トリオンエラー   作:楕楕楕円

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9話「四次元」

 

 

 二十三時、玉狛のリビング。他のメンバーは自宅に帰り、今は陸平、遊真、迅しかいない。レイジは遅くなってしまったので千佳を車で送っている。当然だが陽太郎はとっくに就寝時間だ。

 遊真は今日は泊まっていくらしく、いつものローテーブルで貸した漫画を開いて、じっくりと読みこんでいた。

 迅が冷蔵庫からペットボトルを取って、遊真の近くをふらっと横切る。その気配に気がついたのか、漫画に夢中だった白い頭が顔を上げた。

 

「ねえ、迅さん。四次元ってどんなの?」

 

 呼び止められた迅は立ち止まって、わずかに視線を泳がせた。

 

「うーん……広い空間?」

「ふむ」

「おい、新」

 

 迅が陸平の方に顔を向ける。

 陸平は少し離れたカウンターテーブルで、スマホを持ったまま二人の様子を横目で見ていた。

 

「なに? 四次元?」

「聞いてたんなら助けろよ。四次元ってなに、だって」

「説明してやればいいじゃん」

「いやいや。ほら、こういうのはおまえが得意でしょ。サクッと説明しちゃってよ新先生」

 

 その会話を聞き、遊真の首がひねるように動く。

 

「ん? 迅さんはわからないの?」

「えっ」

「あっはは、そうだよ。どうなんだ?」

 

 純粋無垢な問いかけに、陸平はケラケラと笑って頬杖をついた。

 

「ぜひ聞きたいな〜。間違ってたら訂正してやるから」

「すっごい説明してやりたいんだけど、大変残念なことに実力派エリートはこれから外せない用事がある」

「迅さん、つまんないウソつくね」

「ほら、つまウソ判定出たぞ。解説よろしく」

 

 迅は有無を言わさず「じゃ」と手を挙げて、そそくさとリビングから逃げていった。

 ツナギのベルトからぶら下がるホルダーにスマホをしまい、陸平は遊真の正面まで行って腰を下ろす。

 

「で、なんで四次元を知りたいんだ? 大体想像つくけど」

「ん〜、四次元を知りたいというか、ポケットのしくみが知りたいんだ」

「やっぱ漫画貸したからか」

「このポケットはなんでいっぱいものが入るのか……。う〜む、フシギだ……」

 

 遊真は未来ロボットがポケットからドアを出すコマを、まじまじと見つめて唸っている。

 

「分かりやすさ重視で説明ってなると、おまえのSE的にめっちゃ嘘つくんだけど」

「あ〜、りくひら先輩の“そういうウソ”なら分かるから。そんな気にしなくて大丈夫」

「分かんのかよ」

「いいからいいから。早く教えてよ」

 

 伝えるための嘘なら区別できるようだ。彼のSEも思っていたより精度がいい。

 説明を今か今かと待っている様子に、陸平の口角は自然と上がった。

 

「そうだな〜、四次元の説明するってなると、まず次元がなんなのかって話になるな」

「確かに。そこがまずわからん」

「簡単に言うと次元ってのは“動ける方向の数”のこと」

「方向の、数……?」

 

 何を言っているんだとでも言いたげな顔を向けられ、耐えきれず笑ってしまう。

 そのまま遊真の前に手を出すと、そこにゴマのように小さい球体が現れた。変形させたシールドだ。

 

「一番最初に、ゼロ次元ってのがある」

 

 陸平が点を指差す。

 

「で、これがゼロ次元に住んでる人」

 

 点をよく見ると、その球体の側面に人型がピタッと張り付いている。

 

「ほう、はじめまして」

「こいつにはどこにも自由がない。存在するだけで、全く動けないんだ」

「なんと! かわいそうに……」

「というわけで、こいつが住みやすいようにゼロ次元を一次元にしてやろう」

 

 点が横に引き伸ばされ、線のようになった。住人は線に張り付いたまま、左右にスライドして進む。

 

「おお! ぜろ次元が伸びた!」

「この一本道が一次元」

「伸びるだけで?」

「自由に動ける方向が増えることで、こいつはパワーアップして名前が変わる。ゼロ次元は左右に伸びることによって、一次元に進化できるんだ」

「あ、方向の数ってそういうことか」

「じゃあ、一次元が進化するために動ける方向を増やすぞ」

 

 線が前後に伸びていき、平面のようになった。住人もシールのようにペラペラで、滑るように動いている。

 

「これが二次元」

「紙の中にいるみたいだ」

「お、いい表現だ。こいつは高さってもんを持ってない。前後と左右に動けるけど、上下には動けないんだ。こういう平面なやつね」

「ふむ、平面が二次元」

「そんで高さが加わると三次元になる」

 

