トリオンエラー   作:楕楕楕円

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16話「ワープ女」

 

 

 ツノ男のいる広間から離れると、 陸平のホルダーからアラーム音が鳴る。また例の黒トリガーが使われた。

 訓練室のモニタールームへと移動して椅子に全体重を預ける。一気に緊張が抜けた気がした。室内には堤もいて、諏訪と笹森のサポートに回っている。

 

 ひとまず陸平は生身へと戻った。先ほどの左腕の怪我を簡単に手当する。陸平がトリオン体に換装し直した頃には、諏訪隊がツノ男を訓練室へと誘い込むことに成功していた。

 今も画面の中で怒り狂っている男の情報共有をした後、端末で他の様子も確認するように腕を動かした。

 

 通信室で下敷きになっていた職員は三名おり、一人は重傷、二人は間に合わなかった。

 南西部の迅と遊真は人型近界民と交戦中。とりまるに連れられ、本部を目指していた修、千佳、C級隊員の元にも、つい先ほど人型近界民が出てきたようだ。

 その人型近界民の出現時刻は、青いタグが確定した時刻と同時だ。こいつはゲートを使用せず、わざわざ米屋の言っていた“女の黒トリガー”でやってきた。

 ザッと音を立てて通信が入る。レプリカだ。

 

『基地に侵入した黒トリガーは問題ないか?』

「ちょうどさっき諏訪隊が訓練室に閉じ込めたとこ。もうこっちに来れそうか?」

『これから修が基地へ向かう。なにもなければ、十分もかからないだろう』

「基地の入り口にロックかかってんだっけ?」

『そのようだ』

「とりあえず先に解除しとくか。あー……結構かかりそうだ」


 

 今は基地内に人型がいるため、ひとまず修復用のプログラムを走らせたが、処理バーの進みは想定していた以上にもたついていた。

 

『基地についたら私も解析に参加する』

「助かる。それなら全然間に合うスピードだ」

『玄界の技術を用いている部分の修復を優先的に頼む』

「了解」

 

 手短に要件だけ済ませ、通信を切った。

 対策会議での迅の話によると「修と千佳が本部基地まで入ること」が、大規模侵攻での重要なターニングポイント。

 赤いタグまでの道のりは、もう残り少ない。

 

 

ーーー

 

 

 仮想戦闘モードは解除されたが、スライム男の黒トリガーが、気体にも変化するというのが判明する。

 作戦室からまさしく直行で忍田が到着し、弱点のダミーを増やしまくっていた男は、全てのダミーを破壊された。最後は隠密組で決着する。

 敵のトリオン体が破棄されたことを確認し、陸平が開けっぱなしになっていた扉から訓練室へと入った。室内は床のあちこちがひび割れて深い亀裂ができており、剥がれ落ちた壁と混じっている。

 陸平は忍田の方へ片手を上げながら歩み寄った。

 

「おつかれさま」

「新? 出てくるなんて珍しいな。どうした」

 

 忍田が視線を一瞬だけ寄越して、すぐに正面に戻した。

 

「ツノ男を撃破した。ということは、黒トリガー女の“お迎え”が来るはず」

「ああ、人型の撤退に使われた空間転移の黒トリガーか」

「その黒トリガーが、おそらく迅のSEが見えすぎ問題の原因」

 

 陸平にも拳銃型のスタアメーカーがある。優秀な網があるとはいえ、隙があれば早々に付けてしまいたい。

 菊地原と歌川が生身のツノ男を捕縛しようと、逃げ場を奪うような位置どりで間合いを詰めていく。

 ほどなくしてスマホのアラートがなった。

 

 追い詰められていた男のすぐ横の空間に穴が開く。繋がった空間の先には、短い二本の黒いツノを生やした女が立っていた。中の様子から、向こうの遠征艇から繋いでいるように見える。

 陸平は銃に手をかけるが、ここから気付かれずに撃つことは容易ではなさそうだ。左手に持っていたスマホでイレギュラーゲートと黒トリガーの完全一致を確認する。一応本人がいるので、アラーム音は切ってマナーモードに切り替えた。

 

「回収に来たわエネドラ。派手にやられたようね」

「チッ……! おせえんだよ!」

 

 男が悪態を吐きながら女が伸ばした手を掴む。薄く笑みを作る女の目は、妙に冷えていた。

 

「あら、ごめんさいね」

 

 突き放したような声と共に、わずかなエネルギーを察知してスマホが振動した。その数秒後、男の左腕が突如空中に現れた棘のような攻撃によって切り落とされる。

 男は声を張りあげた。血を必死に止めるように腕を押さえているが、抵抗も虚しく切断面からは大量の血が流れ落ちて床を赤くする。周囲の隊員たちのどよめきが聞こえた。

 

(……なんだ? 仲間割れ……?)

 

 陸平も理解が追いつかないまま表情に戸惑いが滲んでいた。

 男は女の方を凝視し、怒りと驚愕が混じったような顔をしている。

 

「てめえ……どういう……、ミラ……!」

「はっきり言って、あなたはもう私たちの手には余るの」

 

 “ミラ”と呼ばれた女はひどく落ち着いた様子で、諭すように理由を述べる。最初からこうすると決まっていたとでも言うような口ぶりだった。

 女の手には黒トリガーだけが残り、切り落とされた腕が淡々と床に転がる。

 

 女は黒トリガーだけを回収していった。さっきの攻撃は腕から黒トリガーを外すためのもの。ならば次は──。

 

 もう一度、スマホの振動が伝わった。やばい、と陸平が思った瞬間、訓練室に銃声が響く。

 咄嗟に陸平は拳銃を引き抜いて、腕を抑える男にアステロイドを発砲していた。無意識で体が動いてしまった。その後のことなどはまるで考えてない。

 

