トリオンエラー   作:楕楕楕円

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5話「三雲 修」

 

 

《玉狛支部配属の黒トリガーを所持する近界民について》

2013.12.19

 

【経緯】

・12月14日、玉狛支部に当該近界民が配属される。

・12月18日、遠征より太刀川隊、冬島隊、風間隊が帰還。三輪隊と連携し、黒トリガー奪取の任務を通達。

・任務の際にS級迅隊員、嵐山隊と交戦した模様────

・迅隊員より、『風刃』および『近界民の所持する黒トリガーの解析データ』を受領したとの報告あり。その後、当該近界民の入隊を城戸司令が承認。

・関係隊員は隊務規定違反により厳重注意とした。

 

【備考】

・冬島隊員は遠征帰還時に体調不良を訴えていたが、遠征中に玉狛支部所属・陸平隊員による応急処置を受けており、予定より早期に行動可能と判断されたため、黒トリガー奪取の任務に途中参加。

 

 

ーーー

 

 

 迅がフリーのA級隊員になった翌日。昼飯の小南のカレーがもうすぐ食べ終わるところで、修からトリガーについて相談したいと持ちかけられた。とりまるは夕方までバイトらしいので、その間にやってしまおうとなったわけだが──。

 

「修、おまえ弱すぎだろ」

 

 陸平は真っ白なトレーニングルームに踏み入ってきっぱりと言った。

 戦闘の様子を見て、そう評価せざるを得なかった。

 

「はい、自覚はしてます」

 

 修はレイガストを杖代わりにして、よろっと立ち上がる。

 モールモッド一体との戦闘で、彼は十回以上もベイルアウトを繰り返した。ダメージを食らいすぎているし、時間もかかりすぎだ。

 痺れを切らした陸平が敵の動きを単調に、速さもゆっくりに設定してようやくこの時間は終わった。

 ちょっと実力を見たくてモールモッドとの戦闘を提案したのは自分だが、ベイルアウト五回目くらいからそこそこ後悔していた。

 

「で、なんの相談だ?」

「……えっと、ガンナーになりたいと思いまして」

「……そのトリオン量で?」

 

 正直な感想だ。

 

「やっぱり、ぼくのトリオン量じゃ厳しいですか……」

「そりゃね。燃料ない車でレースに出てるようなもんだから。そもそも戦闘員に向いてない」

「……それも、わかってます」

「だから、おまえが戦闘員をやるなら、その燃料をどう使うかをよく考えなきゃ」

 

 修は極端すぎるにしろ、戦闘員としてはトリオンが低めな隊員も何人かいる。自分の持ち味や役割を明確にして、その人ならではの強みを出すのが定石だ。

 

「……止められるのかと思いました」

「なんでだよ。おまえが決めたんだろ?」

 

 陸平は内心、“メガネくん”という人物に身構えていた分、拍子抜けしていた。ほっとしたとも言える。

 迅から聞いた話によると、修はトリオン不足で試験に落ち、有刺鉄線をペンチで切って立ち入り禁止区域に侵入。そこでトリオン兵に襲われ、死にかけたところを迅が助けたらしい。率直に言えば、第一印象は「無鉄砲な危ないヤツ」だった。

 だが、実際に会ってみれば、目の前の新人はどう見ても常識人。とりまるのメニュー通りに訓練し、礼儀正しく素直だ。事前情報さえなければ、ただの真面目な中学生にしか思わなかっただろう。

 

「で? なんでガンナーがいいってなったんだ?」

 

 思考を打ち切るように話を戻した。

 

「……実際に現れたトリオン兵と戦って、ぼくは近接だとすぐに負けると思ったんです。だから中距離で少しでも貢献できればと」

 

 一瞬、修の言葉に納得しかけたが、違和感に気がつく。

 

「……ん? ちょっと待て。“実際に現れたトリオン兵”と戦った? おまえ、つい最近までC級だったんだろ? 宇佐美に聞いた」

「あっ……いや……! それは、その……」

「……おい、いつの話だ」

 

 言いにくそうに目を逸らされたので、無理やり事情を説明させた。

 どうやら、彼の学校でイレギュラーゲートが発生し、C級トリガーでトリオン兵と対峙。修はトリオン体を壊され、それを遊真に助けられたそうだ。

 説明が終わってから数秒間、陸平は何も言わず、新人の顔をじとっとした目つきで睨み続けた。

 マス目状の線のみで囲われた殺風景な部屋は、少しの沈黙でも時間が止まったように長く感じる。

 

「あの……」

 

 しばらくしてから困り果てている表情へ、咎めるようにきつめに言い放った。

 

「おまえ、遊真がいなかったら死んでるよ」

 

 言われなくてもわかっているはずだ。だが、こいつにはそれ以外にも前科があるのを知っている。

 陸平が口を閉ざすと、修はわずかに俯いたまま手を強く握りしめた。

 

