玉狛第二の新シーズンB級ランク戦は先週の土曜日から始まった。
修はまだ怪我が完全に癒えきっていないので、初日の夜の部は不参加。
ログで確認したところ、なんの危なげもなく遊真と千佳だけで吉里隊・間宮隊に八点を得て圧勝していた。間宮隊のハウンドストームも、千佳の大砲にあぶり出され、撃つ間もなく終わってしまう。
しかもオペレーターがA級敏腕オペの宇佐美。当然、指示もタイミングも完璧だ。ずるすぎる。
一気に中位グループまで駆け上がった玉狛第二。次の対戦相手は、荒船隊と諏訪隊だ。
試合まであと二日、新トリガーの試験運用の解禁日もあと二日だ。思った以上にはやく諏訪隊と当たった。
陸平は玉狛支部の地下へとエレベーターで降りて、訓練室へと入っていく。風呂から上がったばかりなので、普段よりも赤茶の髪が若干大人しい。
オペレーションルームにある三台並んだモニターの前に座っているのは修だ。そこから少しも目を離さずに、なにやらぶつぶつと呟いている。昨日からずっとこの調子だ。
たぶん、陸平が入ってきたことに気が付いてすらいない。髪もボサボサだった。
「おいこら。何時だと思ってんだ中学生」
壁にかかっている時計は、すでに二十三時半をすぎている。よい子は寝る時間だ。
声をかけるとようやく修が気が付いて、顔をモニターから離した。
「すみません。もう少し訓練室使います」
「……それはいいけど。レイジ今日は防衛任務遅番だったろ。家までどうすんの? 泊まってくのか?」
「はい。とりあえず諏訪隊と荒船隊のログだけ見ておこうかと」
「朝になんだろーが」
今までの全部見る気かこいつ。どんだけあると思ってるんだ。
モニターの画面が見える位置まで足を運ぶと、荒船隊のログが映っていた。キーボードの周りはファイリングされた資料が積まれ、ノートや丸められたメモ紙などが散乱している。
陸平はデスクの奥に追いやられたぐちゃぐちゃに丸められた紙をひとつ手に取って広げた。
「陸平先輩、それは使わないやつで……」
「使わないとしても、こういうのは残した方がいいよ」
丁寧にシワを伸ばすように広げて、他の丸まった紙も集めていく。中途半端に書きかけのものや、図だけが書いてあるものもあった。
「対策の案出しするなら、それの良し悪しを判断すんのは後だ。考えにブレーキかかるぞ」
シワだらけの紙を机の端に重ねて置き、机から一歩離れた。
修がどう反応すればいいのかわからないような様子で見てきて、陸平が首を傾げる。
「なに?」
「え……っと。陸平先輩はぼくたちの応援はしないはずでは……」
「してね〜よ! 事実を言ってんだろ〜が!」
「あ、はい」
修は困惑したままの表情でとりあえず、といったように頷く。今、絶対適当に返事した。
玉狛第二に遠征に行ってほしくないのは本心だ。
──けど、それはそれとして後輩が無理して必死に取り組んでいるのを、玉狛の先輩としては放っておくわけにいかない。
(くそっ……! なんでこんなことに……!)
いや、理由はこいつがやるべきことだと思ったら、自分の命も天秤にかけず走り出してしまうからだ。
完全に振り回されている。修が「もう無茶な行動をしない」と考えを改めてくれさえすれば、気持ちよく応援できるというのに……!
