20話「種」
修が病室で目覚めてから二日後。
陸平はネクタイのないブレザー姿のまま、林藤の部屋へズカズカと入り込んだ。形だけデスクに座って、のんびりとタバコを吹かしている林藤の前まで詰め寄る。
読まなくてはいけない資料が積み上げられているぐちゃぐちゃのデスク。そこに音を立てて両手をついた。
「で、千佳をB級に上げるのが決定したと?」
「なんで俺はこんなに詰められてんの?」
びっしりと吸い殻が詰まった灰皿に、林藤は無理やりタバコをねじ込んだ。
遊真と修の分の戦功で、千佳がB級に昇級する話が上で進行していたらしい。
修はまだ療養中なものの、新シーズン開始に間に合ってしまった。千佳にベイルアウトを持たせるべきなのは全くもってその通りではあるが、こんなに早く上がってくるのは想定外だ。
「会議で正式に決まったことだ。上層部での決定だからな」
強調するように林藤が魔法の言葉を口にする。これを言われてしまったら、陸平は最終的には従わざるを得ない。
「千佳にベイルアウトを持たせるべきってのは賛成だけど、まだ基礎ポイント集まってない状態でB級上げんのはどうなの?」
「なに、やけに食い下がるね。なんか企んでる?」
「ただの意見じゃん。これは千佳だけじゃなくて、修もそうだ」
修を訓練室で見た時もB級の動きとは到底思えなかった。二人とも真面目でコツコツと地道に成長している。B級ともなるとボーダーの主力。基本ができているなんてのは当たり前。だからこそ基礎の経験は大切だ。
陸平は机を叩いた拍子に肩からずり下がった通学用バッグをかけ直す。
「ボスが提案したの? それとも迅になんか言われた?」
ほぼ確定で玉狛第二が遠征に行けるように暗躍しているであろう男の名を出した。
「いや、発案は鬼怒田さんだ。迅は本部では見てないよ。あいつが鬼怒田さんに根回ししてるかもしれないけど、俺は知らん」
「へえ」
「本当に知らないって」
疑いの目を軽くいなされた。
「自由に動いた方がいい」と言い出したのは迅だ。言われなくてもこっちは好きにやらせてもらう。
遠征に行くための条件は明確。ランク戦で勝ち上がれなければ、選抜試験を受けることさえできない。
B級だって上に行くほど、実質A級みたいなやつらがゴロゴロいる。いくら千佳のトリオンが黒トリガー級と言えど、使っているのはまだまだひよっこ。一筋縄ではいかないだろうし、そちらは手を打つ算段がある。
むしろ現状、誰よりも厄介で、最も対処しなくてはいけない相手は迅の方だ。
どのみち、なにか迅を牽制できるような対策は考えておく必要がある。
林藤へと目を向けると、こちらの思惑はお構いなしといった様子で、積み上がっている書類を一枚手に取っていた。
「まあ、遠征に行かせたくないっていう、新の気持ちもわかるけどね」
「……なんだ、気づいてんのかよ」
「何年見てると思ってんだ」
腹の探り合いでこの人に勝てる気がしない。
マイペースに仕事をはじめた林藤に、陸平は諦めるように背を向けた。
「ん? もういいの?」
「他当たるからいい」
「そうか。頑張れよ〜」
応援してるんだかしてないんだか。カチッとライターの付いた音がして、すぐさまタバコの匂いが充満していく部屋から撤退した。吸ってなくてもタバコの匂いが染みついた部屋ではあったが。
さて、どうする。今日は一月二十九日。B級ランク戦の新シーズン開始は二月一日だ。残り二日しかない。
自室へと戻って流れるようにベッドに転がり、スマホを取り出して通話を繋げた。
「鬼怒田さん、オレ今回の褒賞金いらないからひとつお願い聞いてよ」
『そういうわけにはいかんだろうが!』
咄嗟にスマホを遠ざけたが間に合わず、鬼怒田の声が頭にキーンと響いた。
耳に当てなくても、まるで隣にいるかのような臨場感だ。
「千佳は遊真と修の戦功でB級に上がったんだろ」
知らないとは言わせない。提案したのは鬼怒田だという話だ。
林藤からの情報であることは察しがついたのか特に反論はなかった。
