…突然だが、“頭が割れるような痛み”というのは些か語弊があるかもしれない。
何故かと言えば、頭が割れたら死ぬからだ。
もちろん、シルベスや王都の、セレナさんに引けを取らない程高名な聖霊魔法の使い手が適切かつ丁寧な治療を行えば、痴呆が残った状態でも生き残ることが出来る可能性はある。
しかし、私は普通の村の出身である。
祭り以外では他村と比べて特別人の出入りが多いわけでもなく、それでも教会から派遣されている
そして、そんな使い手たちは焼け石に水程度の回復魔法や解毒魔法しか使えないことが殆どだ。
つまり、頭が割れたら死ぬ。
それが、私の常識であり、偏見である。
さて、訳の分からないことは置いておいて、目の前に広がるのは多少見慣れた曖昧な空間、私の魂の中だ。
思えば、ここに来るのは何度目だろうか。
一度目は『魔女』の受け入れで、その後は『魔女』の隔離と諸々の作業と対応と…
多分、普通の人なら『魂って何?』となるだろうが、何故か、私は何度もこの空間を知覚し、入り込んでは弄くり回している。
正直、ずぶの素人だった最初の頃よりも、かなり魂の扱いに手慣れてきた感覚がある。
だからこそ目の前の、
『…ここは、何だ?少女は何処へ行った?いや、少女は此処に居るのか?…いや、少女はこの空間か?いや、私は何を言っているんだ???』
…目下の問題は、推定数百歳超の
私の魂の中である以上、私が主導権を握っておきたいと思うのは自然の道理だろう。
しかし、意思の疎通、話題の共有、何より、その為の能力という点で私は他の人々の圧倒的な下を行く。
然らば、ここは同様に推定数百歳超の
『…死ぬより酷い目に会いたいのかしら。殺さなくても人を壊す方法は、貴女よりは知っているのだけど…ねぇ?』
…御無礼を働き、申し訳ありませんでした。
『魔女』様、クロノスの面倒を見ていただけませんか?
『ふふふ、いいわよ。最初からそのつもりだったから♪』
心なしか、楽しそうな雰囲気が魔女の魂から滲み出ている。
『もしや、この気配、いや、この魔力は…』
『流石よ、
…あとは、魔女に任せよう。
さて、クロノスの魂を魔女と同じ様に魂の端に追いやり、魔力の壁で干渉を遮断する。
これで、私が今出来ることは全てやっただろう。
さあ、セージさんたちの所に帰ろう。
感謝と心配と安堵と…
伝えたいことは、たくさんあるんだから。
─────────────────────────
「……ヘレナさん、おはようございます。早速ですが、お話があります」
「んぅ?…えっと……はい?」
起きてすぐに、セレナさんに詰められた。
私、何かやったっけ?
いや、そんな記憶は全く無い。
「う~ん…あ、心配してくれてたとか?」
「…まあ、間違ってはいません、が、少し違います」
困った顔で違うと言われた。
じゃあ、何だろう?もしや、私の体に異変が起きた、とかだろうか。
「…ヘレナさん、『魔女』との契約について、省みることはありませんか?」
「………あ、えっと……クロノスを取り込むことを伝えなくて、申し訳ありませんでした…」
そういえば、セレナさんにはクロノスを保護することを伝えていなかった。
焦っていたとはいえ、説明を省いた私に責任があるだろう。
案の定、セレナさんの表情は緩むことなく、更に険しいものになる。
「ヘレナさん、伝えていないことの何が良くないのか分かりますか?」
「…えっと、みんなが焦っちゃう、みたいな?」
「そうです。決めていないことを突然すると、その場にいる皆が焦って、困ります。何故困らせたらいけないのか分かりますか?」
「…なんて言うか、こう……分かりません」
何で困らせたらいけないんだろう。確かに、よく考えたら駄目なことのように思えてきた。でも、何故かは分からない。
「正直でよろしい。何故困らせたらいけないのかと言えば、その場の作業が止まってしまうからです。突拍子もないことをして、その行動の意味を理解出来る人は行動した本人以外にいません。でも、それを見た
「わ…かりました。ごめんなさい」
「…あ、その、怖がらせるつもりはなくってぇ……」
とんでもなく長い説教に疲れて謝ったら、勘違いしたセレナさんがあたふたし始めた。
セレナさんの説教の内容が“頼ってほしい”の一言に集約できることは分かったので怖がってはいないのだが、どう伝えたらよいだろうか。
まあいいや、直接言おう。
「特に怖くはなかったよ。ちょっと、聞くのに疲れただけだから、大丈夫」
