赤い血が、至る所で吹き上がる。
ドサッという音がして足下を見れば、虚ろな目を見開いた知り合いの顔が転がっていた。
「ぁ……え?」「きゃああああ!」「は?おい!どうした!」「いや、そんな、だって…」「……お母さん?」「…嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘」「え?……なんで」「あ、あ、悪魔じゃ!悪魔の仕業じゃ!悪魔のし」「……おじいちゃん、どうしたの?」「お、お父さん?ねえ、お父さん?」「う、腕がぁ!?」「あ、あああああああああ!」「いやあぁぁぁ…」「クソ!出られないぞ!どうなってんだよ!」「だ、だめ!その子を離して!」「痛だっ、押すなよガキ!」「ぎゃっ」「やめてえぇぇぇ!その子を踏まないでえぇぇぇ…」「…何で、死ん」
「…は?」
辺りには酷い光景が広がっていた。
地獄のような景色だった。
「行くぞ!」
「ああ!」
親父と兄貴が舞台から飛び出し、鮮血と怒号の飛び交う群衆に突っ込む。
次の瞬間には、剣がぶつかり合う鋭い音が二カ所から響き、それらの場所を人が避け始めた。
しかし、同時に唸るような低い音がした。
空を見上げてみれば、巨大な円形…魔法陣と思われるものが数枚ほど、二枚一対で重なって、怪しい光を放ちながら浮かんでいた。
それを見た瞬間、私は首がない知り合いの死体の山の下に潜り込んだ。
上空に魔法陣が浮かんでいるということは、陣の下にある一帯を範囲攻撃で制圧、又は殲滅する可能性が高い、ということを理解してしまったからだ。
「法陣併用魔法『
悍ましい声が戦場に響き渡り、その魔法が猛威を振るった。
断末魔のような叫び声が聞こえる。
段々と呼吸ができなくなる。熱くなる死体からは焼ける匂いすら感じる。
たまに感じる皮膚が切れる痛みも、その魔法が凄まじいものであると理解させた。
およそ…20を数えるあたりで死体を切り刻む衝撃が無くなり、熱さが和らいだ。
最早判別すら覚束無い死体の山を這い出ると、地面が焦げ臭い赤色で染まっていた。
周りを見るために顔を上げると、眼前で剣がぶつかり合い、火花が散った。
「此処から、離れろ!」
「う、うん……っ!」
兄貴の声が聞こえて、思わず返事をする。
返事をした瞬間に、兄貴の状態が見えてしまった。
左腕の、肘から先が切り刻まれて酷い火傷で爛れている。頭も酷い火傷で、左目は見えていないようだった。
急いでその場を離脱する。逃げながら周りを見渡すと、舞台上で魔法を唱えている魔法使いが見えた。
魔法使いの容貌や角、体格から察するに、『魔族』である可能性が高い。
兄貴が相手をしている奴や、少し離れた所で暴れている親父の相手を見たところ似たような特徴があったので、敵は『魔族』だと考えて間違いは無い。
考えながら走っていると、死体に躓いて転びそうになった。
ふと、その死体を見てみると、焦げた、母の服が、死体にこびり付いていた。
「あ…お、母さん」
躓いた拍子にズレた母の遺体の下から、何とか原形を保った弟の身体も出てきた。しかし、身体は微動だにしておらず、身体の至る所が黒く炭化していて、少なくとも、私の手で処置をするのは不可能であるようだった。
「…ありがとうございました」
一言、今までのお礼を言い残して、また走り出した。
悲しみも、絶望も、今するべきではない。
これ以上、私が残ることで発生するリスクは減らした方がいいからだ。
幸い、王族を守っている近衛騎士団は結界で身を守っていたので、親父たちと一緒に戦ってくれないかを談判することにした。
結界を展開している近衛騎士の中で、各々に指示を出している騎士に話をする。
「助けて下さい!このままでは、おや…父と兄が死んでしまいます!」
「…もしや、貴方はブラウン家の令嬢でしたか。ご安心下さい。もう既に何人か、近衛騎士を向かわせています」
「ありがとうございます!」
