トリオンエラー   作:楕楕楕円

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8話「価値」

 

 

 未来視の授業を終えた陸平は、浮遊感のあと玉狛の自室のマットに受け止められる。手早くメガネをかけ、扉を開けた。

 廊下を進みリビングを覗くと、どら焼きに夢中で頬を膨らませている遊真。その横で雷神丸と遊ぶ陽太郎がいる。

 ドアノブを引いて、軽い足取りで中へと入っていった。

 

「おつかれ〜。今、おまえらだけ?」

「お、りくひら先輩。さっきまでこなみ先輩がいたよ。すれ違わなかった?」

「オレあんま玄関使わないから」

「ああ、先輩はベイルアウトだっけ」

 

 遊真の正面に腰掛けると、陽太郎が右手を前に握りしめてずんずんとやってきた。

 

「あらたには、これをやろう」

 

 ぽんと陸平の手の上に乗せられたのは、陽太郎が折ったであろう折り紙。茶色の紙で作られていて、なにやらトゲトゲとしている。モチーフは謎だ。

 全体的に歪んでいるせいか、先端部分がぐちゃっと潰れている。

 

「なにこれ。イガグリ?」

「じしんさくの“らいじん丸”だ」

「わっかんね〜」

 

 陽太郎は両手を腰に当て、得意げにふんぞり返る。自信満々だが、折り紙はどう角度を変えても雷神丸には見えない。

 陸平は自分の太ももに顎を乗せてくつろぎだした“本人”に、見せつけるように折り紙を揺らした。

 

「これ、おまえだってさ」

 

 雷神丸は一瞥すると折り紙から顔ごとそっぽを向き、ムフーっと鼻で息を吐く。どうやら気に入らなかったらしい。

 

「どうだ、らいじん丸! なかなかのデキだろう!」

 

 陽太郎が隣によじ登ってきて、ソファに立ったまま胸を張る。

 露骨に目を逸らしたままの雷神丸は、喉を鳴らすように低く短い音を出した。

 

「なにを言う! げいじゅつがわからんやつだ!」

「あははっ、もっとかわいいもんな?」

 

 雷神丸はのっそりとソファから立ち上がり、陽太郎の前まで移動して腰を下ろした。陽太郎は腕をブンブンと大きく回しはじめ、なにやら言い争っている。

 いつもなら雷神丸が軽くあしらう程度で終わるのだが、今回は見逃してもらえなかったみたいだ。珍しい。

 ちびっこたちの様子を横目で見ながら、陸平は机の端に置かれた袋から折られていない紙を二枚抜き取る。青い方の正方形をどら焼きの横に置いた。

 

「折り紙、遊真もやってみる?」

「ほう、折り紙? この紙を使うの?」

「こうやって、紙を折って遊ぶ」

 

 手元に残った赤い紙の、端を合わせて三角に折る。

 顔を上げると、遊真は青い紙を持って、穴が開くんじゃないかと思うほど見つめていた。

 

「どうした? 違う色がよかった?」

「色?」

 

 声を投げながら、陸平は手の中で赤い紙を止まることなく折り返す。

 

「柄入ってるやつとかも引き出し探せばあるかも。そっちがいい?」

「ふむ……」

 

 遊真は口を尖らせ、折り紙の肌触りを確かめるように触っている。なにか考え込んでいる様子だ。

 

「なんだよ、その顔」

「いや、紙ならおれも持ってるんだ」

 

 そう言うと、遊真は青い紙を机に置いて、足元のバッグから抜き身の千円札を一枚取り出した。

 

「これは使えないの?」

「遊びで使うのはやめときな」

「……うーむ、謎だ。この紙とおカネの紙にはなんの違いがあるのか……。どっちも同じ紙なのに」

「それでずっと微妙な反応してたのか」

 

 完成した赤い鶴の羽を広げて形を整える。まだ雷神丸とケンカ中の陽太郎のヘルメットに乗せ、遊真に向き直った。

 

