陸平は観戦後、米屋たちと別れるとまっすぐ狙撃訓練場へと足を運んだ。一人ずつ射撃できるように仕切られた訓練場は、会場の方に人が集まっているせいか人気がない。
合同訓練まではまだ時間があるので、今いるのは自主練しにきた隊員がほとんどだろう。
「お、当真さんと絵馬みっけ」
「陸平先輩?」
「よお、アラタ。おまえも遊んでくか?」
壁際の射撃スペースに、自主練ではなさそうな隊員たちがいた。的は案の定お絵描きに使われている。
ちょうどいい。顔見知りがいないかとぶらぶらしていたところだ。
「今日はパス。スナイパーに聞き取り調査しに来たんだよ。この子、知ってる?」
二人にスマホの画面を向け、千佳のログを見せた。狙撃訓練中の映像がミュートで流れている。
「うちの新人。絵馬と同い年の中学生」
「ちっせ〜な。俺の腰くらいまでしかないんじゃね?」
「実物は想像よりもっと小さいよ。たぶん当真さんのくるぶしまでしかない」
「さすがにウソすぎるでしょ」
絵馬が「また適当なことを」みたいな顔をしてきたが、陸平は構わず続ける。
「それに、アイビスで訓練室の壁ぶち抜いたっていう実績もある」
「さっきから話盛りすぎじゃない?」
「ホントだったらそのちびっこのトリオンやべーだろ」
「やべーんだよ。マジで知らねーじゃん。」
古寺には既に確認済みだが、本部の壁ぶち抜き事件の話はかなり広まってるらしい。ランク戦にも出始めたので、なんならスナイパー以外も結構知っている。
訓練後の様子だったり、数字では見えない部分の確認がしたかったのだが望み薄だ。
この二人はそんなに練習にも積極的ではないし、あまり訓練場に入り浸っているわけでもない。人選を間違えたかもしれない。
「それじゃあ……」
陸平が別の切り口から話を広げようとした瞬間、奥の射撃エリアからガンッと叩きつけたような硬い音が響いてくる。
音の出所を見ると、C級隊員の足元でイーグレットが転がっていた。どうやらイーグレットを床に投げつけたらしい。C級隊員は顔を下に向けながら、そのまま走って訓練場から出て行った。
「おっと、嫌になっちゃったか」
「エンジニア的にあれはいいの? 備え付けのイーグレットはボーダーの備品でしょ」
「大丈夫だろ。あの程度じゃ、なにも傷つかないし」
陸平は注目されているスペースまで足を進め、イーグレットを拾い上げて台座の定位置に戻した。当真と絵馬もうしろからゆっくり着いてきている。
ちらほらいる訓練生たちが若干ざわついているが、放っておいてもすぐに収まるだろう。
横に設置してあるモニターには、さきほどの隊員の名前が登録されたままだ。ボーダーは対戦相手の分析のため、隊員の記録などが紐づいている。順位や獲得スコアなども見放題だ。陸平は画面に指を滑らせる。
──悪くはない。きっちり訓練の成果が出ている。少なくても床にイーグレットを叩きつけるような成績ではない。
疑問に思いながら過去の記録へ遡っていく。三日前に行われた対人訓練の欄を見て、彼の行動と繋がった。
絵馬もうしろからモニターを覗いてきて、ひとりごとのように声を漏らす。
「……ああ、人が撃てなかったのか」
絵馬の口から出たのは、陸平と同じ考えだった。
トリオン体でも人を攻撃できず転属になる隊員はそこそこいる。
陸平の体感ではそういう人の大半が元スナイパーで、逆に滅多に見かけないのはアタッカーだ。
出て行った彼もできる限りの努力をしたことは数字から読み取れる。
しかし、対人訓練の成績は全てゼロ。参加していないわけではなく、参加した上での結果だった。
当真の目線が、C級隊員を追いかけるように動く。
「ま、撃てないやつはどこまでいっても撃てねーからな。ただ撃ちたくねえってのとはちげーだろ」
「オレも例外は鳩原先輩くらいしか知らないかな」
陸平も鳩原しか例外は見つけていなかった。そして今日の試合を見て、疑惑の隊員がもうひとり。
「あんま知らないんだけど、鳩原さんって絵馬と仲良かったんだっけ?」
「オレの師匠だったよ」
鳩原未来、表向きは隊務規定違反ということになっているが、実態はボーダーのトリガーを盗んで近界へ密航している。
陸平はランク戦を観ていたので、記憶にはもちろん彼女の姿があった。ただ、直接話したことはほとんどない。
東の弟子なのは知ってる。あとは辻や氷見との雑談で聞きかじった程度だ。
「じゃあ、鳩原さんの訓練成績とか知ってる?」
