トリオンエラー   作:楕楕楕円

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18話「三雲 修②」

 

 

 本部基地前、敵の遠征艇に繋がった空間の目前で修の動きが不自然に止まる。女のトリガーで攻撃されたようだった。

 残り五秒。動物トリガーの男が修の間近まで迫った時、C級からの援護射撃、三輪と遊真の攻撃が命中。

 敵はトリオン体に大きなダメージを負い、そのまま艇へと撤退していった。

 

 敵が去ったあとの空は抜けるように青く晴れて、日の光が降り注いでいた。黒く覆われた雲なんか、最初からなかったんじゃないかと思うほど。

 すぐに迅から「もう外に出てもいい」と通信が入り、陸平は廊下の窓からグラスホッパーで倒れる修まで一直線に飛んでいく。

 

「おい、修! 聞こえるか!」

 

 声をかけるが、反応はなし。

 修は入り口から続く短い階段のすぐ手前で、大量に血を流してうつ伏せに倒れ込んでいる。腹部の右側、左の太もも、右腕に十円玉程度の貫通した穴が空いていた。

 呼吸はある。死んではいない。

 

「基地前に一名の重症者。先に止血するから救護班寄越して」

 

 一方的に通信を入れて、止血の最優先は腹部だ。ポーチから引き抜いたガーゼを腹部に押し当て、両手で体重をかけながら強く圧迫した。

 一通り止血を終えるたところで、基地の反対側から二人の影が駆け寄ってくる。C級の女子を一人引き連れた米屋だった。

 

「米屋、ちょうど良かった。担架通れるくらいまで入り口こじ開けといて。壊れてる」

「マジか。わかった」

 

 扉の方に向かう米屋の横から、C級女子が慌てた様子で近づいてきた。腕には大事そうにトリオンキューブを抱えている。

 

「メガネ先輩! だいじょぶっすか!? チカ子見つけてきたっすよ!」

「え、千佳……?」

 

 C級女子の発言に、陸平は耳を疑った。

 

「メガネ先輩に言われて、隠してたチカ子探してたっす!」

 

 必死に訴えかけるように手に持っていたキューブを見せられる。

 修が走り出した時に抱えていたキューブが千佳だと思っていたが、ならば彼女が持っているはずがない。

 ぞわりとした冷えに近い感覚が背筋を伝う。修が命懸けで持っていたのはダミーだ。

 

「ヒラがいんならこっちは心配いらねーよ。そいつ救急員でもあるから。キューブさっさと解析班に回しちまおう」

「了解っす!」

 

 米屋が無理やり開けてくれた扉には、大人二人分は同時に通れるくらいの隙間ができている。数分も経たずに、担架を持った二名の救護班が駆けつけてきた。手際よく修が移される。陸平は立ち上がり、邪魔にならない位置まで離れた。

 

 自分の力量を理解しているのに止まれないのは、意思ではなく強迫に近い。それは気がついていた。

 だが、彼はまだ中学生でボーダー隊員としての歴も浅い。陸平は心のどこかで、修の性質を「後先考えずにとった衝動的な行動である」と見積もっていた。それが間違いだ。

 

 修は千佳のキューブを直接守っていたのではなく、その手段として“嘘に真実味を持たせるため”に自分の命を賭けている。衝動ならばそこまで考えて行動はできない。ならばこれは、ちゃんと自分で考えた結果だ。

 それは、生き延びるという人間なら誰しも必ず持っている本能が、彼の中にあるルールを下回っているということ。生存本能という根源的なストッパーが完全に壊れている。

 

 修の精神構造ははっきり言って異常だ。今まで見てきた限り、こいつは人のためにしか動けていない。おそらくは自分の存在価値をそこに置いているのだろう。自分の中にあるルールが非常に強固で、彼自身がそこから“逃げられない”ようにさえ見える。だからどんなに勝ち目が薄くても、それが無謀だとわかっていても突き進んでしまう。

 

 ────三雲修は、いつ死んだっておかしくない。

 

 気がつくとすでに修は基地の中に運ばれていた。力づくで強引に押し開けられた隙間から、担架が遠ざかっていくのが見える。

 陸平はその場で、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

ーーー

 

 

 日が沈み出してきた頃、病院をあとにして、遊真、迅とレプリカを捜しに基地周辺を歩いていた。

 スマホを持ったまま先頭を歩いていた陸平が足を止める。

 

「最後に途切れたレーダー情報によると、この辺りのはず」

 

 荒れ果てた放棄された住宅地は歩きにくく、進む道を邪魔するように剥がれたコングリートが立ち塞いでいた。足場はグラグラと不安定で、踏みしめるたびに細かい破片やガラスのような音がする。

 

「う〜ん、こっちにはいない」

 

