勇者一行の『村娘』   作:テイラノ

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謁見と旅立ち

 

 目が覚めると、朝日が私を照らしていた。

 今日は、朝から王城に向かい、私の故郷で起こったことの報告と、新しい旅への儀式を行うらしい。

 

「それじゃあ、行こうか」

「はい」

「うん」

 

 そう言って、私たちは宿を出た。

 歩いている内に王城が見えてくると、二人は『勇者一行』の顔に戻った。

 そして、『勇者』の顔は旅の最中より険しく、『聖女』の顔はより厳かになっていった。

 

「『勇者』さまとお連れの皆様方、お待ちしておりました。案内いたします」

 

 初老の男性が私たちを出迎える。

 カチッとした服に美しい所作…これがもしや、『執事』というものだろうか。

 というか、私なんかが王城に入ってもいいのだろうか。

 飾り気はないし、芋顔だから不細工かもしれない。

 私と対照的に、セレナさんは自然体でありながら瀟洒な振る舞いをしている。

 

 本当に、何故『勇者』に靡いているのか分からない。

 

 一方で、肝心の『勇者』はガッチガチの動きになっている。

 歩き方が崩れる度にセレナさんが足を蹴っており、痛そうにしながらも直している。

 挙げ句の果てにはセレナさんが隣に列んで、しくじる度にど突いていた。

 

「こちらでしばらくお待ちください」

「はい、ありがとうございます」

 

 取り敢えず、案内された部屋に入る。

 部屋の内装はとても豪奢で、目がチカチカしそうだ。

 それぞれ椅子に座ると、セレナさんが不安げな表情をしていることに気付いた。

 

「…私たちが出来ることは、全てやったと思っています。でも──」

「大丈夫だ。責任を問われたとしても、王様は『勇者一行』を解雇……解散できない。それに、追及される点は多くても三つしかないだろう」

「三つもあったらまずいのでは?」

 

 私が呟くと、『勇者』は一瞬黙ってしまった。

 

「…まず一つ目に、『魔女』を逃がしたこと。二つ目に、『アマン村』が滅亡したこと。そして三つ目に、グリズアイル王国の王太子と大臣、及びシルベスの領主を死なせてしまったことだ」

 

「…は?王太子?」

 

 もしかして、皆が戦っている中で椅子に座っていた小太りのおっさんが次期国王だったのだろうか。

 また一つ、夢が崩れ落ちる音が聞こえた。

 

「確か、陛下は体調が優れず、代理としていらっしゃっていたのが王太子殿下でしたね」

「そうだ。王様はもう椅子に座るのがやっとの状態で、公務や会議にも出られないことが多い。今回の謁見も、その辺りを踏まえて短くなると思う。それに、村の滅亡と死んだ人々に関しては答えることが出来ない。俺たちには、非を詫びるより他に為す術がないんだ。…申し訳ない」

 

 セージさんが謝ってくる。

 当事者である私からすれば、セージさんは「仕方なかった」で済まそうとしているようにも見えるからだろう。

 

「……大丈夫。あの瞬間に、親父も兄貴も騎士団も私も、出来ることはしたと思う。それに、まだ、少し気持ち悪いけど、『魔女』がどうにもならない存在ではないことを『勇者』さまたちが証明してくれたから、大丈夫」

 

 仕方なかったと言うつもりは無い。

 でも、それは『魔女』が負うべき責任であって、『勇者一行』の責任ではない。

 

「最後に、『魔女』についてだが、見当はついているので問題ない」

「…どこに行ったのか、どこで復活するのかを知っているんですか?」

 

 セレナさんが不審な目で『勇者』さまを見ている。

 確かに、あの状況で『魔女』を追うことは不可能に近く、もし知っているのであれば『勇者』と『魔女』に繋がりがある可能性が高くなる。

 

 私としては、ここで話されたくない。

 まだ王城の中に居る以上、どこで誰が聞き耳を立てているのか分からないのだ。

 そんな中で迂闊なことを話せば、私の中に『魔女』がいることが王国に知らされて、いつ殺されるか分からない。

 

「知っている、が、今は話せない」

「…私でも、ですか」

「ああ…セレナが悪いって訳じゃなくて、状況がまずいんだ。分かってほしい」

「…分かりました」

 