淡い希望は、記者会見で打ち砕かれた。
陸平は短く息を吐いて、冷静さを取り戻すため頭の中で六秒数える。
行き場のない感情のやりどころを見失ったせいだ。アンガーマネジメント。
「……よし、オレちょっと外走ってくる」
「えっ? 今からですか?」
「おめーのせいだよ」
陸平はトリオン体へと換装すると、修に背を向けてエレベーターへと戻っていく。
「トリオン体の体力は生身の影響を受けないけど、睡眠不足の脳みそはきっちり引き継がれるぞ。パフォーマンスが落ちる。勝ちたいならちゃんと寝ろよ」
そう言い残して、訓練室から出て行った。
ーーー
『B級ランク戦、新シーズン! 二日目・夜の部がまもなく始まります!』
陸平が会場に入ると、本日の実況担当である海老名隊オペレーター武富のアナウンスが響いていた。
開始直前の会場は、がやがやと人で賑わっており大盛況だ。玉狛第二が注目株であるのもそうだが、解説が東なのもかなり大きい気がする。
顔見知りのチームもちらほらと来ており、時折軽く挨拶された。
どこに座ろうかと席を探してうろついていると、すでに席を確保している米屋に見つかってしまう。腕を椅子の背もたれにかけて、にやついた顔をしていた。
「めっずらし、わざわざこっちまで来てんの。やっぱ後輩が気になんだ?」
「うるせ〜〜」
米屋の隣に座っていた黒江と古寺も陸平に気がついて会釈してくれた。
通路側から黒江、米屋、古寺の順で並んでいる。
「ヒラく〜ん」
うしろから弾んだ声で名前を呼ばれ、振り返る。長い髪をなびかせながら軽やかに階段を降りてきたのは加古だ。
目が合うと無邪気な笑顔になり、控えめに手を振られる。
「見かけたから追いかけてきちゃった。ご一緒しても?」
「オレが通路側でいいなら」
「もちろん」
陸平はちょうど空いていた米屋たちの後ろの座席へ先に加古を座らせてから腰掛けた。
背もたれよりも頭の位置が低い黒江のうしろなので、大きなスクリーンがよく見える。
スクリーンには今回のステージが選ばれ『市街地C』が映し出された。
ーーー
──試合も大詰め。笹森がカメレオンで遊真の背後に近づいていたが、姿を現す前にアイビスの弾が爆音と共にド派手に住宅地を更地に変える。
新トリガーを使うタイミングをズラされた。使うなら絶対に今だった。
(……これは宇佐美の指示だな)
相変わらずいい仕事だ。
あまり頻繁にチェックしている人もいないだろうが、ボーダー内部だけのポータルサイトで『新トリガーの試験運用開始』が前日から告知されている。宇佐美は事前に気づいて、弧月に警戒していたようだ。ほぼ確実に修たちにも情報共有されている。やっぱりずるすぎる。
周囲は千佳の大砲で木っ端微塵になった家屋の破片や砂埃が舞い上がっていて乱戦状態に近い。
一発撃ったことによりバレバレの位置を荒船が見逃してくれるはずもなく、千佳はベイルアウトした。
残っているのは四人。まだ余力があるのは遊真、修、笹森。諏訪は片足を失って膝をついている。
一応荒船もいるが、遊真に両足を落とされており、さっきの千佳への攻撃でもうトリオンがない。戦力外だ。
新トリガーが使われたのは、遊真が混乱に乗じて諏訪にグラスホッパーで迫った時。瓦礫に紛れて笹森がもう一度カメレオンで遊真の背後を取った。
通常であればカメレオンが解除された瞬間に、遊真なら落とせていただろう。けれど今回は違う。
射程圏内に入り笹森が顔を出した時には、すでに彼の手は弧月の柄にかかっていた。
「攻撃が来る」誰もがそう思ったであろう瞬間には笹森の抜刀が終わっており、遊真のトリオン体が真っ二つになる。
まさに一閃。これを初見で対策するのは遊真といえど難しいだろう。
遊真はあらかじめ笹森が来ることを分かっていたようで、斬られながらもかろうじて胴体に一撃を入れた。だが、倒しきれない。
一方で、新トリガーによる奇襲成功と同時に、カメレオンが解除されたタイミングを狙い、修のアステロイドが笹森へと発射されていた。修のいる場所は少し離れた家屋の屋根上。……いい位置取りだ。
遊真が笹森を無視して諏訪に向かったのは、敵の意識から修を逸らすためだったということ。
笹森が蜂の巣となり、遊真も完全に動けなくなる前に機動力のない諏訪にスコーピオンを投げて道連れにした。
『ここで決着! 最終スコア、五対三対一! 玉狛第二の勝利です!』
結果、第二試合は玉狛第二が五点で勝利した。これで暫定順位はB級九位となる。