「そ、それなら良かったです…」
私の言葉を聞いた途端に、セレナさんの表情が明るくなった。
それにしても、取り敢えず良いところに落ち着いたので良かった。
説教から怒鳴られても文句は言えなかったし。
「では、次はセージさんから言いたいことがあるそうです。どうぞ」
「はい、じゃあ、俺からは『魔女』との契約内容と経過報告、今後の展望をヘレナに聞きたいかな。
「分かった。それじゃあ、説明するね───」
二人に今回の件の顛末を説明する。
これに関しては起こってしまったことなので、覆しようも無いと割り切って事実を全て話した。
ついでに、魔女との契約の展望について話そうとした。
すると、セージさんは頭を抱えてしまった。
「…ヘレナ、『クロノスタキシア』の保護について俺は何も言えない。しかし、『クロノスタキシア』の魔力量は『魔女』に匹敵する程に多いが、どう隠蔽するつもりだ?」
それなりに悩んだ末に、セージさんはそんな言葉を掛けてきた。
しかし、どうするかと聞かれても特に何も出来ないとしか言いようがない。
「なるようにするよ。まあ、魔女も、すぐには出て来ないって言ってたし。クロノスも、魔女に骨抜きになってるから大丈夫だと思うけどね」
「………何でこうなったんだ」
「…諦めましょう、セージさん。私も、ヘレナさんを傷つけたくないですし、諦めるしかありません」
二人の目が何処か遠くを見るように虚ろになった。
まあ、確かに、私の中に魔族が二人も居るなんて状況が知れたら、私の命は危ういかもしれない。
でも、魔女の時も大丈夫だったし、大丈夫だろう。多分。
「…ともかく、『クロノスタキシア』については保留しよう。無遠慮に触れれば、『魔女』の行動にどんな影響が出るか分からないからな。悩んでもどうにもならない以上、この場はこれで一件落着ってことで、次に行こう。二人とも、それでいいか?」
「…そうですね。一刻も早く『魔王』に辿り着く方が重要ですし、そうしましょう」
二人の中では方向が定まったらしい。
私も、これ以上の話し合いは無駄だと思うし、先に進んだ方がいいだろう。
「うん、私も、それでいいよ」
「…よし、なら、森から出ようか。セレナ、聖霊魔法は使えるか?」
「はい、まだまだ使えますよ。森の外まで結界を維持するぐらいなら、任せてください!」
セージさんの静かな声に対して、セレナさんの明るい声が荒野に響いた。
途端に私たちの周囲に結界が展開され、外界と隔たれた。
温い空間が、余計な思考を放棄させそうだった。
「……二人とも、助けてくれてありがとう。嬉しかった」
思っていたことが口を衝いて出た。
既に進もうとしている二人が、足を止めて振り向く。
同時に、私は失言だと思った。
また怒られるかもしれないと思って、少し覚悟した。
「…おう、ヘレナも助けてくれてありがとうな!」
「私も、ヘレナさんのお陰で冷静に戦えました。本当に、ありがとうございました」
二人の声が、私の心に優しく響いた。
引っ掛かっていた何かが、外れるように感じた。
不意に、今がいいと思った。
心地良いと、思ってしまった。
私の命が何時消えるかも分からない。
明日には王国の刺客から殺されるかもしれない。
はたまた、これから行く先でどんな死に方をするのかも分からない。
でも、この場所に比べたら、そんなことは
上手く纏められないが、『勇者一行』の中に私が居られる感覚が、私の中ではっきりと、形を作ったように感じた。
感謝も、心配も、安堵も、この中にあると思った。
それが、嬉しかった。
気付くと二人が前に進み出していて、急いで私もついて行った。
こうして、私たちは森を脱出し、一日も経たずに、私たちの任務は終了した。
─────────────────────────
森を出た私たちはオクルスたちに迎えられた。
オクルス曰く、私たちが森に入ってから3日程経っているらしく、それでも予想より早い決着に驚いているようだった。
「いつの間に3日も過ごしてたんだ…」
「時間の認識にズレがあるみたいですね、驚きです」
「ま、いいじゃん。無事に終わったんだし」
「「無事じゃない!」」
二人の声が同時に響き、私に対する説教がまた始まった。
私は半分聞き流しながら、“成長”を止めた森を見た。
───森の生命力の源は、オクルスの魔力量にあった。
その魔力を、結界に仕込まれた魔法が生命力に変換し、途方もない範囲の森を数百年間成長させ続けていたのだ。
