トリオンエラー   作:楕楕楕円

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7話「未来視」

 

 

 三日後。陸平は六階の会議室の窓に、外側から足をかけて張り付いていた。格好は私服の黒ジャージだが、メガネはない。

 会議開始時間寸前──なんとか遅刻は免れた。

 

「おーい、誰か開けてー」

 

 左手に出していたグラスホッパー用の球体を消して、ガラスを3回ノックした。半分だけ持ち上がったブラインドの隙間から中を覗き込む。

 十人程度が座れる小さめの会議室で、内部には七人。全員がこっちを見た。

 当の本人である迅は当然のように不在だ。念のため、どこまで説明していいのか確認を入れたところ「まかせるって言ったでしょ」とかなんとか、しれっと言ってきた。

 正面の椅子に座っていた東が穏やかに笑って、窓をスライドさせる。

 

「こんなにギリギリなのは、珍しいんじゃないか?」

「実は合わせてやりたいことがあって。それのプレゼン資料つくってたら、時間が消えてた」

「はは、そいつは楽しみだ」

「さっさとせんか! もう全員揃っておるぞ!」

 

 聞き慣れた調子で鬼怒田の声が飛ぶ。

 急かされたので窓から飛び降りて、気持ち早歩きで全員の顔が見える席に立った。

 手前の席には太刀川、冬島、風間、東といった精鋭。後ろの方には忍田、鬼怒田、唐沢ら幹部が陣取っている。今回欠席の城戸、根付、林藤にもすでに資料データを送付済み。

 背中の壁にはホワイトボードも用意されており、板書も可能だ。本格的に授業のようになってきた。

 

 「では、開始してくれ」

 

 忍田に合図され、ふと根本的な疑問が浮かぶ。

 

「説明っつっても、みんなはどんだけサイドエフェクトのこと把握してんの?」

 

 一番わかってなさそうな最前列の太刀川へと、自動的に目が滑る。そして目が合った。

 

「太刀川さん、サイドエフェクトってなーんだ?」

「……特殊能力みたいなやつ?」

「うん、だいたい合ってる」

 

 せっかくなので、黒いマーカーを手に取って蓋を外す。キュポン。いい音が鳴った。

 

「サイドエフェクトってのは、トリオンの影響で知覚できる感覚の一種だ。感覚として作用する特殊能力って考えでもいい。あくまで感覚だから、空を飛んだり、ビーム出すとか、そういうのはない」

 

 ホワイトボードに大きく『SE=感覚』と書く。赤いマーカーに持ち替え、その部分を丸で囲んだ。線に迷いはない。

 

「オレたち人間ってのは、外部の情報を受け取る時に五感を使う。言い換えれば、五感が感知できないことは分からない。サイドエフェクトを持っている人はその感知できる範囲が広いんだ」

 

 丸の上に大きく『広い!』と書き足す。

 

「感覚の内容は多種多様だけど、今んとこ大きく分けて二種類。ひとつは特定の感覚が強化されてるパターン。もうひとつは他の感覚に紐づいて、別の性質を知覚するパターン。迅は後者」

 

 黒マーカーに戻し、本題に入る。『未来視とは?』とだけ書くと、振り返った。

 

「まず大前提。迅には文字通り未来が見える。視覚情報のみでの知覚。あいつにとって未来視は、見えるっていう感じ方のひとつ。例えば……冬島さん、ちょっと目閉じて」

「げっ、俺かよ」

 

 先生に当てられた生徒のような反応をするのは、太刀川の正面に座る半袖の二十九歳。目が合ってしまったのだから仕方がない。

 渋々といった様子で、少しの間のあと冬島が目を閉じる。

 陸平はホルダーから手早くスマホを出して握り込んだ。

 

「オレは今、何を持ってるでしょう」

「知らねーよ」

「なんでもいいから言って」

「じゃあ、マーカー」

「ハズレ。目ぇ開けていよ──はい、これは?」

「スマホ」

「正解。よくできました」

「今のなんだよ」

 

 わけがわからない、と言いたげな表情の冬島。スマホは一旦机に置いた。

 

「冬島さんだって、目を開ければ“目の前のものが見える”でしょ。迅のサイドエフェクトも、あいつにとってはそれと全く一緒。ただし、迅の場合は視界に映るものはすべてが予知の対象になる。関連する出来事の未来が一定期間見えるんだ」

 

 『未来視とは?』の下に『視覚』と付け足す。下にのっぺら棒の人型を描いた。

 

「SEの精度に関わってくるのは単純に迅が得る情報の多さ。それについて迅が知ってるほど予測の精度が上がるんだ。中でも重要なのが姿。おそらくは迅の見てるイメージに直結してるから。その人物を見るまでは“誰が”何をしているのか、分からないままだ」

 

 説明しながら、円の中に目と口を描き足して顔をつくった。

 

「次。じゃあ、迅の未来視ってなに?」

 