「こっちの人たちがその紙に特別な意味を持たせてるってだけ。それを基準にして物のやりとりをしようねってのが玄界のルールなんだよ」

 

 陸平はまだ手がつけられていないどら焼きの入った皿を、自分の方へと引き寄せた。

 

「このどら焼き頂戴、代わりにこれやるから」

「む?」

 

 先っぽが微妙に潰れている謎の物体を遊真の前に置く。

 

「これは……なに?」

「知らん」

「おれのつくった“らいじん丸”!」

 

 お子さまがこちらに気がついた。

 

「どう? 交換してくれる?」

「む〜、なんかおれの方が損してる気がする」

「ははっ、バレたか」

「なにを〜〜〜!」

 

 真剣に二つを見比べている遊真と、地団駄を踏む陽太郎に笑って、陸平は机に置いていた折り紙を引き取った。

 

「自分の何かを渡す時、相手側の物が欲しくないと、その取引には納得できないだろ? どっちが得かは人によって違う。だから直接交換だと揉めやすい。同じくらいの価値のものじゃないと、どちらかが一方的に損をするしな」

 

 言いながら、折り紙をクルクルと手で遊ばせる。やはり雷神丸には見えない。

 

「近界のもんは大体トリオンだけど、玄界のもんは材料の種類がたくさんある。同じもんなら比べやすいけど、こっちでは違う場合の方が断然多いんだよ」

 

 手の中の折り紙をウエストポーチに入れ、入れ替わりで千円札を取り出す。

 

「そこでみんなが“これを価値の基準にしよう”と決めたのがお金。お金ならどら焼きも折り紙も同じ基準で比べられる」

「たしかに、別に基準があった方が便利だな」

「紙そのものに力はないけど、玄界のみんなはこのデザインの紙に“価値がある”と約束してるから使える。これがあれば、違うもの同士でもスムーズにやりとりできるわけだ」

「お〜、そういう仕組みになってたのか」

 

 説明を終わらせると、陽太郎がこちらに指を突きつけてきた。

 

「もうあらたには、しんさくを作ってもあげないからな!」

「それくらいオレだって作れるし」

「けっとうだ! どっちがかっこよく作れるかしょうぶだ!」

「負けた方はおやつ抜きな」

「うけてたつ!」

 

 お子さまはくるりと小さな背を向け、雷神丸に乗って引き出しの中を漁りはじめる。無地の紙は決闘には相応しくないようだ。

 

「オレ、飲み物持ってくるわ。戻ってくるまで逃げんなよ」

「のぞむところだ!」

 

 たしか自室に飲みかけのペットボトルがあったはず。

 陸平は席を立ち、すれ違い様にヘルメットを軽く小突いていく。

 赤い鶴が陽太郎のポケットからはみ出していた。

 

 

ーーー

 

 

 数分後。陸平は再びリビングの扉を開けた。

 

「オレがいなかったのって二、三分だよな?」

「そんくらいかな」

 

 少しだけ声のボリュームを落として、遊真と目配せする。

 戻ってきたら、陽太郎は雷神丸に乗ったままぐっすりと寝ていた。口が半開きだ。

 

「ま、不戦勝でオレの勝ちってことで」

 

 お茶を一口飲み、同じ場所に座り直す。

 ついでに三冊ほど抜き取ってきた漫画もソファの上に置いた。

 

「あ、そうだ。今なら邪魔入らないし、どら焼き交換してよ。これで」

 

 陸平は意地悪くニッと笑い、茶色い物体を遊真に見せつける。

 遊真は皿のどら焼きを手に取ってひとくち齧った。

 

「やめとくよ。さっき損だって教えてもらったばっかだしね」

「やっぱダメか〜」

 

 わかってたような口ぶりで言うと、赤い瞳がまっすぐと突き刺さってきた。

 

「それに先輩、最初から交換する気なんてなかったじゃん」

「そりゃ、手持ちがこれだしな。そもそも交換が成立するとは思ってないって」

「いや、そうじゃなくて」

 