森の密度は、成長に反して結界の自由度がそれほど高くなかったことにあるのだろう。
結界が伸縮自在であれば、通常の森が更に広い範囲で成長を続けていたと考えられる。
グリズアイル王国の起源は知らないが、もしそんな成長を続けていれば、『ロア村』は疎か王都すら存在せず、この地には未開の原生林が延々と広がっていたのかもしれない。
そんなことを私が考えても無駄なのだが、実際にクロノスを私の中に取り込んだことでそう思ったのだ。
クロノスの魔力量は、魔女の魔力量をして
現在、私の魂内はクロノスの魔力に覆い尽くされている。
魔女と違って、隔離することすら出来ない状態である。
つまり、どれだけの期間を彼らと過ごすか分からないが、今下手を打てば私の魂が壊れる可能性がある。
方策は二つ、一つ目はクロノスも魔女と一緒に強制的に押し込める作戦。
もう一つは、逆に二人とも私の魂内で自由にしてもらう作戦。
前者の場合は私自身に問題がある。
技量と魔力が圧倒的に足りないのだ。
その点、後者の場合は心配ない。
寧ろ手間が減るだろう。
問題は、体の主導権に関わるということだ。
魂内で影響力を持つのがクロノスになる以上、彼の匙加減一つで私の魂は死ねるだろう。
そうなれば、彼が私の体の主導権を握り、この体で魔族として復活するのは間違いない。
となれば、彼を懐柔する必要がある。
しかし、何も思い付かない。
…よし、魔女に聞いてみよう。
クロノスと話してぐったりしているが問題はあるまい。
『…知らないわよ。自分で考えて頂戴』
『その、少女よ、考えていることが全て筒抜けになっているが…』
魔女のすげない返事とクロノスの呆れを含んだ声が聞こえてきた。
…ああ、魂内に声を響かせる感覚で話すと二人に声が届くのか。
じゃあ、二人の内のどちらかに話しかけるのは難しいな。
気を付けるようにしよう。
でも、困ってるときは当人に聞くのが手っ取り早いだろう。
という訳でクロノスは自分自身の懐柔策を知らないだろうか。
『…其方は交渉というものを知らないのか?自らの弱点のみを差し出す者がどこにいると言うのだ』
それもそうか。
とはいえ、思い付かないことは仕方がない。
何か、クロノスの弱点になりそうな………………
あった。弱点になりそうなものが。
私は魔女の魂を魔力で覆いつつ、“このままだと、私は魔女に呪いをかけちゃうぞ~”と声を掛けた。
『な、そ、そのようなことは止めろ!万死に値するぞ!?』
死ぬ前に呪いをかけ終わればこっちの物だよ。
ほら、私の魂に干渉しないって約束できる?
『………………チッ、分かった。私は其方の魂に何もしないと誓おう。故に、魔女様の魂から魔力を離すのだ』
了解、それじゃあ、これは契約ってことで。
そう声を掛けながら、私は魔女の魂から魔力を離した。
『…私を出しに使うなんて、いい度胸ね。此処で顕現しようかしら』
半分冗談、半分本気といった様子で魔女の声が聞こえた。
内容は洒落にならないが、雰囲気は明るいので深刻なものではないだろう。
いやあ、怖い怖い。
「──さて、上の空なヘレナさん、私たちが今話した内容を三文で纏めてください」
「…はい?」
不意に、不気味な笑みを浮かべるセレナさんの怖い声が聞こえてきた。
隣にいるセージさんも、表情が笑っていない。
不味い、二人の話を何も聞いてなかった。
一応、何か喋っておこう。
「“勝手に行動しない”…みたいな?」
「どうですか、セージさん」
「要点の一つしか言ってないから、100点満点中20点って所かな」
「おお!」
よし、20点も貰えるとは思ってなかったので、嬉しい。
しかし、そんな私を見る二人の様子は冷たい。
「セージさんセージさん、反省してませんね」
「そうだなぁ…」
セージさんの顔が怖い。
眉間にしわが寄って、目も細まっている。
よく見ると面白いな。
「…ヘレナ、ちゃんと人の話は聞けよ。以上!」
「え、それだけ?」
「それだけですか?セージさん」
「…いや、もう、それ以上のやり方はよく分からないというか、本人の問題というか………思春期の子供ってムズいな」
シシュンキなるものが何かは知らないが、本人の問題というのには頷ける。
実際、クロノスの件については私の独断で決定し、現在の状況になっている。
であれば、その行動に対する責任と追及は私に因って然るべきだろう。
とはいえ、簡単に纏められても癪だ。
反抗しておこう。
「私だって色々あるからさ、偶にはしょうがないと思うんだけど」