これで、親父たちが助かるかもしれない。
「おいレイシス、何をしている。儂を守る者を減らしたのか」
「な…我らを守るための騎士であろう!我らの内で一人でも怪我などしたら…許さぬぞ!」
「ふむ、これは私たちの護衛を減らしても、守ることができるということではないか?であれば、派遣した騎士たちもすぐに魔族を倒せるだろうな」
結界越しに、身なりの良い人間が椅子に座りながら話しているのが聞こえた。
恐らく、祭りに来ていたらしい王族だろう。
他にも何人か、周りに居る小綺麗な人間たちも王族の意見に賛同している。
しかし、恐らく、彼らが思っているほどその結界内は安全ではない。
そもそも、何故彼らが真っ先に逃げ出せないのかと言えば、
結界外縁部にも騎士が向かっているようだが、破壊作業は難航しているように見える。
でも、私は生身で逃げ続けられるほど体を鍛えていない。
しかし、この、王族たちを守っているような結界があれば、先程の攻撃ほどのものは耐えることができるだろう。
「私も、結界の中に入れていただけませんか?」
「…分かりました。なるべく、主の近くに居てください」
主というのは椅子に座っている王族の方だろう。
私は結界の中に入り、近付こうとした。
「こ、小娘よ、近付くでない」
「顔も体も、煤と血で穢れておるではないか。我らに近付くと穢れがうつる!」
「何故、騎士団はこのような汚い
散々な言われようだが、私も命が惜しいので無視する。何もすることができないので、親父たちの様子を改めて見ることにした。
近衛騎士団が加わったことで、二人は戦いを継続することに成功していた。
親父の相手は戦斧を持った『魔族』だが、近衛騎士の撹乱によって精密な剣撃を避けられずにいる。
このままいけば、割とすぐに決着は着くだろう。
一方、兄貴の相手は短剣と長剣を持った二刀流の『魔族』なのだが、左腕がお釈迦になっている状態でも、近衛騎士たちのサポートによって二刀流を攻略している。
長剣による攻撃を兄貴が受け流し、短剣による攻撃に対して近衛騎士たちが一斉に対処とカウンターをかけることで的確に隙を突いており、時間をかければ討伐は可能だと考えられる。
問題なのは、魔法使いの『魔族』である。
最初の攻撃は大量の
恐らく、魔法使いの『魔族』か親父たちのどちらかが勝つことで、戦況は勝勢にも敗勢にも傾き得るだろう。
私の予想を裏切り、最初に決着が着いたのは兄貴たちだった。
「うおりゃああああああ!!!」
「なに!?」
兄貴の気合いが最高潮まで昂り、同時に『魔族』の長剣が半ばから折れたのだ。
そして、剣が折れたことで生じる技の隙を見逃さず、騎士たちがその両手首を切断し、兄貴が首を刎ねて戦闘終了となった。
流石に、兄貴はすぐには動けなかったが、近衛騎士たちが魔法使いの『魔族』を急襲したことで、戦闘は膠着状態に入った。
次に決着が着いたのは、親父たちだった。
二刀流の『魔族』が死んだことで親父たちは攻勢を強めようとしたのだが、戦斧の『魔族』が生命力を燃やした身体強化を行い、形振り構わない攻撃を仕掛けてきたのだ。
『魔族』が脅威である理由の一つは「身体能力の優位」にあるのだが、柔よく剛を制するといった風に、人類は技術や連携、能力のバランス等を組み合わせてそれに対抗してきた。
しかし、強すぎる力が生半可に受け止められないことも事実であり、親父たちは『魔族』の生命力が尽きるまで防戦に回ることになった。
最終的に、戦斧の『魔族』が倒れたことで戦闘は終了し、親父たちは魔法使いの『魔族』との戦闘に向かった。
魔法使いの『魔族』は、恐らく、親父たちが倒した二体の『魔族』や、その場に居合わせたどの騎士たちよりも強かった。
『魔族』が脅威であるもう一つの理由が、「魔法は『魔族』が由来のものであり、『魔族』の方が魔法の使用で優位に立てる」ことにあるのだが、この『魔族』は『身体強化』と通常魔法を併用して騎士たちに対抗したのだ。
