「迅さんから、なにか聞いてるんですか……?」
陸平が素直なリアクションに笑っていると、メガネの新人が真面目な顔で、探るようにこちらを見た。疑問系だが、核心を持ったような声だ。
「まあね」
しれっと肯定する。
いつまでも突っ立っている新人をソファに座らせ、サンドイッチを頬張るちびっこ二人を指差した。
「そっちの二人のことも知ってるぞ。白い方が近界民で、女の子がトリオン多いんだろ?」
「ほお、おれたちのこともご存知で」
メガネ以外の情報はさっきのメッセージが全てだ。
自分も座ろうとソファの背もたれに手をかけると、その隣に座っていた小南が身を乗り出してきた。ガタンとソファが音を立てる。左腕が引っ張られて、身体を大きく揺さぶられた。
「新まで知ってたの!? なんであたしには、新人のこと教えてくれなかったのよ!」
「おまえ絶対、張り切って出迎えようとして空回るだろ〜が!」
未来視なんてなくても、舞い上がって一人で突っ走る小南の姿が目に浮かぶ。
「あの……」
アホ毛の女の子がおずおずと声をあげた。
雨取千佳──迅から「トリオンおばけ」と聞いている子だ。それだけ言うなら、サイドエフェクトが発現するラインは超えているのだろう。
「先輩は、どうやって遠征メンバーに選ばれたんですか……?」
「どうやってというか、オレは本部の指示で乗ってるだけだ。なんだ、ちびっこは遠征に行きたいのか?」
目の前の一人掛けソファに腰を下ろして、新人の方へと体を向ける。
女の子が口を開く前に、メガネの新人が端的に事情を説明してくれた。
どうやら失踪した友人と兄を探すため、遠征に向かうことが目的らしい。そのために三人でチームを組んだということだ。
「なるほどな」
再びサンドイッチを手に取って、背もたれに深く腰掛ける。
「ただ乗りたいだけなら抜け道は結構あるけど、誰かを探しに行くなら戦闘員として目指した方がいいよ。じゃないと遠征艇から出してもらえないからな」
「先輩に怪我でもされたら困りますからね」
「そんなヘマしないっつの」
右隣に座ったとりまるにじろりと視線を送り、自分の口にサンドイッチを突っ込む。後輩のくせに遠慮というものが一ミリも感じられない。
でかい影が近づいてきて、テーブルの皿からサンドイッチを取っていった。さっきまで後ろのカウンターで立ったままお茶を飲んでいたレイジだ。
「しっかり訓練を積めば、選抜入りもそう遠くない。雨取ほどのトリオン能力があれば、ランク戦でも上に行ける素質は充分だ」
「へ〜、レイジがそんな言うほど? 逸材じゃん」
「そうだ。千佳ちゃんのトリオン量、ちゃんと出しとこうと思って測定器持ってきたんだった」
小南のひとつ奥で宇佐美がゴソゴソと自分の鞄を漁って、無骨なトリオン測定器を取り出した。簡易型の測定器ではなく、本部で使っている本格的なものだ。
千佳に宇佐美の前へ座ってもらう。接続用ケーブルを持たせ、電子音が鳴った。同時に宇佐美が「おお〜!」と声を上げる。
思わず身を乗り出す。小南も数値が気になったようで、測定器を覗き込もうとしている。宇佐美は、ふふんと上機嫌に笑うと、陸平と小南に向かってくるりと手元を回して画面を見せた。
「はあ!? やばすぎる! ファンタジーだろ!」
「黒トリガーレベルじゃない!」
ほぼ同時に叫んだ。表示された数値は、あまりにも“規格外”だった。
小南の肩を押し退けて測定器に手を伸ばすと、宇佐美が察してデバイスを渡してくれた。受け取って机に置き、設定をシミュレート画面に切り替える。次々と千佳の数値を当てはめていった。
「……あー、これは、測定器改良しないとダメだな」
「なんで? ちゃんと数字出てるよ?」
白い方のちびっこ──空閑遊真が不思議そうな目を向けた。
「ここまでのトリオン量を想定した測定器じゃないんだよ」
ケーブルを自分で握る。画面には見慣れた最低値。
「測定器は基準値から離れるほど誤差が大きくなる。だからそのちびっこのトリオン、実際はもっと多いよ。定規じゃ山は測れない」
「え!? これより多いの!? マジでどうなってんのよ……」
小南は千佳のほっぺをひっぱりながら、顔をじっと見つめていた。新人はされるがままだ。
レイジがコップをカウンターテーブルに置き、測定器に視線を落とす。
「正確には測れるのか、新」
「黒トリガー用に調整した設定があるから、それならマシだけど、これも正確じゃない」
測定器を引き寄せて膝に乗せる。そのままいじりながら、白い頭に声を投げた。
「おまえのとこでの測定技術って精度どうなの? なんか知ってる?」
「それなら、おれの相棒に訊いた方がはやいな」
遊真が手を前に出すと、左手の指輪からにゅーっと、黒いものが柔らかく変形して姿を現す。そして浮遊したまま、陸平の正面までスライドするように移動してきた。
『はじめまして、私はレプリカ。遊真のお目付役だ』
「測定方法より、断然面白そうなもん出すなよ!」
目が輝く。膝の上の物体をとりまるに放り投げ、レプリカと名乗るトリオン兵に掴みかかった。気分はクリスマスの朝だ。
「なにこのトリオン兵! おまえが動かしてんの!?」
「違うよ。レプリカは自分で考えて喋ってるよ」
「自律型!? こんな高性能なやつ見たことねぇぞ!」
ひんやりとした機体を手元で回転させ、逆さにする。軽く握り、角度を変え、表面をなぞる。見た目よりも装甲は堅そうだ。