 ふう、一安心だ。

 それにしても、セージさんはいつ気付いたのだろうか。

 

 

『結構早い段階で気付かれてたわよ~』

 

 

 セージさんやセレナさんとは違う声が聞こえる。

 …この五日間で回復したと思っていたが、遂に幻聴が聞こえてきてしまった。

 旅の疲れがまだまだ残っていたようだ。

 

『無視しないでよ。私が貴方の魂に直接話しかけてるのよ。ほら、分かる?聞こえてる?』

 

 聞こえてるから黙れ。

 『魔女』とは厄介な存在である。

 早く引き摺り出してすり下ろさねば。

 

「…という訳で、基本的に俺が受け答えするから、二人は黙っていても大丈夫だ」

「分かりました」

「分かりました…そういえば、王様の体の調子が良かったら、もっと追及されるかもしれないってことですよねその時は私も喋ったりとか──」

「「…」」

「あ」

 

 つい、思ったことが口に出てしまった。

 俄に二人が黙り込み、落ち込んでしまう。

 もっと追及されるようなことをした負い目があるようだ。

 

「ごめん、俺がもっとちゃんとしていれば…」

「謝らないでください!寧ろ私の方が…」

「…どっちも悪いってことでいいのでは?」

「「そんなことない!」」

 

 仲がよろしいことで。

 

「セレナが悪いなんて、そんなことないよ。セレナが居なかったら、俺は今ごろこの世に生きていない」

「セージさんこそ、貴方が居なかったら私はどうなっていたか。…私が居なければこんなことで悩んでないのに」

「そんなこと言わないでよ、セレナがいるからこうやって生きる道を選べたんだよ。そんな、悲しいこと、言わないでよ…」

「セージさん…」

「セレナ…」

 

 感極まったように二人は抱き合った。

 雨降って地固まる、をこんな風に見ることになるなんて…

 それにしても絵になるな、この二人。

 この辺りの話も本に書こうかな。

 そう思った矢先、部屋の扉がノックされた。

 

「『勇者』御一行様、謁見の準備が整いました」

「い、今行きます…危なかった」

 

 うん、本当に危なかったよ。

 私のことも眼中に入ってなかったから、何を押っ始めるかと思って肝が冷えたよ。

 

「ん、じゃ、じゃあ、行きますか」

「そ、そうだな、セレナ」

「…」

 

「謁見の間までご案内いたします」

 

 部屋を出て、上質そうな黒衣を着た男性に付いて行く。

 途中、城の中なのに騎士が何人も居た。

 王様になると、人を贅沢に使えるようになるのだろうか。

 

『う~ん、少し違うわね。人を使うって考え方も捻くれてるわ~』

 

 やかましい。

 心なしか、『魔女』が目の前にふわふわと浮いているようにも見える。

 

『貴方の目を弄って見えるようにしたわ。これで、いつでも退屈しないわよ♪』

 

 目が汚れるから引っ込んでてくれ。

 前が見辛くて危ない。

 うっかり転んで死んでしまいそうだ。

 

『それは困るわね~』

 

 『魔女』は動く気配を見せない。

 なら、私自身で何とかするしかない。

 恐らくだが、目を弄っているとしても、魂の情報とやらを景色に上書きさせているのだろう。

 つまり、魂同士の繋がりを切ればいいのだ。

 

 自分の魂は分からないが、『魔女』が中に居るという違和感を探れば似たようなモノは見つかる筈だ。

 あとは感覚、運と勘と直感に任せるしかない。

 しばらく違和感を辿ると、不思議なモノが見えてきた。

 それは涙のようなモノだった。

 表面はツルツルしていて透明感があり、燃えるような熱さと凍えるような冷たさを内包していた。

 

『いやん、そんなにジロジロ見られると恥ずかしいわ』

 

 『魔女』の気持ち悪い声が発せられたので、この涙のようなモノが『魔女』の魂だと考えられる。

 

 つまり、この暗い空間に満ちている薄青い魔力が私の魂の領域を表し、その中心にある金と虹が混ざった色の、勾玉のようなモノが私の魂の本質なのだろう。

 