 平面が上に伸びていき、立方体になった。

 

「これが三次元」

「お、いつものキューブの形」

「前後左右にプラスして上下に増えることができる。立体な空間だ」

 

 中にいる住人も立体的になっており、スキップしながら大きく動き回っている。

 

「元気だな住人」

「オレたちが見てるもんってのは大体全部この次元。オレたちは三次元に生きてるってことだな」

 

 陸平が住人を消し、点、線、平面、立体を順番に並べた。

 

「ゼロ次元が点、一次元は線、二次元は平面、三次元は立体、ここまでOK?」

「オッケーです」

「まあ、ここまでやればわかると思うが、四次元ってのは三次元が新しい方向に伸びたもの」

「上下左右前後とは別にってこと? 無理じゃない……?」

「うん、半分正解。こっからが面白いとこだから」

 

 パッと全てのシールドが消える。シールドの設定を“物理透過”に切り替えて、また平面と平面の住人を出した。

 

「お、平面だ。二次元」

「オレたちを一個下の次元、二次元の住人だって想像して考えると分かりやすい」

「おれたちが?」

「想像して。オレたちの世界に高さはない。前後と左右だけ。そこに三次元の物が入ってきたらどうなる?」

 

 平面の上に、陸平は指を入れ、しばらくしてから抜いた。住人は慌ただしく動いている。

 

「なんかびっくりしてるよ?」

「指なしで二次元住人から見た視点はこうだ」

 

 再現するように平面に指と同じ大きさの円が突然現れ、しばらくしたら急に消えた。

 

「急になんか出てきて消えてった!」

「二次元のやつらからしたら、意味不明だろ。これを三次元住人のオレらにやってるのがあのポケットの構造」

 

 シールドを変形させ、三次元の立方体を斜めに伸ばしたイメージを作った。

 

「オレたちにはあのポケットはこう見えてる」

 

 陸平がくるりと指をふると、立方体が繋がったものの向きが地面と平行になり、ぐるっと横に回転した。

 

「何個に見える?」

「一個に見える!」

「そう、オレたちはこの向きから、真っ直ぐにしか四次元を見れない。本当は奥にいっぱい繋がってんだけど、オレたちはここからしか見えないから、それが分からないんだ」

「でも実はすごく広いんだ?」

「正解。実際はここに奥行きがあんだよ。見えてないってだけで」

「ほう!」

「これがポケットの場合の四次元だな。なんとなく分かったか?」

「うん! なんとなく!」

 

 説明が終わったと見て、目の前にあったシールドを全て消す。

 

「ポケットの場合ってことは、他の場合の四次元もあるってこと?」

「四次元って大きく分けて二種類あって、分野によって意味が結構違うんだ。あのポケットは数学的な四次元だな」

 

 陸平は机の真ん中に置かれていたカラフルな飴玉の入った小物入れへと手を伸ばし、一番上の一個を摘む。宇佐美が帰る前に遊真に置いていったやつだ。

 

「これは授業料ね」

「じゃあ、はい。もう一個」

 

 すぐさま遊真も小物入れの飴玉を取り、それを陸平の手へ置いた。

 

「もう一つの方の四次元ってのはどんなの?」

「お、そっちもやる?」

「ぜひぜひ、よろしくお願いします」

「先払いされたら仕方ないな〜」

 

 彼の好奇心は止まらないようだ。

 陸平は上機嫌に飴玉をポッケに入れ、机に放置されていた色鉛筆とらくがき帳を引き寄せる。白紙のページを開いて、二つの四次元を分類するように書いた。

 

「もう一つの四次元ってのは、簡単に言うと時間のことだ」

「ほう、時間。時間も方向なの?」

 

 紙の端に数ページ適当な丸を書いてパラパラと見せる。

 

「一瞬一瞬の積み重ねが今だって考え方だ。イメージ的にはパラパラ漫画だな。こういうの。一方向に動いてってるだろ?」

「お〜! ほんとだ! 動いてるように見える!」

「こっちの四次元はさっきの空間とセットで考えると分かりやすい」

 

 立体と住人を出す。住人は遊真に気づいて手を振った。遊真もそれに手を振りかえす。

 

「なんかおれに気づいたよ?」

「こいつは“今”の軸が加わって四次元の住人になったんだ。さっきの空間の三次元プラス、時間の一次元。ただの位置情報だったところに。“いつ”っていう時間の情報も入った。こういうのをひっくるめて時空って呼ぶ」

