独特な会話表現にご注意ください。
飛んできた剣が『魔女』の腕を切り飛ばした。
「セレナ!その子を頼む!」
「はい!」
私と『魔女』の間に割り込んで来たのは、男だった。
男は私を後ろに居た女の方へ突き飛ばし、私の体は女に受け止められつつ各種様々な『聖霊魔法』をかけられた。
どうやら、私の体に異常が無いかを見たり治したりしているらしい。
「『
男が唱えると、『魔女』に突き出した男の手から
「きゃ!…ふ~ん」
『魔女』は謎の声を上げたが、すぐに元の調子に戻った。
男はその隙に『魔女』の腕を飛ばした剣を拾い、『魔女』に突きつけた。
「そうね…その剣から懐かしい気配がするわ。貴方はもしかして、『勇者』かしら?」
「…『勇者』の称号は『魔女』の封印から始まったものだが、何故知っている?」
「あの地に封印されてから今日に至るまで、私が何もしなかったと思う?」
男は、『魔女』について知っているらしい。
一方で、『勇者』は私でも聞いたことがある単語だ。
特に、この辺りの地方では『勇者』の伝説が異様なほどに多い。
恐らく、私の村に『魔女』が封印されていて、襲撃した『魔族』の魔法で解き放たれたのだろう。
すると、数日前、井戸の底に映っていた顔は『魔女』の顔だったのかもしれない。
「もう一度、大人しく封印されてくれないか?そうすれば、お前はまだ生きることが出来る」
「…却下ね。交渉が成立していないわ。そもそも、貴方は私よりも強いの?」
「俺一人ではそうでもない。だが、俺達は二人で最強だ。セレナと一緒なら大抵の奴は倒せる。無論、お前も含めて、だ」
「…ふぇ!?ちょ、『勇者』さま!何言ってるんですか!?」
私を受け止めてくれた女性の顔がみるみる内に赤くなっていく。
…いや、時機から考えるに、『勇者』はそこまで変なことを言っていない。多分、緊張で変な言葉が聞こえているのだろう。
「セレナって言うと、そこの…『聖女』ね。それにしても、そこまで言われると面白いわね。なら、茶髪の女の子に手は出さないから、二人でかかってきなさい」
『魔女』は断言した彼らを面白く思ったらしく、私に手を出さないことを誓った上で戦うことを宣言した。
「セレナ、こっちに来てくれ。支援魔法と聖霊魔法を頼む」
「……はあ。急なことはなるべく控えて下さいね」
「ああ、出来る限り合図は出す」
「…さっきは出さなかったじゃないですか」
しかし、私の前でイチャイチャするな。
目が腐る。
というか、心が痛くなるから今の私の前でやらないでくれ。
「いつものやつを頼む」
「うん。『我が身を守り給え』」
セレナと呼ばれている少女が一言呟き、私や『魔女』を囲むほどの結界が展開された。
『魔女』の顔が苦痛に歪む。
恐らく、教会や都市に張られているような対魔結界だろう。
「じゃあ、始めようか」
勇者がそう言って剣を構え、その傍に魔法陣が浮遊し始めた。
「『
「『
魔法陣と『魔女』から似たような魔法が放たれて空中で火花を散らし、『勇者』がその傍から突撃する。しかし、対する『魔女』は片手で剣を捌こうとしている。
魔法陣から出てくる魔法が途切れないため、『魔女』は魔法にも対処し続けるしかないのだ。
「『
「『
『魔女』が『勇者』の動きを止めるための魔法を放とうとするも、『聖女』が魔法効果を弱める魔法を放つ。
そのまま、『勇者』は止まらずに『魔女』の懐に入り込み、一太刀を浴びせた。
『魔女』が思わず後退する。
「ちっ、少し危ないわね…なら!」
「なっ!」
『魔女』が『勇者』を無視してその脇を通り過ぎる。
道中に降り注ぐ魔法陣からの魔法も、“相殺”ではなく“回避”していく。
そして、『勇者』の後ろにいる『聖女』に突っ込んだ。
「貴方を潰せばやりやすく…って嘘!」
「せいっ…やぁぁぁああああ!」
『身体強化』を体にかけ、『衝撃耐性』を杖にかけた『聖女』が、『魔女』に
杖には『対魔』の効果も付与しているらしく『魔女』の体で殴られた部分が火傷の痕の様に見える。
流石の『魔女』も耐えきれず、殴る杖を腕で払う。
「こんのっ…ぐちゃぐちゃにしてやるわ…!」
「『勇者』さまっ!」
「オッケー!」
顔が裂けるほど獰猛な笑みを浮かべた『魔女』に怯んで『聖女』が叫び、「オッケー」が何かは分からないけど頼もしい返事を『勇者』が返した。