彼女の訓練成績はさすがにもう一般公開はしていない。
「全部高かったよ。当たり前じゃん。当真さんとは違うから」
「俺は実践派なんだよ」
「あれは? 補足と隠蔽のやつ。あの人、ランク戦で武器しか撃たなかったじゃん」
「訓練では特に問題なかったかな。あれはマーク付くだけだし。相手が派手に吹っ飛んだりしないから撃てるんじゃない?」
「へ〜、そんなもん?」
「鉛弾試したりしてたから。弾速が足りなくて結局ランク戦じゃ使えなかったけど」
「なるほど。鳩原さん的には、鉛弾と訓練はランク戦とは違うのか」
「そういうことでしょ」と絵馬は特になにも疑ってない様子で言い切った。
人が吹っ飛ぶかどうかを判断基準にしているとすれば、鳩原が鉛弾狙撃を編み出したことも筋が通る。要は鉛弾を使って、ランク戦を訓練と同じ土俵にしてしまおうという考えだったのだろう。
当真の方はというと、鳩原の件に関してなにも口を挟んでこない。不審に思い盗み見ると目が合った。
すぐさま当真からの内部通話が入る。
『(気づいたか?)』
「(まあ、撃てなくはなさそうって印象)」
『(やっぱそう思うよな)』
どうやら彼も、こちらの結論と同じらしい。
陸平の目には、鳩原は根本的に人が撃てないのではなく、当真が言うところの撃ちたくないタイプに見えていた。
彼女は一度だけ誤射で歌川を撃ってしまったことがある。はっきりとした拒絶反応が出ていた。これは一種の恐怖症に近い。
しかし、撃てないと撃ちたくないの間には大きな壁がある。陸平が今まで見てきた人や、さっきイーグレットを床に叩きつけた彼──撃てない側の隊員は、そもそも“人が吹っ飛ばない訓練ですら”人を撃てない。
そしてなにより、“自分が撃たれること”にも強い恐怖心を抱く。
トリオン体を生身のように感じてしまうのだから、逆も同じように感じてしまうのは当然だろう。
それどころか、突き詰めれば戦闘員から転属になる隊員は、人が撃てないからというよりも、人に攻撃されるのが怖いからという理由の方が圧倒的に多い。
スナイパーという役割は撃つと位置がバレ、次は高確率で“自分が狙われる”。だから引き金を引けない。
撃てないというブレーキの実態は“撃ち返されるのが怖い”という心理の裏返しだ。
仲間のアシストですら、自分の居場所の特定に繋がってしまうので仕事ができない。アシストでなら撃てるという時点で、鳩原には充分、戦闘員の素質があると言える。
鳩原の行動を整理すると、「自分で撃つのは相手が吹っ飛ぶのが怖いので無理」、「仲間のアシストならいくらでも撃つ」、「見つかって自分が吹っ飛ぶのは怖くない」となってしまう。撃てない人間の心理として成立していない。彼女の行動は「人を撃てない」とするには、明らかに矛盾している。
となると、鳩原の抱える問題の本質はそこではなく、もっと別の理由があったと考える方が妥当だ。まあ、鳩原のプライベートに深く関わっていそうなので、確かめようもない話ではある。
「アラタ。そういや、さっきログ見せてもらった時、なんかメッセージ来てたぞ」
「ん? ほんとだ。誰からだ?」
持っていたスマホを当真に軽く叩かれて通知を確認した。
米屋から一件のメッセージが入っている。内容は「ブースで鋼さんと白チビが試合中」。
「悪い、急用入った。話聞けてよかったよ」
陸平は二人に軽く手を振って、足早に個人用ブースへと向かった。
ーーー
ロビーに入ると、目立つ集団を見つける。遊真と村上の戦闘は十本勝負で、すでに八戦目の途中だった。村上が圧倒しており、流れるように試合が進む。
映し出される画面に釘付けだった米屋が、足音で気がついて振り返った。
「おっ、やっと来たな」
「なんでこんな面白いことになってんだよ!」
できれば最初から観たかった。ログはあとで絶対にもらう。
陸平の投げた疑問は、米屋の横にいた荒船がキャッチした。
「おまえんとこの新入りが鋼と戦いたいってよ。そんで鋼が折れた。止めたんだがな」
「別に止めなくても。本人がやりたいって言ってんなら、やらせりゃいいじゃん」
「おい、サイドエフェクト専門家」
なるほど。次の対戦相手は鈴鳴隊と那須隊。状況から察するに、村上と戦うと試合が不利になると周りに止められ、好奇心モンスターに火がついてしまったと。
専門家として軽くフォローは入れておこう。