陸平はさっそく本題へと入る。
「本部に正式採用してほしいトリガーがあるんだ。さくっと試作で通してよ」
玉狛第二(主に千佳)が規格外ならば、周りの隊員をもっと強くすればいい。
そのために用意していたのが、新トリガーだった。
『そんな裏道使わんでも、新規開発トリガーとして申請すればいいではないか』
「最初はそうしようと思ってたんだけど、上層部の決定で事情が変わったんだよ」
遊真に頼まれていたレプリカの解析が終わってからは、これのために新トリガーの準備をしていた。あまり時間はなかったが、ひとまず申請できるまでは詰めてある。
『普通に申請せんか。問題がなければ普通に通してやる』
「微調整が終わってないからそこは追々するけど、採用の規格はばっちり守ってるって。むしろめっちゃ低コスト」
玉狛第一で使ってるワンオフトリガーはひとつひとつのコストが大きく、量産できない。一方、本部のトリガーは規格化されており継戦維持能力やコスト重視だ。
申請にはチーフ全員と開発室長の審査と充分なテスト運用が必須。試作トリガーとして試験的に採用してもらうのが一番手っ取り早い。
「じゃ、プレゼンさせてよ。チーフ全員が首を縦に振ったらすぐに試験運用してほしいって条件で」
通話越しに短い溜息の後、気乗りしてなさそうな声がした。
「……十七時半開始、いつもの会議室だ。そこ以外は取れん」
現在時刻は十六時ごろ、約一時間半で準備しろということだ。
「OK。楽しみにしてて」
ベッドから起き上がり、PCの電源を入れながら陸平は電話を切った。
二時間後──時計が十八時になると同時に会議が終わる。
プレゼン会議は滞りなく進み、条件付きではあるが、新トリガーの試験採用が一週間後の二月五日に決定した。
ーーー
同日、アポを取って陸平が向かったのは諏訪隊の作戦室。
扉が開くと、棒付きキャンディーの袋を持ったままの小佐野がゆるく手を振りながら出迎えてくれた。
「お、ヒラくんいらっしゃい。アメいる?」
「もらう」
陸平が右手を出すと袋が傾けられ、転がるように赤色のものが一本乗った。
「え、こんだけ? もうちょい」
「一本じゃ満足できないか。しかたない、持ってけ泥棒〜」
「ごめん。流石にこんなにはいらん」
手のひらから落ちそうなほど山盛りに乗せられた飴のほとんどを袋に返し、残った三本をツナギのポケットに入れた。
小佐野にどうぞどうぞと促されるまま、陸平は作戦室入ってすぐにあるソファへと座る。目の前には牌の片付けられた麻雀卓が置いてあり、それを囲むように右には堤、左に笹森、対面には諏訪が座っている。
「わざわざアポまで取ってなんの用だ?」
諏訪が前のめりになって手を組んだ。タバコを口にしているが、トリオン製なので煙は出ていない。
「諏訪隊には大規模侵攻での借りがあるからね。ということで、お礼の品」
陸平が見せつけるようにウエストポーチから取り出したのは一般的なトリガーホルダーだ。それを笹森の正面、本来ならば手持ちの牌が並ぶであろう位置に置いた。
「はいこれ、プレゼント」
「えっ? オレにですか?」
「そ。新しくオレの作ったトリガーが入ってる。他の隊員はまだ誰も知らない未知のトリガーだ」
笹森は「おお……!」と表情を輝かせて、トリガーホルダーを受け取った。すぐに換装していいものかといった様子で、そわそわと目を忙しなく動かしてこちらを見てくる。
──なんか、結構喜んでもらえてるっぽくて普通に嬉しい。
「ちなみにそのトリガーの正式採用日は二月五日な。だからシーズン一発目の試合じゃ使えない」
「ちょうど一週間後ですね」
トリガーホルダーを片手にウッキウキな笹森をちらりと見た諏訪が、陸平に釘を刺すように言った。
「なんのトリガーか知らねーけど、俺たちに手助けする形になっていいのかよ。おまえんとこの新人と当たっても手加減してやんねーぞ」
「もちろん。潰す気でよろしく」
陸平の発言が意外だったのか、思っていたよりも本気のトーンで言ってしまったのか、諏訪隊の面々がキョトンとした表情になる。
