タグ付けされた迅のトリオン反応を追って、陸平はグラスホッパーで近づいていく。玉狛支部から徒歩十五分ほどの距離。グラスホッパーなら一分だ。
既に放棄された家屋を次々と通り過ぎ、目標地点が見えてくる。
「うわぁ……マジか」
視界が開けた先の光景に、思わず顔が引き攣った。
遠目からでもわかる。今にもベイルアウトしそうなほどトリオンを漏出させ、壁に背を預ける太刀川と膝をつく風間の姿。 遠征に選抜されるほどの実力者がこの有様だ。黒トリガーの格を、嫌でも思い知らされる。
二人の声が届く距離に着地すると、太刀川がこちらに気がついた。
「……新?」
「さっきぶり、隊務規定違反者たち」
それに反応し、風間がトリオンの漏れを抑えながら、不服そうに顔だけ向けた。
「それは迅も同じだろう」
「じゃあ迅も含めて、仲良くトリガー没収で」
彼らをこんな状態にした犯人へと目をやる。二人とは対照的に、迅は緊張感のない顔で笑った。
「よう、新。来てくれたのはありがたいけど、勝負はもう終わっちゃったよ」
「何言ってんの。“本番”はこっからでしょ」
「あらら、やっぱもうバレてるか」
隠すつもりはないらしい。目の前の男は陸平がなにをするのかと、次の行動を待っているようだった。その手に握られた風刃は五本の残弾が揺らめいている。
一つため息をつく。ここまで徹底的に本部と交戦しているのだ。こいつはもう結論を決めている。
ポケットの中で握りしめていたUSBを、前方に放り投げた。 迅はそれを空中で軽くキャッチし、不思議そうに見る。
「これは?」
「おみやげ。新人の黒トリガーの解析データ。鬼怒田さんたちに渡しといて」
「さっすが。こういうの用意してくるあたり、抜け目ないな」
「そのデータは、本人の許可があったから譲渡したってのをちゃんと強調しとけよ」
「OKOK、その辺はまかせとけって」
「……黒トリガーの解析データだと? そんなものを渡して、玉狛に何の得がある」
後ろから遮るように風間の声が割り込んできて、陸平は振り返った。
「これ見たら上も納得すると思って」
「なに……?」
「今うちにあるもう一本の黒トリガーは、他のやつに適合しない」
遊真の黒トリガーは、トリガーの換装システムを逆手に取った、“戻さない換装”を前提にした設計。つまりは──、
「あれは“あいつのためのトリガー”だ。間違いなく」
学習能力という極めて高い設計にするならば、黒トリガーの適合する特性を極端に限定し“使用者を固定”するしかない。結果として、遊真以外が入り込む余地がない構造になっていた。むしろ、最初から他人に使わせる気なんてなかったのだろう。
「そんだけだから。じゃ」
来た道へと数本歩き、グラスホッパーで高く飛び上がる。行きよりも、風が強く吹いていた。
ーーー
帰宅して仮装戦闘モードになっている訓練室を覗くと、宇佐美と新人男子の二人がいた。
先ほどの光景を見た後だと、この訓練室はあまりにも平和だ。
「お、本職の人が帰ってきた。おかえり〜」
待ってましたとばかりに宇佐美が手招きしていたの隣へ並ぶ。
手元にはプリセット用のトリガーがいくつも入った箱。机にはチップがむき出しのトリガーホルダーやドライバーが乱雑に置かれていた。
遊真は弧月とスコーピオンのホルダーを両手に持って見比べている。
「トリガー決めたのか?」
「ちょうど悩んでるとこ。りくひら先輩はどっちがいいと思う?」
「一般的にC級におすすめするってなったらまず弧月かな」
どこからともなく陸平の腰に弧月が出現し、それを抜いた。
「弧月は扱いやすい反面、ごまかしが効かない。だからアタッカーの基礎を固めるのに向いてて、C級に選ばれやすい。とにかくバランスがいいから、どんな状況でも一定の働きができるのが強いな」
「ふむふむ」
