目の前に、全てが黒い荒野がある。
私が放った『
さっきまで殆ど隙間も無いと思っていた森は、黒い木の残骸が疎らに点在する荒野と化していた。
『…60点ってとこかしら。スクロールの性能を無視すれば40点ぐらいだけど』
…何の点数を付けているんだ?
もしや、魔力量に対する魔法の精度だろうか。
『正解。基礎の基礎は出来てるけど、少し荒いわ。スクロールの性能は上等だったけど、貴女自身の魔力制御がもう少し良ければ木片すら残さなかったはずよ』
……かなり危険だな。ってことは、セージさんたちは大丈夫なのか?ていうか、クロノスの魂が回収出来ないかもしれないけど、予測できてるなら止めた方が良かったんじゃないの?
『私のクロ………クロノスタキシアはそんなに柔じゃないわよ。多分、そろそろ体を治し終わってるんじゃないかしら』
……え?ああ、え?うん?あ、そういうことか。「私のクロ…」ね、なるほど。確かに、それは助けたいと思うか。ああ~うん、分かった。まさか、そういうことだったとは。うん、了解。
『…』
まあ、そういうことは横に置いて、セージさんたちはどこに居るのか。『魔女』の言葉が正しければ、そろそろクロノスが復活する頃合いで危険になってしまう。
死に体の『魔族』の恐ろしさは、
クロノスがどれ程の損傷を受けてどの程度まで回復しているのかは知らないが、とんでもない強さになっているかもしれない。
黒い焼け野原を慎重に進む。一歩進む毎に、地面から変な音がする。
一体、私はどれだけ吹き飛ばされているんだ?そろそろ洒落にならないくらい歩いているのだが、クロノスは疎か、セージさんたちの姿すら一向に見えてこない。
ある程度太い黒焦げの木々を頼りに小高い場所を登り、周りを見渡してみる。すると、焦土の中に輝く聖霊結界を見つけた。かなり遠いが、他に頼る宛てもないので歩いて行こう。
クロノスの襲撃も考えると、出来るだけ纏まって行動した方がいいだろうし。
「ヘレナさん!無事でしたか!?」
「大丈夫だったか?どこも怪我してないか?」
「うん、全然問題ないよ」
到着と同時に、私は二人から心配された。
尚、セージさんは聖霊結界内でセレナさんに取り押さえられて治療されている。
すぐに私を捜しに行こうとしていたようで、怪我を治してからと言うセレナさんに無理矢理止められたようだ。
「…セレナ、そろそろ動いてもいい?」
「まだ駄目です。今止めると、怪我が酷くなるかもしれません」
セージさんの言葉に、セレナさんが即答する。
しかし、その言葉とは裏腹に、セージさんの傷はもう問題なくなっているようにも見える。
「もういいんじゃない?いつも通りのセージに見えるよ、私は」
「ほら、ヘレナもこう言ってるし、な?」
「…そうですね。もう、不甲斐ない戦い方はしないでください。約束ですよ」
「大丈夫大丈夫、分かったよ」
私の言葉にセージさんが反応し、セレナさんが折れた。
雑な返答をされるも、セレナさんは組んでいた足を解いてセージさんの上から退く。
セージさんが、退いた瞬間にちょっと残念そうな顔をしたのが気持ち悪い。
「ヘレナ、魔法を撃ってくれてありがとう。助けてくれなかったら殺されてたかもしれない。怖かっただろうし、疲れていたのに、本当にありがとう」
「そ、そう?助かったなら、私は良いけど」
ただ、すぐに畏まった表情になって此方を向き、大層な礼を言い出した。本当に、セージさんは変なところで真面目だな。気にしなければいいのに。
でも、感謝されるのは悪くない。
「それじゃあ、そろそろ捜そうか。この結界を破れるとは思えないけど、森の中で逃げられると厄介だからな」
セージさんはそう言うと、結界の外へ出ようとした。
私たちも、それに続こうとして、違和感を感じた。
「────少女よ」
「………え?」
低い、声がした。
振り向くも、視界は相変わらず黒い。
しかし、黒い中に、蠢く影が、光り出す。
「貴女様が、その中に居られるのであれば……お見せいたしましょう。我が魔道の神髄を…!」
それは、焦がれた末に残った願い事のように聞こえた。
そして、
見えなくなったとか、搔き消えたとかではなく、文字通りその場から居なくなった。
しかし、私はその瞬間を見ていない。瞬きすらしていなかったのに、だ。
『多分、後ろよ』
『魔女』の言葉に振り返るのと同時、脇に仕舞っていた短剣を振り抜く。
しかし、其処には何もいない。
「…マジか!セレナ、ヘレナを結界で守ってくれ!」
