トリオンエラー   作:楕楕楕円

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17話「分岐点」

 

 

「あれは空間の移動だけをしてるんじゃない。時間の移動もしてる」

 

 陸平が通信越しの当真に言い放った。声は確信めいている。 

 

『なんで空間移動が時間移動になんの?』

「敵が“本当に”空間を移動できるなら、必然的に時間も移動できるはずだ。この二つは“切り離せない”」

『ん〜……つまり?』

「今度一緒に算数のお勉強しような。それじゃ」

 

 絶賛戦闘中の当真との通信を早々に切って、間髪入れずに忍田にへと繋げた。

 

「忍田さん、迅のSEが見えすぎている原因がわかった」

『新か。なんだった?』

 

 忍田と話しながら救急セットをツナギのベルトに引っ掛け、荒れた訓練室を出る。

 

「結論から言うと、女の黒トリガーの本質は空間転移じゃなくて時間跳躍だった」

『…………待て、どういうことだ』

 

 通信から困惑した声がする。

 

「迅の未来視は、“起こりやすい未来”ほどはっきり見える。でも敵の黒トリガーが時間跳躍だとすれば、過去から未来の“すでに確定した情報”が混ざってくる。迅はその情報を断片的に得ていた。だから数値が不自然に高かったんだ」

『にわかには信じ難いが……時間跳躍という根拠は?』

「そう考えないと不審な点がありすぎるんだよ」

 

 一歩また一歩と、誰もいない長い廊下を進みながら話し続ける。

 

「まず第一に、敵のリスクが高すぎること。この侵攻が失敗すれば一発アウトのコストを注ぎ込んでる。しかも敵は本国の守りを捨てて、遠征に黒トリガーを四本も投入してんだろ。なんも保証のない中でここまでのリスクを背負うなんてのは考えづらい」

 

 大規模侵攻開始直後で感じていた違和感だ。

 これが本当に保証のない投資であるならば、敵は博打打ちとしか言いようがない。

 

「その二、女の黒トリガーはとんでもなくトリオン消費が悪い。最初のイレギュラーゲートの解析で、オレも本部もレプリカも黒トリガーだとほぼ断定して結論づけたのは、エネルギーの出力が“桁違い”だからだ。すぐに計算してみたけど、千佳クラスのトリオンでも同じことをするのは数十回程度が限度。すぐにトリオンが枯渇する。ただ空間を移動するだけなら、さすがにこんな量のトリオンが必要だとは思えない」

 

 スイッチボックスのショートワープや、テレポーターのような仕組みでも空間を移動すること自体は可能だ。

 しかし、女の黒トリガーは今まで見てきたトリガーの中でも相当な消費量。敵の使っていたトリガーは軍事国家と言うだけあり、どれもこれも度肝を抜くほどにはコストがかかっていたが、それと比較してなお規格外だ。

 

「その三、動物トリガーの男が、こっちにくるのに“わざわざ女の黒トリガーを使ってる”。こんだけコスパの悪いトリガーだ。本当に空間転移だけの性能なら、トリオン節約のために普通にゲートで送るべき」

 

 極論、ゲートと同じことができるのならばゲートでいい。現に他の人型近界民はゲートで送られてきていた。デメリットは誘導されて警戒区域に出現するというくらいだろう。しかも、男が現れたのは警戒区域内だ。ゲートを使わない理由がない。

 理由がない以上、男はゲートでは来られなかった可能性が高い。別の空間ではなく、別の時間のどこかからやってきた。

 

「まあ、ここまでなら推測だけど、決定的なのは当真さんがつけてくれたスタアメーカーだ」

『位置情報で、時間跳躍がわかるのか?』

「情報共有用のタブと位置情報を照らし合わせたんだ。狙撃地点が抑えられてた時、女はレーダーでは屋上から動いてないのに、同時刻に他の場所に出現していた瞬間がある」

『……なに?』

「別の時間から移動してきたツノ女だ。だから侵攻中、あの女は二人いた」

 

