勇者一行の『村娘』   作:テイラノ

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邂逅

 

 

 

 

 

 

 

 眩い光に目を瞑り、再び目を開けたとき、そこには薄暗い壁と床があった。

 

 

「おや、()()は予想外。一体全体どういうことかな?」

 

 

 聞き慣れない声が聞こえてその方向を向くと、簡素な衣服に身を包み、壊れかけの椅子に腰掛ける人間…いや、『魔族』が居た。その手にくすんだ水晶を持ち、驚きと困惑の混ざった顔をして、私の顔を見ていた。

 『魔族』の他に目を移してみれば、淡い灯火が揺らぐ仄明るい部屋が見える。しかし、部屋にそれ以外の内装は無く、『魔族』の持つ水晶と脚の細い椅子が辛うじてその体裁を保つのみであった。

 

 やがて、互いに見るものも無くなり、再び視線が交錯する。

 

 

「…そうだな、先ずは挨拶から始めるとしよう。初めまして、人族の少女よ。私の名は『クロノスタキシア』。かの封印から幾年が過ぎたのかも分からないが、この名は残っているかな?」

 

 

 クロノスタキシアと名乗った『魔族』は、妙に形式張った態度を取った。

 慇懃な態度が逆に怪しい。何より、今この場で圧倒的に優位であるにも関わらず、対等な挨拶を求めている点で理解できない。

 名乗らない方が吉だろう。

 

 

「初めまして。その名前は初めて聞くので、クロノスさんって呼んでもいいですか?」

「もちろん、構わないとも。それにしても、()()の様子から察するに、私の名は知られていると思ったのだが」

「私にそこまでの学はありませんから。御容赦ください、クロノスさん」

「ふ……その呼び方は新鮮でいいな。いいだろう、渾名に免じて許そうではないか」

「ありがとうございます」

 

 

 取り敢えず、一段落だろう。本当に、一言一言が私の命に関わる場面なんて考えたくもない。クロノスが理性的な『魔族』で本当によかったと、心から安堵してしまう。

 さて、そんなクロノスだが、違和感がある。

 一つ目は、此処が何処なのかということだ。彼の言葉から封印が施されている場所であることは分かるが、一応、此処がどの辺りなのかは分からない。知らぬ間に大陸の何処かに飛んでしまったとしたら、数日と保たずに死ぬことすらあり得る。

 二つ目は、“彼ら”という表現だ。これが『勇者一行』のことを指す場合、クロノスはこの森に封印された『魔族』ということになる。しかし、そうでない場合、全く別の人々のことを指しているかもしれない。確約が無い以上、疑問点としては成立するだろう。

 

 そして三つ目は、クロノスがどうやって今この場に無い景色を視ているのか、だ。

 魔力の流れから察するに、この場に発動している魔法は燭台の火魔法と水晶の魔法の二種類のみである。よって、水晶にその原因があると思うのだが、如何なのだろうか。

 

 

「ところで少女よ、其方は何故此処に居る?私の魔法が示す限り、其方の姿はかの一行の中にあった筈だが」

 

 

 クロノスが質問してきた。が、返すことが出来ない。

 恐らく、クロノスは水晶を通してこの場所では無い景色を見ているのだろう。曰く、“かの一行”と言ったので、私たち(『勇者一行』)のことを見ているのも間違いない。となれば、此処は森の中心部であり、クロノスは封印された『魔族』なのだろう。

 しかし、私がこの部屋にいる理由は理解できない。

 故に、状況の説明から行おう。

 

 

「私が此処に居る理由は()()()()()()。この場所に来る直前の私は特に何もしていなかったので、原因も不明です」

「ほう…では、その手に持つ魔水晶は何だ?変な光が漏れているが」

 

 

 魔水晶とは、特訓用の魔道具のことだろう。

 何だ、と問われても、特に効果は無いと伝えるしかない。

 

 

「適切な魔力の流入に合わせて発光する魔道具です。試してみますか?」

「ふむ…頂こう」

 

 

 クロノスが私の魔道具を手に取って確認している間に、くすんだ水晶に映っている景色を盗み見る。

 やはり、水晶の中には絶え間なく蠢く木々とそれに翻弄される『勇者一行(二人)』が映っていた。

 しかし、セージさんは鬼の形相で魔物を切り刻み、セレナさんは無表情で聖霊魔法を使い、魔物を『浄化』している。しかも、その速度は尋常じゃないほど速くなっており、走る二人に合わせて、木々が高速で景色の端を流れていた。

 

 多少、セージさんたちが不味い状況になっているのは分かったので、次はクロノスに目を向ける。

 クロノスは渡した魔道具を光らせつつ、興味深げな視線を向けていた。

 

 

「…上等な魔道具だ。元の魔法式の単純さを利用し、このような一つの型式を作り上げるとは…作成者はさぞ優秀な魔法使いなのだろう」

 

 

 クロノスはそう褒めると、魔道具を私に返してきた。

 赤い光を発する魔道具に対して、色を途切れさせないように魔力を流しながら、魔道具を受け取った。

 

 その瞬間にクロノスの目は見開かれ、続いて愕然とした表情を見せた。魔道具を放るように私に返し、その手を茫然と見つめ始めた。

 