 小さい指が、陸平の持つ折り紙を指差す。

 

「先輩にとって、“それ”とどら焼きの交換は損なんでしょ?」

 

 陸平は目を見開き、ピタリと動きが止まった。

 

「……なに言ってんだよ。どら焼きの方がいいに決まってんじゃん」

「りくひら先輩、つまんないウソつくね」

 

 まるで嘘だと確信しているかのような顔。降参するように、陸平は開きかけた口を閉じた。

 

「…………なんで?」

「そういうサイドエフェクトです」

「……なるほど」

 

 正面から目を逸らし、折り紙をウエストポーチにしまった。

 目線の先で陽太郎は寝息を立てながら、むにゃむにゃと口を動かしている。

 とにかく聞かれてはいないようだ。

 

「……で、おまえのサイドエフェクトって、どういうやつ? 訊いてもいいの?」

 

 好奇心半分、気まずさ半分で問いかける。

 遊真はどら焼きを頬張りながら、なんでもないように答えた。

 

「ウソがわかるんだ。元々は親父が持ってたんだけど」

「……へえ、親父さんから引き継いだのか。そのパターンは初めて知ったな」

 

 父親の黒トリガーで換装している影響が強いのだろうか。かなり特殊な事例だ。

 

「そういえば、ずっと先輩の言葉で気になってたんだけどさ」

 

 遊真が思い出したように声を上げる。 

 

「迅さんって未来が見えてるわけじゃないの?」

「ん? いや、見えてるけど。気になってたんだ?」

「りくひら先輩が“未来視”って言うとウソになるから」

「あ〜……、そういう」

 

 返事がワンテンポ遅れた。思い当たる節がありすぎる。

 

「それって迅にも発動してんの? あいつから未来視って聞いた時はどうなんだ?」

「迅さんのはウソじゃないんだ。だからフシギだったんだよね」

「めちゃめちゃ相手の認識に左右されてんじゃん」

 

 騙す意図がなくても、その人の感じる真偽で反応するタイプらしい。だとしたら、自分の発言は真っ黒だ。

 陸平は言葉を選ぶように、慎重に口を開いた。

 

「あれは未来視というより、“可能性が見える”って言った方が正確かな」

「それって未来視とは違うの?」

「あのサイドエフェクトの性質を、全く誤りのない言い方で表すって意味なら、オレ的には結構違う」

「う〜ん、あんま違いがわかんないな」

「……迅には確率的に起こり得ることが見えてんだよ。起こり得ることは、いずれ起こるってだけ」

「……ほう?」

「こうやって説明するより、未来視って言った方が直感的にイメージしやすいだろ。だからそう言ってんの」

「ふむ、そういうウソもあるのか」

「なに遊真。オレのことすっげー嘘つきって思ってた?」

「まあ」

「ひで〜」

 

 笑いながらソファの後ろに両手をつくと、右手の指先に放置していた漫画が触れた。

 

「遊真って日本語読めるんだっけ?」

「ひらがなとカタカナなら一応」

「じゃ、これ貸してやるよ。貰いもんだから大事にしろよ」

 

 置いていた漫画の一巻を前に出した。

 遊真が両手で受け取って表紙を眺めるように見る。

 

「この青くて丸いやつが出てくんの?」

「そいつ未来のロボットだよ。レプリカみたいな自律型でどら焼きが好物」

「おお! なんかたくさん文字と絵がある!」

「玄界の文化のひとつだ。さっきの折り紙もそうだが、遊びや楽しむために使われるもんがこっちには多いんだよ。夜、寝ないんだろ。暇つぶしにでも持ってけ。玄界の勉強にもなるしな」

「ふむふむ。おっ、丸いやつが引き出しから出てきたぞ!」

 

 白い髪がふわりと動き、漫画に食い入るように近づいて紙をペラペラとめくった。

 自然と口元が緩む。あの人もこんな気持ちだったのかもしれない。

 

 

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