刀を鞘に納めると、次は右手からスコーピオンが飛び出す。それをバトンのように軽く放り投げた。
「C級のトリガーセットは一つしか使えない。その点、スコーピオンには変形機能があるから、使い方次第ではいくらでも応用が効く」
宙でくるくると刃が回る。落ちてきたそれを掴んだ瞬間、その形状は元の刃とは似ても似つかないものになっていた。スコーピオンは短いスパンで形を変えていく。
遊真が目を輝かせると、宇佐美がメガネをくいっと押し上げる。
「ヒラくんはこういうトリガーの変形が得意なんだよね」
「シールドでやんのが一番自由度高くて楽しいぞ。ま、今回は説明も兼ねてスコーピオンで」
陸平がスコーピオンを練り上げると、しなるように変形し、そこには精密なモールモッドが形作られていた。モールモッドは両腕を振り上げ、遊真を威嚇するように動く。
「どうよ?」
「うおぉ……! 動いてる!」
「すごいですね……!」
「でしょ! これがうちのエンジニアなのよ!」
得意げに胸を張る宇佐美を横目に笑う。
「ま、出来たところで威力が上がるわけじゃねーし、意味はないんだけど。こんな感じで身体から離れなければ、いくらでも変形できる」
小さい新人の首元から、にゅるりとレプリカが顔を出した。
まだ遊真を威嚇しているモールモッドをいろんな角度からまじまじと観察している。
『……素晴らしい。ここまで精密なトリオン操作で変形機能を使える者は近界民でもそうそういない』
「そりゃそうだ。強さとは関係がないからな。昔からオレにとって、トリガーはオモチャだった」
言いながら右手で弧月を抜き、モールモッドを軽く叩く。次の瞬間、呆気なく砕け散った。
「スコーピオンは変形できる代わりに耐久性が難点。変形もあんま複雑にするとさらに耐久が減る。ヒット&アウェイや、奇襲とかスタイルにコンセプトがあった方が断然強いな」
全ての装備が消え、陸平は遊真の方へ向き直った。
「あとは自分の立ち回りと相談って感じだな。使ってみて手に馴染む方を選ぶのが結局は一番いい」
『私もそれが賢明だと思う』
「……あれ? リクヒラ先輩、さっきのモールモッドのやつ、もう一回やって」
「おい、今すっげーいいこと言ったのに、聞いてなかっただろ」
スコーピオンで遊ぶ新人から目を離し、もう一人の方に声を投げる。
「そっちは?」
「……ぼくはまだ、考え中です。またあとで相談させてください」
「オッケー。どのポジションも、向き不向きがある。せっかくなんだから、頭だけで考えないで実際いろいろ使ってみな」
新人の目はメガネの奥で、射撃用のトリガーを気にするように動いていた。
ーーー
訓練室での説明を終え、リビングで宇佐美が用意したマカロンを食べていると、迅が帰ってくる。帰ってきて早々、迷わず机の真ん中にある皿へと手を伸ばした。
「おい、それで全部だから。いないやつの分残しとけよ。桐絵が暴れる」
「じゃあ、おまえの持ってるやつでもいいよ」
「皿のにしろ」
「どっちだよ」
手の中のマカロンは奪われた。悪びれる様子もなく、皿のマカロンもまたたく間に減っていった。
迅はその後みんなと少しだけ話し、そのまま去っていく。扉が閉まり、一定のリズムで足音が遠ざかっていった。
「オレも部屋戻るわ。気をつけて帰れよ」
立ち上がり、リビングから出て廊下を歩く。一度、自室前でドアノブに手をかけた。
しかし思い立ち、すぐさま踵を返して、ノックもせずに向かいの部屋を躊躇なく開ける。
部屋の主は電気も付けずに、ベッドの上に大の字で寝転んでいた。
「……びっくりした。急に来るな」
「予知でなんとかしろよ」
「じゃあ思いつきで行動するな」
腰にあるホルダーを見る。いつもの場所に風刃はない。三年前のあの日から、そこにあるのが当たり前だった最上の形見が消えている。