 陸平が『未来視とは?』の部分をマーカーでコンコンと叩く。

 太刀川が自分の顎を触り、考えてるっぽいポーズをとった。

 

「未来視って言うんだからそりゃ起きることがわかるんだろ。相手の行動予測したりとか」

「ま、そうなんだけど。その解答じゃ花丸はあげられないな。あいつの未来視ってなんか特徴あるじゃん?」

 

 陸平は太刀川の隣に座る風間の方をちらりと見て、視線で発言を施した。風間は鋭い目を向けて、腕を組む。

 

「迅の言葉を借りるなら、その特徴とやらは『分岐』と『可能性』だろう。複数の未来を同時に見ているようなことを、よく口にしている」

「あ〜、そういうアレね」

 

 太刀川がわかってる風な態度で頷いた。

 

「そう、正解。迅に見える複数の未来は、起きる可能性の高さがわかる。あいつのサイドエフェクトの本質はその未来の確率──つまり“起こりやすさ”だ。視覚情報だけでその差がわかる。“視認性”が違うんだ」

 

 陸平は『未来視とは?』の横に『起こりやすさ』と書き、イコールで繋いだ。

 

「確率が低い未来は“うっすら”と、高い未来は“はっきり”と見える。だから、迅が認識できるほど見えてる時点で“起こる可能性が高い”と言える」

 

 さらさらとポイントを付け加えた。キュッ。マーカーが音を立てる。

 

「なら、ここで気になってくるのは、迅はどうやって良い未来に誘導しているかってとこだよな」

「そんなん分かんのかよ」

 

 半袖がヤジを飛ばしてきた。

 

「オレが最初に聞いた時、連想したのはあみだくじだったな」

 

 陸平が縦長の線を5本書いた。横の線を適当に何本か足す。

 

「こんな感じで、いろんな結果のまっすぐな線が平行に並んでる。横へ繋がる線もある。これが迅に見えてる未来とする」

 

 青マーカーで右上から、左下を目指して線が引かれていく。

 

「現地点から良い未来のルートに行くために、この邪魔な横の線を消したり、逆に増やしたりして行きやすいルートをつくっていく。そんなイメージ」

 

 ルートから遠ざかる線を指で消し、線を増やして左下へとゴールした。

 

「じゃあ、どうすれば横の線をつくったり消したりできるのか」

 

 陸平は太刀川に向かって、マーカーを持っていない手で銃を撃つポーズをつくった。

 

「問題。オレが今、トリガーを起動してない状態の太刀川さんを撃つとする。さて、あなたはどうしますか?」

「トリガーを起動する。トリオン体になればおまえの弾なんて痛くねえ」

「マジで撃ってやろーか!?」

 

 余計な一言に声を荒げると、太刀川の反対側からトントンと音がした。

 見れば冬島が口角を上げ、頬杖をつきながら机を叩いている。完全に面白がっている顔だ。

 

「ほら、新。授業止めんな〜」

 

  態度の悪い生徒をじろりと牽制して手を下ろす。陸平は続けた。

 

「……では、太刀川さんが数ある選択肢の中から、その行動を選んだのは何故でしょうか」

「そりゃ、それが一番安全だからだろ。その後は余裕で反撃できるしな」

「OK、癪だけどいい答え。さっきの行動をまとめると、オレが太刀川さんを撃とうとした。だから安全策として、太刀川さんはトリガーを起動したってこと」

「それがどうした?」

「行動ってのは簡単に“影響し合う”んだよ」

 

 人型の上に、重なり合う円を書いた。そして、その円同士の重なった部分を塗りつぶす。

 

「迅に見えてる可能性のひとつひとつが、互いに干渉してるみたいなんだ。物理的にその干渉してる部分が、迅にとってはよく見えてるはず」

 

 塗ってある部分を指し示した。

 

「影響しやすいってことは、揺れやすくもある。だからある程度までは誘導できても、直前までは確定しづらく、何本も未来が見えるってわけだ。ちなみに確定ってのは百パーセントって意味」

 

 マーカーを元の位置に戻す。

 全員の顔を見渡してから、陸平は声のトーンを一段落とした。

 

「で、一個提案があるんだけど」

 

 スマホを持ち、参加者の端末にプレゼン資料を一斉に送信した。

 すでに迅には何度もテストに付き合ってもらっている、新システムについての内容だ。

 

「この際、迅のサイドエフェクトを数値化しようと思って」

「……数値化?」

 

 唐沢が眉を上げる。

 数値化という言葉が出た途端に、部屋の空気が変わった。

 

「彼のサイドエフェクトを数式で表せる……という意味かな?」

「迅にとっての見えやすさを“確率”として出せる」

 

 陸平が頷いて、後ろの方で聞いている上層部たちに目線を向ける。両手を机につき、前のめりになった。

 

「ボーダーが組織として、あいつのサイドエフェクトを組み込むなら絶対必要になってくるだろ。大事な決断をしなきゃならない時、どうしても迅の主観だけに偏らない客観的な目安がいる」