同時に『魔女』の直上から雷が降り注ぎ、その体を麻痺させる。
硬直する『魔女』の体を『勇者』が切り刻んでいく。
『対魔』の効果が剣にも付いているらしく、『魔女』の傷口が壊死して広がっている。
「燃、えて、無くなれ!」
『魔女』が苦し紛れにそう叫ぶと、彼女が連れてきた青い火の玉がはち切れんばかりに膨れ上がった。
恐らく、爆発させるつもりなのだろう。
火の玉から溢れる魔力からして、制御を失っただけでも十分な脅威になり得る。
「『生在りし日より導となりて、今一度迷い子に道を与えん』」
その瞬間に、何故か、『聖女』が『鎮魂』の魔法を唱えた。すると、青い炎の核心部分が徐々に消えていき、火の玉は縮小していった。
…確かに、青い炎が人の魂から出来ている場合は有効だろうが、制御するより先に火元を消すなんて力技は『聖女』のレベルで無ければ出来ないだろう。
青い炎が消えたことで、浮遊する魔法陣以外の光源が無くなり、結界内に闇が広がる。
「…うふふ、ふふふふふふ。今代の『聖女』はバケモノみたいな力を持っているようね。でも、『勇者』はそうでもないのかしら?」
「…そうだな、俺はかなり弱い。正直、セレナとは釣り合っていないかもしれない。だけど、まあ、聖剣を抜いてしまったんだから、やるしかないだろ?」
「そうかしら。その役目、別の誰かに譲ることも出来るのよ。聖剣を抜けるのは、貴方だけではないのだから」
「でもまあ、もうこの剣は俺の手で抜いた後だから、そこからどうこうするつもりは無かったよ」
「……」
『魔女』は突然黙った。
無言で『勇者』の追撃を振り払うと、叫んだ。
「…巫山戯ないで!その程度の思いで『魔王』を殺そうとするなんて…妄言を聞くのもうんざりだわ。今、ここで、私が殺してあげる…!」
「……」
一方的な殺害予告だった。
しかし、ふと魔法陣に照らされた彼女の顔は悲しそうに歪んで見えた。
『勇者』は、返す言葉もなく剣を構え直した。
「…セレナ、すまない」
周りに聞こえるかどうかの声量で『勇者』が呟いた。
しかし、『聖女』…セレナさんには聞こえていたらしく、即座に反応した。
「なんで今、貴方が謝るんですか?目の前の魔女に集中してください!」
「…ありがとう」
セレナさんの励ましを受けた『勇者』が剣を握り直す音が聞こえる。
…なんかこの『勇者』、情けないな。
頑張っているのは分かる。
覚悟に潰されそうなのも、それを乗り越えようとしているのも分かる。
しかし、『勇者』としての貫禄がない。
新しい『勇者』の噂なんてあまり聞いたことがなかったから、なりたてであるのだろう。
それでも、人々の希望になり得るような自信が足りない気がする。
子供ながらに描いていた幻想が崩れ去るのを感じた。
「闇に呑まれて死になさい。『暗愚夜狼』」
「くっ…セレナ!俺の傍を離れるな!」
「う、うん!」
闇や影の中から、魔力でできた狼が飛び出してくる。
結界内で光が届く場所はそこまで多くない故に、全方位から狼が襲ってきている。
「『魔王』の敵も、『勇者』の活躍も、貴方の腑抜けた思いも、全部踏み潰してあげるわ」
「クソッ…」
視界を闇に包まれた中で『勇者』が苦戦している。
暗闇でも分かるほど濃密な魔力の塊が時折『勇者』に向かっていくので、『魔女』も『勇者』を魔法か何かで攻撃していることが分かる。
あとは、『魔女』が二人を袋叩きにすれば全てが終わるだろう。
しかし、ここで意外なことが起きた。
「セレナ、少し目を瞑ってくれ」
「はい」
「ん?……きゃ!眩しっ」
『勇者』が
よく見ると手に四角形の小箱を持っているようで、光はそこから出ている。
「セレナ、『魔女』の場所が分かった。畳み掛けるぞ」
「はい!」
「小癪「フラッシュ」な、って目が!」
『魔女』が目を開けた瞬間に「カシャ」と音が鳴り、小箱から、より強い光が『魔女』に浴びせられた。
『魔女』は堪えきれずに再び目を押さえ、うんうんと唸ったまま動かなくなってしまった。
「『地の底より出でて天に召されよ』」
「『死に狂い、揺蕩え』」
『魔女』に向けて、セレナさんと『勇者』が相反するものを放つ。
セレナさんは『
恐らく、『魔女』の肉体から魂を引き剥がすことで抵抗力を奪い、肉体ごと浄化して消滅させようとしているのだろう。
基本的に、肉体から離脱した魂が元の体へ戻ることはできない。
