「レプリカ〜! もっと近くで見せろ! スキャンもさせろ!」
一通り測定器の改善点をまとめた後、陸平は目線の高さに浮かぶレプリカにじりじりと詰め寄っていた。
スマホの底部から引き出した解析用ケーブルを差し出す。
「はい、これ持って」
レプリカはなんの抵抗もせず、パクリと端子を咥えた。直後、スマホの画面に表示された数値を見て手が止まる。
接続時にレプリカの供給元のトリオン量が自動計測された。それが異常な数値だった。
陸平は少しだけ声を潜めて白い頭に近づく。
「なあ、おまえさ……黒トリガー持ってる?」
「うん、これだよ」
遊真は特に気にする様子もなく、あっさりと黒い指輪のついた手を持ち上げた。
それに宇佐美が指を立てて補足する。
「でも遊真くんは黒トリガーは使わないで、本部の方のランク戦に出るんだって」
「あー、みんなと組むって話だったしな。たしか正式入隊日って来月とかだっけ?」
「一月八日ね。それまでに、小南たちがそれぞれコーチしてるの」
まずいな、と陸平は目を細める。
玉狛の黒トリガーが二本。しかも持っているのが近界出身。「近界民とも友好的に」という主義を掲げるこの支部は組織の中でも異端だ。本部からは“見逃してもらっている”立ち位置。そのパワーバランスが逆転してしまう。本部側としても、黒トリガーを奪取せざるを得ないだろう。
同時に出水が緊急で呼び出されていたことを思い出した。間違いなくこの件だ。遠征には黒トリガーに対抗できる実力者たちしかいない。
接続を中断し、ケーブルをしまう。レプリカの仕組みは魅力的だが後回しだ。今はこっちが最優先。
「おまえの黒トリガーってどんな機能なんだよ。こっそり教えて」
「別に隠したりはしてないよ。相手の技をコピーして使えるんだ」
「……コピー? へぇ、そんなこともできるのか」
自分でも自然と目が見開いたのがわかった。学習能力があるなら、本部の襲撃は早い可能性が高い。下手すれば今夜にでも──。
少しだけ考えていると、遊真が陸平の顔を覗き込んできた。
「おれの黒トリガーのことは迅さんから聞いてなかったんだ。未来が見えるんでしょ?」
「実力派エリートは人の楽しみを奪わないらしい」
「ん?」
「あいつの“未来視”だって万能じゃないからな」
「ちょっと、遊真。いつまで新と喋ってんのよ」
弟子を取られると思ったのか、小南が割って入るように遊真の首元をぐいっと掴んだ。
「ランク戦じゃ、あんたの黒トリガーは使えないんだから。さっさと午後の訓練はじめるわよ!」
「では、りくひら先輩、またあとで。レプリカ置いてくから、そいつからいろいろ訊いて」
師匠面をして張り切る小南に引きずられていく遊真。陸平はやる気満々の背中を呼び止めた。
「桐絵、次の休憩何時?」
「三時間後くらい?」
「オッケー。じゃ遊真、休憩になったらオレの部屋来て」
新人に手を振って、レプリカを連れて自室へと戻った。
ーーー
三時間後。自室の扉が開く。
陸平はベッドで転がったまま、レプリカを両手で持ってひっくり返していた。
「お、ちょうどいいタイミング。適当に座って」
「お邪魔します。うおっ」
遊真は入った瞬間、扉の横に立つ人体模型に声をあげた。そのまま中に入り、キョロキョロと興味深そうに部屋の様子を見ている。
そこまで面白いものはない。一般的な部屋だ。
特に目につくのは、右側の壁一面にびっしりと専門書が引き詰められた本棚。科学や医学などでジャンル分けされて並んでいる。お気に入りの漫画も入っているが一番下の端っこに追いやられていた。最近は専ら電子書籍なので、入っているのは少し前の本ばかり。
そして左側の作業用デスクにトリプルモニターのPC。PCの周りは片付いているが、袖机の上はつくりかけのトリガーで溢れていて山になっていた。
あとは来客ということを数分前に思い出したので、黒いロボット掃除機が床を蠢いている。
ベッドから部屋の中央にあるローテーブルに座り、解放されたレプリカもテーブルの方へと移動する。真似するように、遊真も正面に座った。
「なにがちょうどいいの?」
「ああ、これね」
ローテーブルの上に置いてあった黒いイヤホンを渡す。
「この機械は?」