 

 それに鬼怒田が端末を手で叩き、付け加えた。

 

「物事を正しく測るためには、何かと比べる必要がある。だったら、比較しやすくて扱いやすい数字に置き換えれば、管理も楽になるわい」

「というわけで、鬼怒田さんに無理言って、優先的に進めてもらってた。今まで迅に試してもらってる限り、精度は良好」

「正式に運用する前に、まだ微調整用のデータは取る必要があるぞ」

「ま、詳細はこっちにまとめてあるから検討よろしく」

「わかった。数値化の件に関してはこちらで進めておく」

 

 忍田がはっきりとした口調で、力強く頷いた。

 スマホをいつもの場所に仕舞い、まとめに入る。

 

「ここまでいろいろ言ったけど、間違えないでほしいのは、どこまで行っても確定するまでは“可能性”でしかないってこと。確定してない以上、百パーセントにならない要因が必ずある」

「例えばどんな要因だ?」

 

 ちょうど欲しかったタイミングで、東からの質問が入る。

 

「決定的な人物の情報の欠落、ただ単に知ってる情報が少なすぎたり、暗い場所や迅にとって見えづらい状況とか。そういった場合は、情報を正しく処理できない。全ての情報を迅が把握しているわけじゃないからな。結果、あのサイドエフェクトはいくらでも曖昧になる」

 

 極論、迅が知り得ないことは、なにもわからない。あいつにとって無いのと同じだ。

 

「実際、迅に見えてることは起こる確率が高い。でも、それって結局“迅の視点ではそう見える”ってだけなんだ。そこに齟齬があっても誰も気づけない」

 

 それが一番の問題だった。どこまでいってもサイドエフェクトというのは“主観”でしかない。

 

「未来視が正確だったとしても、見てるのは人間だ。見逃したり勘違いだってする。だから、あくまでも可能性のひとつって捉えるのが正しい理解。見たもの全てを、完璧に正しく理解できる人なんていないだろ」

 

 一切思い込みなどのバイアスがない、完全にフラットな生物など存在しない。

 ロボットでさえも、目的という一種の方向性を与えなければ、何もできなくなってしまうのだから偏りがあって当然だ。

 

「個人的には天気予報くらいの感覚で捉えるのが一番近いかな」

「いやいや。そりゃ、ちょっと軽すぎでしょ」

 

 天気予報という発言に冬島が疑惑の目を向けてくる。

 少なくても陸平は、本気でその認識だ。

 

「適切だよ。オレが見てる限りは、かなり似てるね。近い未来だと精度がよくて、遠くなると不確実性が増すとこも同じだ」

 

 冬島が腕を組んで「あ〜バタフライ効果ね」とつぶやいた。

 納得した様子だったので話を戻す。

 

「結局、迅が一人で未来を大きく誘導するなんて不可能だ。巨大な岩を持ち上げるには、大勢の人を巻き込む必要がある」

 

 思い出したくもないあの日の光景が、嫌でも脳をよぎった。

 雨が降りしきる中、倒壊した建物のすぐそばで真っ赤になって横たわる仲間たちと、塵となって粉々に崩れる恩人の姿──。

 言葉を切り、一呼吸入れる。爪が食い込むほど、両手を握り込んでいたことに気がついて力を抜いた。

 

「あいつが見ても見なくても、どうせ未来はくる。迅は見えるってだけだ。どんな助言をもらえても、選択して行動するのは最終的には自分だろ。大事なのは“今”。自分たちがどう行動するかだ。その行動が、結果的にあいつの見てるサイドエフェクトに繋がってる」

 

 そこまで言い切って、机の上に用意されていたペットボトルに口をつけた。

 壁の時計を見る。ここまで約三十五分。すでにお茶は少しぬるかった。

 

「以上。なんか質問ある?」

 

 太刀川の目線が宙に浮いたあと、陸平に向いた。

 

「おまえには見えてないのに、なんでそんなことわかるんだ?」

「いや、別にわかってねーよ?」

「ん?」

 

 即答すると、太刀川が首を傾げた。

 

「だって、これが本当に正解かどうかは誰にもわかんないでしょ。全部オレの予想」

「科学というのは事実をもとに、なにかを仮定することで成り立っておる」

 

 鬼怒田からのフォローが入り、陸平もそれに頷いた。

 

「そうそう。今んとこ、そう考えるのが一番シンプルで計算が楽なんだよ」

「違ったらどうすんだ?」

「その結果をもとに、また考えるってだけ。辻褄合ってりゃいいんだよ。使えるんだから」

「結構適当だな、科学」

「語弊がある言い方をするでない!」

 

 開発室長の声を聞き流し、全員の顔を見渡した。質問がある人はいなさそうだ。

 

「他になんもないなら終わり。現時点で、特に重要なのはそんくらいかな」

「充分だ。では、解散」

 

 忍田の号令で、椅子が引かれる音が重なった。

 

 

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