魂が肉体から離脱した時点で元に戻す手段がほぼ無いため、呪いと呼ばれているのだ。
しかし、『魔女』の魂が出てくることは無かった。
「…『魔力操作』!」
今まで無意識下で行っていたと考えられる『魔力操作』の精度を上げ、呪いへの抵抗に全力を注いだのだ。
「誇り、高く、殺せ!」
「あっ…」
『魔女』の言葉に『勇者』が揺らいだ。
『勇者』にとって、この殺し方は良くないものだったのだろう。
その隙に、『魔女』が呪いから脱した。
セレナさんの『浄化』が強くなるが、それすら振り切ってしまう。
しかし、『勇者』は一切動かず、ブツブツと何かを呟いていた。
「俺は……いや、私は……僕は……どうすればいいんだ?だって、『魔王』は倒さなきゃいけないし、でも倒すってことは殺すってことだし、魚を締めたこともないのにどうすればって感じだし……」
「ゆ、勇者、さま…?」
「お前…」
『魔女』が
正直に言うと、私もそんな感じの目で『勇者』を見ている気がする。
自分の顔は見えないが、『勇者』に対して希望を持てないことは事実だ。
一方で、セレナさんは『勇者』の姿に狼狽えている。
無理もないというか、『勇者』が情けなさ過ぎるのだ。
『勇者』としての覚悟も生来の度胸もないようで、多分、人間として生きること自体に向いていない気がする。
「そもそもなんで『勇者』なんてやってるんだっけ…普通に成績悪くて留年しない程度に高校生活送ってたのになんで人類を救うことになってるんだろう?あれ、こんなに意味のある人生だったっけ、何もできないし何もしないのに殺せって言われても…」
ぐだぐだと言葉を吐き続ける『勇者』を目の前にして、セレナさんが言葉を放った。
「…『勇者』さま、殺しますよ」
「…え、セレナ?何言ってるの?」
「言葉通りの意味ですよ。早く『魔女』を倒さないと殺しますよ」
セレナさんの目は据わっていて、意思が変わることはなさそうに見える。
一方の『勇者』はその言葉に狼狽して今にも泣き出しそうな表情になっている。
……『聖女』が『勇者』を殺すなんて、貴重な歴史の一幕になるだろうな。
そんな場面に立ち会うことができるなんて、私はなんて幸運なのだろう。
いや、そうなると私は『魔女』に殺されるから不運かもな。
「『勇者』さまは…何とも言えませんが、何も分からないほどバカではないはずです。だから、どんな目的で何をすればいいのか分かっているはずです」
え、そうなの?何も分かっていないと思ってた。
「そんな訳ないよ。だって、僕は、今まで、何も」
「“だって”も“でも”も聞きたくないです。動いてください。今、すぐに、『魔女』を倒してください。貴方は『勇者』なのですから」
すごい。
意気消沈している『勇者』にここまで厳しい言葉をぶつけることができるなんて、流石に想定外だった。
これほど強い『聖女』と弱々しい『勇者』の差が激しいパーティーは今まで無かっただろう。
しかし、『勇者』は動かない。馬鹿みたいに泣き顔を晒して突っ立っている。
「だっ…で…僕は…いや、私は……」
その瞬間に、セレナさんがとても優しい表情になった。
「……大丈夫です。貴方が何をしても、誰を殺したとしても、
「…ありがとう。俺が、『魔女』を倒すよ」
…なるほど、『勇者』の孤独に付き合うことができれば良かったのか。
なら、『勇者』は何を恐れていたのだろう?
考えている内に、『勇者』が剣を構え直した。
結界内は、魔法陣を輝かせることで明るくしている。
「…私を倒すなら『勇者』として倒しなさい。後の世にも、誇れるように」
「すまない。感謝する」
『魔女』の言葉に『勇者』が謝ると、再び両者が激突した。
『勇者』の剣の腕は素人であるものの、『身体強化』からくる様々な効果によって機敏な動きを可能としている。
対する『魔女』は一つ一つの剣閃を、結界で守った手で捌いている。
『対魔』の効果が剣にもあるので、素手で受けられないのだ。
浮遊する魔法陣から放たれる魔法は避けた上でセレナさんからの『対魔』系魔法を中和し、『勇者』の攻撃を捌く。
そんな中で、遂に一発の魔法が『魔女』を穿った。
彼女の体は硬直し、『勇者』の剣が『魔女』を袈裟懸けに切り裂いた。
そして、『魔女』の体が倒れた。
メンタルクソザコクソボケ勇者
勇者さんは「殺せ」だけではなく、「誇り高く」の部分にもトラウマ発症させてます。