「たしかに鋼さんはすごいけど、経験値が入ってんのは遊真だって同じでしょ。鋼さんが一方的に有利になるってわけじゃないよ。たった十本でしょ」
「それでも初見よりかやりづらくなるだろ」
「もちろん。けど、明日の遊真は今日より強いから、なにも問題ない」
陸平の断言するような口調に、「へえ」と荒船は口角を上げた。
「陸平のお墨付きってわけか。実際、さっきの試合も戦い慣れしすぎだったしな」
「というか鋼さんと戦ったんなら、もう強くなるしかないし」
「フォローしてるんだよな?」
十本目の最中で、熊谷が駆け足気味に飛び込んできた。
「今やってる試合、もう終わった?」
「ギリ間に合ってる。たぶんもう終わるけど」
試合は熊谷が来てからものの数分で決着がついた。後半戦の五本目以降から、遊真は村上から一本も取っていない。
熊谷がこっそりと耳打ちするように言った。
「ヒラくんの新トリガーってどんなの? 笹森くんの攻撃、見えなくなってたけど」
なんか熊谷が小声だったので、陸平も合わせてボリュームを落とす。
「お、気になってる感じ?」
「村上先輩がどうしても崩せなくてね。……対策で試行錯誤中」
那須隊はたしか、鈴鳴第一に六連敗中だった。そろそろトリガー構成も視野に入れているというわけか。
抜閃についても興味があるようだし、使い手が増えるのは好都合だ。
「資料送っとく。熊谷もサポート寄りだし、役割的に使いやすいんじゃねーかな。状況次第だけど。わかんなかったら訊いて」
「助かるよ。……でも、あたしに教えちゃってもよかったの?」
「いずれバレるし」
「次の試合、玉狛第二もいるんだけど」
「オレは那須隊と鈴鳴第一を応援してるから」
陸平の言葉に、熊谷はキョトンとした表情になった。
「……えー、本当かなあ。ヒラくんは玉狛贔屓でしょ」
「ほんとほんと。うちの新人たちにランク戦は甘くないって教えてやって」
「そりゃ全力でやるけどさ」
まだ納得できていないような視線が横から刺さってくるが、「他になんかあればチャットでよろしく」と先手を打って話を切り上げた。
言うほど露骨に身内贔屓してるつもりはない。周りからはどう見えてるんだ。
熊谷との会話が終わったと見るや、待っていたように米屋が肩を組んできた。
「ヒラもせっかく寄ったんなら『イチゲキ』してこうぜ」
でた。いつもの流れだ。
「おまえとはこの前やったばっかだからやんない」
「それ解除されんのいつなんだよ」
ブースから出てきた遊真にまで声が届いていたようで、首を傾げたのが見えた。
「イチゲキ?」
聞き逃してくれるはずもなく、遊真がこちらをガン見してくる。
遊真から一番近くにいた緑川が、指を立てて補足した。
「ひらりん先輩が個人ランク戦で遊ぶ時のルールね」
「その呼び方やめろって」
「なんでよ。かわいいじゃん」
「だからだろーが」
言っても聞かないので放置してたが、後輩の前だとかっこつかないので控えてほしいところ。
遊真は「へえ〜、面白そうだな」とつぶやいて、にんまりとした表情を陸平に向けた。
「はいはい、ひらりん先輩」
「おいこら遊真」
「じゃあ、ひら先輩」
「そっちなら許す」
「おれもひら先輩とイチゲキやりたい」
言うと思った。村上との試合も遊真から言い出したようだし、やはりアタッカーはバトルマニア気質が多い。
それにしても楽しそうだ。今にも口笛を鳴らしそうな軽やかさを全身から感じる。たった今、村上と戦って負けたばかりだというのに。
ボーダーの戦闘システムで、戦いを娯楽として遊べるのが彼の性に合っているのだろう。
「やるのはいいよ。ただし、オレと遊ぶのは鋼さんに勝ってからだ」
「なんか知らないがオレを巻き込むな」
ちょうどよくブースから顔を出したばかりの村上を親指で差した。
無条件で遊んでやるほど安くはない。条件としてもいい提案だろう。
村上とは次の試合で当たるわけで、鈴鳴第一を攻略するには村上を倒すしかないのだから。
「うむ。なら、むらかみ先輩ともう一戦行ってくるね」
「……えっ、今すんの? やりたいなら止めないけど」
「さすがにこれ以上はやめとけ」
見かねた荒船が止めに入って、遊真はしぶしぶといった様子で修と玉狛へ帰っていった。
村上と遊真の試合ログは難なくゲット。周辺で観戦していた隊員や熊谷にも行き渡った。
敵に情報渡しまくってていいのかと思わなくもないが。
……まあ、本人が楽しそうだからいいか。