全員が同じタイミングで似たようなリアクションをしていて、なんだか笑ってしまった。
仲がいいチームほど、ふとした反応が自然とシンクロしてる瞬間が多い。
咳払いをして笑ったのを誤魔化しつつ、陸平は意識してなるべく柔らかめの声を出した。
「みんなは昨日、ボーダーで記者会見やってたの見た?」
言いながら自分でも、世間話の導入すぎるなと思った。だが、諏訪がこちらの新人を気にかけるような発言をした原因はこれだろう。
ボーダーからメディアに向けた、大規模侵攻での結果報告。陸平はテレビ越しに生中継を見ていたが、療養中のはずの修が画面の中にいて、本当に訳がわからなかった。
急な記者会見のワードに、いち早く反応したのは堤だ。
「ああ、見てたよ。まさか玉狛のメガネくんが出てくるとは思わなかった」
「へぇ〜、記者会見とかあったんだ。知らんなあ」
「おサノはもう少しニュースを見ようか」
修が流れで世界に向けて『遠征』について暴露していたので、どこにチャンネルを合わせても今やその話題で持ちきりだ。
その証拠に陸平がスマホを叩いて「記者会見」と検索すれば、修が映ったサムネイルの動画がずらりと並ぶ。
「ほら、このマスコミに演説してるやつがうちの新人」
一番上のサムネをタップして動画を流す。小佐野がソファの肘掛けに手をかけて画面を覗き込んだ。
「おー、そっちの新人くんやるねえ」
マスコミに「どう責任をとるか?」と問われ、真っ直ぐ「取り返しに行きます」と言い放つ修が映っていた。だからニュースを見たすべての人が、修は遠征に行くのが目標であると知っている。
修はチームを組んだ当初から行く気満々ではあったと思うが、これでさらに逃げられなくなったわけだ。
「あいつらはさ、本気で遠征目指してんだよね。……強くなってもらわないと」
修と千佳はまだB級レベルに達していない。圧倒的に経験不足だ。これから積むとしても、メディアで大々的に取り返しに行くと宣言している以上、今シーズンで遠征選抜を取りに来る。シーズン終了は四月だ。つまり、残りたった三ヶ月。あまりにも時間がない。
──修は記者会見で言っていた。運命の分かれ目は、こちらの都合とは関係なくやってくると。
(……けど、どう行動したって実力がなかったら結局何もできないままだ)
敵だって彼らの成長を待ってはくれない。それはランク戦でも同じこと。
「それに、この程度で上に行けなくなるようなチームなら、遠征にはいらない」
「へ〜、ヒラくんって意外と後輩に厳しいんだ」
小佐野が口から飛び出ている棒を摘んで回しながら、目を瞬かせた。
「意外とってなんだよ」
「うさみんとかとりまるくんに激甘じゃんね」
「どこ情報なんだそれ」
「オペの情報網をナメちゃいけねーよ」
人差し指を振りながら得意げな顔をする小佐野を横目に、陸平は笹森の手に握られたトリガーを指差した。
「笹森はそのトリガー、慣れときなよ」
「ありがたくいただきますけど、これってなんなんすか?」
「自分で確かめてみな」
許可を出すと笹森の顔がわかりやすくパッと明るくなり、トリガーオンの声と共に換装した。
渡したホルダーにはメイン側に二つのトリガーがセットされている。一番上は弧月で、二番目が新トリガーだ。
「……弧月のオプショントリガー? ああ、だからオレなんすね」
「ちょっと細かい調整面倒だったから一旦簡易版ね」
「正式版はまだってことですか?」
「そう、でも結構すぐに改良予定。機能自体は一緒だからはやく使ってて損はないよ」
陸平は立ち上がり、諏訪隊のトレーニングルームへと勝手に入っていく。
「ほら、笹森は訓練室入れ。ついでに他のトリガーも調整すんぞ〜」
「え!? そこまで付き合ってくれるんですか!?」
「なんかそう言われると、やんなくてもいい気がしてきた」
「気が変わるの早すぎません!?」
「五秒以内。五・四・三……」
「入ります! 入ります!」
慌てて訓練室に飛び込んできた笹森に陸平は上機嫌に笑った。