 遊真が床に重なったコンクリートを持ち上げる。

 後から知った情報によると、レプリカは大規模侵攻時に敵の艇を強制的に帰還させるため、艇へ直接乗り込んだそうだ。視覚情報で確認したら敵の攻撃により機体を真っ二つにされていた。今はその半身を捜している最中だ。レプリカの安否を解析するためには、遊真の持ち帰った子機だけでは心許なかった。

 陸平の視線がスマホから迅へと移動する。

 

「迅、見えたか?」

「本体のレプリカ先生はもうちょい歩いたとこだな」

 

 そう言って陸平の持っているスマホのレーダーの画面を押した。現在地のすぐ先に赤いピンが刺さる。 

 

「悪いけど、おれはこのあとやることがあるから、先に帰るね」

「うん、ありがとう迅さん。助かったよ」

 

 迅が来た道へと引き返し、遠ざかっていく。終わってからずっと、見るからに気落ちしている。

 

「え〜と、りくひら先輩この辺り?」

「視界に捜索範囲入れとくか」

「お、いいね」

 

 遊真がポケットから出したイヤホンを装着したのを確認してから、視界に円形の範囲が映るようにした。

 陸平も同じように視界に表示させて、自分も両手を使えるようにすると、足元のアスファルトを剥がして下を覗き込む。

 

「できれば今日か明日中には見つけたいな。明後日から一週間は予報だと雨だ」

「そっか、じゃあ急がないとな。オサムが目を覚ます前にレプリカが無事か確認しときたいし」

 

 言いながら、遊真は周辺をひとつひとつ調べていく。

 

「オサムのことだから、レプリカがいなくなったの、自分のせいだって気にしそうだからな〜」

 

 遊真は務めていつものように振る舞っているように見えた。

 

「オレにも本部の方にも、レプリカの解析データは提供してもらってるから、本体さえ見つかればかなり詳しく調べられると思う」

 

 レプリカの供給元のトリオンは、遊真ではなく黒トリガーそのものだ。おそらくは、もともと彼の父親からトリオンが供給されていた名残だろう。

 レプリカの補助が黒トリガーの設計に組み込まれており、彼自身も黒トリガーの機能の一部であると言ってしまって差し支えなかった。

 だから黒トリガーの供給さえ途絶えていなければ、レプリカはどれだけ遠くにいようと生きているはず。そうに違いない。

 

「お、いたいた。りくひら先輩、レプリカ見つけたよ」

「そっちか。じゃあ、安否確認しとくから、一旦預かるぞ」

 

 遊真が半分になったレプリカを、瓦礫の隙間から拾い上げた。細かい砂で真っ黒なボディが所々白くなっている。

 機体についた砂を払い除けながら遊真が歩み寄ってきて、深々と頭を下げられた。

 

「ではでは、レプリカをよろしくおねがいします」

「まかせな。宇佐美にもこっちで連絡入れとくから」

 

 宇佐美が先行して遊真の持っていた子機の方で調べてくれているので、本機が見つかったと手短にメッセージを送る。

 手渡されたレプリカは、随分と軽くなっていた。スマホをしまって、手の中のレプリカへと目線を落とす。

 

「……次の遠征の時、レプリカも捜してくるからあんま落ち込むなよ」

 

 ぽつりとつぶやいた言葉に、遊真はわずかに首を傾ける。

 

「りくひら先輩は、次も遠征メンバーなの?」

「遠征艇は狭いからな。役割が複数あると選抜されやすいんだよ。乗員の削減」

「へぇ、エンジニア以外の仕事?」

「乗員の健康管理とか、トリオン測定で異常がないかとか見てる。研究内容が医学系だし。それにプラスで艇のメンテナンスとかもできるって感じ」

「ほう、お医者さん係なのか」

「お医者さんとはちょっと違うんだけど、あとは念のための応急処置係みたいな」

 

 昔はベイルアウトがなかったのもあって、エンジニアではなく救護班に入ろうと思っていた。傷の手当てなどには慣れている。

 

「基本的に外出ないから問題ないけど。それでも大抵のエンジニアとか救護班は、トリガー全然使い慣れてないからな。上としては、あんま他のやつ連れて行きたくないんじゃないか」

 

 遊真がなるほどと、納得したように頷く。

 

「でも、心配しなくても大丈夫だよ。その頃にはおれたちも、チームで一緒に遠征に行くから」

 

 当然だとでもいうような笑みを向けてくる。遊真の後ろから差し込んでくる陽の光が眩しくて、陸平はたった数秒も直視できなかった。

 

「あんまうちの隊員ナメんなよ。そんな簡単にA級に上がれるほどランク戦は甘くないからな」

 

 言って、陸平は遊真と別れると、ラボの方へと足を進めた。

 

 三雲隊──修と遊真と千佳で遠征で選抜されるためA級隊員を目指すチーム。現段階でこのチームが遠征に行くのは危険だ。

 千佳の膨大なトリオン量は、どんな国も欲しがる資源。遊真は自分の人生に頓着がなく、修は自分が決めたことを文字通り死んでも守ろうとするようなやつだ。

 遊真以外は明らかな実力不足でもある。千佳がB級に上がるのはまだ先になるとは思うが──。

 