「通信システム。おまえの黒トリガーには、通信機能がないってレプリカから訊いたから。集団戦じゃ致命的だろ」
遊真は受け取ったイヤホンから目を離し、レプリカの方をチラリと見た。
「レプリカが解析すればコピーはできると思うけど、印になっちゃうから通信は一方的になっちゃうよ?」
「いや、それはコピーしない」
「む?」
陸平がその場で立ち上がり、両手を広げた。
「さて、さっきとどこが違うでしょう」
「あれ? 拳銃ついてる。あとそのグローブもしてなかったよね?」
「お、なかなか鋭い」
笑いながら座り直した。
陸平の格好は先ほどと同じツナギだが、ベルトの右側に拳銃がホルダーごと追加され、両手には手の甲に液晶パネルの付いたグローブが装着されていた。
「この二つはトリガーチップじゃなくて“トリオン体の装備”として生成してんだ」
なのでベイルアウト後の即換装じゃ生成されない。そこそこトリオンがいるからだ。
「黒トリガー自体には細工できなくても、トリオン体の装備はいじれるからな。こういう抜け道があんだよ。まあ、あんま付けすぎるとトリオン体の生成時間どんどん延びるけど」
「ああ、たしかに。そういう使い方は、おれの行った国でもちょこちょこあったかも。防御性能高いマントとか」
なんでも装備にできるわけではなく、物質化されたトリガーでないとできないという縛りはある。
また、戦闘員にはあまり推奨はされない方法でもあった。通信のような軽めの機能ならともかく、そもそも装備を増やすだけでその分コストがかかるのだ。必然的に戦闘で使えるトリオンも減ってしまう。使用トリガーとの兼ね合いが重要だ。
『その小型の機械は、そういう意図だったか』
「装着して三回タップすると視覚と同期するから。視覚情報も共有できるぞ」
「おお、便利だ」
「装備に登録しちゃった方が楽だし、耳に付けてスキャンし直してよ。それを黒トリガー用のトリオン体にする」
「あー、おれ黒トリガーの方は装備変更できないかも」
「ん? やり方知らないとかじゃなくて?」
「おれ、生身になれないから」
「えっ?」
冗談でも誇張でもないと、彼の表情が物語っていた。
陸平が目を瞬かせていると、 レプリカが正面まで移動してくる。
『遊真は、有吾の黒トリガーによって生きている』
淡々とした機械音声で語られたのは、遊真の状態の経緯──四年前の戦争と、死の間際で黒トリガーに封印された肉体について。
ロボット掃除機のモーター音が、いつもより大きく聞こえた。
「……つまり、遊真はその黒トリガーで“常に換装してる”のか?」
『そういうことだ』
話の内容は理解できた。それでも、黒トリガーが“生命維持装置”として機能しているという事実に、頭が追いついていなかった。どんな言葉をかけようかと一瞬迷ったが、今の自分にできることなど何もない。
ふと、遊真の持つイヤホンに視線が落ちる。クッションを少しだけ引いて、座り直した。
「……なら、イヤホンは外付けトリガーとして独立させようか。常に身につけなきゃなんないけど、ケースもつくれば携帯すんのも楽だろうし。オレのスマホも外付けトリガーだ」
「おお、それなら問題ないな」
目の前の人物は、今の説明の当事者とは思えないほど平然としている。
「なあ、遊真」
「ん?」
一瞬だけ、口を閉じる。指先がかすかに動いて、机を叩いた。
「……さっきの測定器、精度が高い理由の説明があったじゃん?」
「近界より玄界の方が細かく測ってるからってやつ?」
「それね。もっと核心なのがあんだよ」
手を伸ばし、デスクの引き出しから測定器を引っ張り出した。
いつもの動作で電子音を鳴らす。結果の画面を遊真に向けて机に置いた。
「一番の理由は、オレの測定結果が“必ず最低値になる”からだ」
「りくひら先輩は、トリオンがめちゃくちゃ低いってこと?」
「平たく言えばそうなんだけど、ただ低いってわけじゃない。オレのトリオン器官は“壊れてる”」
「壊れてる……?」
「成長しないし、ブレたことがない。最低値しか測れない。だから、値がズレてたら機械のせいだって一発で分かる」
正確には「ブレたことがない」のではなく、「数値上、無視できるほどにブレが極わずか」なのだが、そこまで細かいことはいいだろう。