「はい!」
すぐに私の周りを結界が覆うも、周囲から感じる微かな違和感を拭えない。
『その違和感は正しいわ。今、クロノスタキシアは結界の中に居るもの』
…つまり、私の身は更なる危険に晒されているということか。早く結界から出してもらわないと。
「セレナさん、クロノスは今、結界の中に居るみたいです。解除してください!」
「え…でも、外からは見えませんよ」
「いや、セレナ、解除してくれ。確かに、クロノスタキシアは結界の中に居るかもしれない…!」
「…分かりました」
セレナさんの承諾の声と同時に、覆っていた結界が砕け散る。瞬間、結界が砕けるのと同時にセージさんが私の前で聖剣を抜き、威嚇するように構えた。
『勇者の行動は無意味よ。見えない相手を前に仁王立ちなんて、愚の骨頂とも言えるわ』
『魔女』の言葉は辛辣だが、どうにもならない。
というか、見ても視えない相手をどうしろと言うのだ。
「…先刻から鬱陶しいぞ。そこを退け、人族の青年よ。然もなくば、殺す」
「なら、さっさと攻撃してきたらどうだ?こっちは視えてないんだ。隙だらけだと思うが」
視えてないのに威勢だけは強いセージさん。
何でそこまで強気に挑発できるのかな。危なっかしくて止めてほしいんだけど。せめて、冷静に状況を見てほしい。
え、でも、どうしよう。何も視えないし感じ取れないから私も何も出来ないんだけど。ていうか、クロノスの声は聞こえてるのにクロノスの気配は何も感じないってなんだよ。
おい、クロノスは貴女のツレでしょ、何とかしてよ、『魔女』さん。
『…無理よ。正直、ここまで使い熟しているとは思わなかったわ。諦めなさい』
いや、諦めたら死ぬかもしれないんだけど。
何かクロノスの能力について知っていたりしない?今にも刺されそうな気配だけは濃くなってきたから、危ないんだけど。
いいの?私、死んじゃうよ?
『はぁ……クロノスタキシアの能力は、元は私の能力よ。一時的に凄い速さで動くことができるから、視認した攻撃はほぼ避けられるわ』
ほう、なるほど。でも、それなら常に凄い速さで動き回れば攻撃なんて関係ないんじゃないの?
さっき、クロノスはセージさんの攻撃を紙一重で避けてたけど、何か制限があるとか?
『能力の使用は魔力消費が著しいわ。数十秒も使えば、魔力がすっからかんになるわよ』
へぇ~、なら、このよく分からない状況も数十を数えてる間に解決するってこと?
『…それは確約できないわね。何せ、さっきからクロノスタキシアの魔力は
何らかの手段で私たちに視えないようにしているということか。
…う~ん、分からん。目の前に居るのに視えないってことがまず分からない。
セージさんはどうだろうか?何か思い付いていたりして。
「…セージ、何か違和感とか無い?“見えないけど視える!”とか変なことでも良いから」
「……嗚呼、あった。違和感」
何かに気付いたような顔をして、セージさんが聖剣を構え直す。
そして、ある一点を即座に突いた。
「何!」
「うん」
「え?」
突いた瞬間、何故か、クロノスが切っ先を避けるようにして虚空から姿を現した。しかし、セージさんは当然だとでも言うような顔でクロノスに斬り掛かっていく。
「『
「クソッ…!」
隙を突くように放たれる魔法でクロノスが呻く。
単純だが、バカに出来ない。
泥塗れなクロノスは、それでも転がり藻掻いて雷撃魔法を避けるが、『聖剣』の追撃が二、三歩先で常に待ち構えていて為す術もない。
とはいえ、これだけで終わるのならこんな森に封じられることはなかった筈だ。何か、まだクロノスには奥の手がある気がする。
しとしとと、雨が降り出す。熱を帯びていた地面が冷えていく。
そして、消耗していたクロノスの魔力が、ほんの少しだけ昂った。
「…『水よ』!」
「う、が、ごぼっ…」
セージさんが水魔法を顔面に掛けられて、咽せた。
その隙に、クロノスが詠唱を行う。
「『
クロノスの手に謎の刀が握られた。刀身はくすんだ虹色に輝いていて、鍔と柄は薄汚い白色で無骨な造りが見て取れる。
しかし、その刀を持った瞬間に、クロノスの雰囲気が変わったような気がした。
「ゴホッゴホッ……何をするかと思ったら、紛い物の刀を創っただけか?」
「…『光通さぬ水流よ、そのうねりを以て我が姿を守り給え』『水鏡魔鎧』」
セージさんの挑発を意に介さずクロノスが魔法を発動し、その体が水に覆われた。腕や足がぐにゃぐにゃとうねっていて見づらい。
