トリオンエラー   作:楕楕楕円

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6話「イレギュラーゲート」

 

 

 本部から徒歩三分の場所に、ポツンと不自然に真っ白な平屋があった。一見して窓が見当たらないその建物は、陸平が自腹で建てた専用ラボだ。

 壁面はすべてトリオンで、耐衝撃や防音なども完備している。中は広々としているが、自室の様子とそこまで変わらない。整ったPCデスクとごちゃごちゃの袖机、ベイルアウト用兼仮眠用のマットレス、トリオン体の内部構造を可視化できる人体模型、充電中のロボット掃除機。他にも生活に必要な設備は大体揃っている。

 

「お菓子くらい置いておきなさいよね」

 

 小南が星輪のバッグから出した一口サイズのチョコを口に放り込んだ。部屋の真ん中に設置されている作業台の椅子に勝手に座っている。

 時刻は二十一時半、防衛任務の帰りだそうだ。

 

「ここは休憩所じゃねーんだよ」

 

 陸平はトリプルモニターの前のオフィスチェアに座って、スマホを持ったまま言った。

 我が家のようにくつろぐ小南のうしろから、ガサガサと音がする。

 

「冷蔵庫に何も入ってないじゃないか。ずっとこれか」

 

 奥の壁のダンボールを漁っていたのは、同じく防衛任務帰りのレイジだ。手には食品の袋が持ち上げられている。

 ラボにはキッチンはないが、小さめの冷蔵庫とその横にまとめ買いしておいた完全栄養食が入っているので、なにも問題はなかった。

 

「トリオン体は食ったものをほぼ百パーセント栄養に還元できる」

「普通に飯を食え」

 

 レイジが声を低くして手の中のものを箱に戻すと、自動ドアが滑らかにスライドし、迅がふらりと入ってきた。

 

「新〜、言われてたやつ持ってきたぞ」

 

 手には尻尾を適当に束ねられた数体のラッドがぶら下がっている。隠密偵察用の小型トリオン兵だ。

 鬼怒田からもらったデータによると、陸平の遠征中に三門市の地中に数千体もばら撒かれていたらしい。改造されており、ゲートを開く仕組みがあった。

 

「その辺に置いといて」

「じゃあ、この辺に」

 

 ラッドがチョコ菓子の箱が広げられている横に乗せられた。

 作業台を一瞬だけ確認して手元のスマホに目線を戻す。

 

「あんたは昨日から根詰めて何してんのよ」

 

 椅子の背もたれに体重がかかる。気がつけば背後に移動した小南が、肩越しに画面を覗き込んでいた。

 

「イレギュラーゲートの原因調べてんだよ。ちょっと気になって」

「原因ならもうわかってるじゃない。バムスターの中に入ってたラッドが、ゲートを作ってたんでしょ?」

「“最初のイレギュラーゲート”以外はな」

「えっ、最初?」

 

 目をぱちぱちと瞬かせる小南に、陸平はくるりと椅子を回転させて手に持つ画面を見せた。

 三門市のマップにゲートの発生時間と位置が赤いピンで示されている。

 

「この一つだけ発生が早いうえに、誘導から外れてる」

 

 問題のピンが刺さったエリアを指でズームする。

 迅も歩み寄って、画面に顔を近づけた。

 

「……お、ホントだ。よくうちの誘導装置を無視できたね」

「並大抵の細工じゃ、イレギュラーゲートは発生しないっての」

 

 陸平が言うと、レイジが同意するように口を開けた。

 

「当然だ。ボーダーのゲート誘導にはもうひとつの“対策”がある」

 

 そうだろ、とでも言いたげにレイジがこちらを向いてきた。

 さっきまで壁の方にいたのに、いつの間にか作業台まで移動し、机に寄りかかっている。でかい図体に隠れて、机の上のラッドは見えなくなっていた。

 視線を切って陸平がPCの方に向き直り、出したままだった対策の稼働記録を最前面に持ってくる。

 

「本部の“キープアウト”な。オレの遠征中も正常に動いてた」

「あ〜、あれの効果範囲って地上だけじゃないのか」

「言ってなかったっけ」

 

 ボーダーには陸平が鬼怒田に協力を依頼して開発された、市街地防衛用トリガー『キープアウト』がある。立ち入り禁止の警戒区域と市街地との間に張ってある、認識阻害専用のトリオンで出来た膜だ。