 とりまるの視界データを確認したので間違いない。狙撃部隊が女と戦っている真っ最中に、ガイストを使用中のとりまるの前に現れた。双子の可能性を考えるならば、全く同じ黒トリガーも二つあることになってしまう。

 

「そもそもなんで女の黒トリガーは、ずっと本部基地の出入口前を陣取ってるんだ?」

『敵の狙いはC級隊員と雨取隊員のようだが』

「まあ、そうだろうね。こっちの対策会議でC級と修と千佳は基地に戻るように指示されてる。だから敵からしたら、基地で待ってれば勝手に獲物が集まってくんだよ。完璧な配置だ」

 

 そう、完璧すぎる。

 

「でもこの配置って、敵が事前にその情報を知ってないと成立しなくないか? 屋上にはうちの優秀なスナイパー部隊がいる。なのに、遮蔽物がない狙撃に晒され続けるリスクのある基地前から動かない。むしろ狙撃地点を押さえてまで、あの場所を取りに行ってる。普通なら、他の場所に移動した方が楽だろ」

『……たしかにな。狙撃リスクよりも、その場を離れる方が敵にとっては不利益だったと考えるのが自然か。やつらは最初から時間跳躍トリガーによって、三雲くんが必ず基地に向かうと知っていたと?』

「たぶんね。どさくさで送り込んだラッドとかで過去から見てたんじゃない? カメラ付いてたし。最初のイレギュラーゲートも、未来の情報を得るためのものっぽいしな」

 

 陸平は誰もいない廊下で、窓際の壁に寄りかかった。

 

「以上、報告終わり。女の時間跳躍はすでにアラートで何度も確認できてる。相手のトリオンにもよるけど、もうそこまで連発はできないはず。仕組み的には重力捻じ曲げてんじゃないかな。空間と時間を歪めるには重力がいるし、女が浮遊してるから。鬼怒田さんに解析してもらえば、もっと詳しくわかると思う」

『わかった。時間跳躍トリガーのデータは鬼怒田さんにも共有頼む』

「了解。今送った」

 

 通話切り、鬼怒田に情報を送ったついでに、レプリカへもさっきの忍田との会話記録を投げる。

 たとえ全てが決まっていたとしても、今この瞬間に行動するのは自分だ。未来は今の自分たちが動いた結果。やることはなにも変わらない。

 

 もうすぐ修が基地に着く頃なので、レーダー反応を追った。すでに本部のブロック塀まで到着している。修のそばにはレプリカがおり、本機は修の元に、子機は入り口と遊真、そしてなぜか三輪の付近にもいた。

 どうして三輪のところに? と疑問が出てくるが、さらに気になる反応を見つける。

 

(風刃……! こいつになったのか……)

 

 三輪と同じ位置に風刃のタグがついている。対策会議の時、迅が三輪を推薦していたのは見ていたから知っていたが、実際に受け取っていたようだ。

 

 そこまでで思考を打ち切るようにスマホの画面を切り替える。そろそろ入り口の解析が終わってるはず。解析状態を見るが、順調に進んでいた進捗バーが勝手にエラーを吐いて処理を中断していた。

 再度接続しようとしても、接続エラーが表示される。一向に連動する気配はなく、入り口付近にいたレプリカの子機の反応も消えていた。機器ごと壊されたらしい。

 

 移動中に確認したコンパスの赤いタグはすでに確定していた。だが、その真下の道にはまだ数本の線がある。予知の確定がはやいだけで、まだ少し猶予はあるはずだ。

 

(今から入り口を修復しても間に合わない。扉の装甲をできるだけ取っ払って、レプリカに攻撃してもらった方が早いな)

 

 すでに見える位置に来ていないかと窓を開けて外の様子を見ると、人型近界民二人と交戦している人物が目に飛び込んでくる。

 誰かが走って基地に向かっていた。黒いラービットのうしろを、通り抜けるように走る青い隊服──修だろうか。

 青い隊服の少年は女の釘のような攻撃で捉えられ、身動きが取れなくなった。

 