ごちゃごちゃの袖机で、ひっくり返っていたモールモッドの模型を指差す。
「トリオン兵ってさ、人間しか襲わないだろ? でも、実際人間以外にもトリオン器官ってのは存在する」
「そうなの? 考えたこともなかったな」
「測定器は人間の最低値までしか測れない。けど、オレのトリオン量はその“人間の最低値を下回ってる”。だから仮にブレたとしても、測定器が正常であれば最低値以上には絶対にならない。それを利用して、測定器の補正の基準にしてんだ」
「補正の基準? なんか基準が必要なのか」
「測定の精度を上げるために大事なのが、測定器そのものの“ズレの補正”なんだよ。ゼロの数字が最初からズレてたら、値がどんだけブレてるかなんてわかんないだろ? だから何を基準にして補正するかってのが、精度を保証する鍵なんだ。オレ自身がその“ものさし”ってわけ」
変わらない数値の画面を消す。幼さの残る赤い瞳が陸平を静かに見つめていた。
「なんでそんな話?」
「おまえのプライベートな話させちゃったし」
「そんなの気にしなくてもいいのに」
「それじゃフェアじゃないだろ」
「うーん、そうかなぁ」
あんまり納得していないようだった。
「というか、有吾さんっておまえの父親だったんだな。名前が出てきてびっくりした」
遊真の黒トリガーの製作者だ。
その名が出た途端に、遊真が机から身を乗り出して食いついた。
「……親父のこと、知ってるの?」
「いや、会ったことはないよ。名前聞いたことあるってだけ。よく世話焼いてくれた人が、その人の話してたから」
「へえ、その話もっと訊きたい」
「あんま信憑性ないけどな。ことあるごとに『俺の方が強い』とか言ってたし」
視線をローテーブルに落として笑う。
その瞬間、ガチャリとドアが開いて小南が顔だけ出した。羽根のようなアホ毛が跳ねる。
「いつまで休憩してんの? そろそろ再開するわよ。ちゃんと休憩取れてなくても、手加減しないから」
「えー、今いいとこだったのに」
「ほら、さっさと準備しなさい」
「じゃあ、続きはレプリカとよろしく。また休憩になったら遊びに来るね」
遊真が部屋を去った後、陸平はベッドを背もたれにして、深く寄りかかった。
彼の黒トリガーは本人の命に直結している。玉狛に黒トリガーが二つある以上、本部とのパワーバランスを保ちつつ、丸く収めるには『風刃』を本部に譲渡する以外に道はない。迅は上層部と交渉しなければいけないはずだ。
(あいつは、いつからこうなることを想定していた?)
迅の未来視には、見たことのない人物の姿は映らない。だから遊真を直接見た時にしか、彼が黒トリガーを所持している事実は分からない。
数ヶ月前、修を見た時にも遊真の詳細は不明だ。黒トリガーのことも知らなければ、近界民であることすらも当然知らなかったはず。だからもし、遊真が父親の件でボーダーにやって来ることがほぼ確定していたとしても、迅視点では気づきようがない。
三年前の風刃争奪戦──今にして思えば、あの時から最悪の事態の切り札として、風刃を本部へ譲渡する選択肢はあったのかもしれない。
思考を一度打ち切り、黒い指輪を思い返した。この黒トリガーが他の人では使えないと分かれば、奪取する意味がない。本部が風刃を得る利点がさらに大きくなる。それは迅の交渉への補強でもあり、遊真を襲撃から守ることにも繋がる。
考えをまとめると、彼の黒い相棒に向き直った。
「レプリカ、遊真の黒トリガーについて、もっと教えてくれ」
声に、自然と力が入った。
●陸平のトリオン体
陸平は常時トリオン体に依存しきった生活をしているため、本体自体の耐久力をギリギリまで極端に削って、使えるトリオンと生成時間のスピードに振っている。攻撃が掠っただけで確定ベイルアウト。
ベイルアウト機能はあるものの、使用できる範囲が本部or陸平の専用ラボと、玉狛支部の敷地内に限定されている。ほぼ本部と玉狛間の移動用。
ベイルアウト後に換装すると、勝手に装備品が付いてないセットに切り替わる模様。
装備品のグローブや拳銃の生成にはそれなりの時間がかかる。研究用とは別枠で、唐沢さん経由で自費購入したトリオンや、迅が討伐したトリオン兵を受け取っており、装備生成に必要なトリオンはそこからの供給。