市街地Cは高低差のある、いわゆるスナイパー有利ステージ。修たちの作戦により荒船隊が突出し、諏訪隊が玉狛第二と共闘せざるを得ない状況に追い込まれたのが面倒だった。
荒船隊も諏訪隊も、いつもの動きをさせてもらえなかった印象だ。
しかし、それだけではない。新トリガーというジョーカーにより戦況は諏訪隊に傾いていた。
千佳の砲撃前に遊真の背後を取った時点で抜閃を起動できていれば、玉狛第二に勝ち筋はなかったように思う。
笹森はまだトリオンに余裕があったから、相打ち狙いの一撃では落としきれない。修は遊真の囮がなければ有効打を与えることは難しい。遊真さえ落ちれば、残りは諏訪と笹森対修と千佳の二対二。ひよっこ二人では対処できずに終わってしまう。
ひとつ違えば全てが崩れる。玉狛第二の勝利は紙一重だった。
「というか、笹森先輩の見えない斬撃は、一体なんだったんですか?」
解説終わりの会場で、黒江がスクリーンを見つめたまま呟いた。最終局面の攻防を思い出しているのだろう。
黒江の声に反応した古寺が顎に手を当てる。
「威力が高かったけど、旋空……じゃないみたいだったね。ブレードが伸びてなかった」
「おい、出番だぞ。トリガーバカ」
米屋が後ろを向いて、雑に解説を求めてきた。
「今日から試験運用の新トリガーで、あれは弧月のオプショントリガー。オレがつくったやつ」
「おまえのかよ」
「あら、ヒラくんの新作? なんで連絡くれなかったのよ」
「弧月だって。加古さん使わないでしょ」
「双葉がいるじゃない」
加古が前方に座る黒江へと視線を滑らせた。
加古は新しいものはなんでも貪欲に試したがる。以前も陸平が新作をつくったというウワサを聞きつけた加古隊が、部隊全員でラボに押し寄せてきたことがあった。
エンジニアとしては、A級隊員に試作品を使ってもらえるという願ってもない申し出なので大歓迎なのだが、今回のは生憎、彼女たち向きではない。
「ん〜、黒江はな〜……」
「あたしでは使いこなせないと?」
陸平が言い淀むと、正面の小さい頭が背もたれ越しに鋭い眼光を向けてくる。プライドを刺激してしまったらしい。
「そうじゃなくて、物理的に難しいんだよ。背中じゃん、鞘」
「鞘? 確かに鞘は背負ってますが」
黒江との会話からのヒントで、古寺が「なるほど」とメガネのブリッジを押し上げた。
「起動で大事なのは“抜刀”ですかね?」
「さすが、正解。抜刀時にオンにするとスピードが上がるっていうオプション。名前は
「それで斬撃も見えなくなると」
「剣速が上がってる副産物だよ。速くなった結果、見えづらくなってるだけ。ついでに威力も上がってる」
旋空だってそうだ。本来はブレードが伸びるというだけの効果だが、先端に行くほど速くなっているので威力も増している。だから生産コストが低い。
抜刀時の起動を思いついた時から、ヒット&アウェイな奇襲型の笹森は旋空よりも相性がいいのではと考えていた。カメレオンからでも納刀状態からの即起動で不意打ちに繋げやすい。
「と、情報提供はここまでかな。詳しく知りたいなら自分で触ってみな。改良予定だからデータほしい」
「抜刀か〜、槍じゃ使えねーじゃん」
「おまえに作ったんじゃないから」
槍バカには槍以外を使うという発想自体がないようだ。分かってはいたが。
となると、この場のメンバーで弧月を使っているのはやはり黒江だけだ。
「そういや、黒江はもう弧月側のチップぎちぎちじゃなかったっけ? 入れるとしても現段階のままだと、他の弧月オプションとの選択になるよ」
「でもヒラくんの新作でしょ? 使わないともったいないわよ。ね、双葉」
「まあ、試しに入れてみてもいいですね。陸平先輩は、あたしでは使いこなせないと思っているようですけど」
「思ってないってば」
まだ言葉を信じられていないようで、黒江に無実の罪でプレッシャーをかけられる。
それにしても、
(……千佳は鳩原さんと同じタイプか?)
さっきの試合──マップ転送後、玉狛第二が合流して、諏訪隊への援護のため下から荒船に撃ち返していた時。千佳は“スナイパーが撃ってきた位置”を狙っていた。
スナイパーは位置がバレると不利になる。レイジの弟子である千佳が、“スナイパーは敵にバレている位置にとどまらない”という基本を教わっていないはずがない。むしろレイジの性格なら、先を見越して初っ端から叩き込まれているように思う。
断言できる。あの砲撃は、わざと外した。