 なにかわかる情報がないかと、スマホのカメラで捕らえられた少年をズームにする。やはり修だ。右腕にキューブ、左腕にレプリカを抱え込んでおり、動けないように縫い止められている。

 動物トリガー男の放った鳥の群れが、修を目掛けて飛び立った。周囲には三輪しかいない。

 咄嗟に三輪へ通信を繋げようとした瞬間、────修が換装を解いた。

 

「────っ!?」

 

 陸平は息を呑んで思わず一歩下がる。一気に血の気が引いた。同時に真下から床に叩きつけるような硬い音がする。スマホが落ちた。

 共有情報によるとあの動物トリガーはトリオンにしか効かないらしい。

 

(理屈はわかるが、この状況でやるのはまずいだろうがっ……!)

 

 陸平の時とは前提条件がなにもかも違う。あれは事前にシールドで攻撃位置を把握していたからできたことだ。

 修の近くに敵は二人。動物トリガー以外にも女がおり、あいつにも不意打ちに近い攻撃手段がある。生身で凌ぎ切れるわけもない。死と隣り合わせだ。さっき見た、仲間割れの光景が脳をよぎる。

 

 陸平は急いで窓枠から身を乗り出した。そこそこ距離がある位置から、動物トリガーの男が修の方へと一直線に飛び出し、急速に接近しはじめる。トリガーでは効果がないから、直接攻撃する気のようだ。

 見える範囲に修を援護できる者はいない。ついさっきまでいた三輪姿もなくなっている。おそらく女のトリガーで飛ばされた。

 

 すぐさましゃがみ込んで、修を守れる戦闘員をスマホのレーダーで探る。現状、修を助けられるであろう距離にいるのは、遊真と三輪の二人だけ。

 陸平には当真にもらった正確な位置情報がある。速攻で送ろうとするが、少し前に確認したレーダーで、遊真だけじゃなく三輪の付近にもレプリカの反応があったことを思い出した。

 ならば位置情報は送るまでもなく問題なく受け取れる。優秀な彼ならば、すでに送っている可能性まであった。今が一番大事な時、ダブる情報を送る必要はない。

 

(考えろ。今この状況で、一番欲しい情報はなんだ。オレには何ができる? オレの持ってる情報は?)

 

 振り返るように思考を巡らせると、大規模侵攻直前にラボで迅と話していたことが頭の中でこだました。

 ──メガネくんは大きな未来の分岐点にいる。おまえも協力してやって。

 

「……分岐点」

 

 陸平はコンパスを外し、親指で蓋を弾いて床に置いた。

 赤いタグ──すでに確定済みの、二つの大きな分かれ目へ続く道。おそらくこれが、修の生死を分ける分岐点。迅が未来視で見た時点で、この道筋は決まっていたのだろう。

 そこまで情報を整理して、陸平は目を見開いた。

 

 迅の予知は侵攻前からずっと“見えすぎている”。女の時間跳躍トリガーによって、分岐に続くまでの行動の揺らぎが完全に消えているからだ。ならば──、

 

(分岐までの残り時間を、秒単位で特定できる……!)

 

 迅の予知の確率、時間跳躍による因果の確定、スタアメーカーの位置情報による敵の正確な距離と移動速度。これまでの戦いで必要な情報はなにもかも揃っていた。

 これはもう可能性ではない。正真正銘の予知だ。未来の情報は、敵の黒トリガーによって“物理現象”となった!

 

 手早くドラゴンのアイコンへと全ての数字を突っ込んで、瞬時に吐き出された結果を遊真と三輪の視界に表示させた。止まることなく動く数字が秒刻みで減っていく。時間がない。今は一秒が惜しい。

 陸平の切羽詰まったような声が狭い廊下に反響した。

 

「遊真! 三輪! 敵が修に到達するまでのタイムリミットだ!」

 

 ──未来の分岐点まで、あと十一秒。

 

 

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