「ふむ」

 

 遊真は考えるような素振りをし、数秒後に手を挙げた。

 

「りくひら先生、質問」

「はい、遊真くん。どうぞ」

「空間は全部同じ感じで方向が増えていったけど、それと時間をひっくるめちゃっていいんですか?」

「お、目の付け所が面白いな〜」

 

 分類の下のスペースに『距離=速度×時間』と書く。

 

「これ小学校で習う法則ね。速度は移動、距離ってのは空間のこと。速度と時間が分かれば距離がわかる。逆に速度と距離が分かれば時間もわかる。空間と時間ってのは“切り離せない”んだよ」

「ん? どういうこと?」

「空間を移動するためには、絶対に時間を使うだろ?」

「あ、そっか。セットでしか動けないのか」

「時間を使わずに移動するなら、ポケットじゃなくてドアがいるな」

 

 言いながら、積まれた漫画をチラリと見た。

 

「これがオレたちがいる世界そのものが四次元とするって解釈」

「カイシャクってなんだっけ」

「自分なりの考えって意味ね。分野によって視点が結構違うからな。オレらを三次元って考えるやつもいるし、四次元って考えるやつもいんだよ」

「じゃあ、さらに上の五次元とかもあるの?」

「さあ、どーだろ。オレらの世界のさらに向こうの話だからな。それは自分で考えなきゃ。それこそ、おまえの解釈が大事」

 

 陸平は声を弾ませながら笑う。

 遊真は眉を寄せ、腕を組んだ。自分なりの解釈を考えているようだ。

 

「う〜ん、カイシャク。むずかしいな……玄界じゃないってことは、近界とか?」

「おお……! そうくるか……!」

「あれ? 違う?」

「いやいや、そうじゃない。良い答えだ。……かなり的を射る答えでビックリしたけど」

 

 陸平は先ほどの分類の下にさらっと文字を付け足す。

 

「遊真のそれは、玄界の他にも近界みたいな世界が複数存在するって感じか。空間の四次元と時間の一次元ってイメージかな。合わせて五次元だ」

「ホントだ。足し算した時に五次元になればいいのか」

「そーいうこと。まあ、細かい部分は置いとくとして、近界が異次元の一つってのは間違いないよ」

「お? じゃあ、当たったってこと?」

「さあな。この問題に正解なんてないんだよ」

「ないの? 気になるのに」

「解釈は自由で無限なんだ。何を言っても否定するための材料がないからな。今んとこ誰にもわかんないし」

「なるほど、無限か」

 

 遊真は陸平の顔をじっと見つめた。

 

「じゃあ、りくひら先輩にもカイシャクがあるの?」

「オレ? 五次元の?」

「うん」

 

 陸平は数秒止まった後、赤い瞳から目を逸らした。

 

「……あー、ないな」

「つまウソだ」

「略してんじゃねーよ」

 

 一瞬で見破られた。どうあがいてもこの好奇心モンスターからは逃れられそうではない。

 陸平は観念するようにソファに深くもたれかかる。

 

「まあ、一応な。オレの考えもあるけど」

「ほう、それは気になるな」

「……えー、言わなきゃダメなやつ?」

「あるなら先輩のカイシャクも訊かせてよ。自由で無限なんでしょ?」

「……めっちゃ解釈って言うじゃん。新しく覚えた言葉、使いたいだけだろ」

「りくひら先輩の! カイシャク!」

「わかったって!」

 

 遊真の好奇心に折れる形で、自分の考えをまとめるように口を開けた。

 

「オレはー……、五次元ってのは確率だと思ってる」

「カクリツ?」

「オレたちが生きる時間を四次元だとするなら、そこに交わるもう一本の軸は確率じゃないかって考えだな」

 

 明確に一人の人物を思い浮かべながら続ける。

 

「さっきの感じで言うなら、空間の三次元プラス時間の二次元だな。本来、前後であるはずの時間が左右にも繋がって見える。可能性っていう軸だ」

「……それって」

 

 遊真が何か言おうとしたが、遮るようにらくがき帳を閉じて話を終わらせた。

 

「とまあ、そんな感じでいろんな解釈あるわけだ。四次元に関してはこんなところだな。どうだ? 玄界の科学は面白いだろ」

「フシギなことがたくさんあって面白い! すごく勉強になったよ。どうもありがとうございました、りくひら先生」

「そりゃ、よかった。どーいたしまして」

 

 陸平が席を立とうとすると、遊真は漫画を開いてひとつのコマを指差した。

 

「じゃあ、次はこのドアのしくみ」

「SFを現実に落とし込もうとするな」

 

 

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