『大正解よ。それで、どうするの?』

 

 …私と『魔女』の魂が半ば共存状態になっている以上、私の魂の領域外に隔離するのはリスクが高すぎる。

 しかし、領域内で私の魂の本質から遠ざけることは出来る。

 魂の領域の端まで『魔女』の魂を移動させつつ、厚い魔力の壁を作る。

 すると、『魔女』が目の前から消えた。

 これで、『魔女』が私の体を弄ることは出来なくなるだろう。

 

 一段落ついたところで、進んでいたセージさんがこちらを振り返った。

 

「大丈夫か?変な魔力の流れが見えたが…」

 

 どうやら、セージさんには全てお見通しであるらしい。

 恐らく、私を連れているのも、『魔女』の監視が理由だろう。

 

「気のせいですね。大丈夫ですよ」

「それならいいけど…もうすぐ着くから心の準備をしてくれ」

 

 セージさんは、あくまで自然な装いをしている。

 しかし、声や表情が硬い。

 

「……『勇者』さま、謁見の間です。お入りください」

「ああ、案内ありがとう」

 

 私の背を二つ並べても届かないほど巨大な扉が開かれる。

 セージさんが『勇者』として入っていく。

 セレナさんは『勇者』の一歩斜め後ろを歩き、私がその隣を歩く。

 そして、先頭を歩く『勇者』が止まり、跪くと同時にセレナさんと私も陛下の御前に跪く。

 一瞬の静寂がまるで永遠の景色の中に居るように感じられて、思考が冴え渡るのを感じる。

 

 

 

 ……え、『勇者一行』と列んでる!?

 

 

 

 冷静になったらとんでもないことに気付いてしまった。

 もし本当なら歴史に残るかもしれない場所に居ることになる。

 今更ながらに緊張してきた。

 

「全員、顔を上げよ。…久方ぶりだな、『勇者』よ。それでは、報告を聞こう」

「はい、我々は──」

 

 顔を上げて王様を見る。

 王様の第一印象は『老人』だった。

 貴族のような人間にしては珍しく、痩せた体に細く頼りない四肢、王冠の下はカツラのようで、その姿から威厳は感じられなかった。

 先日の神父さまと比べても、威厳は感じられないだろう。

 しかし、その目だけは違った。

 真面目で少し柔らかい表情をしているが、目だけが鋭く光っているように見えた。

 

 王様と『勇者』が何か話しているが、色々な考えが邪魔をして全く耳に入ってこない。

 ひたすら喋り続ける『勇者』は淡々としていて、報告という『作業』に徹していた。

 対して、頷く王様は段々と顔色が悪くなっているようにも見える。

 

「──以上です」

「うむ、ご苦労。先ずは、『魔女』の復活という未曾有の危機に立ち向かってくれたことに感謝しよう。今までの報告を聞く限り、『アマン村』に居た人々は全て死に、村は滅んでしまったようだが、逃がしたとはいえ『魔女』にそれ以上の被害を出させなかったことは賞賛に値する。王として、民たちを守ってくれたことを心より感謝しよう」

 

 座っているのがやっとという様子で王様が『勇者』を労う。

 余裕は無さそうだがこういったことが大切であることを理解しているのだろう。

 私が驚嘆していると、王様の視線が()()()()()()()

 

「…この件の、諸々の問題は全て儂の責任で処理を行う。異論、反論があるのは理解しているが、一刻も早く『勇者』が『魔王』を討伐する方が民たちを救うことに繋がると考えた末の結果故、受け入れてほしい」

 

 ここまでを周りにいる大臣たちに話した上で、王様の雰囲気が変わった。

 

「しかし、『勇者』よ、そこの小娘をどうするつもりだ」

 

 話題の対象が私に変わった。

 有無を言わせない眼光がより強く、私と『勇者』を射貫いている。

 

「どうする、と言いますと」

「其方の旅に連れて行くのかと聞いている。それに、気付いていないとは言わせん。その責任を負うのは、まず間違いなく『勇者』である其方であることを、理解しているのかと聞いているのだ」

 

 恐らく、王様は気付いている。

 その上で、『勇者』に責任能力があるのかを見極めたいのだろう。

 少し悩んで、『勇者』が答えた。

 