「ん?…ああ、うん、そうだな」
セージさんも、あまり人の話を聞いていないらしい。
責めてやろうかな。
そう思っていると、流石に痺れを切らしたのかオクルスが間に入ってきた。
「そろそろいいかい?皆、三日も離れていたから早く村に帰りたいと言っていてね」
「…これ以上言っても仕方ないのは事実だし、この話は止めて村に帰ろう。すみません、オクルスさん」
「ああ、助かるよ」
そう言うと、セージさんは馬車の方に向かっていき、私たちもそれについて行く。
まだ私は文句があるが、一旦は従わないと、周りの視線も気になる。
取り敢えず、三人に続いて馬車に乗り込んだ。
私が座ったところで、オクルスが話し始める。
「先ずは、帰ってきてくれてありがとう。
「いえいえ。此方こそ、3日間もこんな辺境の地で待っていただいて、ありがとうございました。森を出ても誰かが待っているということがとても心強かったです」
「そう言ってくれると私たちとしても嬉しいよ。後で皆にも伝えておこう」
「ありがとうございます」
オクルスの言葉に、セージさんも返す。
セージさんの言葉に嘘は無いし、それはオクルスの言葉にも同様だろう。
しかし、私には、互いに一歩引いたところから本音と建前を見せているように見える。
暫くの沈黙の後に、オクルスが私たちを一瞥して話を再開した。
「彼の森からの帰還は本当に喜ばしいことだ。君たちには今回の任務のみならず、人類諸国の平定、並びに脅威の排除、そして行く行くは『魔王』の討伐という大業が待ち受けている。この森の脅威が消えたとて、人類の希望が潰えては意味が無かった。しかし、それ故に今回、前人未踏の快挙を成し遂げてくれたことは、我々人類にとって躍進的な一歩となるだろう。私としては、この成功が波紋のようにあらゆる成功への影響を与えられるように、これからも君たちが努力し続けることを望むよ」
「…はい、ありがとうございます。これからも精進していきます」
相変わらず、オクルスの話はくどいし長い。
一言、これからも頑張ってね、と言えば終わるのによく喋れるなと、思う。
そんなことを考えていると、オクルスの視線が私に固定された。
「……この三日で何が起きたのかは不問とするが、君たちの胆力も中々だと言っておこうか。それだけ強大な魔力を隠しもせず、私の前に姿を見せられるとはね。
少し、驚いたよ」
「…」
驚いたと言う割に感情が籠もっていない、底冷えするような声がオクルスから発せられた。
その声に驚いてオクルスを見れば、細められた視線が私を射貫いていた。
その瞬間、私は凍てついた針の筵の中に居るような気分になった。
今すぐにでも逃げ出したい空気の中で、セージさんが口火を切った。
「…結果を不問と言うからには、任務の報酬は取り決め通りでいいですかね?」
「…ああ、もちろん、構わないよ。契約に従い、王都近郊から旅立つまでの護衛を出そう。
「はい、勿論、
セージさんからの疑問に答えると、オクルスは薄気味悪い笑みを浮かべて私を一瞥した後、手を組んで座ったまま俯き、目を閉じた。
一先ず注目が逸れたことに安堵していると、セレナさんがおどおどしながら私とセージさんとオクルスを順番に見ているのが目に入った。
疑問に思って聞いてみると、オクルスと私が一触即発の状況で焦っていたらしく、いつでも間に入れるように皆を見ていたとのことだった。
大丈夫じゃない?と返事をしても効果はなさそうで、その後もチラチラと私たちを見ていた。
「『勇者』さま、何かあったら私にも言ってください。必ず役に立ちますから」
「…セレナは凄いなぁ。そんなにはっきり断言できるなんて。多分、そうやって言ってくれるだけでも役に立ってるから、大丈夫だよ」
「そ、そうですか?…えへへ」
弛緩した空気にイチャイチャした波動を感じる。
見れば、セージさんが微笑みながらセレナさんの頭を撫でていた。
セレナさんも嫌がる様子は無く、寧ろ喜んでいるようにすら見える。
いつもなら呆れているが、今はそんな気になれない。
感覚、二日しか経っていないというのに、王都に入った頃と同じくらい疲れている気がする。
馬車で半日揺られるのも考えると、少しでもいいから眠りたい。
「……ごめん、セージ、着いたら起こして…」
「ん?ああ…お休み、ヘレナ」
激しい睡魔に目を閉じながら、頭を誰かに撫でられた気がして、
それがセージさんの手ならいいな、と思いながら思考は暗闇の中に沈んでいった。