迂闊に近付けば、多重魔法で動きを封じられて頭を握り潰される。
遠距離から魔法で攻撃すれば、より精密な魔法による反撃で貫かれる。
正に、一騎当千と言っても過言ではないほどの強さだった。
そして、そんな『魔族』を真っ二つにしたのも兄貴だった。
『魔族』も人類も、特に強い者ほど弱者の存在を切り捨てることが多い。
その場において忘れ去られるほどの存在になった兄貴は、騎士たちの中に紛れて『魔族』の意識から自身が完全に消え去る瞬間を待っていた。最後、牽制の魔法すら来ないことを確認した瞬間に兄貴は駆け出していた。そして、騎士たちが消音の魔法をかけることで魔法使いの『魔族』に急接近し、胴体を一刀両断したのだ。
「ぐふっ」
「フーーー……」
「な、んで…」
兄貴が膝を付き、茫然とした『魔族』が怨嗟の声をあげた。
同時に、『魔族』の体に騎士たちが『
つまり、親父たちの勝利だ。
「やった…良かった……」
もう、母も弟も、村の人々も誰一人戻らない。
だから、親父と兄貴だけでも、生き残ってくれて嬉しい。
何より、私自身が一人にならなくて済むことに安心してしまう。
村ごと空を覆っていた結界も砕け散り、清々しいほど青い空が広がっていた。
「ふむ、大義であったな」
「誰一人として近衛騎士が欠けていないということは…この『魔族』たちは弱かったのだな」
「ふぅ、一時は危ないと思いましたが、やはり騎士たちを信じて正解でしたな」
後ろから飛んでくる言葉が耳障りだ。調子の良いことばかり言っていて気持ちが悪い。
それに、目が向いているのは近衛騎士だけで、欠けていないとはいえ、兄貴の大怪我には目もくれない。
そうこうしている内に、騎士たちが全員此方に戻ってきた。結界を破壊しようとしていた騎士たちも戻ってきている。
私は、思わず親父たちの方向に走り出していた。
「親父!兄貴!」
「ヘレナ……」
「…」
親父は絶句していた。もう、私が死んでいると思っていたのだろう。
私も、親父の姿に足を止めかけてしまった。親父は半身が火傷に覆われ、全身に切り傷を負っていた。恐らく、生きているのが奇跡であるレベルの大怪我だろう。
それでも、今此処に立っている、その事実だけが救いだった。
兄貴も、親父に肩を借りているが、言葉も発せられないほど体力が落ちている。
しかし、まだ光の灯る目を見ることが出来る。
それが何より嬉しかった。
怪我の悪化を恐れて触れることは出来ないが、出来る限り近付いて話をしようとした。
その瞬間だった。
『ああ、来たれ、来たれ、我らが母よ、憎悪と悲しみに暮れる、我らが神よ、今此処に、長き眠りから身を解き放て』
魔法使いの『魔族』による詠唱が始まった。
すぐに騎士たちが駆け出すも、上空と地面に描き出された魔法陣を見るに、魔法は発動前の最後の仕上げに入っており、騎士たちは間に合わないと感じていた。
『死してなお死にきれぬ神よ、生を藻掻くことを諦めた神よ、今此処で、我らのために力を放て』
しかし、それでも、彼らは必死の形相で『
これでようやく終わるかと思えたが、次の瞬間に更なる絶望が私たちを襲った。
『ああ、神よ、もう一度、我らに光を』
『
恐らく、それは、魂の叫びだった。
「魔法とは、この世の本質と我々の魂が直接繋がり得る唯一無二のものだ」ということを、いつか何処かの本で読んだ気がする。
多分、魔法使いの『魔族』はとっくに死んでいたと思う。親父たちも、それを確認して此方に戻ってきた筈だからだ。
つまり、これは、『魔族』の魂が、予め決められた行動をなぞっているのだ。
「急げ!封印魔法の準備をしろ!」
魔法陣が輝き、白い光が視界を覆い尽くす中、近衛騎士たちが結界などの防御ではなく、封印を主目的とした魔法を展開し始めた。
しかし、封印魔法が発動する前に、『魔族』の『神』が此処に顕現した。