 問題は千佳のトリオンは正直言って反則級。ランク戦に一人だけ黒トリガーを持ち込んでいるようなものだ。なんの技術がなくても、しばらくはただ上から爆撃しているだけで勝ててしまう。

 遊真もこっちのトリガーに慣れたら、さらに手がつけられなくなりそうだ。おまけに彼らには迅のバックアップが付いてくる。ストレートで今シーズンにA級に上がってくる可能性も全くないとは言い切れない。

 

 そこまで考えて、左手に持っていたレプリカの半身をそっと握る。

 頭の中で、基地前に倒れ伏す修の姿が離れなかった。

 

 

ーーー

 

 

《第二次大規模侵攻について》

2014.1.21

 

【経緯】

・1月20日、軌道配置図および迅隊員のサイドエフェクトを気象データに照らし合わせ、本日か明日の侵攻の確率が高いという情報あり。至急、非番の隊員含め各隊員へ通達を行った。

・1月20日、昼過ぎ頃、敵のトリオン兵が大規模侵攻開始────

 

【被害報告】

・民間人 死者0名、重傷0名、軽傷21名(すべて避難中の転倒・衝突による二次被害)

・ボーダー 死者2名(すべて通信オペレーター)、重傷2名、行方不明41名(すべてC級隊員)

・近界民 死者0名、捕虜2名(うち1名は意識不明の重傷)

 

 

【論功行賞】

●特級戦功

 

●一級戦功 

・加古隊 南西部地区から基地へ避難するC級隊員を援護。市街地に侵入したトリオン兵を撃破し、後続するトリオン兵の市街地への侵入をゼロに抑えた。新型撃破数5。

 

●ニ級戦功 

・木虎藍 南西部地区から基地へ避難するC級隊員を援護。加古隊を援護し、後続するトリオン兵の市街地への侵入をゼロに抑えた。新型撃破数2。

 





【おまけ:原作との分岐設定などのメモ】
他にも相違がありますが、特に大きいものだけ。

・原作描写や設定からの推測で、ミラのスピラスキア=時間跳躍トリガーとしています。ミラの窓が開いている時は迅にはっきりと見えている。そのおかげでボーダー側の隊員配置が異常に的確だった。未来視が無かったら詰んでいる。

・キープアウトの存在でイレギュラーゲートが機能しないので、最初のラッドはスピラスキアで送り込まれた。これによって原作よりも確定情報が迅の予知で見えやすくなっている。アフトクラトル側は自分たちの目的を確実に果たすために、未来の情報を得て部分的に因果を固定しにいっているという設定。勝敗はそれ以前に決まっている。

・前提としてキープアウトがあることにより、迅がさりげなくC級隊員が市街地に出ないように誘導しているので、事前に対策会議の時点でC級や修と千佳を基地へ向かわせるように指示が出ている。結果、民間人の被害を大きく減らすことに成功したが、警戒区域内での戦闘が多くなったことにより、C級隊員の行方不明者が増えてしまった。

・今日か明日に侵攻があるかもの通達を受け、加古さんがドライブを中止→南西部に早い段階から加古隊参戦→木虎キューブ化を回避、という流れがある。これによって南西部の市街地への侵入を食い止めた。

・雷蔵も通達によって出勤。レプリカの解析もあり、諏訪さんの復帰までの時間が短縮されている。

・エネドラは陸平が咄嗟に撃ったことにより一命を取り留める。15話でエネドラが陸平をベイルアウトさせていた場合、トリオン体が破棄されるので拳銃が生成されない→スタアメーカーをつけられないので陸平は訓練室に入らない→エネドラ原作通り死亡、となっていた。きっかけは陸平だが、選んだのはエネドラ。現在は意識不明。

・陸平からの当真への依頼はミラへのスタアメーカーのみだが、当真自身の機転によって魚避けゲームの最中にハイレインにもマーカーを付けている。相手にワープ使いがいると知っていたので、逃げられる可能性が高いと考え、情報を増やす判断をした。間違いなくMVP。

・「侵攻中にミラが二人いる」に関しては、根拠がとりまるガイスト時に現れたミラと、米屋が言ったセリフのみ(9巻P84)。米屋の「今は」という発言と、狙撃組の相手をしていたはずのミラがいる場所が遠征艇であることから、「この時のミラは同時に二人いる」という可能性を強く示唆していると考えられます。スピラスキア=時間跳躍トリガー説の補強として強すぎるので、とりあえず本作では二人いることにしました。ハイレインがこのシーンの前後で屋上のミラに「予定通り待機だ」「上はラービットに任せて下りて来い」と言ってるので、基地前で待機中のミラはハイレインの指示があるまでずっと屋上にいたと思われます。


次回、一章最終回です。


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