 

「今の魔力は…いや、有り得ない、あのお方がこんな…まさか、本当に……?」

 

 

 ぶつぶつと二言、三言呟くと、クロノスは視線を此方に向けてきた。悲痛なそれは、縋るような、放っておけないような、複雑な視線だった。

 そして、私はその瞬間に、この視線に()()()()()()()()()と感じた。

 クロノスはほぼ無意識的に“魔力”という言葉を発した。また、その次に“あのお方”という言葉を漏らしている。

 そして、私の魔力が私の本質()に由来するものであるのならば、現在の私の魔力には()()()()()()()()()()()()()()可能性が高い。

 

 つまり、十中八九、私の中に居る『魔女』の正体がバレている。

 何をされるか分からない以上、私はクロノスを、最低でも敵だと見積もって行動する必要がある。

 懐に忍ばせた魔法陣(スクロール)に手を伸ばしつつ、クロノスの動きを注視する。

 燭台の炎が揺らぎ、何処からか吹く風に身が震える。

 

 

「…光を、見なくなって、久しくてな。教えてくれないか?其方…いや、()()の中に、誰が、いるのかを」

「っ…!」

 

 

 クロノスはそう言うと、虚ろな目の儘に手を伸ばしてきた。

 突然の変貌が不気味で数歩ほど下がると、クロノスは更に私に近付いてきた。

 一歩後ずさる毎に、クロノスが二歩近付いてくる。隙が埋まりつつある。

 後ずさりしながら、部屋を見渡す。赤い水晶、薄暗い燭台、腐った椅子、椅子の上の明滅、揺らぐ灯り、()()()…!

 燭台の火が、クロノスが通れそうなほどの大きさの暗い穴からの風で揺らいでいるのが見えた。

 それを見た瞬間に、私は走り出した。

 

 

「…なっ、待て!!!」

 

 

 クロノスが叫ぶが、もう遅い。勢いそのままに穴へ突っ込む。

 案の定、穴の向こうには石造りの通路が広がっており、淡く疎らな灯に照らされていた。

 後ろから聞こえる声を無視して、通路を遮二無二駆け出す。倒れ込むように角を曲がり、全速力で部屋から距離を取る。

 五、六回角を曲がったところで、通路の先が明るくなっていることに気付いた。同時に、真後ろに怨嗟の声が迫っていることにも気付く。

 

 

「また、私の光を、奪おうというのか──!」

「ひっ…うわっ!」

 

 

 鬼気迫る声に足がすくみ、転んでしまう。あと少しで外に出られるのに、体が動かない。

 少しでも反抗しようとして後ろを振り返ると、私はその行動を後悔した。

 

 クロノスは、泣いていたのだ。

 

 その表情は鬼のように激しいが、目からは涙が溢れていた。堪えきれないものが溢れたような、悲しい顔だった。

 私は反抗する気が起きなくなってしまった。だって、クロノスが、これほどの思いを数百年間も抱えてきたことを理解してしまったのだ。()()()が、邪魔していいものではないと思ってしまったのだ。

 伸びてくるクロノスの手を、避けることが出来ない。

 

 

「返して、もらおうか」

 

 

 返す、ということは、『魔女』を私から引き抜くつもりだろう。

 眼前に魔法陣が浮かび、淡く光り出す。

 私の魂が、砕かれていく様子を幻視する。

 微かで、堪えがたい痛みが思考を解れさせる。

 魂の煌めき、『魔女』の存在、クロノスの心、『魔族』の意義、故郷の墓、私の命、家族の証、セレナさん、セージさん、生と死、その輪郭───

 

 

「……だからこそ、私も死ぬ気はない!」

「なっ…!」

 

 

 魔法陣で破壊されつつある魂に、概形を定める。その中で、放散しつつある魔力()を寄せ、無理矢理固める。

 邪魔をする気がないからといって、好き勝手にされる筋合いはない。

 私は、生きるためにここに来たのだ。

 

 

「…クロノスさん、もし()()だとして、私が普通の人間に見えますか?」

「……普通であるかどうかは関係ない。あのお方に…『魔女』様に仕えることが私の命の意義だ!例え何があろうとも、それを諦めるつもりは無い!!」

 

 

 この一瞬で、互いに魔力を使い尽くしている。

 体力で上回るクロノスが未だに優位にある。故に、私は気合いで耐えるしかない。向こうの心が折れればそれで早いのだが、そう簡単にはいかない。

 

 

「…故に私も、全力を出させていただこう」

「はっ?」

 

 

 クロノスの言葉に耳を疑った。既に満身創痍だというのに、何を…

 いや、違う。

 魔法の効果が跳ね上がった…!

 

 

「うぐ、ぅぅぅ…」

「くっ…中々、しぶといな」

 

 

 クロノスの表情に苦しみが混じる。恐らく、この魔法の効果を倍増させる能力も、長くは使えない。

 既に私も意識が飛ぶ寸前だが、時間をかけさせれば勝機はある!

 私は、別に、()()で勝ちたい訳じゃないんだ。

 

 そして、待ち望んだ、声がした。

 

 

「『(サンダー)』!」

 

 

 一筋の光が、クロノスの体を穿った。

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