迅はベッドから起き上がり、暗闇の中で眉を下げて笑った。
「風刃の話しに来た?」
「他になんかある?」
「……悪かったな、勝手に決めて」
「なんで迅が謝んだよ。風刃はおまえのでしょ」
「今は本部のだよ」
迅が決めたこと。これが最善。それは分かっている。だが──。
目を伏せる。自然と声も落ちた。
「……本当によかったのか?」
「なにが?」
「…………風刃に決まってんだろ」
「そんな気にするほどのことじゃないって」
いつも通り笑っている。どこか遠くを見据えるような笑みだ。
陸平にはそれが、自分の心情に蓋をしているように見えた。
「オレは黒トリガーの意志を尊重したいってだけ」
「意志? 最上さんの?」
「そう。風刃は“おまえのためのトリガー”だ」
はっきりとした口調で告げる。迅は一瞬だけ表情が緩んだ気がした。
「そんなことないでしょ。あんなに適合者多いんだし」
「そんなん、おまえが動きやすいようにだろ」
「どうかな〜。単に最上さんの懐が広いってだけじゃない?」
分かりやすく、のらりくらりとはぐらかそうとしてる。結論だけ言っても納得はしなさそうだ。
一度、話を区切り、自分の思考をまとめるように再度口を開く。
「黒トリガーは、その人の意思や目的が強く反映される。性能はまちまちだが、唯一共通する特徴が“使用者を選ぶ”ってこと」
これを知った時から、ひとつだけ確信があった。
「全てを注ぎ込んで自ら武器になってんだ。そりゃ明確に、“使ってくれる誰か”をイメージして作ってるんじゃないか?」
不特定多数の誰かではなく、特定の一人に持たせるための最適化。それは陸平から見れば、“究極のオーダーメイド”に他ならない。
「その結果として、黒トリガーが人を選ぶようになった」
「……面白いけど、風刃もそうだとは限んないでしょ」
「根拠ならある」
「そんなのあるか?」
陸平はまっすぐと迅の目を見る。
「だって、迅のSEは風刃と相性が良すぎるだろ」
自信満々に言ってのけた。
風刃の性能はバランスを欠いている。攻撃面にのみ特化しており、防御面を考えられていない。
そんな性能になったのはなぜか。“想定する使い手に防御性能が不要だったから”ではないか? そう思わずにはいられなかった。
「端から見ててもそう思うんだ。自分で使っててどうなんだよ」
「……さあ、どうだろうな」
曖昧な返事だったが、深追いはしなかった。
「まあ、単にオレにはそう見えるってだけだ。黒トリガーは解析しても謎ばっかだしな」
陸平は腕を組み、壁にもたれかかる。
自分の仮定が正しいかなんて、結局のところは誰にもわからない。
「迅が決めたんならそれでいい。きっと良い方に進むだろうし。……でも、どうしても諦められなくなったらちゃんと言え」
気がつけば、風刃のあった場所を見つめていた。視線を上げると、迅の口がゆっくりと動く。
暗闇に目が慣れてきて、迅が目を瞑って静かに笑っているのがはっきりと見えた。
「大丈夫だ。未来はもう動き出してる」
「……別にそこは心配してねーよ」
机に放置されていたぼんち揚げの袋を奪って、陸平は部屋から出ていった。
驚異的トリオン量(低さ)【ヒラ】
「トリオンエラー」の主人公。
年中トリガーをいじってる生粋のトリガーバカで最年少エンジニア。
大人顔負けの高い見識と子供っぽい感性を併せ持つ。
ラボでの専門は「トリオンが身体に与える影響の分析と統計」。
自分が興味あることには熱中するが、それ以外のスキルは皆無というキングオブ両極端。
長年トリオン体で生活していたせいで、トリオン量どころか生身の体力すら修に劣るレベル。
私服の黒ジャージもトリオン製なので、所持している布製の服は学校の制服のみ。
進学校組でブレザーだが、ネクタイは結べないので付けていない。
ついでに自転車も乗れない。