起こす。
「よく、さっきの揺れで寝てられるな」
「迅さんに待機するよう頼まれてたんだよ。で? 俺は何すりゃいいんだ?」
「換装して」
気の抜けたトリガーオンの声と共に、目の前の男が見慣れた赤と黒のジャージに変わる。すぐにいつもとの変化に気づいたらしく、目線を寄こした。
「なんかイーグレット増えてね?」
「マーカーだけで撃てるように改造したイーグレットが入ってる。こっちで指定してる黒トリガー使いに付けてほしい」
「マーカーだけっつーことは、威力がねーのか」
「アステロイドと同時に撃つ仕様を取っ払ってるから、バッグワームつけたまま撃てるよ」
当真は両足を床に下ろして、片眉を跳ね上げる。
「マーカーはずして普通にイーグレットで撃った方がはやくね?」
「そいつの黒トリガーがちょっと特殊で、威力があると仕留めきれない可能性が高いんだ。だから確実に情報の増える一発がほしい」
「敵の位置情報がうめーって話?」
「もちろんそれもあるけど、一番でかいのは迅のサイドエフェクトがもっと当たりやすくなるかもってことかな」
「へ〜、そりゃ責任重大だ」
「そんで条件が三つある」
陸平は指を三本立てたあと、人差し指だけを残した。
「一つ目、そっちでやることがあるならそっち優先でOK。あくまでサブクエスト的な感じで」
折っていた中指を戻して二本にする。
「二つ目、マーカーは黒トリガー使いの気付きにくい位置に付けてほしい。そのための威力なしだ」
最後に薬指を立て、再び三本の指が揃った。
「三つ目、ついさっき即席でつくったから弾が一発しか出ない」
陸平が腕を下ろすと、当真が「なるほどね」と口の端を吊り上げた。もう少し時間をかければ直せる問題ではあったのだが、意味のない試みだった。なぜなら使用者がこの男だからだ。
「つーわけで、絶対に外すな」
「当然」
「まあ、いざとなったらイーグレット再生成すれば弾ごと復活するから」
「やらね〜よ」
心外だ、と言わんばかりに足を組むNo.1狙撃手。彼にとっては不要の言葉だったようだ。
「こっちである程度出現しそうな場所絞ってるけど、これに縛られなくていい。見つけたら勝手に狙って」
「了解〜」
スマホがアラームのベルのような音を立てる。例の黒トリガーが出現した時用に設定していた音だ。最初のイレギュラーゲートの反応と、その黒トリガーの反応の完全一致を確認。間違いなく、同一のものだ。
「獲物が来た。オレ情報収集しとくから。あとはよろしく」
「はいよ」
当真に軽く手を上げて、休憩スペースから離れる。最初に使っていたデスクまで戻ろうと足を動かしながら、視線はスマホに落とす。
黒トリガーは南に出現していた。直前までB級合同部隊と出水、米屋、緑川が合流し、人型近界民を撃破している。その人型近界民の撤退に黒トリガーが使われたようだ。
コンパスを見ると、青いタグはすでに確定している。確定時刻とこの撃破時刻がほぼ同時だ。
黒トリガーのエネルギー位置を確認し、一番近くにいた米屋に通信を入れる。
「陸平だ。さっきそっちでゲートみたいなトリガー見なかった?」
『お、ヒラ。敵の撤退で開いたやつか?』
「それそれ。なんか気づいたことあったら教えて」
『チラッと見えたけど人型は黒い角の女だったな。不意打ちで攻撃来たけど、出てくる時に音が鳴ってたから、警戒しとけば避けんのは難しくねーと思う』
「……あのトリガー攻撃もできんのか。情報ありがと。あとは視界データ貰ってくから大丈夫」
返事をすると、返ってきたのは米屋の声ではなく、ひどいノイズ音だった。
「ん? 米屋ー?」
ノイズ音がしばらく流れた後、無理やりコンセントを引き抜いたかのように、ブチッと音を立てて通信が切れる。
通信機能を確認すると、通信室で管理されている出入り口等も全て使えなくなっていた。
(……通信室の機材トラブル? 砲撃があったからそれの影響か?)
陸平は即座に足を止めて引き返す。先ほどの一時的なものとは違い、原因が不明だ。とにかく通信ができない状態の放置はまずい。機能不全の通信室をそのままにしていれば、基地全体の指揮系統が死ぬ可能性がある。陸平に動かない選択肢はなかった。
廊下の先の通信室目掛けて、惜しみなくジャンプ台を生成していく。避難も終わっており、誰もいない長い道の真ん中を突っ切った。もう通信室は見えている。
目的地の少し前で着地すると、いきなり通信室の窓ガラスが砕け散ちり、飛び出してきたデスクが廊下の壁にぶち当たった。破片が周囲にばら撒かれ、中から叫び声と何かが壊れる音が絶え間なく鼓膜を叩く。遮るものがなくなった窓枠から中の様子が見えた。
「おい! 全員無事か!?」
机の上の機器がほとんど破壊されており、一時的に職員がその場にしゃがみ込んでいた。状況に混乱して動けていない様子だ。何人か崩れたデスクや機械の隙間で倒れている。今は通信機器類が壊れているせいで、上からの指示も届かない。
「全員トリガー起動して退避! 避難場所まで走れ!」
陸平が叫ぶのと同時に、部屋の奥で影が揺らめいた。形が定まっていないが、おそらく人だろう。余裕たっぷりと形が変わっていき、それは人型となった。
現れた背の高い黒マントの男がにたりと口角を上げる。風間隊が戦っていた人型近界民だ。
──頭には、L字型に伸びた細くて黒い角。
「お、なんだ? 戦えそうなやつが出てきたな?」
男が床に散らばったモニターのガラス片を踏んで、黒いマントの裾が翻る。その動きだけで場の空気が掌握されたように錯覚した。
どうやら網に引っかかったのは、こちらだったらしい。
「……おいおい、なんでこんな所に人型がいるんだ。勘弁してくれよ」
念のために通信は繋げたものの、何度呼びかけても応答はない。
●陸平のトリガーセット
【メイントリガー】
グラスホッパー
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【サブトリガー】
シールド
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陸平のトリガーセットはそのトリオン量の低さから、
そもそもセットできるトリガーが左右ひとつずつの改造ホルダーとなっている。