 物理的に守る役割は全くなく、攻撃を防ぐことはできない。警戒区域内にいる状態で、キープアウトの外の人間をレーダーに映らなくするというもの。

 

 トリオン兵はトリオンに反応して人間を襲っている。誘導装置と認識阻害を組み合わせることで、範囲内にいるトリオン兵はそもそも“人間を感知できない”。だから市街地には向かえない。

 念のために隅々までシステムを確認してみたものの、なんの不備も見当たらなかった。正常そのものだ。

 

「鬼怒田さんからの情報によると、この一発目のイレギュラーゲートは、“黒トリガーによるもの”だってさ」

「はあ!? 黒トリガー!?」

 

 小南が大声と同時に、陸平のスマホをひったくるように奪った。

 

「黒トリガーでどうやってゲートを開くのよ!」

「一番ありそうなのは、黒トリガー自体にゲートと似たような機能があるとかだな。ゲートに連動させられる、または機能を強化する黒トリガーとかも考えられる」

 

 迅が視線だけでちらりと、小南の持つスマホを見る。

 

「誘導を力技でねじ伏せたってこと?  贅沢な使い方するね」

「ラッドを数千体もバラ撒くような連中だからな。コストとリターンの計算が苦手らしい」

 

 警戒区域に誘導されるのはゲートだけだ。誘導装置とは、ゲートを誘導するためにプログロムされている。つまり、最初のイレギュラーゲートは、“ゲートではない”という可能性が極めて高かった。

 キープアウトは人間のトリオンしか遮断してないため、一体のトリオン兵が市街地に発生すれば、それ以降のラッドはその反応を追うだけで市街地に出られる。

 

「オレも黒トリガーだと思ったし、レプリカにも聞いてみたけど新しい情報はなかった。調べてもあんま旨味ないかもな」

 

 そう言って、盗人から自分のスマホを取り上げる。

 小南はじっと黙って画面を凝視していたが、やっと体勢を立て直した。

 

「これが黒トリガーだとしても、イレギュラーゲート自体はもう止まってるわけでしょ? 尻尾が掴めないなら、放っておいてもいいんじゃない?」

「でもな〜、なんか嫌な感じすんだよ」

 

 椅子に乗ったまま二人の間を抜けてキャスターを滑らせる。作業台で止まると、レイジの後ろにあるラッドを一体引き寄せた。

 

「今回の敵はイレギュラーゲートを開くために、この偵察用トリオン兵を改造してる。しかもとんでもない数だ」

 

 ラッドの頭をコンコンと叩いた。

 

「そんで、それが思うように動かなかったのを“わざわざ黒トリガーで”無理やり誘導を外してきた。使われたのが黒トリガーだってのは、調べたらすぐに分かる」

「ああ、新は敵が“あえて目立つ行動を選んでる”ってことが気に入らないわけだ」

 

 迅が柔らかく頷いた。

 

「行動に違和感しかないだろ。ただ偵察するだけのつもりなら、もっと見つからないようにやるべきだ。こんな強引で足がつく方法は避けるはず。敵にはきっと、偵察以外にも“別の目的”がある」

「別の目的ってなによ。偵察以外になんかやることある?」

「それが今回の謎」

 

 結局、その手がかりが見つかっていない。あるいは見落としている。杞憂かもしれない。だが、放置しておくにしては、敵の意図があまりにも不明瞭で気味が悪い。

 「敵の計画が雑だった」というだけでも通るが、それならそれでいい。これが考えなしの行動だと分かれば、敵のおおよその戦略レベルが測れる。

 

「だから手当たり次第に調べてみてるってわけ」

「それこそ迅は何か見えてないのか?」

 

 レイジが声を投げると、迅の目が辺りを見回すように動いた。

 

「ん〜、ラッド見てから、大規模侵攻の予知がはっきりしたくらいかな。だから、これが次に攻めてくるとこのトリオン兵ってのは確定」

 

 陸平がため息をつく。

 

「そうなるよな。……まるで黒トリガーがあるってことはバレてもいいみたいな感じ。むしろ、こっちには黒トリガーがありますよと脅しているようにも見える」

「それもあるだろうな。敵に持っていると思わせるだけでも、役割に不足はないだろ」

「あ〜、そういうのもあるか〜」

 