「それでも……なにもできないまま、見てるだけの自分を許せないんです」

 

 その言葉に、どくりと心臓が跳ねた感覚があった。咄嗟に視線を落とす。

 “強迫観念”という文字が頭に浮かぶ。修を動かしているのはポジティブな正義感ではなく、自身のルールに対する強い依存に近いもののように見えた。

 陸平は短く息を吐く。

 

「……あんま危ないことすんなよ。そういうのは感心しない」

「……すみません」

「じゃ、ちょっとだけ付き合ってやるよ」

 

 スマホを操作すると、訓練室が草原に変わり、人の背丈くらいある射撃用の的がいくつも並んだ。

 

「あの的は止まってるが、数分経つと場所が移動する」

「それを狙って撃てばいいんですね」

「別に当てなくてもいい」

「……え?」

 

 否定されるとは思っていなかった、そんな声だ。

 

「的に当てる練習、ですよね?」

「それは撃つ練習だろ。中距離の練習じゃない。おまえが意識しなきゃいけないのは距離感だ」

 

 修はハッとした顔をした後、慌ててズボンのポケットに手を入れた。シャーペンが挟まれた小さなノートが出てくる。

 

「この距離なら当たる。こっからは無理ってのを確認する。だから全部当てる必要はない。弾が当たったかじゃなくて、今どのくらいの距離にいるのかを常に考えな」

「……はい!」

「ガンナーかシューターかってのは決めてんの?」

「……いえ、まだ」

「なら、とりあえずどっちも触っとけ。距離感の違いもわかる。とりまるが帰ってくるまでの宿題な」

 

 勉強熱心な新人は真剣な顔で頷いて、ペンを動かしている。

 手の動きが止まるのを待ってから、陸平は口を開けた。

 

「最後に、先輩が戦闘員にとって一番大事なことを教えてやろう」

 

 ノートから顔を上げたその頭に、陸平は右手で素早く引き抜いた拳銃を突きつけた。

 

「“生き残ること”だ」

 

 ──発砲。

 突然のことに、修は反応すらできていなかった。発射の音でギクリと肩が揺れた程度だ。

 弾丸が額に命中し、ちょこんと扇形の電波マークが表示される。修は遅れて後ろによろめいた。

 

「なっ……! こ、これは……?」

「スタアメーカー。当てたとこにマーカーつけるトリガーね。これでトリガーセットいじれるようになるから」

 

 拳銃を指先に引っ掛けて回す。もう片方の手でスマホの設定画面を開いた。

 スタアメーカーは、ステルス対策として敵の位置を把握するために使われる。突き詰めれば、位置情報を取得できるということは、マーカーと端末の間に“専用の通信回線”が一本通っているのと同じ。これを利用しない手はない。

 

「ちなみにオレのは、威力ゼロの改造版。一応、護身用にアステロイドも撃てるけど」

 

 基本ケーブルを接続せず、トリガーをいじるためにマーカーをつけるので、威力があると困るのだ。ボーダーで登録されているトリガーであれば、どれだけ離れていても即座に解析や改良ができる。とてもエンジニアに優しい設計だった。

 

「よし。セット完了。おまけで視界に目安の数字が出るようにしといたから、距離感がゼロに近づくようにやってみな」

 

 トリガーにはシューター用とガンナー用のアステロイドを、ひとつずつセットしておいた。

 修は額を撫でながら、まだ呆気にとられている。

 

「中距離が生き残るのに、大事になるのも距離感だ。当てなくてもいいから、とにかく射程の距離感を身体に叩き込んどけ。話はそれからだ」

 

 ポケットに両手を突っ込み、出口の方へと歩いていく。

 

「ま、どう戦うかとかはオレは専門外だから、とりまるに教えてもらいな。夕方には戻るらしい。頑張れよ〜」

「は、はい。──ありがとうございます」

 

 ご丁寧に頭を下げている修を尻目に、訓練室の扉が閉まる。

 ──三雲修は危なっかしい。精神性と行動力に、純粋な力がまったく追いついていない。それが現時点での彼に対する印象だった。

 

(イレギュラーゲートか……)

 

 ボーダーには誘導装置がある。イレギュラーゲートなど、ゲートの仕組みを使っている以上、開けられないはずだ。──なら、どうやって?

 陸平はすぐさま通話を繋いだ。

 

「鬼怒田さん? イレギュラーゲートの件、データ全部送って」

 





●陸平の拳銃
チップでの管理ではなく、装備としてトリオン体生成時に一緒に生成される。
そのため、銃自体が破壊された場合は再生成ができない。(トリオン体そのものを破棄して作り直す必要がある)
戦闘用ではなく開発・研究用だが、ダイアル切り替えでアステロイドも撃てる。威力はお察し。


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