水魔法のように聞こえたが、どんな効果があるのか気になる。
とはいえ、クロノスの魔力量はこの魔法で底を突いており、このままならセージさんが勝つだろう。そうなれば、私は迅速にクロノスの魂を回収する必要がある。
さて、どう立ち回ろうか。
一瞬悩む間に、クロノスの姿が消える。水音が雨音に混ざるが、その詳細を上手く捉えられない。
しかし、先ほどとは違い、クロノス自身に対する魔力の反応が強い。つまり、大体の位置は把握できる。
今も、水音と魔力から右に短剣を振り抜くと、息を呑むような音と空気を裂くような音がして、魔力が遠ざかった。
ここまで来れば、クロノスの位置が分からないと言うことはない。多分、セージさんも同様にクロノスの位置を把握しているだろうから、負けることはないはず。となれば、残る問題は魂の回収か。
「『雷光纏いし軍神よ、何者よりも速く、確からしく、全てを砕く力を与え給え』」
「ぐっ…!」
セージさんが魔法を唱えてその姿が搔き消えると同時に、視界の端でクロノスがセージさんの攻撃によって吹き飛ばされた。セージさんの魔力量も大幅に減ったが、隙を晒すクロノスの水鎧を砕き、聖剣で切り刻んでいる。クロノスは呻くのみでほぼ為す術がない。
これなら、クロノスは負けるだろうし、私も準備を始めよう。
さっきクロノスの魔法に抵抗したとき、私は魂の輪郭を強く認識できた。まずは、その感覚を体の内から外に向ける。
ぼんやりとした空間に二つの魂が浮かぶ様子を幻視する。その中で、黒い魂が視える。これがクロノスの魂だろうか。
『その黒いのは勇者の魂よ。もう一つの魂がクロノスタキシアの魂になるわ』
え、『魔族』の魂って黒色じゃないの?と思って『魔女』の魂に目を向けると、真っ黒な中に多少の濁りが視える。クロノスの魂も、黒が濃いだけで濁って視える。
…セージさんの魂って何なんだ?
『そこの勇者の適正は、聖霊魔法よりも、純粋な魔法や“呪い”に向いているわ。その特性が反映されているのよ』
え、てことは、セージさんは聖剣よりも魔法を使う方に才能があるってこと?
『そうね。さしずめ、今の勇者は“聖霊の加護が付いた剣を振り回す魔法使い”って所かしら。そもそも、“初代勇者”や歴代の勇者は魔法の適性が無かったし、聖剣の能力の引き出し方については比ぶべくも無いわね』
ええ……なら、セージさんは落ちこぼれ勇者ってことか。やっぱり、格好悪いな。
まあ、取り敢えずこの位にして、準備に戻ろう。
クロノスの魂を捉えたら、クロノスの状況を確認しながら距離を詰める。この森の魔法がクロノスの魂を結界内に離散させるかもしれない以上、セージさんが殺しきらない範囲でクロノスから直接魂を入手する必要があるのだ。
未だに続くクロノスの抵抗が、セージさんに尽く潰されていく。その間を縫って私はセージさんの死角を走り、機会を待つ。
暫くの後、弱まっていたクロノスの抵抗が完全に止まった。
その瞬間、私は全力でセージさんの前に立ち塞がった。聖剣を振り上げたままセージさんが動きを止め、茫然となって私を見てくる。
「…ヘレナ、どういうつもりだ?」
一瞬の後、セージさんが震えるような声音で聞いてきた。
「『魔女』との約束です。クロノスの魂を保護する変わりに、さっきの魔法を使う手助けをしてもらいました」
「…それは、不味いだろう」
確かに、かなり危ない橋を渡っているだろう。少なくとも、セージさんたちから見て真面な判断ではなかった。それでも、言わなければならないことがある。
「あれが、セージを助けるために必要な一手だったと思ってる。だから、許してください」
「………『魔女』の危険が増す可能性は?」
絞り出すように、一番の懸念を伝えてきた。言われてみれば、そのことについては何の確約も得ていない。
しかし、『魔女』のクロノスに対する態度からして、無闇に暴れ出すことは無いだろう。……何なら、ある意味クロノスは人質になるだろうし。ある程度、無視できるだろう。
「無いとは言えない。でも、大丈夫。
「…色々と言いたいことはあるが、分かった。好きにしてくれ」
そこまで言って、セージさんが剣を収めた。信じて、と口に出したとき、その言葉の軽さに自分で耳を疑ってしまったが、仕方が無い。さて、最後の仕上げをしよう。
私は、目から光を失いつつあるクロノスの傍に寄り、その体に触れ、魂を私の魂の中に取り込んだ。
頭が割れるような痛みと共に、私の意識は暗転した。