 陸平はキャスターを滑らせて、無造作に置かれている簡易的なマットレスに飛び込んだ。体が沈んでいく感覚に身を任せて足を組む。

 

「ま、要は手詰まりなんだよ。とりあえずエネルギー量とか数値だけでも、もろもろ出しとくか……」

 

 仰向けのまま、アプリへと情報をドラッグしてポイポイ投げていく。アプリのアイコンは、かなり簡略化されたドット絵のドラゴン。自作の計算ツール『ドラッグオン』だ。

 瞬時に吐き出された計算結果と同時に違和感のメモも残して、ふと、思い出すように陸平の手が止まった。

 

「そういえば、迅。“新システム”の方はどう? データ上は問題なさそうだけど」

「めっちゃいい感じ。わかりやすいし。体感的にもほとんどズレてないよ」

「よしよし、ちゃんと使えそうだな。間に合ってよかった。これもさっさと提案書作んないとな」

「その辺は新にまかせるから」

 

 ふうん、と小南が探るような視線を陸平と迅に向け、マットレスの方へと詰め寄ってきた。

 

「なによ、まーた迅と悪巧みしてんの?」

「そりゃもう、とびっきりのやつを」

「小南すぐ信じちゃうんだから、適当に返事すんのやめてね」

 

 迅は言うと、そのまま片手を上げる。

 

「じゃ、おれもう帰るから。なんか進展あったらまた教えて」

「あんま期待すんなよー」

 

 ひらひらと手を振って、迅は軽快な足取りで出口に向かった。

 続けて小南も「明日の予習してない!」と、ひとしきり騒いだあと、大慌てでレイジを連れて帰って行った。

 みんなを見送ると、入れ替わりで手の中のスマホから音が鳴る。着信だ。画面には「忍田さん」の文字。

 

「もしもし、どうしたの?」

『迅から会議について、なにか聞いているか?』

 

 電話に出て、開口一番がそれだった。

 

「なんも。迅ならさっきまでいたけど……なんか会議あんの?」

『未来視のサイドエフェクトについて、ブリーフィングを行うことになった。第二次大規模侵攻に向けての連携のためだ。迅からの提案だよ』

 

 話題の人物が出て行った扉を見る。

 あいつのことだ。この電話がかかってくることを、予知して逃げたに違いない。

 

「……なるほどね。つまり、オレが説明役ってこと?」

『そういうことだ。サイドエフェクトは新の専門分野だろう?』

「まあ、迅がいいんなら、それでもいいけど」

『その迅からの指名だよ。確実に新の方が詳しいから、とのことだ』

「あいつ、オレに丸投げしやがったな」

 

 電話の向こうで忍田が愉快そうに笑った。

 

『資料の準備含めていつならいける?』

「んー、三日あれば」

『じゃあ、三日後に。スケジュールはこっちで抑えとくから、よろしく頼む』

 

 陸平は通話を切ると同時に、ベッドから起き上がる。

 作業台に放置されたチョコをひとつ摘んでPCの椅子へ座った。

 





●キープアウト
陸平が鬼怒田と共同開発した市街地防衛用トリガー。
警戒区域と市街地の境にある境界にある、トリオンで覆われた薄い膜のようなもの。
キープアウトは、境界の外にいる人間のトリオン器官の認識を阻害する。そのため警戒区域内のトリオン兵は、人を感知できず市街地に出られない。
肉眼でもトリオン体でも直接的な視認は不可。レーダー的なもので膜の存在は感知はできる。威力から守る役割はなく、攻撃は普通に通す。
警戒区域内ではデフォルトでベイルアウト範囲が制限されるので、戦闘で使えるトリオン量が大幅に増える。(市街地に出れば元のトリオン消費に戻る)
陸平はこれの功績でボーナスが弾みまくった。

●ドラッグオン
陸平が開発したオペレーター、エンジニア端末に標準装備されているアプリ。ゴリゴリの計算ツール。
通称:ドラゴン。アイコンがドット絵のドラゴンになっている。
オペのPCや戦闘員の視界などの端末から入手した情報を自動的にストックしており、計算したい時は情報をアプリにドラッグ&ドロップするだけで即座に数値を表示する。


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