「……ぐあっ!」

 

 短いうめき声を発し、男の身体が壁まで転がっていく。

 間一髪で女からの釘からは逃れた。生身に刺さっていたら確実に死んでいる。女の攻撃は、的確に心臓部を狙っていた。

 男は壁沿いにぐったりと倒れ込んで動かない。顔は苦痛の表情で歪んでいた。白い部屋の中で、腕からは鮮血が止まることなく流れ落ち、地面に大きな楕円をつくっている。

 

 沈黙を破ったのは、カメレオンで血まみれの男の前に現れた菊地原だ。

 右手を振り上げ、前頭葉から伸びる左角目掛けてスコーピオンを下ろした。静まり返る部屋にトリガーがぶつかる音だけが耳に届く。

 

「はい、陸平先輩」

 

 菊地原はなんでもないように折れた片角を拾い上げ、陸平に向かって放り投げた。

 

「ナイス。綺麗に折れてんじゃん」

 

 陸平は空中で掴んだ黒い角を、女に向かって見せつけた。

 

「割り込んで悪いね。うちが欲しいのはこれだけだから。お仲間の死体はご自由に」

 

 女の瞳がこっちへ向いた。口元だけが淡く笑みを浮かべている。

 

「いいえ、結構よ。手間が省けたわ」

 

 女は冷ややかな目で血まみれの男を一瞥すると、空間に浮いていた穴は中心へ潰れるようにして縮んで消えた。

 今まで撃破された人型近界民は全て撤退している。女はボーダーのトリガーに安全処理があることなど知らないだろう。

 換装を解いて迷わず救急用のポーチのベルトを外す。ドサリと足元にポーチを落としてからツナギに戻った。床に転がっているポーチを拾うと、目的地の方にいた菊地原と目が合う。

 

「あの人が内部通話でやれって言いました」

 

 菊地原が陸平をまっすぐと指差して申し立てる。

 

「やれとは言ってない。お願いしただけ」

「協力してあげたんだから、よっぽどいい見返りがあるんだろうね」

「なんか考えとくって。助かったよ」

 

 ツノ男の方を見たまま、血溜まりまで近づいてしゃがみ込んだ。

 隣の菊地原が釣られるように床を見て、露骨に嫌そうな顔をする。

 

「血、やば……。そいつ生きてんの?」

「ギリ生きてる。すぐに止血すれば助かるかもくらい」

「助けるんだ」

「貴重な情報源」

「あー、はいはい。そうですね」

 

 菊地原が陸平から視線を切って、倒れる男へと顔を動かした。

 少し離れた場所で諏訪の方に指示を出していた忍田が振り返り、陸平に告げる。

 

「救護班が来るまで、その人型近界民の対応は新に任せる」

「了解」

「風間隊は新のサポートを頼む」

 

 陸平はポーチについていた細いベルトを抜き取りながら、声だけ投げた。

 

「菊地原はそこの落ちてる腕持って、救護班呼んできて。止血終わったら運ぶから念のため戻ってこいよ」

「さすがに飛んだりしないから」

「歌川はこいつの所持品外して。女の黒トリガーには位置情報のマーカーがあるはず」

「了解です」

 

 倒れる男の周囲はすでに真っ赤だ。女が死んだと思うのも無理はない。血が出すぎている。このままでは普通に失血死だ。

 時刻を確認してから男の上腕を締め上げる。一通り応急処置をすると早々に救護班がやってきた。

 

 全ての引き継ぎを終わらせ、怪我人が運ばれていくの見送ると、当真からの通信が入る。

 すでに他の隊員は持ち場に戻っており、荒れている訓練室には陸平と大きな血溜まりだけが残されていた。

 

『アラタ〜。ワープ女の位置情報送ったぞ』

「有能」

『ついでにサカナで防御してたやつにも付けといたぜ。情報の増える一発だ』

「なんかフレーズ気に入ってんな」

 

 月見経由で送られてきた女の位置情報を開く。宣言通り、タグが二人分増えている。

 ひとつは依頼した黒トリガーの女。もうひとつは動物トリガーの男だ。

 

「そっちの戦況は?」

『今すっげ〜停滞中。こりゃもう下のサカナ男には撃てねえな』

 

 当真の気の抜けた声を聞きながら、スマホのウィンドウを上下分割で二画面にした。記録された時間と位置を、情報共有されているタブと照らし合わせ遡っていく。

 現在、女のせいで屋上のスナイパー部隊は完全に押さえ込まれている状態だ。マーカーを見る限り、女が屋上から移動した形跡はない。

 

『ワープ女にマーカーつけりゃ、迅さんの予知が当たるんだっけか?』

「たぶんね。……オレの予想が正しいなら、そいつ厳密にはワープ女じゃないんだよ」

『ワープ女じゃないってなんだよ。じゃあ、なんだってんだ?』

 

 陸平の視線がほんの数秒スマホから外れ、言葉を探すように動いた。

 

「んー……、タイムトラベラー?」

 

 スクロールの指が止まる。裏付けとなる、お目当ての情報が見つかった。もう間違いない。女は黒トリガーで“別の場所”に移動していたのではなく、“別の時間”に移動していた。

 タイムパラドックスは起きないだろう。未来視への強い影響から考えて、これは起こるべくして起こった“折り込み済みの未来”だったということ。結末は、大規模侵攻が“始まる前”から決まっていた。

 

『…………はあ?』

 

 少し間が空いて、通信機から理解を拒むような声がした。

 





ミラはギリシャ語で運命。


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