『あとでいくらでも観察させよう。測定法だが──』
「あ、そうだった。ちゃんと気が済むまで見せろよ! ──で、どうやって測ってんの?」
パッと手を開き解放すると、少し離れてから空中で体勢を立て直した。
『近界での測定は主に2種類ある。キューブの大きさで測る方法と、実際の攻撃から出力を測る方法だ』
「あんま精度高そうじゃねーな」
『その通り。近界ではこれが限界だ。戦闘に必要な精度は足りているため、それ以上は求められていない。むしろ、こちらの世界の測定器の方が精度は断然高いと言える』
「まあ、オレがつくったんで」
「へえ、これ先輩がつくったのか」
遊真が顔を傾けて計測器を覗き込む。
「こっちではどうやって測ってるの?」
「ざっくり言えばさっきのキューブの方法だな」
陸平は右手にトリオンキューブを出した。両手で包めるくらいの大きさで、ゆっくりと回っている。
「シューターの出すキューブの大きさが、使用者のトリオン能力とリンクしてんだよ。それに気づいて、キューブの体積から、その結果に合わせてこっちでの基準をつくってる」
「たいせき?」
「このサイズの小さいキューブが、中にいくつ入るかってので表すのが体積」
キューブの全体がバラッと細かく崩れる。集まった角砂糖のようなそれを一つ指で摘んで、遊真の目線の高さまで持ち上げた。
「キューブの大きさを、玄界の測り方でより細かく比べてるって話ね。だからうちの計測器のが精度いいんだろ」
「ほう……?」
嘘は言ってない。それだけではないが。
話の区切りでキューブが消え、陸平がレプリカの方へ目線を飛ばす。
「そっちの攻撃の出力から測定するのも、“この攻撃の出力なら、キューブがどれくらいの大きさになるか”ってのを基準にしたもんだと思うよ。こっちのも全部そうだから」
『おそらくそうだろう。他のやり方は、私の知っている限りでは見たことがない』
「じゃあ、この方法のままじゃ、精度向上は期待できそうにないな。別の方法で探ってみるしかないか」
「ふむ」
遊真が宙に視線を投げ、顎に手を当てた。何やら考えている。
「細かいトリオン量の測定ってそんな重要? 大体分かってれば、あっちでは特に問題なかったけど」
「こっちでの必要性はかなり高いな。トリガーの最適化や訓練なんかでも使える。全部の基準だ。それにトリオンの出力ってのは使用者の体調や環境でもかなりブレるし」
「え? トリオンの出力って一定じゃないんですか?」
反応したのは修だ。目を丸くしている。
「トリオン器官は見えないだけで臓器だぞ。身体の一部だ。毎日絶好調なやつなんていないだろ」
「確かに。それは納得できる」
遊真が腕を組んで、うんうんと頷く。
今までで一番腑に落ちている様子。感覚派寄りなのかもしれない。
「体重とかと同じで、毎回少し違うんだ。あくまでも、その時の数値でしかない」
「あんまり体感なかったけどブレがあるんですね……」
「だから、トリオンのMAXを測るってのはあんま意味ない。大事なのは日頃どんだけ“ブレるか”だ。そうすりゃ、普段と違う時にそれが“異常だ”ってのが分かるだろ?」
そこまで言うと、修がギョッとした顔でこちらを見た。
「えっ……! 体調管理とかもトリオン測定で出来るってことですか……!」
「お、正解」
少し頭の固そうな印象だったが、思っていたよりも察しがいい。
『なるほど。測定器の精度が高いほど、健康状態などトリガー以外の分野にも応用できる』
「そーいうこと。オレの専門はそっちだから。特に必要なんだよ」
トリオンというのは“正しく”解析できない。今測ってるキューブの大きさも、本質のごく一部。だから測定器の精度の更なる向上は今ある重要な課題のひとつだった。
「そっちのちびっこの場合、トリオンの桁がでかすぎて、その“ブレ”がわからないんだ。これじゃ測ってる意味がない」
トリオン怪獣を指差す。突然話が飛んできて驚いたのか、千佳は背筋を伸ばし、アホ毛もピンと立ち上がった。
「というわけで、おまえはしばらくトリオン体でいろよ。ひとまず黒トリガー用に調整したやつで誤差ない状態を設定するから」
「……ご迷惑をかけて、すみません」
申し訳なさそうに小さい身体をさらに縮こませるその姿は、膨大なトリオン量に反して、どこまでも普通の女の子だった。
陸平は自分の口元を手で覆うように隠す。
「ほんと困るな〜。こういう今までのやり方が通用しない時が、一番やる気出るんだから」
手の隙間から見える口元は笑っていた。
「……えっ」
「素でこんな量のやつ見たことないし。絶対試作とかつくった時、もろもろ付き合わせるからな」
「……! ……わたしで役に立てるなら、ぜひ協力させてください」
「言ったな! あとでやっぱなしとか言うなよ!」
「ほら、先輩。いつまで持たせるんすか」
「ん?」
横のとりまるから、ずいっと測定器を手渡された。なぜか手元にないと思ったら、こいつが持っていたらしい。
「この人はこういう人なんだ。言っただろ、変わってるって」
「おい、とりまる。オレのことなんて説明した?」
「頼りになってかっこいい、尊敬してる先輩って紹介しました」
「ダウト」
後輩の適当な発言を聞き流しながら、スマホで測定結果のログを取る。本体は宇佐美に返した。