「…我々が戦った経験から、我々以外では責任を取るかどうかを論ずることさえ出来ないと判断いたしました。故に、共に『魔王』を倒す仲間として認めていただきたく存じます」

 

 確かに、村を軽く滅ぼせるような存在は『勇者一行』でなければ手も足も出ないだろう。

 

「…其方の意思は理解した。であれば、小娘よ、其方に『魔王』は倒せるのか?」

「…ふぇ、私!?そ、それはどういう」

「覚悟があるのかと聞いておる。『勇者一行』に付いて行くということは、人類の希望を背負うことと同義なのだ。其方にその覚悟があるのであればそれでよい。しかし、無ければ…分かっておるよな」

 

 ここで『魔女』ごと殺すつもりだろう。

 いずれにせよ、『魔女』が戦い始めれば余波で私は死ねる。

 ならば、『勇者一行』として付いて行くのが生き残るための上策だ。

 しかし、王様が聞いているのはそこではない以上、真実を少し誇張して無理のない範囲で私の真意を伝えるとしよう。

 

「…先ずは、私は学がないので不躾な言葉になることを謝りたいと思います。そして、付いて行くことについてですが、()()()()()()()()()

「と、言うと?」

「私は『魔女』に殺されかけ、『勇者』さまたちに救われました。しかし、それ以前に『魔族』に家族を殺され、故郷も消え失せました。為す術がありませんでした。人々が死んでいくのを見ることしか出来ませんでした。ですが、ある事実が私に残っていました。私が生きているという事実です。あの村で、私だけが生き残ったという事実です…」

「それで、何だと言うのだ」

 

「殺します。『魔女』も『魔王』も『魔族』も、全て。死体も、文化も、歴史も、残さず全て。なので、覚悟なんて知りません。『勇者一行』としての行動も関係ない。私は、生きたいように生きたいのです」

「そうか…」

 

 思ったよりも殺意が籠もってしまった。

 しかし、私が生き残りたいという願望と、『魔女』だけじゃなくて『魔族』への怒りも総合して考えた結果がこれであり、これ以下のことは無い。

 

「……分かった。其方がいるべき場所は、『勇者一行』の中にしかない。付いて行くがいい」

「ありがとうございます」

 

 セージさんとセレナさんの視線が私に向いているのを感じる。

 しかし、多少誇張したとはいえ紛れもない本心であり、私が『勇者一行』に付いて行くために必要な心はこれしか無いのだ。

 

「…最後に、『聖女』──『セレナ・アトラス』よ、其方の故郷には使いを送らせておる。故に、今までのことも、これからの旅も、其方らの関係も、全て不問となるだろう。心置きなく『魔王』を葬ってほしい」

「ありがたきお言葉にございます」

 

 どうやら、セレナさんには彼女なりの事情があったらしい。

 声は朗々と淀みないが、顔には安堵の色が隠しきれていない。

 

 もう、息も絶え絶えな王様が最後の言葉を『勇者』に伝える。

 

「…『勇者』よ、『魔王』を討伐せよ。そして、世界に平穏をもたらすのだ」

「…承知いたしました」

 

 こうして謁見は終わり、新たな旅が始まる。

 

 

 

 

 

 いつの間にやら飾り付けられていた城門前から王都の門まで続く大通りを、道の脇にいる人々に見送られながら進んでいく。

 人々の目にうつるのは人間だけでなく、人類を救う『勇者一行』であり、私はその一員となったのだ。

 ひそひそと話す声も少なからず聞こえている。

 恐らく、私のことだろう。

 まあ、気にしないけど。

 私が決めたことに味噌を付けるな、とは言わないが、それが私の意思に関わることはないのだ。

 

 家よりも大きい門が目の前にやってくる。

 この門を通り過ぎれば、私の命は『勇者一行』と共に尽きるまで誰にも救われないだろう。

 

「旅の無事をお祈りいたします」

「ありがとう」

 

 門の前にいた衛兵に最後の言葉をかけられた。

 セージさんはそれに一言返して王都の門をくぐり、此処に、旅の一歩目を刻んだ。

 

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